農業貿易政策研究所(IATP) 2017年10月12日
ナノテク肥料:工業規模の農業の救済
スティーブ・サッパン博士
情報源:Institute for Agriculture and Trade Policy, 12 October 2017
Nanotechnology enabled fertilizer: Salvation for industrial-scale agriculture?
By Steve Suppan, Ph.D.
https://www.iatp.org/blog/201710/nanotechnology-enabled-
fertilizer-salvation-industrial-scale-agriculture


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2017年11月3日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/IATP/IATP_2017_1012_Nano_fertilizer.html



 農民が秋の収穫を始める頃、彼らが肥料を使用する農場の下流のエリー湖で 700 平方マイル(約1,800 平方キロメートル)の藻類の繁茂、それらのあるものは有毒、が最高になる。環境保護庁(EPA)は、過剰に使用される窒素およびリン肥料は重大な汚染物質であるとしてリストに挙げているが、EPA も米国農務省も、それらの肥料の使用を規制していない。実際にトランプ政権は、肥料の過剰使用及びその他の農業由来の汚染に適用される水質基準を求めることになったはずの EPA管轄の「米国の水系に関する規則(WOTUS / Waters of the United States Rule)」を廃止しようとしている。(廃止のための法的根拠は WOTUS に対する科学的根拠の論駁ではなく、トランプ氏の大統領令は科学的正当性を必要としない政策変更からなるという主張である。)産業側の研究・推進組織である肥料協会(TFI)は、厳しい規制(the iron hand of regulation)ではない彼らの自主的肥料スチュワードシップ・プログラムが成功への最も明確な早道であると主張して、WOTUS の停止を支持した。

 このような悲惨な農業環境の状況の中で、肥料協会(TFI)は 6月12〜13日にミネアポリスで”2017年栄養スチュワードシップ・サミット(2017 nutrient stewardship summit)”を開催し、 IATP も出席した。肥料協会(TFI)は、肥料の使用を低減するが作物の収穫を増強するための彼らの自主的な”4R”農民認証プログラムへの登録の増加を発表した。肥料科学者は、肥料からの硝酸塩の流出を低減し、また二酸化炭素より約 296倍地球温暖化効果がある亜酸化窒素の放出を低減するための彼らの研究室及び農場での実験に関して報告した。ひとりの化学者は、窒素やリンの汚染を防止するだけでなく、肥料の使用を低減することに言及して”カバークロップ”(訳注1)という言葉を肥料協会(TFI)の会議で初めて聞いたと私に言った。

 ナノテク肥料を製造するために、肥料産業や政府やからの資金援助を得た研究が行われているにもかかわらず、私の質問に対する回答の中で私が聞くことのなかった言葉のひとつは”ナノテクノロジー”という言葉である。肥料協会(TFI)のウェブサイトで”ナノテクノロジー”と検索しても何も出て来なかった。原子又は分子サイズの物質の可視化、操作、製造、及び産業用/消費者用製品への導入を実現するナノテクノロジーは、肥料栄養の吸収をより効率的にし、汚染に関連する肥料散布を低減することが提案される技術である。

 偶然にも IATP は、第二回世界肥料デーの前日にナノテク肥料に関する報告書を発表しようとしており、その時に国際的な農業専門家らが、栄養があり持続可能な食料に対する世界的需要を満たす肥料の重要な役割を祝して会合を開くことになっている。
 肥料協会(TFI)のキャンペーン・プログラムは、”世界中で5人に2人が彼らの命を肥料の使用に依存しており”、”今日の農民は1980年代より45%少ない窒素とリンを使用してトウモロコシを栽培している”というようなメッセージをツイートするよう 89,000 人の会員に促している。

   世界肥料デーの祝いにもかかわらず、EPA による「米国の水系に関する規則(WOTUS )の停止、及び、水浄化法(Clean Water Act)の下におけるデモインの水道水への窒素肥料流出汚染に関する、農業関連ビジネスから資金提供されているアイオワ州デモイン水道事業会社訴訟の敗訴で肥料協会(TFI)は心配している。もし、肥料協会(TFI)によって実施されている自主的肥料スチュワードシップ・プログラムがアイオワ州やその他の場所で水汚染を低減することに失敗するなら、他の水道事業体は汚染を引き起こす農場に水浄化法(Clean Water Act)を適用したいと判断をするかもしれない。いわゆる”厳しい規制(iron hand of regulation)”に対する追加的な防御は、農業生産における窒素汚染を削減するためのナノ技術的手法である。

 アイオワ州、オハイオ州、又は米国内のその他の場所の農場に対して窒素肥料による水汚染と亜酸化窒素の排出はもちろん制限されていない。実際に IATP のナノテク肥料のレビューに関する報告書は、ブラジル、カナダ、中国、及びスリランカの研究チームによる研究室での実験に関して報告している。それらの報告書は共通して、窒素系肥料からの植物の栄養吸収を改善し、肥料栄養が植物が利用できる量を超える時に起きる亜酸化窒素排出と農業用水への窒素流出を低減するという目的をもっている。

 IATP によりレビューされた研究の中に、栄養素吸収の強化及び窒素関連汚染を低減するための三つのアプローチがある。ひとつのアプローチは、肥料栄養素を工業的ナノ物質(ENMs)に結合させることにより窒素放出を遅らせることに関係する。ブラジルの研究チームの場合はナノクレイに、スリランカの研究チームの場合はヒドロキシアパタイトのナノロッド、カルシウムを供給するために用いられるバイオセラミック化合物、及びリンと医療用のその他の物質に結合させる。

 中国の研究チームは、ナノクレイ化合物を用いて農業土壌を改善するために研究室での実験及び農場での試験の両方を実施した。それは土壌と混合され沈殿物により活性されることにより、窒素流出を遅らせるナノスケールからマイクロスケールの構造を形成する。

 カナダの研究チームは、 肥料のマイクロ栄養素(例えば、銅、鉄)を覆うバイオポリマー膜に組み入れると植物の根の電気化学信号を読み取ることができる DNA ベースのナノ・バイオセンサーを開発したいと切望している。そのナノ・バイオセンサーが信号を特定すると、バイオポリマーは半透過性になり、植物が必要とする時に必要とする栄養素を放出する。

 ナノテクノローが可能とする栄養素管理へのこれらのアプローチは、それぞれ異なるリスクを伴い、それらのあるものは研究チームによって予測されている。例えば、カナダの研究チームは、バイオポリマー中のナノ・バイオセンサーの結合が植物の根からの信号を正確に読み取り、適切な量の肥料を放出するセンサーの能力を邪魔するかどうかを問うている。もし、センサーが根の化学信号を不正確に読み取る、又はまたく読み取らないなら、その植物は多すぎる又は少なすぎる栄養を受ける、又は全く栄養素を受けないかもしれない。温室効果ガス試験で評価されるべきもう一つの環境リスクは、ナノクレイに変更を加えるために用いられる化学物質が、真菌類、細菌類、及び土壌の健康へのその他の寄与者を害するかどうかである。

 しかし、ナノテク肥料における政府や個人投資家らは、科学者らが現在の輸出向け又は国内向けの単一栽培の農業ビジネスモデルを可能にするひとつ生産物を産み出すことを期待している。ブラジルのトウモロコシ輸出の拡大は、ブラジルの農業ビジネスにおける現在の傾向である肥料使用がもたらす環境ダメージを減らすであろうナノテク肥料に負うところが大きい。その作物(トウモロコシ)を確実に生産するという圧力があるので、科学者らはナノクレイが凝集し、約束された利益を生み出すナノ物質の特性を失うことを防止するための化学物質の及ぼす土壌の健康へのリスクを軽視しているかもしれない。

 たとえナノテク肥料が技術的に成功しても、そしてたとえそれらの環境及び公衆健康リスクは十分小さくても、 作物の投入物価格への肥料カルテル管理は、それらを賄えるその技術への政府からの大規模な納税者補助金がなければ経済的に実行可能とならない。米国の農業ビジネス不当廉売輸出に関する最近の報告書で IATP が示したように、ウォールストリートの投機商品価格が高騰した数年を除いて、農業ビジネスは米国の農民に生産コスト以下の価格でしか支払っていない。米国の農場経営を破産させずに、そして農業ビジネス市場での失敗を補償をしているのは、非農業の仕事と米国納税者補助金である。

 米国では、環境改善奨励プログラム(Environmental Quality Incentive Program / EQIP)の支払いが、従来の化学肥料に比べて、非ナノテクノロジーが可能にする管理された肥料放出の33%の別途価格の一部を相殺するために利用可能である。ナノテクノロジーが可能にする肥料のコストはやはり高く、したがって新たな肥料を散布する人々のために EQIP の補助金が利用される。しかし、 EQIP の支払いは肥料による水の汚染と温室効果ガスの排出がもたらす非常に巨額な環境及び公衆健康のコストを支払うようには設計されていない。

 輸出ダンピングを可能にし、天然資源の濫用をもたらす米国の農業及び通商政策が大きく変わらなければ、ナノテクノロジ−が可能にする肥料を早くから採用していた人々は、再び技術的に単調な仕事(technology treadmill)を続けることになるであろう。農業経済学のこのパラダイムは、低物価、高い新たな製造コスト、これらのコストをカバーするには不適切な補助金、及び正統派の経済学者により”外部化された”増大する環境及び公衆健康コストの下に、ある瓦解のパターンを示している。ナノテクノロジーはその経済的及び政治的瓦解を修復することはできない。

 報告書『Applying Nanotechnology to Fertilizer: Rationales, research, risks and regulatory challenges』をお読みください。

訳注1:カバークロップ
科学的農業主義/カバークロップの意義と選び方
カバークロップは地表面を覆い,土壌の表面を覆い隠すために栽培する植物の総称



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る