Journal of Nanoparticle Research, 2013年12月7日
ナノテクノロジーの責任ある開発のための
労働安全衛生基準 

アブストラクト

情報源:Journal of Nanoparticle Research, 7 December 2013
Occupational safety and health criteria for responsible development of nanotechnology
P. A. Schulte1 , C. L. Geraci1, V. Murashov1, E. D. Kuempel1, R. D. Zumwalde1, V. Castranova1, M. D. Hoover1, L. Hodson1 and K. F. Martinez1, 2
(1) National Institute for Occupational Safety and Health, Centers for Disease Control and Prevention, 4676 Columbia Parkway, MS C-14, Cincinnati, OH 45226, USA
(2) Hassett Willis and Co., Washington, DC, USA
http://link.springer.com/article/10.1007/s11051-013-2153-9/fulltext.html#Sec9

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2014年1月25日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/journal/131207_occupational_safety_and_health_criteria..html

 アブストラクト
 世界中の組織はナノテクノロジーの責任ある開発を求めてきた。このアプローチの目標は、ナノテクノロジーの能力と便益を開発するために、その潜在的な有害影響を考慮し、規制することの重要性を強調することである。懸念の主要な領域は労働者への潜在的な有害影響であるが、それは彼らがナノテクノロジーの潜在的なハザードに暴露する社会で最初の人々であるからである。
 何がナノテクノロジーの責任ある開発を構成するかを定義するための労働安全衛生基準が必要である。この論文は、ナノテクノロジーが責任を持って開発されるために、ビジネス及び社会的レベルで政策決定者により実施されるべき五つの基準行動を示す。
 それらは、(1) 職場における潜在的に有害なナノ物質を予測し、特定し、追跡すること;(2) ナノ物質への労働者の暴露を評価すること;(3) 労働者へのハザードとリスクを評価し、情報を伝達すること;(4) 労働安全衛生のリスクを管理すること;(5) ナノテクノロジーの安全な開発と、その社会的及び商業的便益の実現を推進すること−を含む。

 これら基準の全ては責任ある開発を行うのに必要である。現在はナノテクノロジーの商業化の初期なので、ナノ物質についてまだ多くの未知と懸念がある。したがって、ナノ物質に特有なハザードとリスク評価のために十分な毒性と暴露データが収集されるまで、それらを潜在的に有害であるとして取り扱うことが賢明である。この勃興期に、不確実性と賢明な行動の必要性の程度について明確であることが必要である。

キーワード:
リスク評価、倫理、リスク管理、規制、毒性、技術環境と健康影響


 序 論
 ナノテクノロジーの責任ある開発は世界中の多くの組織の目標である(例えば、王立協会と王立工学アカデミー 2004年;NIOSH 2005;Jacobstein 2006;CEST 2008;Tomellini and Giordani 2008;Luigi 2009;Nanocyl 2009;NNI 2011;Forloni 2012; VCI 2012;BASF 2013;BIAC 2013)。理想的には、ナノテクノロジーの責任ある開発の概念は開発を評価するための基準が存在することを意味する。これらの基準の焦点は、人々及び環境への危害の防止である。
 労働者は、ナノ物質又はナノ物質を含む製品の研究、開発、製造、生産、使用、リサイクル、及び処分に関与しているので、ナノテクノロジーを含むどのような新たな技術においてもその潜在的なハザードに暴露する最初の人々である。労働者はしばしば、最も高い暴露を受けるが、それはハザードとリスクが不確実な時に、技術開発の初期に起きるかもしれない。もし、ナノ物質への暴露が労働者を害するなら、ナノテクノロジーは責任をもって開発されていない。
 これらの理由により、労働安全衛生は責任あるナノテクノロジー開発の要である(Maynard and Kuempel 2005; Schulte and Salamanca-Buentello 2007; Seaton et al. 2010)。ナノ物質を含む製品から消費者への危害を予測し防止することはまた、ナノ物質が環境にどの様に有害影響を与えるかを予測すること共に、責任ある開発の一部である。

 最も重要なこと、すなわち、労働者は安全な作業環境への権利を持つという労働者保護のための倫理的要請がある((Gewirth 1986)。この様にして労働者の安全は、労働における安全と健康に関する2008年ソウル宣言による基本的な人権として認められた(ILO 2008)(訳注1)。
 これらの権利は、雇用者と政府当局に合理的に可能な限り十分に危害から労働者を保護する相応しい責任をもたらす。これらの責任は、アメリカでは、労働安全衛生法(OSH)、鉱山安全衛生法(MSH)、有害物質規制法(TSCA)のような法律に成文化されており、同様な法律やガイダンスが世界的に存在する。(たとえば、WHO 1994; BAuA 2007; Nanosafe 2008; ISO 2009; Japan NIOSH 2009; Pelley and Saner 2009; Bayer 2010; Murashov et al. 2011; Nakanishi 2011a, b)。

 ナノテクノロジーの責任ある開発のための基準の基礎にあることは、実際のリスクが完全に理解されるより前に、労働者、消費者及び環境のナノ物質への暴露を制限するための措置を前向きにとる必要性である((Kreider and Halperin 2011)。これらの基準は新しいものではなく、初期の開発の段階でナノテクノロジーにも適用されるべき基本的な労働安全衛生法(OSH)の原則に築かれている。
 証拠に基づくリスク評価と管理が理想的であるが、しばしば行動は決して強いとは言えない証拠に基づいてとられなくてはならない。さらに、責任ある開発の究極の要素は、実行可能な程度にハザードとリスクを削減し、リスク管理において影響を受ける関係者(労働者)に情報伝達を行い関与させることである。
 この論文の中で、ナノテクノロジーの責任ある開発のための労働安全衛生基準が定義され、それらの実施が記述されている。これらの基準はビジネス企業及び社会的レベルのものであるとみなすことができる。理想的には基準は、まず最初に(政府機関、業界、専門家団体、労働組合、非政府組織(NGOs)、保険会社、科学者らによって)社会的レベルで開発され、次にビジネス企業レベル(雇用者、供給者、ビジネス顧客)の用途のために促進されることが望ましい。
 現実的には、ナノテクノロジー製品は、責任ある開発のための基準が実施される前に、市場に出されていた。そのことは、適切な社会的期待が存在しなかったということを意味しない。有害物質への社会的対応の全体的歴史は、最初はナノテクノロジー製品に目を向けるための枠組みを提供した。アメリカでは1970年の労働安全衛生法(Public Law 91-596)により義務付けられ、他の諸国や組織では開発されたガイダンス(例えば、EU Directive 89/336/EEC 及び Directive 98/21/EC)で実施されていることは、雇用者は安全で健康的な職場を提供しなくてはならにという概念であった。
 ナノ物質のための”安全”及び”健康的”の定義は、顔料、医薬品、原子力及び農薬製造(Higgins 1917; Dressen et al. 1938; Cook 1945; Sargent and Kirk 1988; Maiello and Hoover 2011)のような様々な産業における微粒ダストや粉末への暴露による労働者のハザード及びリスクに目を向けつつ、20世紀に獲得された経験上に構築する。また、エアロゾル科学、産業衛生、暴露評価、毒性学、及びエンジニアリングの分野から生じた微粒ダスト及び粉末を規制するための確認されたリスク管理手法が実施された(Hinds 1999)。

 過去100年にわたり開発された多くの知識は、小さな粒子は、同一重量ベースでより大きなものより危険性が高くなり得ることを示している((Driscoll 1996; IOM 2000; Zhang et al. 2000, 2003; Brown et al. 2001; Duffin et al. 2002; Oberdorster et al. 2007; Seaton et al. 2010)。かくして、工業ナノ物質が市場に入り込む前に、付随的なナノ粒子(例えば溶接及びディーゼル排気ガス)は吸入されると発がん性がある((Oberdorster and Yu 1990; Heinrich et al. 1995; Antonini 2003);小さなエアロゾル汚染物質は呼吸器系及び心臓血管系リスクに関連する((Dockery et al. 1993; Pope et al. 2002);超微粒二酸化チタン、カーボンブラック、及びヒューム・シリカのようなある種の”legacy produced”ナノ物質は呼吸ハザードがあるということが知られていた(Reuzel et al. 1991; Oberdorster et al. 1994; Gardiner et al. 2001; Merget et al. 2002)。

 また明らかに、より大きな吸入粒子(ミクロスケール)は呼吸系有害物質(例えばシリカ、石炭ダスト)であることが知られる広範な文献が存在する(NIOSH 2002, 2011a)。粒子肺用量と有害肺影響(例えば、肺炎症、又はラットにおける肺腫瘍)の間の関係は、明確な粒子サイズ閾値なしに、難溶性低毒性粒子について非線形であることが観察されている((NIOSH 2011b)。
 それにもかかわらず、ビジネス又は社会的レベルで多くの政策決定者にとって工業ナノ物質の安全な開発のための責任あるアプローチをどのように定義するかについて不明確であったし、ある場合には、商業化されて20年の今日でもそうである。これは、2000年代中頃から予防的ガイダンスが当局により広められているという事実(EU-OSHA 2002; Roco and Bainbridge 2003; Hett 2004; HSE 2004; NNI 2004; NIOSH 2005; SCENIHR 2005; ISO 2007; Safe Work Australia 2010a; OSHA 2013)にもかかわらずである。


 結 論
 もし、以前の新たに出現した技術を悩ませたような種類の問題が回避されるなら、ナノテクノロジーの責任ある開発を定義するために基準が必要である。責任ある開発の要(かなめ)は、技術の潜在的な有害性に暴露する最初の人々である労働者を保護する義務である。消費者と環境を保護することもまた重要であるが、責任ある開発の基礎は労働者の保護から始まる。しかし、これらは無関係な取り組みではない。
 この論文は、ナノテクノロジーの責任ある開発をお互いに確実にすることができる五つの基準行動を特定している。これらの基準の全ては、それらの実施を通じて得られた知識がこの技術の便益を促進するのに役立てるために必要な要素であり、それらは実施においてお互いに統合される必要がある。もし、これらの基準が価値のあるものであり、適用されるなら、企業や政治の支持が世界的に求められるであろう。そのような支持がなければ、危害のリスクが労働者に及び、ナノテクノロジーの開発に対して社会的な抵抗をもたらすであろう。


訳注1:ソウル宣言
労働における安全衛生に関するソウル宣言(仮訳)



化学物質問題市民研究会
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