ナノの話(3) 労働者の安全確保
厚労省 ナノ暴露予防的対策報告書の概要と
労働安全衛生法の問題点

安間 武 (化学物質問題市民研究会)

情報源:ピコ通信第132号(2009年9月25日発行)掲載記事
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年9月27日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/japan/pico_133_090925_nano_nano_kanri.html



1.職場でのナノ物質有害影響の懸念
 中国の7人の若い女性が、ナノ粒子を使用した塗料のスプレー工程で適切な防護なしに数か月働いた後に、肋膜胸水流出、肺繊維症及び肋膜肉芽腫を発症し、そのうち2人が死亡したと、中国の研究者らが『欧州呼吸器ジャーナル・オンライン』に2009年8月19日に発表しました。作業場の換気装置が数か月前から故障していたこと、防護具はガーゼのマスクだけであったことなど、労働安全衛生の基本に問題があるのですが、被害者全ての肺細胞からナノ粒子が検出されており、著者らはこの事故は換気の悪さに起因する塗料ベーパーによる単なる中毒が原因ではなく、ナノ粒子の本質的な毒性によって引き起こされたものであると主張しています。

 2008年には多層カーボン・ナノチューブがマウスに中皮腫を引き起こす可能性を示す二つの研究報告が発表されました。ひとつは2008年2月に『ジャーナル・オブ・トキシコロジカル・サイエンス』に発表された日本の国立医薬品食品衛生研究所の研究者らの報告、もうひとつは2008年5月に『ネイチャー・ナノテクノロジー』に発表された英エジンバラ大学の研究者らの報告です。

2.厚労省、環境省、経産省のナノ物質に関わる安全対策の検討と報告書

 日本では、上記カーボン・ナノチューブの報告発表までは、ナノ物質の安全管理/対策についての方針をほとんど示してこなかった厚労省/環境省/経産省は、急遽、ナノ物質の健康、安全、環境(HSE)に及ぼす影響と対策についての検討会を各省個別に開催し、それぞれが報告書やガイドラインを年度末の2009年3月31日までに発表しました。

 本稿では、厚労省2008年11月26日発表「ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する労働者ばく露の予防的対策に関する検討会報告書(ナノマテリアルについて)」の概要を紹介するとともに、現行の労働安全衛生法の下でのナノ管理の大きな問題点を提起し、改善提案を示します。

3.ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する労働者ばく露の予防的対策に関する検討会報告書(2008年11月26日)の概要(引用部は""で示す)

3.1 ばく露防止対策の検討の視点、範囲等
(1) 予防的アプローチ
 "ナノマテリアルについては、いわゆる許容濃度等のばく露管理の目安となる数値が存在しないため、ばく露量やばく露濃度に基づいて管理を行うという従来の手法を採用することができない。したがって「予防的アプローチ」に基づいて対策を検討する。"
(2) ナノマテリアル全般へのアプローチ
 "ナノマテリアル毎の有害性も明確になっていないことから、ナノマテリアルの当面のばく露防止対策としては、個別の物質毎に固有の対策を検討するのではなく、ナノマテリアル全般に対するばく露防止対策について検討することとした。"
(3) 対象とするナノマテリアル
 自然界には人工的に製造されたもの以外にも様々なナノサイズの物質が存在しているが、現在、このような物質による労働衛生上の懸念は生じていないことから、自然界に存在するナノレベルのサイズの物質は対象外として差し支えないと判断する。また、通常の製造等の過程で非意図的にナノサイズの物質が発生する可能性はあるが、これについても、現在、労働衛生上の懸念は生じていないことから、対策の対象外として差し支えないと判断する。"
(4) 対象とするナノマテリアルのサイズ
 "対策の対象とするナノマテリアルの大きさについては、2008年2月7日の通知では上限のみを定義しているが、諸外国では大きさの下限として1nmと定めている場合が多いこと、下限を定めない場合は原子まで対象となってしまうことから、現行の定義を、「大きさを示す3次元のうち少なくとも一つの次元が約1nm〜100nmであるナノ物質及びナノ物質により構成されるナノ構造体(内部にナノスケールの構造を持つ物体、ナノ物質の凝集したものを含む。)であること」とすることが適切である。" "凝集したナノ構造体の大きさが100nmを超えていても、それを構成する内部のナノ物質の大きさが100nmより小さい場合には、対象に含めることが適切である。"
(5) 対象とする労働者
 "ナノマテリアルを製造し、又は取り扱う作業に加えナノマテリアルを含む製品の廃棄やリサイクル作業に従事する労働者等も対象とすることが適切である"。
(6)ナノマテリアルの想定する暴露経路
 ・吸入による肺等の呼吸器へのばく露
 ・鼻腔の神経末端からの体内への侵入
 ・皮膚を通しての体内への侵入
 ・目の粘膜からの体内への侵入
 ・経口摂取による体内への侵入
(7)ナノマテリアルに関する製造・取扱作業に該当する作業の例
 ・製造
 ・荷受け
 ・原材料や製品の秤量
 ・装置への投入(樹脂等との混練や原材料の投入等)
 ・製造・加工装置からの回収、容器等の移し替え
 ・装置や容器の清掃 ・メンテナンス
 ・その他(ナノマテリアル含有製品の廃棄、リサイクル等)
(8) 暴露の可能性
 "ナノマテリアルが液体中に分散した状態であり、かつ、液体の蒸発等に伴い大気中に放出される可能性を抑えた場合や、樹脂等に練り込まれ、バルク材料に固定化された状態では、その取扱いにおけるばく露の可能性は極めて小さくなるものと考えられる。逆に、粉体の取扱いの場合は、ばく露の可能性は高くなると考えられる。"

3.2 個別対策
(1) 作業環境管理
 ・ばく露状況の計測評価(ばく露評価)
 ・密閉構造とすべき箇所
 ・局所排気装置等を設置すべき場所
 ・排気における除じん措置の方法
(2) 作業管理
 ・床等の清掃方法
 ・ナノマテリアル作業場所と外部との汚染防止等
 ・呼吸用保護具を使用すべき場合
 ・呼吸用保護具に求められる性能要件及び使用上の留意事項
 ・保護手袋の要件及び使用上の留意事項
 ・ゴーグル型保護眼鏡を使用すべき場合
 ・作業衣の使用及び使用上の留意事項
(3) 健康管理
(4) 労働安全衛生教育
(5) 廃棄物処理等における対応

4.ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について

 カーボン・ナノチューブの有害性の公式発表と同時期の2008年2月7日に厚労省は厚生労働省労働基準局長名で都道府県労働局長宛てに「ナノマテリアル製造・取扱い作業現場における当面のばく露防止のための予防的対応について」を発出しました。
 その後、前述報告書(2008年11月26日)が発表されると、上記2月7日の文書を廃止し、新たに「ナノマテリアルに対するばく露防止等のための予防的対応について」を2009年3月31日に発出しました。その内容は前述報告書(2008年11月26日)に基づくものです。

5.労働安全衛生法下でのナノ管理の問題

5.1 厚労省報告書の指摘
 前述の厚労省報告書は次のように指摘しています。
  1. 新しく開発されたナノマテリアルが既存の化学物質からなるナノサイズのものである場合、現行の労働安全衛生法では化学物質の形状や大きさに着目して化学物質を区分していないので、ナノサイズのものであっても、あくまでも既存化学物質として取り扱われ、労働安全衛生法第57条の3に基づく届出の対象とはならない。
  2. 物質がナノサイズになるとナノ特有の性質を示すことが知られており、生体影響についても従来とは異なる可能性があることから、現行のナノマテリアルの取扱いについては検討の余地がある。
5.2 サイズは新規化学物質の要件ではない
(1) 厚労省報告書の指摘は重要
 現行の労働安全衛生法(安衛法)の下ではカーボン・ナノチューブ、二酸化チタン、酸化亜鉛、銀、鉄など、「既存化学物質」からなるナノ物質についても有害性が報告されているのに、労働安全衛生法第57条の3に基づく、新規化学物質としての届出と有害性の調査の実施が求められません。
 化審法においても同様に、「既存化学物質」と定義されるナノ物質は新たな届出/審査が求められません。これはナノ物質の可能性ある有害性から人の健康と環境を守る上で大きな問題であり、21世紀の新規技術を管理できない現行法体系の大きな欠陥です。
(2)安衛法と化審法の既存化学物質
 化審法と安衛法では既存化学物質を下記のように定義しており、既存化学物質でないものが基本的に新規化学物となります。
■安衛法の既存化学物質の定義
(1) 政令で定める既存化学物質
▼元素(一種類の原子で同位体の区別を問わない )
▼天然に産出される化学物質
▼放射性物質
▼公表化学物質(昭和54年6月29 日までに製造、輸入された物質)
(2) 厚生労働大臣が名称を公表した新規化学物質
(3) 既存化学物質扱いとなる特定の化学物質(昭和54年3月23日付け基発第132号)
■化審法の既存化学物質の定義
▼既存化学物質名簿に記載の化学物質(昭和48年10月16日)
▼白公示化学物質(法第4条第3項に基づき公示された物質)
▼化審法規制物質(第1種、第2種特定化学物質、指定化学物質)

6.提案

 ナノ物質は全て新規化学物質として管理の対象とする。
 安衛法及び化審法の下でナノ物質を管理する場合、すでに市場に出ているナノ物質を含んで、全てのナノ物質は新規化学物質と同様に扱い、製造量に関わらず、データの提出と安全性の審査を受けることを義務付けることを提案します。
 当研究会では全てのナノ物質を一元的・包括的に管理する「ナノ物質管理法」を提案しています。
(安間武)



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