EHN 2010年9月1日 論文解説
銀ナノ粒子は精子幹細胞の成長を止める
解説:ジェニファー F. ニランド
情報源:
Environmental Health News, Sep.1, 2010
Silver nanoparticles stop sperm stem cell growth
Synopsis by Jennifer F. Nyland
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/newscience/
silver-nanoparticles-impair-sperm-stem-cell-signals/


Original:
Braydich-Stolle, LK, B Lucas, A Schrand, RC Murdock, T Lee,
J Schlager, S Hussain, and M-C Hofmann. 2010.
Silver nanoparticles disrupt GDNF/Fyn kinase signaling in spermatogonial stem cells.
Toxicological ScIences
http://toxsci.oxfordjournals.org/content/116/2/577.short

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会
掲載日:2010年9月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/ehn/ehn_100901_silver_nano_sperm_stem_cell.html



 研究者グループによる以前の研究を発展させた新たな研究によれば、抗菌剤のような多くの消費者製品中で使用されている微細な物質はオスの生殖精子細胞内で重要な細胞信号を阻害し、成長を止める。

 以前の研究では、科学者らは、微小なサイズのナノ粒子(10〜25ナノメートルの範囲)が、10μg/ml以上の濃度で曝露させた時に、どのようにオスの幹細胞(訳注1)の成長を減少させるかを報告した。

 新たな研究は、銀ナノ粒子がどのように精子幹細胞の成長を止めるかを初めて明らかにした。テストされた中で、最小サイズのナノ粒子が最大の影響を引き起こした。

 銀ナノ粒子は現在、広範な製品中で使用されているので、この研究はオスの繁殖力に及ぼす潜在的な影響についての重要な疑問を提起するものである。

 さらに、発達中の曝露は精子細胞の形成に影響を与え、オスの生殖系に関連する先天的障害をもたらすかも知れない。科学者らは、これは微小な銀粒子が母親の胎盤を通過し、直接赤ちゃんに影響を及ぼすことができるからであると信じている。

 銀は昔から強力な抗菌性が知られていた。そして、径が100ナノメートル以下の超微細な粒子である銀ナノ粒子の使用は、衣類の抗菌表面処理や包帯などでブームとなった。空気清浄機や身体手入れ用品もまた、ナノ粒子を含んでいる。

 これらの広範な使用がどのように実際のヒト曝露に関係するのかについての情報はほとんどない。最もありそうなことは人々がそれらを吸入し、摂食し、又は吸収することによるものであリ、特にそれらを製造し、又はそれらを扱っている人々である。消費者製品はもうひとつの曝露源かもしれない。製品中に導入された銀ナノ粒子は、そのまま製品中にとどまっていないことを発見した研究の数が増大している。銀ナノ粒子は衣料品から出て人工汗中に移動することができる(Correction, 9/2/10: 発汗作用を模擬した研究で使用された)。洗濯中に、銀は洗濯排水中に漏れ出し、排水によって環境中に運ばれることがあり得る。

 その健康影響もまたほとんで分かっていないが、今日までの研究により専門家らは懸念を提起している。サイズが小さいために、ナノ粒子は、吸入又はその他の曝露経路を通じて、容易に血流を介して体内を移動し、睾丸などの組織と反応することがある。

 以前の実験室での研究が、銀ナノ粒子は、肺、神経、皮膚の細胞を含んで、様々な種類の細胞に有毒であることを示している。それらはまた、脳の中に入り込む、あるいは血液を通じて他の体組織に移動することもできる。いくつかの種類のナノ粒子は、胎盤を通過することができることをヒトと動物の実験が示している。

 精子形成は、最終的には精子を生成する睾丸中での複雑なプロセスである。これらの細胞の成長と分裂を遅らせる環境因子は精子数を減少させ、オスの生殖能力に影響を与えるかもしれない。

 マウスの精子幹細胞の株を用いて研究者らは、異なるサイズ、異なる濃度、及び異なる銀ナノ粒子コーティングが細胞成長に及ぼす影響を調べた。彼らは、炭化水素でコーティングした径が5 nm, 25 nm 及び 80 nm の銀ナノ粒子、又は糖でコーティングした径が10 nm, 25 - 30 nm 及び 80 nm の銀ナノ粒子で比較を行なった。

 サイズがより小さい粒子への曝露は幹細胞により多い細胞死をもたらした。コーティングもまた、重要であった。糖でコーティングしたより小さい銀ナノ粒子は、誘導細胞死の信号のひとつである活性酸素(reactive oxygen species:ROS)(訳注2)の生成を増大させた。

 精子幹細胞成長に重要であることが知られているひとつの経路は、成長因子であるグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)(訳注3)である。銀ナノ粒子に曝露するとGDNFの量は変化しないが、細胞に送られる信号は損傷を受けることを研究者らは発見した。よく調べると、小さなたんぱく質であるFynキナーゼが完全には機能していないことが分かった。このたんぱく質は機能するために調節が必要であるが、細胞が銀ナノ粒子に曝露するとこの調節機能が落ちる。

 この研究の重要な限界は、この研究で使用された銀ナノ粒子の濃度がどのようにヒト曝露と関連するのかに関する情報が欠如していることである。さらに、これらの濃度が睾丸中で実際に起き得るのかどうかが明確でない。



訳注1
「第1回再生医療とは」のウェブページ中の「幹細胞とは」
http://www.ibri-kobe.org/trc/cont/00_www/basics/01_03.html
(引用)
 幹細胞は、ある細胞に変化するようにという指示を受けると特定の細胞に変身、すなわち分化する能力を持っています。また、変化を遂げる前の未分化の状態で長期間にわたって自らを複製、再生する能力も備えています。胚からは胚性幹細胞(ES細胞)、成人からは成体幹細胞、胎児からは胚生殖細胞を採り出すことができます。

訳注2
活性酸素 −ウイキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%BB%E6%80%A7%E9%85%B8%E7%B4%A0
(引用)
 活性酸素(かっせいさんそ)は、酸素が化学的に活性になった化学種を指す用語で、一般に非常に不安定で強い酸化力を示す。活性酸素のうちスーパーオキシドアニオンラジカルおよび一重項酸素は、酸素原子のみできており、その分子構造は普通の酸素分子とそれほど大きく違わないが電子配置が異なっている。

訳注3:グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)
グリア細胞 −ウイキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%B4%B0%E8%83%9E

神経栄養因子 −ウイキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E6%A0%84%E9%A4%8A%E5%9B%A0%E5%AD%90



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