ナノの話(1)ナノ日焼け止め
二酸化チタンや酸化亜鉛のナノ粒子

安間 武 (化学物質問題市民研究会)

情報源:ピコ通信第131号(2009年7月24日発行)掲載記事
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2009年7月27日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/japan/pico_131_090724_nano_sunscreen.html


1.日焼け止めの仕組み

 日焼けは、太陽光線の中でも波長の短い紫外線が皮膚のメラニンの保護能力を越えて照射されて起きる熱傷です。また、過度に紫外線を受けると、発症数は多くありませんが皮膚がんのリスクが増加すると言われています。したがって紫外線をカットする日焼け止めが使用されます。
 日焼け止めで紫外線を防ぐ方式には、紫外線を反射する紫外線散乱剤を用いる方式と、紫外線そのものを吸収して化学反応で熱や赤外線に変える紫外線吸収剤を用いる方式があります。
 紫外線散乱剤は、紫外線を物理的に反射・散乱させて、紫外線の肌への照射を防ぎます。主に二酸化チタンや酸化亜鉛などの白色の無機粉体が使われています。
 紫外線吸収剤は、紫外線を吸収すると熱や赤外線などのエネルギーに変化させて放出し、紫外線の皮膚への照射を防ぎます。しかし、皮膚表面での発熱や発熱時の紫外線吸収剤の化学反応により、皮膚に負担を与えると言われています。

2.ナノサイズの二酸化チタンや酸化亜鉛

 日焼け止めには、紫外線散乱剤として比較的安全であるとされてきた白色の二酸化チタンや、酸化亜鉛が多く使われてきました。しかし近年は、少量の成分で紫外線防止効果を上げ、白色を透明にして仕上がり効果を上げるために、二酸化チタンや酸化亜鉛をナノサイズにした"ナノ日焼け止め"が市場に出ていると言われています。  ナノサイズにすることで粒子の比表面積が桁違いに大きくなり、また物理的特性が変わる(この場合は白から透明)というナノ粒子の特性を利用しています。
 しかし、ナノ成分の表示義務がないこと及びナノ粒子の使用に対する消費者の不安を恐れて、世界的にメーカーがナノ粒子の使用を表示しない"ナノ隠し"の傾向があります。特に日本では、ほとんどのメーカーが表示していません。したがって、消費者は製品がナノ粒子を使用しているのかどうか判断できません。

3.ナノ日焼け止めの安全性の懸念

 日焼け止めに使用される二酸化チタンや酸化亜鉛のナノ粒子については、安全性に関して次のような懸念があります。
(1) 二酸化チタンや酸化亜鉛のナノ粒子が持つ有害性
(2) ナノ粒子が皮膚を浸透して使用者の体内に入り込む懸念
(3) ナノ粒子が使用後洗い流されて排水系から環境中に入り込むことの懸念
(4) ナノ粒子を扱う労働者の暴露の懸念

3.1 二酸化チタン及び酸化亜鉛ナノ粒子の有害性の懸念

 アメリカの化粧品団体は、日焼け止め中の二酸化チタンや酸化亜鉛のナノ粒子はヒトに対して安全であると2006年に米品医薬品局(FDA)に訴えましたが、ヒトへの有害影響を懸念させる研究報告は次々と発表されています。ここではその一部を紹介します。
(1)二酸化チタンは発がん性物質(国際がん研究機関のグループ2B(ヒトに対して発がん性を示す可能性がある)で、粉じん吸引が懸念される。
(2) 二酸化チタン/酸化亜鉛のナノ粒子は、ヒトのDNAを傷つける。
(3) 二酸化チタン微粒子は、マウスの脳細胞を損傷する。
(4) 二酸化チタンのナノ粒子は、マウスの脳の細胞を損傷する神経毒性を示す。
(5) 酸化亜鉛ナノ粒子は、ヒト肺表皮細胞の生存能力に影響を与える。
(6) 酸化亜鉛ナノ粒子は、ヒト皮膚表皮細胞のDNAを損傷する。
(7) 酸化亜鉛のナノ粒子は、バクテリアに高い毒性を示す。

3.2健康でない皮膚からの浸透の懸念

 日焼け止めのナノ粒子が、ヒトの皮膚を浸透して、体内に入り込むかどうかについて議論があります。化粧品団体は(健康な)皮膚からは浸透しないと主張しますが、日焼け、発疹、かぶれ、ニキビなど損傷を受けた健康ではない皮膚からの浸透については言及していません。一般的には、健康ではない皮膚からは浸透する可能性があると言われていますが、皮膚浸透に関する研究自体が少ないようです。

 例えば、ナノ情報を提供するイギリスのウェブサイトNanowerkは、"生体での実験は、ナノ粒子が健康な上層皮膚バリアを浸透できるかどうかの疑問にはほとんど答えておらず、日焼けで損傷を受けた皮膚を浸透するかどうかの確認もなされていない。マウスモデルを用いたナノ粒子の浸透に関する研究によれば、商業的に入手可能なクオンタムドット・ナノ粒子は、健康な肌に比べて、紫外線でダメージを受けた肌で、より容易に浸透するということを示した"と述べています。

 英国王立協会・王立工学アカデミーが2004年に発表した勧告の中で、"二酸化チタンのナノ粒子は皮膚を通過しないことを示すいくつかの証拠があるが、同じ結論が太陽光で損傷を受けた皮膚や湿疹など普通にある疾病を持つ人々に当てはまるかどうか明確ではない。化粧品に用いられている他のナノ粒子 (酸化亜鉛など) が皮膚を通過するかどうかについて十分な情報がなく、これについてはもっと研究が必要である。これらの成分の安全性に関連する情報の多くは産業側の実施によって得られたもので、科学論文として公開されていない"と述べています。

 欧州委員会/消費者製品科学委員会(EC/SCCP)が2007年に発表した意見によれば、"従来のリスク評価においては、皮膚浸透研究は健康な又は損なわれていない皮膚を用いて実施されている。損なわれた皮膚の場合には、摂取が強まる可能性があるので安全域(MoS)でカバーされるよう考慮される。しかし、ナノ物質のリスク評価においては、従来の安全域は適切ではないかもしれない。もし活性な組織に対する全身的吸収があるなら、皮膚から全身的循環への急速な展開をもたらすかもしれない。どのような全身的吸収も異常な皮膚状態(例えば日焼け、アトピー、湿疹、乾癬)でより多く起こりそうであるということが予測される"と述べています。

3.3日焼け止めのナノ粒子の環境への排出による有害影響の懸念

 身体から洗い流されたり、廃棄された日焼け止めのナノ粒子の環境運命及び環境へ及ぼす影響についての研究は、ほとんど行われていません。したがって、今後、ナノ粒子の環境運命及び環境へ及ぼす影響についての研究が必要です。
 そのような状況の中で、酸化亜鉛のナノ粒子はバクテリアに高い毒性を示すことが報告されており、環境中に放出された日焼け止めのナノ粒子が、生態系に有害影響を及ぼすことが懸念されます。ナノ粒子を使用した日焼け止めについては、製造、使用、廃棄にわたるライフサイクル評価が実施されるべきです。

3.4 ナノ粒子を扱う労働者の暴露の懸念
 ナノテク産業が拡大するとともに、ナノ粒子を開発する研究者だけでなく、労働者も、ナノ粒子を含む製品の製造、包装、処理、輸送、設備の保守・点検の間に、ナノ粒子に暴露する懸念が高まっています。現在、ナノ粒子への暴露に関して安全レベルというものは分かっておらず、また労働者のナノ暴露を検出し、暴露から保護するための信頼できるシステムはありません。ナノ粒子によって及ぼされる新たなリスクは、既存の技術や規制では管理できません。

4.権威ある機関、NG0s、専門家の見解

 ナノ化粧品や特にナノ日焼け止めの安全性については、国際的に権威ある機関、専門家、NGOsが懸念を示しています。その懸念を集約すると下記のようになります。

(1) ナノ化粧品中のナノ粒子がヒトの皮膚を浸透するかどうかの研究はまだ不十分であり、特に損傷を受けた皮膚からの浸透についての懸念がある。
(2) ナノ粒子は環境へ負荷を及ぼす可能性があるので完全なライフサイクル評価が必要である。
(3)ナノ粒子に対する表示義務とテスト実施義務がないために、ほとんどの製造者は製品にナノ粒子を使用しているかどうかを含めてナノ粒子とテストに関する情報を公開せず、製品にも表示していない。
(4) 環境及び消費者4団体のうち3団体(地球の友(FoE)オーストラリア、天然資源防衛協議会(NRDC)、コンシューマ・ユニオン)は、ナノ日焼け止めはリスクがあるので反対、又は懸念があるので推奨しないという立場ですが、エンバイロンメンタル・ワーキング・グループ(EWG)は、リスクとベネフィットを勘案して、ナノサイズの成分を含むいくつかの日焼け止めを推奨するとしています。
 EWGは健康ではない皮膚からの浸透によるヒト健康へのリスク、及び環境に排出されるナノ粒子の環境へ及ぼすリスクについての評価を行っていません。(安間武)

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参考:日焼け止め豆知識
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■紫外線の種類は3種類
 UVA(400〜315nm)、UVB(315〜280nm)
 UVC(280nm以下)

■日焼けの種類は2種類
 サンバーン:UVBにあたった後2〜6時間で皮が赤くなり、発熱や水泡、痛みが6〜48時間の後に最もひどくなる。
 サンタン:UVAにあたった後24〜72時間で色素沈着が進行し3〜8日後に皮膚が剥離し始める。皮膚が浅黒く変色し、シワ、タルミの原因になる。

■日焼け止めの指標は2種類
 SPF:数値が大きい方がUVBの防止効果大
 PA :+、++、+++の3段階があり、+の数が多いほどUVAの防止効果大
(出典:日本化粧品工業連合会)



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