農業貿易政策研究所(IATP) 2013年3月
土壌中のナノ物質:我々の将来の食物連鎖

情報源:Institute for Agriculture and Trade Policy March 2013
Nanomaterials In Soil: Our Future Food Chain?
By Dr. Steve Suppan
http://www.iatp.org/documents/nanomaterials-in-soil-our-future-food-chain

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年5月12日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/nano/IATP/IATP_2013_Nano_in_Soil.html


オーバービュー


 天然資源の利用の制約が高まる中で、増大する人口を養うために、世界銀行、国連食糧農業機関(FAO)、その他の国際機関は、将来の農産物について、”持続可能な強化増大(sustainable intensification)”を推進している[1]。農作物へのナノテクノロジーの応用は、”持続可能な強化増大”のための提案されているツールのひとつである[2]。これらの応用には、少量の農薬で目標とする害虫により効果的に適用するためにナノ銀粒子を農薬に添加することにより農薬使用量を減らすこと、堆肥化していない(生)肥料に起因する土壌中の病原体を目標にナノ酸化金属を添加するこ、植物の水吸収の効率を上げるためにナノ・シリコンを添加すること、植物の根のイオン信号により”必要とするだけ”の肥料を放出するよう肥料を被覆するためにポリマー中にDANベースのナノバイオセンサーを開発すること、等が含まれる。

   これらの応用のそれぞれは、それ自身の機会(可能性)、リスク、及び知識のギャップがある。現在までのところ、政府は、ナノテクノロジーを規制するかどうか、規制するとすればそれはどの程度とするかについて審議している一方で、工業ナノ物質( ENMs)とナノが可能とする製品の商業化を許している。欧州委員会の規制と産業界の”自主規制”の混和に向けての暫定的な段階の10年間の概要は次のように述べている。”ナノテクノロジーに関連する製品/活動は、現在、本質的には、既存の規定により規制されているが、ナノテクノロジーの独自性を考えれば、このアプローチの効果には疑問がある”。具体的な厳しい規制の適用が、いくつかの団体により主張されているが、現在までのところ、世界中の規制当局の戦略は、既存の規制体制のナノテクノロジーへの拡張性、及び/又はそれらの遵守の確保を探究している。過去数年、信頼と信用を構築し、安全を促進し、データを収集するために、自主的な措置が公共団体や産業界により支持されてきた[4]。

 ナノテクノロジー特定の規制を開発するかどうかについての政府間の議論はあったが、各国政府はまだナノ特定リスクの徹底的な評価を実施しておらず、ナノが可能とする製品の上市前及び上市後の安全性評価も要求していない。そのような評価の欠如にもかかわらず、FAO/WHOが招集した専門家グループの報告書は、”ナノテクノロジーがけん引する食糧生産は、今後数年間で世界中の消費者にますます利用可能となることが期待される”と述べている[5]。

 20年以上前に、二人の著名な毒性学者が、”ナノテクノロジーの広範な採用の前に、環境と人の健康への懸念を検証し対応することが賢明である”と助言した[6]。ナノテクノロジーのいくつかの医療用途を除いて、政府も企業も、そして大学内のベンチャー企業ですら、この助言を無視してきた。その結果、政府は、数百の、あるいはおそらく数千のENMsが導入されて商品化された消費者製品が、上市前安全性評価なしに市場に出されることを許してきた[7]。

   インターネット上の広告によれば、ナノ物質はすでに、”ナノ肥料”で使用されている[8]。政府は、肥料中のENMsを規制していないので、彼らはこれらの製品をテストしていないし、もちろん彼らの製品の主張も検証していない。製造者の企業秘密主張のために、消費者製品及び産業用製品中のENMsの量を確認することは非常に難しいが、250種類以上のENMsの中で最も使用されている上位5種について、ある大学研究は年間最大40,000トンが米国内だけで製造されていると見積もっている[9]。

   原理的に、ナノサイズにすることで肥料の栄養素がナノスケールの植物気孔に有効に取り込まれ、その結果、より多くの栄養素が効率的に摂取される。しかし、ENMsを含んだ、肥料や肥料として使用される下水処理施設からの”バイオソリッド(下水汚泥)”もまた、長期にわたり植物自身はもちろん、土壌中の微生物や微小動物相(microfauna)に毒性をもたらす化学的反応のレベルまで暴露させる。同一組成であるがサイズがより大きな(マクロスケール)ものより、ENMsの毒性を増大させると信じられている要素には、”粒子サイズ、形状、結晶構造、表面積、表面化学特性、表面電荷”等がある[10]。ナノサイズではその表面積−重量比が対数的に増大するので、毒素の生物利用能をより高め、マクロスケール物質では浸透することができない組織中で生物蓄積する。

 ここに我々は、農業土壌中でのENMsの現場での実験と、その後の商業的及び長期的応用で、いかにENMsが土壌の健康と土壌の生物多様性に影響を与えるかについての疑問を提起している急速に増大する科学的文献の一部をレビューする。疑問は、肥料中におけるENMsの意図的な利用だけでなく、”有益に利用されることができる排水処理からの処理残渣”として米環境保護庁(EPA)が定義する”バイオソリッド(下水汚泥)”中のENMsの付随的な存在にも関連する[11]。バイオソリッドは、しばしば農業用の畑で肥料として使用される。パデュー大学の研究者が最近、”バイオソリッドの土壌への適用は現在では、(少なくとアメリカでは)標準的な手法となっている。・・・もしそれらのバイオソリッドがナノチューブを含んでいるなら、それは問題となるであろう”と述べた[12]。

   その問題は多くの側面をもつ。アメリカの規制は、カーボンナノチューブをカバーする新たなドラフト規則[13]のように、労働者を保護するためのナノ特定の労働安全規則を提案し始めたに過ぎず、この規則が農民や農場労働者をバイオソリッド中のナノチューブから保護するかどうか明らかではない。たとえば、カーボンナノチューブ(CNTs)を含むバイオソリッドを用いる農場労働者は、CNTsを肺に暴露された実験室のラットの苦痛、すなわち、炎症、線維症、肺の毒性的変化などのリスクに終生さらされるかもしれない。CNTsが皮膚細胞に注がれると細胞ダメージを示す生物的化学物質が増大する[14]。

   土壌の健康と土壌の生物多様性を保護するための、肥料中及びバイオソリッド中のENMsの規制を支持する情報に基づく広範な基盤はない。土壌中のENMsの最終的な規制に向けての第一段階は、農民、土壌微生物学者、肥料製造者、ENM製造者、生物工学者、及び関心ある市民社会の代表を集める一連の参加型評価手法であろう。そのような評価手法は、科学により情報を与えられた素人がENMsとナノ製品について、商品化される前に、そして実際には技術的投資、特に公共投資がなされる前に、問われるべき疑問を提起することを可能とする。専門家と素人の組み合わせによる技術評価は、生物多様性条約”をもたらした科学技術の専門家と市民による評価”の手法のあるものを利用することができるであろう[15]。しかし、比較的話題性の小さなナノ肥料は参加者の中の様々な知識ベースを混和し適合することに資するであろう。このプロセスはまた、広範な天然資源とと技術の利用の社会的文脈をも考慮するであろう。

  報告書全文のダウンロード: Nanomaterials In Soil: Our Future Food Chain?

原注
1. E.g., “Sustainable Crop Production Intensification,” Food and Agriculture Organization, 2009. Available at http://www.fao.org/agriculture/crops/core-themes/theme/spi/scpi-home/framework/sustainable-intensification-in-fao/en/.

2. Guillaume Gruere, Claire Narrod and Linda Abbott, “Agriculture, Food and Water Nanotechnologies for the Poor: Opportunities and Constraints,” International Food Policy Research Institute, Policy Brief 19, June 2011. Available at http://www.ifpri.org/sites/default/files/publications/bp019.pdf.

3. “Size of the Nano-scale,” National Nanotechnology Initiative, Available at http://www.nano.gov/nanotech-101/what/nano-size.

4. “Developments in Nanotechnologies Regulation and Standards . 2011,” Observatory Nano, European Commission, July 2011, 7. Available at www.observatorynano.eu.

5. “FAO/WHO Expert Meeting on the Application of Nanotechnologies in the Food and Agriculture Sectors: Potential Food Safety Implications,” 2010, xvii. Available at http://www.fao.org/ag/agn/agns/files/FAO_WHO_Nano_Expert_Meeting_Report_Final.pdf.

6. Gunter Oberdorster et al, “Nanotoxicology: An Emerging Discipline Evolving From Studies of Ultra-fine Particles, “Environmental Health Perspectives, 2005. Vol. 113: 823-839, cited in Jennifer Kuzma, “Nanotechnology Oversight and Regulation . Just Do It,” Environmental Law Review, 2006. Vol. 36: 10909-10919.

7. E.g., “Inventories,” The Project on Emerging Nanotechnologies,” http://www.nanotechproject.org/inventories/consumer/ and Bureau of European Consumer Associations, Available at http://www.beuc.eu/Content/Default.asp?pageId=1120&searchString=nanotechnology.

8. E.g., http://www.alibaba.com/showroom/nano-fertilizer.html.

9. Christine Ogilvie Hendren et al., “Estimating Production Data for Five Engineered Nanomaterials As a Basis for Exposure Assessment,” Environmental Science and Technology, March 10, 2011, 2564 and Table 2, 2566. Available at http://pubs.acs.org/doi/pdfplus/10.1021/es103300g.

10. "Late lessons from early warnings: science, precaution, innovation," European Environment Agency, 2013. Particularly Stephen Foss Hansen et al., “Nanotechnology: Early lessons from early warnings,” 566. Available at http://www.eea.europa.eu/publications/late-lessons-2.

11. Environmental Protection Agency, “Fertilizers made from domestic septage and sewage sludge (biosolids)", Available at http://www.epa.gov/agriculture/tfer.html.

12. “Some carbon nanotubes deplete beneficial microbes in certain soils,” Purdue University press release, January 24, 2013. Available at http://www.purdue.edu/newsroom/releases/2013/Q1/some-carbon-nanotubes-deplete-beneficial-microbes-in-certain-soils.html

13. “EPA Strengthens Worker Protections In Proposed Carbon Nanotube SNURs [Significant New Use Rule],” Inside E.P.A., March 4, 2013. Available at http://insideepa.com/Inside-EPA-General/Inside-EPA-Public-Content/epa-strengthens-worker-protections-in-proposed-carbon-nanotube-snurs/menu-id-565.html.

14. Kuzma, op cit., 10911. Also see, Maricica Pacurari, Vince Castranova, Val Vallyathan, “Single and Multi-Wall Carbon Nanotubes versus Asbestos: Are the Carbon Nanotubes A New Health Risk to Humans?” Journal of Toxicology and Environmental Health, 2010, Part A, 73:378.395. For a more general bibliography, see Maria Powell and Mathilde Colin, “Carbon Nanotubes and Carbon Nano Fibers: Risk Studies,” Nanotechnology Citizen Engagement Organization, March 2011. Available at http://www.nanoceo.net/nanorisks/carbon-nanotubes.

15. “Technology Assessment and Public Participation: From TA to pTA,” Expert and Citizen Science and Technology Assessment, December 6, 2012. Available at http://ecastnetwork.files.wordpress.com/2013/01/ecast-report-ta-to-pta-rev1.pdf.



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