2010年6月スウェーデン・ストックホルム
世界水銀条約のための第1回国連交渉会議
政府代表者らの毛髪水銀含有調査

日本語PDF版

情報源:
A survey of mercury content in the hair of delegates
at the first UN negotiating meeting for a global mercury treaty
http://www.ipen.org/ipenweb/work/mercury/hg_hair_report.pdf

Swedish Society for Nature Conservation1 and International POPs Elimination Network (IPEN)2,
Stockholm, Sweden 2010.
Authors in alphabetical order: Beeler B.2, Dahl U.1, DiGangi J.2, Lloyd-Smith M.2, Patton S.2, Prevodnik A.1, and Wickens J.2.

日本語訳:野口知美、日本語版編集:安間武(化学物質問題市民研究会)
Translated by Ms. Tomomi Noguchi, Edited for Japanese Version by Mr. Takeshi Yasuma
Citizens Against Chemicals Pollution (CACP)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2010年7月15日
更新日:2010年7月16日(参照更新)
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/hg_hair/IPEN_SSNC_INC1_hg_hair_report.html


1Swedish Society for Nature Conservation (SSNC, Naturskyddsforeningen) is a non-profit environmental member-based organization with 181,000 members. SSNC has the power to make changes by spreading knowledge, mapping environmental threats, creating solutions, and influencing politicians and governments both nationally and internationally. SSNC is also the owner of the world's most advanced Eco-label: Good Environmental Choice (www.naturskyddsforeningen.se/)
2International POPs Elimination Network (IPEN) is a global network of over 700 health and environmental organizations in more than 100 countries working together for a Toxics-Free Future (www.ipen.org/hgfree)


結果の概要

 本調査により40カ国の政府参加者たちの毛髪に水銀が含まれていることが判明し、メチル水銀汚染は世界的なものであるいうことが示唆された。開発途上国及び移行経済国からの参加者の水銀レベルの平均は、先進国からの参加者の約2倍であった。さらに、開発途上国及び移行経済国の参加者の毛髪中水銀レベルの平均は、である1000 ug/kgを超えている。水銀が環境放出される原因は、水銀含有製品・機器、製品製造現場、産業プロセス、採鉱活動、金属精錬、石炭燃焼、セメントキルン、廃棄物投棄・焼却、汚染場所、火葬場など、さまざまである。水銀含有製品は幅広く製造され世界的に取引されているけれども、温度計、血圧測定装置、気圧計、電池、電気スイッチや数多くの電子機器のように、代用品・代替品が入手可能なものがほとんどである。現在交渉中の水銀条約は、魚を蛋白源として食べている膨大な数の人々にとって必要不可欠な条約だ。魚の皮をはがせば水銀を取り除くことができると信じている者もいるが、これは誤りである。なぜなら、水銀は魚の蛋白質組織にくまなく行き渡っているからだ。水銀を含む魚は、毒入りの食物源である。本調査によって浮き彫りになったことは、水銀のあらゆる人為的発生源を廃絶する世界水銀条約を一刻も早く実施しなければならないということである。

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、ヒトの健康や環境へのリスクを低減するために、水銀に関する法的拘束力のある国際文書を作成することを決定した(UNEP GC25/5)。水銀条約については、今後5回にわたり会合を開いて協議し、2010年6月に100カ国以上の代表が参加する第1回政府間交渉委員会(INC1)をスウェーデンで開催することで合意した。
 UNEP GCによれば、水銀はその長距離移動性、残留性、生物濃縮性、有毒性(水銀の有毒性についての詳細は付録3を参照のこと)から、世界中で懸念の種になっているという。水銀は、環境中でメチル水銀という形態に変換され、生物濃縮される。ヒトの体内では毛髪に取り込まれるため、食事に由来すると考えられるメチル水銀の体内負荷量を正確に測定するために、毛髪を用いることが広く認められている。INC1は世界中から参加者が集まる国際的な会議であるため、ヒトの水銀汚染が世界的なものであるということに対する意識を高め、またこれを実証するために、全ての国連地域の政府参加者たちの毛髪の水銀濃度を調査することになった。

調査計画

 全部で58のサンプルが分析された。サンプルの提供者は45人の政府代表、8人のNGO代表、先住民たち、さらにスウェーデン議会のスウェーデン人議員であるAndreas Carlgren(環境大臣、中央党)、Goran Hagglund(社会大臣、キリスト教民主党党首)、Mona Sahlin(社会民主党党首)、Maria Wetterstrand(緑の党党首)、オリンピックのスウェーデン人ゴールドメダリストであるAnja Parsonも加わって、環境問題や世界的連帯に対する取り組みを示した。調査対象になったのは、以下の40カ国の参加者たちである。アルゼンチン、アルメニア、オーストラリア、バーレーン、ブラジル、カンボジア、カナダ、クック諸島、チェコ共和国、フィンランド、ドイツ、ハイチ、インドネシア、日本、ヨルダン、ケニア、キリバス、マダガスカル、マレーシア、マリ、モーリシャス、メキシコ、オランダ、ナイジェリア、ノルウェー、パレスチナ、フィリピン、ポーランド、ロシア、セントルシア、セントビンセント及びグレナディーン諸島、スウェーデン、スイス、シリア、タンザニア、タイ、イギリス、ウルグアイ、アメリカ、イエメン(調査の地理的範囲については図1の地図を参照のこと、調査対象者の国連地域別の構成については図2の円グラフを参照のこと)。調査対象者は、水銀の体内負荷量に関連すると思われる質問に答えた(付録4参照)。毛髪のサンプルは密封されたポリエチレンの袋に入れられてストックホルム大学応用環境学部(ITM)に送られ、「熱分解、アマルガム化及び原子吸光分光法によって固体・液体水銀が測定」された(Swedish EPA Method Nr7473)。先進国の参加者の平均値と、開発途上国及び移行経済国の参加者の平均値を比較する調査も行われた。調査対象者の個人情報については、スウェーデン議会議員とスウェ−デン人ゴールドメダリストを除き極秘扱いされた。

図1 調査参加者の出身国表示地図(赤)

図2 国連地域分類による調査参加者比較
Africa:アフリカ、AP:アジア太平洋、CEE:中東欧、
GRULAC:ラテンアメリカ及びカリブ海諸国グループ、
WEOG, Western:ヨーロッパ及びその他のグループ

結果及び考察

 本調査では、対象者全員から水銀が検出されたが、毛髪中の水銀レベルは93 ug/kgから2956 ug/kgまでの幅があった(図3)。20,000 ug/kgを超える毛髪サンプルもあったが、これは世界保健機関(WHO)が1990年に設定したベンチマーク用量信頼下限値10,000 ug/kgを優に超えている。このデータ点は、本調査のいかなる図表にも統計分析にも使用されていない。

       毛髪中水銀濃度
       (μg/kg)

図3 毛髪中の水銀 (ug/kg)
参加者情報は機密なので傾向を示すために数値だけが示されている。

 参加者によって水銀の体内負荷量が違うのではないかという仮説を検証するために、データは先進国からの参加者と途上国及び移行経済国からの参加者に分けられた(表1)。データを統計分析したところ、興味深いことに、開発途上国と移行経済国の参加者の毛髪中水銀レベルの平均は先進国の参加者の約2倍であるということが分かった(p < 0.005)。さらに、前者は米国学術研究会議の参照用量である1000 ug/kgをわずかに超えていた。

表1先進国と開発途上国・移行経済国からの参加者の毛髪水銀レベルの比較
サンプル数 国数 平均水銀レベル
(ug/kg)
標準偏差
先進国 20 11 669 338
開発途上国・移行経済国 33 29 1182 847

 全体的に見ると、22のサンプル(38%)が神経障害を引き起こす可能性のあるこの参照用量を超えていた。このうち17のサンプル(81%)は開発途上国もしくは移行経済国の参加者のものであり、7つ(32%)は女性のサンプルであった。水銀は母親から胎児に伝わるため、出産年齢(40歳以下)の女性の暴露は特に問題となる。イラクにおける研究では、母親の毛髪水銀濃度が10,000-20,000 ug/kgになると、胎児の脳の発達に悪影響を及ぼす可能性が5%に上がることが示唆された。これは容認できないほど高いリスクになる。安全係数が10であり、米国学術研究会議の参照用量に対応している場合には、胎児の脳の発達への悪影響を現在の科学的知識によって回避することが可能である。しかしながら、感覚異常(手足がしびれてピリピリする感覚)などといった大人の軽度神経障害を防ぐことはできない。

 低レベルの水銀への慢性暴露による影響は、高レベルの水銀の急性的な影響ほど十分に理解されていない。しかし、明らかな中毒の兆候を何ら引き起こさないほど低レベルのメチル水銀に多くの人々が曝されているため、低レベルの水銀への慢性暴露は優先度の高い研究分野となっている。この研究に関しては、個人のリスクと集団のリスクを区別することが重要である。わずかな神経学的影響などは、個人の場合にはあまりにも小さすぎて臨床的意義を持たないが、集団全体を考慮した場合には非常に重要なものになるかもしれない。水銀による影響はわずかであっても、リスクを持つ集団の規模は非常に大きいかもしれないからだ。実際に最近のデータでは、米国学術研究会議の参照用量(1000 ug/kg)を大幅に下回る用量であっても、メチル水銀への暴露によって神経障害が引き起こされる可能性があることが示唆されている。今までのところ、免疫学的毒性及び心血管系毒性の公式なメチル水銀参照用量は存在しないが、これらは米国学術研究会議の神経障害の参照用量をさらに下回っていると思われる。(参考文献11などを参照のこと)

 その他の数多くの調査においても、魚の消費量と毛髪の水銀濃度との関連性が立証されている(参考文献13及び14などを参照のこと)。スウェーデンでは、魚を食べない人の毛髪中の水銀は100μg/kg以下であった(パーソナル・コミュニケーション, Gerd Sallsten, イェーテボリ大学, 2010)。本調査では、1人を除き全ての参加者が質問票において魚を食べると回答しており、全サンプルの含有水銀量がスウェーデンのバックグラウンド濃度を超えていた。サンプル数は少ないけれども、一般の人々にとって魚は水銀の発生源になるということがここで改めて確認された。しかしながら、本調査では1週間に魚を食べる回数についての明確なパターンを観察することはできなかった。食物網における魚類の位置も、魚の含有メチル水銀量に影響を与えているかもしれない。捕食魚は通常、最も高レベルの水銀を含有している。消費された魚の種類やその栄養段階(食物網における位置)は本調査において考慮されなかったため、魚を食べる頻度が参加者の水銀濃度にどのような影響を与えるかについては結論づけることができなかった。

 本調査では興味深いことに、開発途上国と移行経済国の参加者の毛髪中水銀レベルの平均は先進国の参加者の約2倍であるということが観察された(表1参照)。

 本調査の目的は、開発途上国及び移行経済国の参加者の水銀レベルが増加した原因を特定することではない。しかし一般的に言えることは、歴史的な利用法、産業慣行、国民意識の欠如、役に立たない法律によって、開発途上国の環境中の水銀が増加する可能性はある。さらに、多くのアジア・太平洋・アフリカ諸国、特に島国では、蛋白源を魚に頼っているのである(参考文献16などを参照のこと)。

 水銀へのヒト暴露が世界的にどの程度なのか、いまだ十分に分かっていない。最近のEU評価書が示唆するところによれば、中欧及び北欧の全人口の1-5%もの人たち(300万-1500万人)、そして地中海沿岸地域のほとんどの人たちの水銀レベルは、米国学術研究会議の参照用量(1000 ug/kg)とほぼ同じである。さらに憂慮すべきことは、地中海、北極地方、アマゾン川流域の漁業コミュニティでは、メンバーの水銀濃度がこの参照用量の10倍以上にものぼることがあるという事実である。この用量レベルになると、胎児の脳の発達に悪影響を及ぼすことも十分予想される。

 水銀が環境放出される原因は、水銀含有製品・機器、製品製造現場、産業プロセス、採鉱活動、金属精錬、石炭燃焼、セメントキルン、廃棄物投棄・焼却、汚染場所、火葬場など、さまざまである。水銀含有製品は幅広く製造され世界的に取引されているけれども、温度計、血圧測定装置、気圧計、電池、電気スイッチや数多くの電子機器のように、代用品・代替品が入手可能なものがほとんどである。

 本調査の結論として示唆されることは、世界中の人々がメチル水銀に汚染されているということである。水銀は調査された全ての国連地域の全ての政府参加者から検出された。水銀の主要な発生源から遠く離れた国の政府参加者からも検出されたのだ。この調査結果によって明らかになったことは、魚などの食物源がこれ以上汚染されるのを防ぐために、水銀のあらゆる人為的発生源を廃絶することが重要だということである。現在交渉中の水銀条約は、魚を蛋白源として食べている膨大な数の人々にとって必要不可欠な価値あるものになり得る。魚の皮をはがせば水銀を取り除くことができると信じている者もいるが、これは誤りである。なぜなら、水銀は魚の蛋白質組織にくまなく行き渡っているからだ。水銀を含む魚は、毒入りの食物源である。調査結果が示唆していることは、水銀条約によって水銀のあらゆる人為的発生源を世界的に廃絶し、その有効性を評価するために、例えば環境や魚・ヒトにおける水銀を世界的に監視するメカニズムを確立しなければならないということだ。このような世界水銀条約を一刻も早く実施しなければならないということが本調査によって浮き彫りになったのである。

謝辞

 SSNC及びIPENは、この調査に協力し、ヒトの水銀の体内負荷量に対する国民意識を高める手助けをしてくださった全ての参加者に感謝申し上げます。ストックホルム大学応用環境学部(ITM)にも感謝申し上げるとともに、休暇中に毛髪水銀分析をしてくださったAnn-Marie Johansson氏とPia Karrhage氏に深くお礼申し上げます。おかげで、われわれは調査結果を時宜にかなって提供することができました。

付録1:毛髪中の水銀レベル及び調査対象者からのコメント

Andreas Carlgren,スウェーデン環境大臣,773μg/kg:
 この調査によって、水銀問題に取り組む必要があるということが実証されました。水銀は私たち全員の体の中にありますが、私たちの体の一部になってはいけないものなのです!水銀のあらゆる発生源を廃絶するために、私そしてスウェーデン政府は水銀に関する法的拘束力のある効果的な国際文書を速やかに実施することを求めています―現在行われている交渉は、次の世代に大きな違いをもたらすチャンスなのです。

Mona Sahlin,スウェーデン社会民主党党首,452μg/kg:
 これは憂慮すべき数値です。工業製品に含まれている水銀などの重金属の量を制限しなければなりません。特に重要なのは、廃棄物として自然の中に捨てられることが多いことが分かっている製品には重金属を使用してはならないということです。そのためには、重金属の使用を徐々に廃止すべく、ヨーロッパの法律をより一層厳しくしなければなりません。まずは水銀から始めるべきです。私たち社会民主党はまた、有害廃棄物をヨーロッパ諸国から世界中の貧しい国々に輸出することを一切やめるよう求めています。私たちは、自分たちの引き起こした環境問題に対して責任を取らなければならないのです。

Anja Parson(オリンピックのゴールドメダリスト),748μg/kg:
 私のサンプルを見て、北ヨーロッパ諸国をはじめ世界中の国の人々が水銀問題に関心を持ってくれることを願います。私たちは責任を取ることから始めなければなりません。最善を尽くすことが、家族そして次の世代に対する義務だと思うのです!

Maria Wetterstrand(緑の党党首),692 μg/kg:
ノーコメント

Goran Hagglund(社会大臣、キリスト教民主党党首),1189μg/kg:
ノーコメント

付録2:世界水銀条約についてのIPENとSSNCの見解の略述

水銀は世界中で懸念の種
  • あらゆる地域の魚が水銀で汚染されており、ヒトの健康や環境を脅かすレベルに達している。米などの農作物もまた、水銀の重要な暴露経路になっている可能性がある。
  • 水銀で汚染された魚などの食物は、母親や子どもにとって特に有害である。
  • 環境中の水銀の3分の2は、人間の活動に由来している。
  • 環境中の水銀は長距離を移動し、世界中のはるかかなたまで広がる。
  • 水銀が環境放出される原因は、水銀含有製品・機器、製品製造現場、ある種の産業プロセス、採鉱活動、金属精錬・リサイクル、石炭燃焼、セメントキルン、廃棄物投棄・焼却、汚染場所、火葬場など、さまざまである。
  • 水銀とその化合物のほとんどは、極めて有毒である。最も有毒な形態は、メチル水銀などの有機化合物である。しかし無機化合物も、塵を摂取または吸入することによって非常に有毒となる。水銀は慢性中毒と急性中毒の両方を引き起こす可能性がある。
目的・範囲・実施
  • 世界水銀条約の目的は、水銀の人為的発生源を廃絶することによってヒトの健康、野生の動植物、生態系を守ることでなければならない。
  • 本条約は、水銀の全ライフサイクルに目を向けた広範囲にわたるものでなければならない。
  • 本条約において認識されるべき人々は、特に脆弱な人々、例えば子ども、妊娠可能年齢の女性、先住民、北極地方・島国・沿岸国に住む人、漁民、小規模金採鉱者、貧困者、労働者などである。
  • 本条約を将来的に拡大することができるような規定を盛り込むことによって、水銀と同じく世界中で懸念されているその他の汚染物質も管理できるようにすべきである。このとき、本条約の強固な土台を揺るがすようなことがあってはならない。
  • 本条約の求めに従い、各締約国は国家・地域実施計画を策定し、実行に移さなければならない。この実施計画には、水銀の供給、発生、生活環境への放出、廃棄、汚染場所に関する目録が含まれている。
  • 市民社会は、本条約の策定及び実施に積極的な役割を果たさなければならない。例えば、市民社会が国家・地域実施計画の作成及び実行に携わる機会を得る必要がある。
  • 本条約の有効性を評価するために、例えば環境や魚・ヒトにおける水銀を世界的に監視するメカニズムを確立しなければならない。
供給
  • 水銀の一次採鉱を禁止すること、備蓄水銀及び塩素アルカリプラントから回収される全ての水銀の永久かつ安全な保管とその監視を義務づけること、既存の発生源から生成される水銀の取引を制限すること。
  • 場合によっては、特定の労働者やコミュニティグループに対して一時的な援助などの支援が必要になるかもしれない。支援対象は、水銀を環境放出する生業に現在就いている者たちである。
需要
  • 水銀の廃絶を念頭に置いた規制措置をとること。ただし、水銀を含有または使用している全製品・プロセスを徐々に廃止していくために、期間限定の限られた例外措置をとることが可能である。
  • 水銀を含有または使用している製品・プロセスに代わる、持続可能で無毒なものについての研究開発を推進すること。特に開発途上国と移行経済国の要望に目を向けることが重要である。
取引
  • 水銀及び水銀含有製品の国際取引に対する効果的な規制を導入すること。
  • 本条約において水銀規制と国際商取引法は相互支援的であると認識されているかもしれないが、本条約の規定が国際商取引法に従属するということを示唆する文言があってはならない。
大気への排出
  • 水銀を環境放出する石炭燃焼発電所やセメントキルンなどの燃焼プロセスに関する利用可能な最良の技術(BAT)及び環境のための最良の慣行(BEP)を確立し、合意されたスケジュールに基づいてこれらを段階的に適用すること。その目的は、良い代替品が社会的に見て適切で利用可能かつ手ごろな価格である場合、水銀のあらゆる発生源を段階的に除去することである。
廃棄場所及び汚染場所
  • 水銀汚染場所を特定、管理、改善するためのメカニズムを確立すべきである。これには、影響を受けた労働者やコミュニティへの適切な補償が含まれる可能性がある。
  • 水銀関連の段階的廃止及び浄化の責任については、汚染者負担の原則に整合的でなければならない。責任ある当事者がコストを分担し、民間部門には特別な注意を払うものとする。
意識の向上
  • 特に女性、子ども、労働者、小規模金採鉱者、貧困者、社会から取り残された者、教育を受けられない者に対して、本条約によって情報公開を行い、彼らの意識を向上させ、さらに教育を与えるべきである。また、先住民、北極地方・島国・沿岸国に住む人、漁民など、栄養源として水銀に汚染された魚などの食物を食べている者に対しても同様にすべきである。
  • 水銀の危険性、水銀の発生源、水銀含有製品の代替品に関する政府及び民間部門のデータを一般の人々が時宜を得て入手できるようにすべきである。
キャパシティ・ビルディング及び技術・資金援助
  • 適切に資金調達された、予測可能な資金メカニズムを確立すること。開発途上国と移行経済国が自らの貧困削減目標を弱めることなく本条約の義務を果たすことができるよう、新たに追加支援をする必要がある。
  • キャパシティ・ビルディングと技術移転のためのメカニズムを確立すること。
コンプライアンス
  • 透明性を高め、条約義務の順守を確保するために、効果的な監視・報告・再検討メカニズムを確立すること。


付録3:水銀毒性

 水銀は他の金属と同様、いったん環境中に放出されると分解することができない。深海底堆積物は、生物圏(生態系の生物学的部分)にある水銀を長期間にわたって吸い込み、除去する唯一のものとして知られており、沈み込み帯において海底が消滅することによって、最終的に地殻に再吸収される可能性のある唯一のものでもある。水銀は4つの形態に変化する独特な金属である。具体的には、室温では液体金属またはガス(元素形態)、その他の場合はイオンまたは有機化合物に変化する。水銀の有機化合物は、酸素の少ない水域環境において微生物作用により生成される。水銀がガス化すると、大気中に広範囲に拡散する可能性がある。汚染空気の吸入や職業上の暴露よって、元素水銀に暴露する可能性もある。例えば、前者は水銀鉱山や有害廃棄物処理場、廃棄物埋立地のそばで汚染空気を吸入すること、後者は水銀を含むアマルガムを歯の詰め物に使用している歯科医院で働いていて暴露することなどである。水銀は金属及び有機化合物の状態だと脂溶性になるため、生態系の食物網に蓄積する。魚は、一般の人々が有機水銀に暴露する主な原因となっている。

 水銀はどのような生物学的機能を持っているか解明されていないが、非常に有毒であり、特に有機化合物のメチル水銀は極めて毒性が高い。メチル水銀は発がん物質に分類されており、その標的器官は神経系であるため、認知能力や記憶の喪失、神経筋の協調運動障害といった合併症が発生する。胎児や子どもは脳や神経系が発達途中にあるため、特に水銀の影響を受けやすい。水銀は胎盤を通過することが可能であり、母乳にも移行する。そのため、多くの国では妊娠中及び授乳中の女性は特定の魚種を食べないよう推奨されている。その他、水銀暴露に関連すると思われる合併症の中には、あまり知られていないが広く発生しているものもある。しかし多くの場合、既存の疫学データが不十分であるため、因果関係を確実に証明することはできない。心血管障害や腎臓機能障害、ある種のがんなど、こうした合併症は多岐にわたる。

 水銀は広範囲にわたって工業的に利用されている。特に医療機器や電子機器に利用されることが多い。先進工業国では、石炭燃焼、廃棄物焼却、金属の採鉱・精錬・製造、塩素アルカリ製造が現在の主要な水銀排出源である。水銀はまた、多くの国で小規模金採鉱に使われており、金採鉱活動は地方または地域においてさまざまな問題を引き起こしている。そのため、アマゾン川流域の他、アフリカ・東南アジア諸国でも深刻な水銀汚染問題が生じている。

付属書4 質問票 毛髪水銀サンプリングのための質問票

 このテストの結果は、水銀に関する法的拘束力のある文書の制定に取り組む人々の体内水銀汚染について知ってもらうために、ヒトの水銀曝露と汚染に関する報道発表資料用ファクトシートのデータとして編集され利用されるであろう。秘密保護の権利は、自主的に放棄した人々以外の全ての参加者に認められる。
 個人情報と匿名サンプル:結果を収集するのに利用し、参加者命を見えないようにするために、各参加者は参加者IDコードを与えられる。

  1. 日付
  2. 名前又はIDコード
  3. 性別 女性() 男性()
  4. 年齢
  5. あなたは、あなたの水銀体内汚染知るためにe-メールでの連絡を望みますか?
    匿名で毛髪サンプルを提供したいと望む参加者は、IDコードとパスワードがあれば、結果をe-メールで得ることができる。
    (ulrika.dahl@naturskyddsforeningen.se)
    はい() いいえ()
    メールアドレス
  6. 魚を食べますか? はい() いいえ()
  7. もし食べるなら、好きな魚又はよく食べる上位2種の魚は何ですか?
  8. 魚を週に何回くらい食事で食べますか? 食べない() 1回以下() 2回() 4回() 6回() 8回以上()
  9. 水銀を懸念して魚の摂取を制限又は回避していますか? はい() いいえ()
  10. この毛髪検査に参加した後に、水銀曝露を減らすための措置をとろうと思いますか? はい() いいえ() すでにとっている()
  11. あなたはこのような異なる水銀曝露経路についてご存知ですか? はい() いいえ()
注:水銀には有機水銀と無機水銀があります。毛髪中の水銀は体内の有機水銀を示します。しかし、あなたは歯科アマルガム("銀歯")、肌用クリームなど、あるいは職業上、無機水銀に曝露しているかもしれません。

参照

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化学物質問題市民研究会
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