「地球の友」ナノ報告書の紹介
食品と農業におけるナノテクノロジー
研究室から食卓へ

安間 武 (化学物質問題市民研究会)

情報源:ピコ通信第122号(2008年10月24日発行)掲載記事
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2008年10月27日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/japan/pico_122_081024_nano.html


 国際的NGOである地球の友は、同グループのオーストラリアが中心となり、同グループのアメリカ、ヨーロッパ及びドイツが支援して、2008年4月に『食品と農業におけるナノテクノロジー/研究室から食卓へ』という報告書を発表しました。 本稿でこの報告書の概要を紹介します。報告書本文の日本語訳は、当研究会のウェブサイトで見ることができます。
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/nanofood_FoE_master.html

■報告書の概要
 この報告書は、安全基準、表示義務、規制、管理がないままに、世界中で、ナノ化した栄養成分、食品添加物、抗菌物質などが、加工食品、飲料、容器包装中で使用され、またナノ化された農薬、植物成長剤、防カビ剤、種子処理剤等も既に使用中又は開発中であるとして、食品及び農業におけるナノの問題を考察し提起しています。地球の友は、既に市場に出ている104種のこれらの製品を特定し、リストにまとめています。

 ナノテクノロジー及びナノ物質がもたらす問題は、安全性の確認されていないナノ技術やナノ物質の危険性だけでなく、そのような技術や物質を安全基準なしに市場に出すことを許す市場経済優先の仕組みや、さらには、ナノが私たちの食生活や地域の農業などに及ぼす社会的影響についても批判的に、しかしわかりやすく、議論を展開しています。

 報告書の議論は、発表されている世界中の膨大な論文に基づいており、参照文献として報告書の末尾に示されています。

■目次項目
 報告書は全73ページで下記に示す項目で構成されています。
 ・エグゼクティブ・サマリー
 1. ナノテクノロジーの簡単な紹介
 2. ナノテクノロジーが食物連鎖に入る
 3. ナノテクノロジーと食品加工
 4. 食品容器包装と食品接触材に使用されるナノテクノロジー
 5. 農業に利用されるナノテクノロジー
 6. ナノ食品とナノ農薬は新たな健康リスクを及ぼす
 7. ナノ食品とナノ農業は新たな環境リスクを及ぼす
 8. 持続可能な食品と農業を選択すべき時
 9. 食品の安全を確保するためにナノに特化した法規が求められる
 10. ナノ食品はいらないと言う権利
 11. 持続可能な食品と農業
 ・用語集
 ・付属書A:ナノ物質を含むことを FoE によって特定された農業製品及び食料製品のリスト
 ・付属書B:食品分野においてナノテクノロジーの使用に適用可能なEU規則の概要
 ・ 参照文献

■本稿での紹介  この目次項目に沿って概要を紹介します。

1. エグゼクティブ・サマリー及びナノテクノロジーの簡単な紹介
ナノテクノロジー、ナノ物質とは何か?
・一般的には、ナノテクノロジーは、100ナノメートル(nm)以下で操作する物質、システム、プロセスに関連するもの、ナノ物質は1次元又はそれ以上の次元が100nm以下のもの、として暫定的に定義されている。
・しかしナノ物質のこの定義は健康と環境の安全性を評価する目的には狭いとし、300nmまでをナノ物質とするよう提案している。

ナノ物質は新たな特性を持つ
・ナノサイズの粒子は、質量当たりの表面積が格段に大きくなる、表面活性度が高くなる、化学的、電気的、磁気的、光学的特性等が著しく変化する、などの新たな特性を示すので、全く新たな特性を持った材料としてあらゆる産業分野で急速に利用されつつある。

ナノ物質は新たな危険をもたらす
・ナノ物質の新たな特性はまた、新たな危険をもたらす可能性がある。
・例えばナノ物質は、個々の細胞、組織、器官に入り込み、重大なダメージを与える可能性がある。
・質量当たりの表面積が大きいので、ナノ物質の表面に付着して体内に運ばれる質量当たりの有害物質も多くなる。
・毒性に影響を与えるナノ物質の他の特性には、化学的組成、形状、表面構造、表面荷電、凝集又は分離の程度、ナノ物質に付着する他の化学物質、等がある。
・多くの研究が、これらのナノ物質がもたらす危険性について報告している。

2. ナノテクノロジーが食物連鎖に入る
研究室から食卓へ
・ナノテクノロジーは研究室レベルから広範な食品産業及び農業のレベルに移った。
・ナノ物質は、既に食品、栄養補助食品、容器包装、及び農業(例えば肥料や農薬等)で利用されている。

ナノ食品はどのように定義されるのか
・ナノ食品という言葉は、ナノテクノロジーの技術又はツールを用いて栽培され、製造され、加工され、又は包装される食品、又はナノ物質が添加される食品として定義される。

市場に出ている食品関連ナノ製品
・ナノに関する表示義務はなく、食品製造者らはナノ利用を議論することを嫌がり、食品産業によるナノの商業的利用については十分に開示されていない。
・150〜600のナノ食品と400〜500のナノ食品容器包装が市場に出ていると推定される。

3. ナノテクノロジーと食品加工
ナノ粒子と300nmまでの粒子が加工助剤として多くの食品に加えられている
・ビタミンや脂肪酸などのナノカプセル化された活性成分は、飲料、肉、チーズ、その他の食品の加工と保存用に加えられている。
・ナノ粒子と数百ナノメートルの粒子は、加工段階の流動特性(注ぎ易さ等)や色の安定性改善のために、又は貯蔵寿命を長くするために、多くの食品に加えられている。
・アルミノ・シリケートは、粒状又は粉状加工食品で固化防止剤として使われており、二酸化チタンを成分とする鋭錐石は食品漂白及び光沢添加剤として、菓子類、一部のチーズ、ソースなどに用いられている。

ナノ粒子と300nmまでの粒子が栄養添加物として使用されている
・乳製品、穀物食品(シリアル)、パン、飲料は、ビタミン、鉄、マグネシウム、亜鉛などのミネラル、酸化防止剤、植物性ステロール、大豆などで強化されている。
・これら活性成分のあるものは、ナノ粒子又は数百ナノメートルの粒子、又はナノカプセルの形状で食品中に添加されている。

4. 食品容器包装と食品接触材に使用されるナノテクノロジー
包装食品の貯蔵寿命を延ばす
・ナノ容器包装の主な目的は、ガスと湿気の出入り及び紫外線ライト暴露を低減することにより食品容器包装の遮蔽機能を改善し、食品の貯蔵寿命を長くすることである。
・400〜500種のナノ容器包装製品が商業的に使用されていると推定されるが、今後十年以内に全ての食品容器包装の25%に使用されると予測されている。

可食性ナノコーティング
・可食性ナノコーティングは、肉、チーズ、果物と野菜、菓子、パン、ファースト・フードなどに使用される。
・湿気とガスの出入りを遮断し、色、風味、抗酸化剤、酵素、抗褐色化剤を含み、容器包装の開封後も食品の貯蔵寿命を延ばすことができる。

化学的放出ナノ包装容器の開発
・貯蔵寿命の延長と味や香りの改善のために、ナノの抗菌剤、抗酸化剤、風味、香り、栄養薬品を条件に応じて食品や飲料に自動放出するナノ包装容器の開発が行われている。
・外部刺激に反応して食品又は飲料中に成分を放出するポリマーが湿度、酸素、バクテリア、臭気、食品自体の風味を制御する。
・化学物質の"味を調べ"消費者個人の嗜好に対応して、香り、味、栄養薬品の食品中への放出を制御する。

ナノ抗菌容器包装と食品接触物質
・容器包装や食品接触物質に抗菌ナノ物質を導入して容器包装自身を抗菌剤とする。
・これらの製品は一般的には銀ナノ粒子を使用しているが、酸化亜鉛や二酸化塩素のナノ粒子を使用しているものもある。

ナノセンサーと追跡探知容器包装
・ナノセンサー装備の容器包装は、サプライチェーンを移動する食品、パレット、容器の内部又は外部の条件を追跡探知する。
・ネッスル、英国航空、3M、その他多くの会社が化学的センサーを装備した包装容器を使用している。

5. 農業で利用されるナノテクノロジー
ナノ農薬は既に商業的に利用されている
・最初に開発されたナノ農薬は、既存の農薬、防カビ剤、植物、土壌、種子処理のナノ化である。
・農薬会社は既存の化学的エマルジョンの粒子サイズをナノスケールにまで下げ、太陽光、熱、害虫の胃の中のアルカリ条件などに反応して、破れるよう設計されたナノカプセル中に、活性成分を封入している。
・しかし主要な農薬会社で100nm以下の粒子径を持つ製品を製造していることを認める会社はほとんどない。 ・例外は世界最大の農薬会社であるシンジェンタで、同社はナノ調合された Primo MAXX 植物成長調整剤を数年間、販売している。

農作物と家畜のナノ遺伝子操作
・ナノバイオテクノロジーは現在、ナノ粒子、ナノファイバー、ナノカプセルを使用して外来DNA及び化学物質を細胞に運び、植物又は動物の遺伝子を操作する新たなツールを提供しているように見える。

農場直接監視のためのナノセンサー
・ナノ推進者らは、ナノテクノロジーとナノバイオテクノロジーによる監視システムが、農場中に張り巡らされ、効果的に農場の現在の状況、例えば、土壌の湿度、温度、pH、窒素利用可能性、雑草の状況、作物や家畜の病気や健康状態を監視できるシステムの開発を望んでいる。

6. ナノ食品とナノ農薬は新たな健康危害を及ぼす可能性がある
ナノ毒性は十分には分っていない
・我々のナノ暴露レベルはどのくらいか?
・どのような健康影響があるのか?
・暴露レベルと健康影響の関係は?
・暴露に安全レベルがあるのか?

しかし、ナノ物質が深刻な健康影響を及ぼす可能性を示す十分な証拠がある
・ナノ物質のあるものは、同じ化学成分で粒子サイズがより大きなものに比べて、質量あたりの毒性が強い。
・主に抗菌剤として使用される二酸化チタンのナノ粒子は、DNAを損傷し、細胞の機能をかく乱し、免疫細胞の防御作用を阻害し、バクテリアの一部を吸着して胃腸管全体に送り込み、炎症を引き起こす。
・主に抗菌剤として使用される銀ナノ粒子は、マウスの生殖細胞系幹細胞、ラットの肝臓細胞、ラットの脳細胞に有毒である。
・主に栄養添加物、抗菌剤として使用される酸化亜鉛のナノ粒子は、マウスの肝臓、心臓、脾臓に損傷を与える。

ナノ食品容器包装は新たなナノ暴露の経路となる
・食品容器包装と可食性コーディング中でのナノ物質の使用はナノ物質摂取の可能性を疑いなく高める。
・ナノ物質が食品容器包装から食品に移動する可能がある。

●ナノ農薬に関連する健康影響 ・ナノ農薬は従来の農薬より反応性と生物活性が高くなるよう設計されており、従来の農薬より深刻な環境及び健康影響をもたらす可能性がある。

7. ナノ食品とナノ農業は新たな環境影響を及ぼす
ナノ物質は深刻な生態学的影響を及ぼす
・二酸化チタンは、ニジマスに臓器病変、生物化学的障害、呼吸困難を引き起こす。
・二酸化チタンは、藻類やミジンコに、特に紫外線光に暴露した後に、毒性がある。
・酸化亜鉛はバクテリア及びミジンコに毒性がある。
・抗菌ナノ物質が環境に放出され有益なバクテリアに悪影響を与える可能性がある。

ナノ農薬は、従来の化学物質農薬より大きな環境影響をもたらすかもしれない
・ナノ農薬の難分解・残留性は、土壌や水路に新たな汚染をもたらす可能性がある。

8. 持続可能な食品と農業を選択すべき時
ナノテクノロジーは環境的に持続可能な食料システムをもたらすようには見えない
・全ての地球の市民の必要に合う十分に安全で健康な食品を製造し、生態学的に持続可能で社会的に公正な食料システムにすることが重要である。
・ナノテクノロジーは、ある領域で効率をもたらす一方、地球上の食料分配における既存の不公平を増幅し、ナノテクノロジーが解決するよりもっと大きな健康と環境問題をもたらすかもしれないという懸念がある。
・ナノテクノロジーは、農業と食料システムの各分野をグローバル化し、農薬、種子、農業投入、未加工農産物、加工食品を、製造チェーンの各段階で遠くまで輸送するための新たな推進力となっているように見える。
・ナノ農薬とナノセンサー農場監視管理システムは、より均一の農産物の大規模生産を目指し、前世紀に農業と生態学的な多様性の急速な喪失をもたらした単一栽培農業の工業的規模モデルを構築し拡大するように見える。

ナノテクノロジーは既存の食料システムの問題をさらに悪化させる
・世界の食料生産は、66億の人口が必要とする食料需要を満たすに十分な量以上であるが、この食料の分配は極端に不公平である。
・農業、食料分配、販売は少数の巨大企業の手に集中している。
・ナノテクノロジーは主要な農薬会社、食品加工会社、及び食品販売会社の市場の寡占をさらに拡大するように見える。

ナノテクノロジーは我々の食料と農業に関する文化的知識を侵食する
・ナノ食品加工とナノ栄養添加物は、食品の栄養的価値についての我々の文化的理解を侵食する。
・例えば、我々は、野菜はその色とつやで、魚は目を見て新鮮さを見分けてきたが、ナノセンサー容器包装の拡大は、我々はこれらの食品をナノセンサーが表示する指示に基づいて買うということを意味する。

新鮮で最小加工の有機食品は真の栄養の恩恵をもたらす
・食品の栄養的価値を高めるためのナノ物質に目を向けるより、添加物を含まない新鮮な食品の変化ある食事を摂ることが健康のために重要である。

小規模有機農業の恩恵
・最近数十年間で、工業的規模の化学物質集中農業の高い環境コストが明らかにされたが、それらには生物多様性の喪失、土壌と水路の有毒汚染、塩害、土壌の侵食、土壌肥沃の衰退などがある。
・有機農業は、化学物質中心の工業的農業に比べて同等又はそれ以上の生産高を世界的規模で支えており、著しい環境的及び社会経済的利益をもたらしている。
・公正な取引による有機食品の急速な拡大は、環境的に健全で社会的に公正な農業に対する公衆の関心の高まりを示してる。

9. 食品の安全を確保するためにナノに特化した法規が求められる(省略)
10. ナノ食品はいらないと言う権利がある(省略)

11. 持続可能な食品と農業
予防的な法令の確立
・ナノテクノロジーに関連するリスクを管理するために、包括的で予防的な法令を確立しなくてはならない。
・ナノ物質は新たな物質として規制されなくてはならない。

評価
・全てのナノ物質はナノに特化した健康と環境への影響評価を受けなくてはならず、食品、食品接触材、及び農業への商業的な使用の前に、安全性が立証され、使用が認可されなくてはならない。
・評価は予防原則に基づかなくてはならず、製品の安全性を包括的に示すために立証責任は製造者に置かれなくてはならない。
・安全性評価に関連する全てのデータ、及びそれらを得るために用いられた方法論は公開されなくてはならない。

公衆の意思決定への参加
・影響を受ける全ての利害関係者は、ナノ使用に関する意思決定の全ての局面に関与する機会が与えられなくてはならない。

表示義務
・製品使用について公衆が情報に基づく選択をできるよう、全てのナノ成分は製品ラベル上に表示されなくてはならない。

 以上が「地球の友」の報告書の概要ですが、ナノ食品関連の評価/基準の動向について少し触れます。

 現在、オーストラリア・ニュージランド食品基準(FSANZ)の改正が提案されており、食品添加物中の粒子のサイズが機能的に又は毒性学上、重要な場合には、粒子サイズ、サイズの分布、形状、サイズに依存する特性に関する情報を提供することを求めています。しかし、上市前のテストや表示は義務付けておらず、地球の友オーストラリアは、「このような食品基準ではナノ食品の有害リスクを管理できない」としています。

 また、欧州連合では、欧州食品安全機関(EFSA)が欧州委員会の要請により、"食品と飼料分野におけるナノ科学とナノ技術によって及ぼされる潜在的なリスク"の評価について意見を提出し、現在パブリックコメントにかけられています。
(安間 武)

化学物質問題市民研究会
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