NanoTrust Dossiers No.027en 2012年3月
ナノと環境 パートU
潜在的ハザードとリスク


情報源:NanoTrust Dossier No. 027en, March 2012
Nano and the environment - Part II Hazard potentials and risks
By NanoTrust, Austrian Academy of Sciences
http://epub.oeaw.ac.at/0xc1aa500d_0x002acc9d.pdf

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年7月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/NanoTrust/
2012_NanoTrust_nano_and_env_hazard_and_risk.html


■はじめに

 ナノ物質を含むいくつかの製品と応用は環境と気候保護分野での長所を約束している(Nano and the environment - Part I: Potential environmental benefits and sustainability effects (NanoTrust Dossier No. 026en - March 2012) を参照せよ)。しかし、工業ナノ粒子(ENPs)の特別な物理的及び化学的特性によってもたらされるをハザードの潜在的能力とリスクの可能性を決定するには、もっと詳細な研究が必要である。一方では、ENPsが環境に顕著な脅威を及ぼすという証拠は現在はないが、しかし他方では、ENPの生態毒性に関して我々の知識には多くのギャップがある。証拠がないということは環境的な損傷が起きることはないということを示唆するものであると決して解釈すべきではない。

 現在、生態毒性学的研究は主に、管理された実験室での培養細胞又は生体モデルを使用した調査に焦点を当てている。主要な批判のひとつは非現実的な高用量の使用である。そのような”過剰用量”は、何らかの影響を少しでも引き出すために、しばしば必要とされている。しかし、実験室の研究で、彼等は分析用人工環境を導入することができる。これは、いくつかのENPsは、生物利用能を、したがって物質の毒性を変更することができる大きな凝集を形成するからである。使用される濃度はしばしば、現実的な曝露シナリオよりはるかにかけ離れている。例えば、ナノ銀のリスク評価は、水中の最大濃度は現在恐らく約0.1 μg/literであることが示されているが、生態毒性学的調査ではmg/liter の範囲の濃度のナノ銀を使用している[1]。

 実験室の調査は、農薬のような従来の化学物質のためにもともと開発された実施要綱に従っており、ナノ物質の具体的な特性を考慮していない。さらに、自然界の生態系はペトリ皿(培養用)よりかなり複雑であり、実験室での結果の説明力を制限する。幸いなことにENPsを大量に環境中に放出するような事故は今日まで報告されておらず、このこともまた自然条件でのそのような事故の影響を直接調査する機会は現在までないことを意味する。

 本稿は、環境的分析分野における問題を描き出し、環境中の様々な媒体でのENPsの運命と挙動に関する知識の現状を示し、生態毒性学的研究からの及び曝露評価のモデル計算からの予備的結果の概要を提供する。

■環境分析

 単純な媒体中のナノ粒子を特定し、測定し、又は特性化するために、多くの手法が利用可能である。これらは、電子顕微鏡、クロマトグラフ、分光法、遠心分離法、ろ過、その他の関連技術を含む[2]。

 特定のアプローチの選択は、試料とナノ物質のタイプ、必要な情報、時間的制約、及び利用可能な資金に依存する。ある手法はナノ粒子の存在を確認することだけができ、他の手法は量、サイズ分布、又は表面積サイズに関する情報を提供する[3]。具体的な問題を調査するために、いくつかの手法の組み合わせがしばしば求められる。

 水、土壌、底質、又は下水汚泥、さらには生体中のような複雑な環境媒体中でのナノ粒子濃度と特性を調査するために、適切な分析手法が今後開発されなくてはならない。

 環境分析で直面する困難は多様であり、サンプリング手法と処理から始まるが、それは人工物を作り出すことがある。自然のナノ粒子と人工のナノ粒子の区別もまた難しい。最後に、試料の保存と保管は、科学的変化が起きるので問題を生ずることがある[4]。

 今日まで、環境中のカーボンナノチューブ(CNTs)を定量化する手法に関する利用可能な科学的出版物はない[5]。デューク大学の未発表の研究結果は、”単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)”の存在は、特別の分光的手法を用いて示すことがきるが、試料マトリクスからナノ物質を分離するのが問題であることを示している[6]。さらに、職場での測定を除いて、空気中の合成ナノ物質の定量的及び定性的測定に関しては、今まで何も発表されていない[7]。

 非常にわずかな調査が、特定の応用を通じて環境中に入り込んだENPsの存在を示すことができた。例えばある調査は、20-300nmサイズの二酸化チタン粒子が外装塗装から雨で洗い流されて自然水系に入り込んだことを示した[8]。もうひとつの調査は、水処理施設の排水から環境中に放出された4-30nmサイズの微量の二酸化チタン粒子について報告している[8]。

■環境中のナノ物質の運命と挙動

 ENPs の挙動に関する生態学的研究は、環境中で自然に生じるナノ粒子の挙動を検証した地球科学の多くの調査に依存することができる。それにもかかわらず、ENPs は、これら自然に生じるものと、いくつかの点で異なる。

 自然のナノ粒子は通常、環境中で無秩序に構造化され、環境中に注ぎ出され、拡散されるが、工業的に製造された懸濁液又は粉体は、非常に一様なサイズ、形状、及び構造を持った純粋のナノ物質を含む。そのようなナノ粒子は、CNTs の高い張力強度、あるいはナノ・二酸化チタン の光触媒作用のような独自の特性を持ち、それらは新たな製品や応用での使用を期待させるが、まさにこれらの特徴こそが、環境中における ENPs の運命と挙動を予測することを難しくしている。

 環境中では、ナノ粒子は、多くの要素(例えば、pH 値、塩分、濃度の相違、有機物又は無機物の存在)に依存する広範な化学的プロセスの影響を受ける。

 ナノ物質の特性と特質はまた、重要な役割を果たす。生物利用能は潜在的な毒性を決定する上で極めて重要である。このことは、ナノ粒子が環境媒体中で安定的であるのかどうか、又は凝集及び堆積作用によりそれぞれの媒体から除去されるのかどうか、又は生物が取り込むことができない形状に変換されるのかどうかに強く依存する。

 現在のデータの欠如は環境中におけるナノ物質の運命と挙動の全体像の把握を妨げている。さらに、利用可能な調査は、異なる特性(例えば、表面機能)を持つ様々なナノ物質が使用されるので、そして調査の方法論と期間もまたしばしば相当異なるので、ほとんど比較することができない。

 ENPs の環境とヒト健康に及ぼす影響に関する研究結果は最近、EUプロジェクトの枠組みの中で編集された[7]。

 下記の記述は、その報告書に基づいた環境中の媒体である空気、水、土壌、及び底質中のENPs の運命と挙動に関する現在の我々の知識を要約したものである。

空気

 ナノ粒子が大気中に入り込むときに、それらは高い濃度の領域からより低い濃度の領域に移動する(拡散作用)。空気の流れは粒子を急速に分布させる。これらは当初の排出源から非常に遠く離れた場所まで移動することができる。それにもかかわらず、ナノ粒子はより大きな構造に凝集する傾向がある(アグロメレーション)。サイズ分布の単純な測定ではそのような凝集を自然の微粒子と区別することがほとんどできないので、空気中でナノ粒子を検出することは非常に難しい。空気中の粒子が地上、水中、又は植物中に堆積するスピードは、粒子径に依存する。空気からのナノ粒子は、その粒子径が小さいので、より大きな粒子に比べてはるかに遅い速度で堆積する。



 一般的には、水中に分布したナノ粒子は、コロイドとよく似た挙動を示し、それは科学的文献でよく記述されている。コロイドは、媒体中で細かく分布している小滴(droplets)又は粒子である。それらは静電付着力のために急速にお互いが付着し、重力により沈むので、比較的不安定である。天然水域は典型的に、天然のナノ物質もを含んで、溶解した又は分布した物質を含有する。予想できるように、天然水域に入り込む合成ナノ粒子は、そのような天然物質に自身を結合させる。しかし水中のナノ物質の運命と挙動はまた、pH値、塩分(イオン強度)、有機物の存在のような要素により影響を受ける。

 天然に存在する有機物質(NOM)は、C60 フラーレン又はそれらの凝集を分解し、その結果、粒子径と形状を変えることができる。フミン酸(訳注:動植物に由来する天然物質)のような有機物質(NOM)は、水中のある種のカーボンナノチューブ(MWCNT)を安定させ、沈殿を防ぐことができる。あるCNTsはまた凝集しないように意図的に特別の表面処理をして製造される。そのような機能化のタイプは、CNTsが堆積作用を通じて天然水域から除去されるかどうかを決定するのに役に立つ。

  CNTsは非常に多様な形状を持つので、環境中におけるそれらの運命と挙動について一般的に有効な記述をすることは不可能である。挙動へ及ぼす周囲の環境の強い影響、特に有機物質(NOM)の存在はまた、金属又は酸化金属のようなCNTs以外のナノ物質においても明らかにされている[10]。

土壌と堆積物

 残念ながら、この環境媒体のためのデータは一般的な結論を導き出すためには不十分である。水や空気に比べてこの媒体における入手可能な調査はかなり少ない。しかし、土壌及び地下水中での天然コロイドの移動に関する包括的な文献が存在し、それはナノ物質の挙動についての結論を引き出すのに役に立つ。

 したがって、土壌中及び堆積物中のナノ物質は自身を固体に結合させると仮定される。一般的に、地下水中の非常に低濃度の粒子がこの考えによく適合する。ナノ物質の土壌生物への生物学的利用能、したがって潜在的な毒性は、明らかにそれが有機物質(NOM)に結合するかどうかに強く依存する。土壌のような複雑な媒体におけるナノ銀の生物利用能は、活性銀イオンが土壌中の要素(例えば有機物質(NOM))に結合することができるので、水中におけるよりかなり低い[11]。

 土壌中の汚染物質のENPsとの共移動はほとんど調査されていないが、土壌中のENPs濃度は極めて低いので、ほとんどの汚染物質とENPsにとって恐らく関連がない[12]。

ナノ物質の挙動と特性に影響を及ぼすことができる潜在的な環境プロセス
([7]による)

  • 溶解:固体ナノ物質は溶媒中で溶解して、化学溶液を生成する。
  • 沈殿/堆積:ナノ物質は懸濁液又は溶液から分離する。
  • 種形成:お互いに平衡反応状態にあるナノ物質の化学的変種を形成する。
  • 生物的又は非生物的粒子への結合:ナノ物質は、例えば付着又は収着の形で環境中の生物又は非生物と相互反応する。
  • 変換:ナノ物質は生物学的又は化学的変換を受ける。
  • 凝集/解凝集(Agglomeration/Disagglomeration):直物質はより大きな塊に結合する又は再び分離する。
  • 無機化:炭素含有ナノ物質の生物的及び非生物的分解により無機状態に変換する。
  • 拡散:ナノ粒子が自由分子運動(ブラウン運動)により高い濃度領域からより低い濃度領域に移動する。
  • 堆積:ナノ物質が、例えば空気から水に堆積する。
  • 再懸濁:沈殿を通じて以前は分離していた不溶解性のナノ物質が、液体中又はガス中で新たに分布(例えば水面からガス、又は堆積物から水)する。

■環境毒性

 ナノ粒子は、地球の初め以来、例えば燃焼プロセスの結果(森林火災)、火山灰中、ほとんどの天然水中、又は風化作用及び浸食作用による空気中のホコリとして、環境中に自然に存在している。

 生物は、様々な物質を細胞中にナノ形状で(例えば蛋白質、DNA)生成し、あるいは、自身がウイルスのように数ナノメートルの大きさで存在する。進化の過程で、全ての生物はナノ粒子を含むひとつの環境に適応してきたが、それらナノ粒子のあるものは有毒であり得る(例えば火山灰)。この適応は、曝露、用量、及び生息場所が変わるスピードの関数である[13]。

 環境中のこれらの自然ナノ粒子は、現在では、家庭での加熱、産業、焼畑、輸送、そして最近では、量は不明であるが様々な極めて多種の合成ナノ粒子の産業での使用のような、人間の活動により非意図的に放出されたナノ粒子によって随伴されている。人及び環境へのこの追加的な負荷が、進化論的な観点からは非常に短い期間になされた。生物はどの程度、そのような人工ナノ粒子に危害を被らずに対応できるのか?

 亜致死影響(sublethal effects)とともに、急性毒性に関するほとんどのデータは、淡水生物(例えばミジンコや魚類)について入手可能である。海洋及び陸生の無脊椎動物に関するもっと多くの調査、さらには両生類、爬虫類、鳥類、又は植物、バクテリア、特に微生物に関する調査もまた潜在的な有毒性を決定するために必要である。今日まで、ナノ粒子の摂取、分布、代謝、排泄のメカニズムを詳細に説明することができる利用可能な生態毒性学的調査は存在しない[13]。

 2010年に編集された関連する科学的文献の概要の中で、わずか12の調査だけが実際に生態学的調査として分類することができる(天然の生態系の複雑さを多少考慮する)ということが明らかになった。生態系に及ぼすENPsの影響に関するこれらの非常に少ない調査は、その構成生物中での死亡率又は変化の顕著な増加を検出することはなかった。

 下記の項目は選択されたナノ物質に関する生態毒性学的調査の結果を簡単にまとめたものである(包括的なレビュについては[7]を参照のこと)。

カーボンナノチューブ(CNTs)

 CNTsの生態毒性はわずかな調査の中で扱われているだけであり、ある場合にはその結果は非常に矛盾している。ある調査ではテスト対象生物に及ぼすどのような有害影響も決定することはできなかったが、他の調査は、例えば魚類や両生類の幼生(おたまじゃくし)で明確に有害影響を示した。このことの理由は、CNTsの広い多様性のためである。それらは長さ、構造、表面電荷、表面化学特性、凝集挙動、純度に著しい差異がある([14]及び[15]も参照せよ)。さらに、CNTs は非常に水に溶けにくく、異なるサイズと径をもち、複雑な凝集を生成するので、水生生物でCNTsの毒性を調査するのは非常に難しい[5]。

 CNTsは、水中で分布の安定性をよく保ち、底に堆積することがないようしばしば表面が機能化される。しかし、そのような表面の変更はCNTsが重金属を蓄積する傾向を助長し、そのことはそれらの水域系内での、さらには生物学的系内での移動に影響を及ぼす[16]。

ナノ・二酸化チタン

 ナノ・二酸化チタン は最もよく調査されているナノ粒子のひとつである魚、甲殻類及び藻類での広範な標準化されたテスト手法が利用可能である。ナノ・二酸化チタン は光触媒効果を持つ、すなわちUV放射の下では、微生物の細胞膜を損傷する活性酸素種(ROS)を生成する。

 天然の流水の条件を模擬した実験室規模(いわゆる水系小世界)で調査が実施されている。それらは二酸化チタンのナノ粒子と、より大きな天然に生成された低濃度の凝集体は両方とも微生物の細胞膜を著しく損傷する可能性があることを示している。

 微生物はナノ・二酸化チタン に非常に感受性が高いが、生態系機能に及ぼす正確な影響は未知である[17]。予備的な結果は、小さな甲殻類(水系食物連鎖の中で動物プランクトンとして重要な役割を演じる)のような水生生物はナノ・二酸化チタンの光触媒影響によって損傷されないことを示している。それにもかかわらず、ナノ粒子は自身を動物のキチン質外骨格(訳注:カキの殻・エビの角皮など)に付着させて成長に必要な脱皮を妨げる。このことはそのような動物を殺す。この影響は 水中で0.24 mg/literの濃度で確認されたが、ナノ・二酸化チタン は形状が大きくなると毒性が2倍になることを示した[18]。

ナノ銀

 銀化合物からの銀イオン、又はナノ銀粒子が水と接触することで生じる銀イオンは、バクテリア、菌類、藻類に対して強い毒性がある([19]も見よ)。土壌微生物は、例えばナノ銀で汚染された汚水汚泥が畑に撒かれた時に影響を受ける。ナノ銀粒子は、低濃度で魚類や甲殻類に有害影響を既に示しているが、哺乳類ではこの物質は非常に高い濃度でのみ有毒である。

 植物に関する調査はほとんど入手できないが、最近の論文が細胞損傷により実生植物の種の生育にナノ銀が影響を及ぼすことを示している[20]。ナノ銀は特殊な布地([21])から洗い流される又は化粧品や洗浄材中に存在するので、ナノ銀の環境へ入り込む可能性がある主要経路は水を経由するものである。様々な科学領域の研究者の国際的グループにより、排水中のナノ銀は生態系の多様性に脅威を与える懸念ある15領域のひとつとして特定されている[22]。

■曝露

 ENPs が環境にリスクを及ぼすかどうかはこの物質の毒性に依存するだけでなく、曝露、すなわち環境中に放出される量にも依存する。

 残念ながら、単一のナノ粒子についてさえ、利用可能な定量的なデータはない。これは、ナノ物質の義務的な登録制度がなく、会社は製造量を明らかにすることについて非常に嫌がるためである[23]。非常に少ない調査だけがナノ物質への環境的な曝露を扱っている。これらは概略の製造量と排出量、及びモデル計算に基づいており、包括的なリスク評価を可能とするものではない。

 最近発表された調査[23]は、アメリカにおけるナノ・二酸化チタン の年間製造量を7,800 〜 38,000 トン、CNTs が 55 〜 1,101 トン、そしてナノ-セロオキシドが35 〜 700 トンと見積もっている。ナノ銀の製造量は年間2.8 から 20 トンと見積もっている。製造量についてだけの知識では、潜在的な環境リスクを見積もるためには不十分である。実際に放出される量が知られなくてはならない。

 今日まで、基盤中にしっかり埋め込まれたナノ物質は環境リスクを及ぼさない又はほとんど及ぼさないということがひとつの仮定であった。このことは、例えばプラスチックに組み込まれた CNTs 、又は永久的な光触媒コーティング(訳注:参考情報1参考情報2)中のナノ・二酸化チタンがこの仮定に当てはまる。

 しかし、消費者製品からの ENPs の放出を検証したものは非常に少ない。粒子形状及びイオン形状のナノ銀は両方とも、それが組み込まれた布製品が洗濯されると、環境に放出され、その放出量は製造プロセスに強く依存する[24]。二酸化チタン粒子はまた塗装表面から洗い流され環境中に放出される可能性がある[8]。

 ヨーロッパ、アメリカ、スイスでは、環境中における5つのナノ物質の予想濃度(Predicted Environmental Concentrations / PEC)がモデル計算に基づき推定されている。全ての環境媒体中で最も高い濃度はナノ・二酸化チタン で検出されており、次にナノ酸化亜鉛である。これらの値は有害影響が予測されない調査対象ナノ物質の濃度(Predicted No-Effects-Concentration / PNEC)と比較された。

 その結果は、排水処理施設からのナノ・二酸化チタン、ナノ銀、及びナノ酸化亜鉛による水生系生物の潜在的ナリスクが明らかにされた。カーボンナノチューブ(CNTs)とフラーレンの 予想濃度(PEC)は非常に低いので、現在は環境リスクは予測されない[25]。

 ナノ物質の環境への最もありそうな導入経路は汚染水と廃棄物である。ナノ物質を含有する廃棄物は、原材料の製造過程、ナノ物質含有製品の製造過程、及び製品ライフサイクルの最後の過程で生じる。現在の法的枠組みはナノ物質含有廃棄物を処理するための特定な規制を設けていない[26]。事実上この分野における調査は何もなされていないが、ENPs の廃棄物から環境中への放出はあり得ることでる。現在の仮定は ENPs は廃棄物焼却過程でフィルターにより効果的に除去されるということである[27]。

 LEDs は、半導体物質へのヒ素、ガリウム、リン、及びそれらの化合物のナノスケール・コーティングを含む。したがって、それらは特別の処理又は監視が求められる廃棄物分類に属する。特に、半導体物質であるガリウムヒ素は、大気中の酸素及び水が存在しない場合には、その物質の表面に非常に薄い層を生成することができるので、問題がある。これは非常に有毒であり、通常の埋立地で環境汚染を引き起こすことがあり得る[28]。

 ナノ銀は、様々な経路で排水系に入り込み、例えば、ナノ銀処理された布地の洗濯、化粧品や洗浄剤の流出がある。ナノ銀の約90%は、明らかに汚水処理施設の排水から除去され、汚泥中に含まれる[29]。もしこれが肥料として畑に撒かれれば、ナノ銀は環境中に入り込み、そのことにる土壌中の微生物への損傷は避けられないであろう ([19]も参照せよ)。

 追加的な未解決の疑問はナノ物質を含む製品のリサイクルの可能性である。ポリエチレン・テレフタレート(PET)製のプラスチック・ボトルは着色剤や添加剤を含んでいない限り、リサイクルすることができる。ガス透過性を削減する又は光保護をするナノ含有物質はリサイクルにおいて問題を引き起こす[30]。

■結論

 環境中の合成ナノ物質の運命と挙動についてはほとんど分かっておらず、複雑な環境媒体中でそれらを検出する適当な手法についてはまだ開発段階の域にすぎない。曝露に関するモデル計算だけでは包括的ナリスク評価にとって不十分である。このことは環境中のナノ物質を監視する手法を開発することを求めるものである。

 生態学的調査は、いくつかのナノ物質のある潜在的なハザードを示している。科学的不確実性が存在していても、予防原則がリスクを最小にするという観点で適用されるべきである。環境中への排出は可能な限り避けるべきである。生態学的研究はナノ物質の環境との関連性にますます焦点を当てており、自然の複雑性を考慮すべきである。

 ENPsへの環境的曝露が遅れて発現する影響を調べるために、また潜在的な適応可能なメカニズムを調べるために役立てる長期的な調査が必要であろう。ENPsの他の汚染物質との相互作用に関する研究と同様に、食物連鎖中の生体蓄積に関しても、もっと多くの研究が必要であろう。ある条件の下では、ENPsはそのような汚染物質の移動と影響を変えるかもしれない。


■備考と参照
1 Bernhardt, Emily, et al., 2010, An Ecological Perspective on Nanomaterial Impacts in the Environment (pdf), Journal of Environmental Quality 39, 1954-1965. http://snre.umich.edu/cardinale/pdfs/Berhardt%20et%20al,%20J% 20Env%20Qual%202010.pdf

2 Tiede, Karen, et al., 2008, Detection and characterization of engineered nanoparticles in food and the environment, Food Additives and Contaminants 25(7), 795-821. http://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/02652030802007553

3 University of Essex, o.J., Measurement Techniques for Nanoparticles (pdf), commissioned by: Nanocap. http://www.nanocap.eu/Flex/Site/Downloadf860.pdf

4 Von der Kammer, Frank, et al., 2011, Analysis of Engineered Nanomaterials in Complex Matrices (Environment and Biota): General Considerations and Conceptual Case Studies, Environmental Toxicology and Chemistry 31(12), 1-18.

5 Hassellov, Martin, et al., 2008, Nanoparticle analysis and characterization methodologies in environmental risk assessment of engineered nanoparticles, Ecotoxicology 17, 344-361.

6 Aitken, Robert J., et al., 2008, Engineered Nanoparticles: Review of Health and Environmental Safety (ENRHES) (pdf). Final Report. http://nmi.jrc.ec.europa.eu/documents/pdf/ENRHES%20Review.pdf

7 Aitken, Robert J., et al., 2008, Engineered Nanoparticles: Review of Health and Environmental Safety (ENRHES) (pdf). Final Report. http://nmi.jrc.ec.europa.eu/documents/pdf/ENRHES%20Review.pdf

8 Kaegi, R., et al., 2008, Synthetic TiO2 nanoparticle emission from exterior facades into the aquatic environment, Environmental Pollution 2008(156), 233-239.

9 Westerhoff, Paul, et al., 2011, Occurrence and removal of titanium at full scale wastewater treatment plants: implications for TiO2 nanomaterials, Journal of Environmental Monitoring 13(5), 1195-1203.

10 Ottofuelling, Stephanie, et al., 2011, Commercial Titanium Dioxide Nanoparticles in Both Natural and Synthetic Water: Comprehensive Multidimensional Testing and Prediction of Aggregation Behavior, Environmental Science & Technology 45 (23), pp 10045-10052.

11 Lapied, Emmanuel, et al., 2010, Silver nanoparticles exposure causes apoptotic response in the earthworm Lumbricus terrestris (Oligochaeta), Nanomedicine 5(6), 975-984.

12Hofmann, Thilo/Von der Kammer, Frank, 2009, Estimating the relevance of engineered carbonaceous nanoparticle facilitated transport of hydrophobic contaminants in porous media, Environmental Pollution 157, 1117-1126.

13 Handy, Richard D., et al., 2008, The ecotoxicology of nanoparticles and nanomaterials: current status, knowledge gaps, challenges, and future needs, Ecotoxicology 17, 315-325.

14 NanoTrust-Dossier 022en (pdf). http://epub.oeaw.ac.at/ita/nanotrust-dossiers/dossier022en.pdf

15 NanoTrust-Dossier 024en (pdf). http://epub.oeaw.ac.at/ita/nanotrust-dossiers/dossier022en.pdf

16 Schierz, A./Zanker, H., 2009, Aqueous suspensions of carbon nanotubes: Surface oxidation, colloidal stability and uranium sorption, Environmental Pollution 157, 1088-1094

17 Battin, Tom J., et al., 2009, Nanostructured TiO2: Transport Behavior and Effects on Aquatic Microbial Communities under Environmental Conditions, Environmental Science & Technology 43(21), 8098-8104

18 Dabrunz, Andre, et al., 2011, Biological Surface Coating and Molting Inhibition as Mechanisms of TiO2 Nanoparticle Toxicity in Daphnia magna, PLoS ONE 6(5), 1-7. http://www.plosone.org/article/fetchObjectAttachment.action;jsessionid=
90A1E37ABE178FA13B36B62BBCCB3D91.ambra01?uri=info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0020112&representation=PDF


19 NanoTrust-Dossier 010en (pdf). http://epub.oeaw.ac.at/ita/nanotrust-dossiers/dossier010en.pdf

20 Yin, Liyan, et al., 2011, More than the Ions: The Effects of Silver Nanoparticles on Lolium multiflorum, Environmental Science & Technology 45, 2360-2367.

21 NanoTrust-Dossier 015en (pdf). http://epub.oeaw.ac.at/ita/nanotrust-dossiers/dossier015en.pdf

22 Sutherland, William J., et al., 2009, A horizon scan of global conservation issues for 2010, Trends in Ecology and Evolution 25(1), 1-7.

23 Hendren, Christine O., et al., 2011, Estimating Production Data for Five Engineered Nanomaterials As a Basis for Exposure Assessment, Environmental Science & Technology 45, 2562-2569.

24 Benn, Troy M./Westerhoff, Paul, 2008, Nanoparticle Silver Released into Water from Commercially Available Sock Fabrics, Ibid.42(11), 4133-4139.

25 Gottschalk, Fadri, et al., 2009, Modeled Environmental Concentrations of Engineered Nanomaterials (TiO2, ZnO, Ag, CNT, Fullerenes) for Different Regions, Ibid. 43(24), 9216-9222.

26 Verband der Chemischen Industrie e.V., 2009, Guidance for the Safe Recovery and Disposal of Wastes containing Nanomaterials (pdf), Frankfurt: Verband der Chemischen Industrie e.V. https://www.vci.de/Downloads/126414-Handling_Nanomaterials_being%20Wastes_7_October_2009.pdf

27 Mueller, Nicole C./Nowack, Bernd, 2008, Exposure modeling of engineered nanoparticles in the environment, Environmental Science & Technology 42(12), 4447-4453.

28 Steinfeldt, Michael, et al., 2004, Nachhaltigkeitseffekte durch Herstellung und Anwendung nanotechnologischer Produkte (pdf), commissioned by BMBF. http://www.bmbf.de/pub/nano_Umwelt_ioew_endbericht.pdf

29 Nowack, Bernd, 2010, Nanosilver Revisited Downstream, Science 330 no. 6007 pp. 1054-1055.

30 Van Dongen, Cees/Dvorak, Robert, 2011, Design Guide for PET Bottle Recyclability (pdf), March 2011: Union of European Beverages Associations (UNESDA); European Federation of Bottled Waters (EFBW). http://www.efbw.eu/images/file/Design%20Guide%20for%20PET%20Bottle%20Recyclability_31%20March%202011.pdf


訳注:NanoTrust Dossiers のうち英語版論文リスト
(NanoTrust Dossiers by NanoTrust, Austrian Academy of Sciences)
http://epub.oeaw.ac.at/ita/nanotrust-dossiers


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