2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
タンザニアの採鉱地域マツンダシとマコンゴロシ
ASGM 水銀汚染サイト


情報源:ASGM sites: Matundasi and Makongolosi mining areas in Tanzania
IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013
Prepared by AGENDA (Tanzania), Arnika Association (Czech Republic) and the IPEN Heavy Metals Working Group
http://ipen.org/hgmonitoring/pdfs/tanzania_mercury_report-hair-rev-en.pdf

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年7月9日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/
Mercury_Monitoring/Tanzania/Tanzania_ASGM_sites.html

Dar es Salaam . 3 January 2013
ダルエスサラーム 2013年1月3日

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人の健康と環境へのリスクを削減するために水銀に関する法的拘束力のある世界的文書を開発することを決定した(UNEP GC25/5)。UNEP GCは、水銀はその長距離移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために世界の懸念物質であると言及した。その結論は、水銀は人と野生生物に有害な影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在すると述べた2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づいている。人間の毛髪は、魚を食べることで取り込まれると思われるメチル水銀の体内汚染の信頼性ある指標として広く受け入れられている(Grandjean, Weihe et al. 1998); (Harada, Nakachi et al. 1999); (Knobeloch, Gliori et al. 2007); (Myers, Davidson et al. 2000))。

 この報告書は、タンザニアの採鉱地域のマツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)のいわゆる人力小規模金採鉱(ASGM)ホットスポットに焦点を当てている。我々は、金抽出プロセスでの水銀使用が、これらの場所で採取した人の毛髪に痕跡を残すかどうかを確認するために、ASGMの近くに住みそこで働いている人々の毛髪中の水銀レベルを検証した。さらに、地域の水銀放出が、長距離移動のために世界規模の問題になるので、我々は、ドラフト水銀条約が”タンザニアにあるようなASGMに対して、どのように対応しているのかを検討した。

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タンザニアのルパ川の ASGM ホットスポット

 マツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)の採鉱地域は、チュンヤ (Chunya)(チュンヤ地区首都)の北西、約 20 km 及び 40 km に位置する。この二つのサイトは、砂金ではない金鉱石(non-alluvial gold)が採鉱され、水銀を使用したアマルガム化で処理される。水銀と金のアマルガムは最終的には、水銀回収装置なしに開放加熱される。とい流しとアマルガム化に使用される水の大部分は、最終的には、チュンヤの南側に位置するルクワ湖に流れ込むルパ川に流される。

 ルパ金採鉱地域のASGM分野での水銀使用はかなり前から始まっており、したがってこの地域での水銀汚染への曝露は高い。タンザニアのルパ金採鉱地域での人の活動に由来する大気への水銀放出は、年間、約1〜3トンと推定されている。マツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)を通る水路や河川は、タンザニアの南部高原地帯の人々の生活を支えるルクワ湖に流れ込む。

材料と方法

 AGENDA は、IPEN (2011)により開発されたプロトコールを使用して人の毛髪のサンプリングを実施した。マツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)の採鉱地域で合計15の毛髪サンプルがこの調査のために採取された。米国・生物多様性研究所(BRI)は、米国メーン州ゴーハムにある彼らのラボで毛髪のサンプル中の水銀レベル(総水銀量THg)を測定した。AGENDA はサイトを特性化し、その歴史と推定に基づく水銀経路についての情報を提供した。

材料と方法

 二つのサイト、マツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)の水銀汚染は、元素水銀を使用する金鉱石のアマルガム化プロセスと、回収装置のない開放空間での水銀・金アマルガムの加熱(panning and burning)に由来する。鉱物処理活動で使用される水の大部分は、水路や河川に排出され、最終的にはブクワ湖に注ぐ主要な川のひとつであるルパ川に流れ込む。ルクワ湖に注ぐ湖や河川からの魚を食べて高い水銀暴露の可能性があるので、住民の大部分が水銀に暴露している恐れがある。

 このプロジェクトが対象とするサイトでは、150〜200人の採鉱者が働いていると推定される。月に一人の採鉱者により使用される水銀の量は、1kgであると推定されるので、したがって、この地域では年間、約2〜4トンの水銀を使用することになる。(この量は、ゴールドラッシュにより変化する。)ゴールドラッシュに依存して、採鉱者のあるものは新しい場所に移動するので、この二つのサイトの採鉱者の数に関する正確なデータはない[脚注a]。二つのサイドには既存の埋立地はない。水銀・金アマルガムの開放加熱は、水銀放出で周囲の地域に影響を及ぼす汚染経路のようである。

脚注a:チュンヤ駐在の採鉱担当官とのAgendaの協議
 Table 1 は、、マツンダシ(Matundasi)及びマコンゴロシ(Makongolosi)の採鉱地域からの全14毛髪サンプルの平均水銀レベルは、米EPAの参照用量である 1 ppm より2.7倍高いことを示している。約3分の2の毛髪サンプルはこの参照用量を超えている。タンザニアのチュンヤ地区から得られたひとつの毛髪サンプルで観察された最大水銀値は、米EPAの参照用量を13倍、超えていた。ひとつのサンプルは 236 ppm という非常に高いレベルを示したので、そのサンプルはこのテーブルには含まれていない。

Table 1: マツンダシ及びマコンゴロシの採鉱地域からの毛髪サンプル中の水銀濃度
サンプル
水銀
平均
ppm,ww
標準
偏差
最小
水銀
ppm
最大
水銀
ppm
米EPA
参照用量
[脚注b]
ppm
米EPA
参照用量
を超える
サンプル比
全サンプル 14 2.74 3.40 0.373 3.151 1.00 64%

脚注b:米EPAの参照用量(RfD)は血中水銀濃度4-5 μg/L及び毛髪水銀濃度1μg/gに関連している US EPA (1997)。 Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293.

 ビクトリア湖の近くのルワマガサ地域は、Baeuml, Bose-O’Reilly et al. (2011)により、いくつかの異なる国のASGMサイトと比較して評価された。彼らは、タンザニアのサイトの160人から得た毛髪を分析し、平均水銀濃度 1.80 ppm 、最大レベル 48.7 ppm という結果を見出したが、それらはこの調査で観察された最大値より低い。しかし、この調査の一人の毛髪に観察された 236 ppm という最大値は、Baeuml, Bose O’Reilly et al. の調査にある汚染のひどいインドネシア−スラウェシののASGMサイトで見出された最高値のひとつに匹敵する。もうひとつの調査が、 ASGM サイトに住む母親の母乳中の水銀レベルに注目し、”これらの金採鉱サイトの46人も子どもたちのうち22人が、計算上、より高い総水銀摂取”をしていた。計算上の1日当たり最高摂取量127マイクログラムは、勧告されている無機水銀の最大摂取量をはるかに超えている”(Bose-O'Reilly, Lettmeier et al.2008)と、強調している。

 ビクトリア湖の近辺で実施された非常に広範な水銀への人の曝露に関する調査が、職業的に曝露した金採鉱労働者が閾値基準を超える非常に高い毛髪総水銀濃度を示したことを明らかにした。彼らはまた、有機水銀中毒の症状を示し (Harada, Nakachi et al. 1999)、タンザニアにおける金採鉱の極めて高い職業的危険性を強調した(Campbell, Dixon et al. 2003)。

 Mnali (2001) は、ルパ金採鉱場で川の堆積物と尾鉱中に高いレベルの水銀を観察した。ルパ金採鉱場における利用可能な環境中の水銀に関する測定データはないが、ASGMにより引き起こされた汚染についてのもっと複雑な写真をビクトリア湖の近くのそのようなサイトに焦点を当てた調査の中に見ることができる(Ikingura, Mutakyahwa et al. 1997)。

ASGMサイトと水銀条約

 この報告書及び他の報告書で調査されたタンザニアのASGMサイトは、人の毛髪中の水銀レベル(Baeuml, Bose-O’Reilly et al. 2011); (Harada, Nakachi et al.1999)は、極めて高いことを確認した。このことは、水銀条約が、ASGMサイトにおける環境の水銀汚染と人の健康に及ぼす有害影響をなくすめの行動をどのように義務付けているのかについての疑問を提起する。

 ASGMは、現在、最大の意図的な水銀用途であり、極めてひどい水銀汚染を引き起こしている。ASGMが行われている地域は、人の水銀への著しい暴露源であることが知られており、近くの水路やASGMサイトの下流の魚に高いレベルのメチル水銀汚染を引き起こしている(Castilhos, Rodrigues-Filho et al. 2006); (Eisler 2004)。ASGM からの水銀排出は世界の水銀汚染の二番目に大きな汚染源である(UNEP Chemicals Branch 2008)。

 現在の条約の条文(UNEP (DTIE) 2012)は、もし締約国が、国内にASGMがあることを明かさなければ、又はASGMは些細なものではない(not more than insignificant)と決定しなければ、締約国にASGMに対処することを求めない。”些細なものではない”ことを決定するためのガイドラインは存在しないので、第9条の適用は複雑になる[脚注c]。また、現在提案されている条約テキストには、ASGM用途への輸出禁止、又はASGMでの水銀使用禁止がない(UNEP (DTIE) 2012)[脚注d]。最後に、マツンダシ(Matundasi)とマコンゴロシ(Makongolosi)のようなサイトでASGMにより引き起こされる水銀汚染に対応するために、水銀を使用しない方法に転換し、汚染されたホットスポットを浄化するために、資金調達と技術援助が開発途上国及び移行経済国には必要である。しかし、条約は、資金調達と汚染サイトに対する行動が義務的ではないので、金採鉱が閉鎖されたり終了した後に残される汚染サイトに対応するための条約の資金的メカニズムを通じての資金調達は利用できそうにない。

脚注c:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3;第9条第3項:各締約国は、領土内の人力小規模金採鉱及び処理が些細なものではない(more than insignificant)ということを決定したら、いつでも事務局に報告しなくてはならない。そのように決定する締約国は下記を行なわなくてはならない。

脚注d:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3;第9条第5項:本条項の第3項の規定の対象であり、かつ国内の水銀源が利用できないと決定する各締約国は:(a) 本条項の第3項に従い開発される国家行動計画に基づき、人力小規模金採鉱での使用のための水銀を輸入してもよい。

 ASGMでの水銀使用により引き起こされる継続する水銀汚染を防止し、ルパ金採鉱場のようなASGM周囲のコミュニティを害することを止めるために、ASGMでのさらなる水銀使用とそこからの水銀放出を防止する必要がある。この問題に目が向けられるまで、水銀は地域及び地球レベルで、人々と生態系を害し続けるであろう。

謝辞

 AGENDA、Arnika Association 及び IPENは、Tha Tum 住民の協力、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、及びデータを分析するために生物多様性研究所(Biodiversity Research Institute (BRI))により提供された技術的支援に感謝します。この報告書で述べられている内容と見解は、著者及びIPENのものであり、必ずしも資金的及び又は技術的支援を提供した機関の見解ではありません。

参照
  • Baeuml, J., S. Bose-O’Reilly, R. M. Gothe, B. Lettmeier, G. Roider, G. Drasch and U. Siebert (2011). "Human Biomonitoring Data from Mercury Exposed Miners in Six Artisanal Small-Scale Gold Mining Areas in Asia and Africa." Minerals 1(1): 122-143.

  • Bose-O'Reilly, S., B. Lettmeier, G. Roider, U. Siebert and G. Drasch (2008). "Mercury in breast milk - A health hazard for infants in gold mining areas?" International Journal of Hygiene and Environmental Health 211(5-6): 615-623.

  • Campbell, L., D. G. Dixon and R. E. Hecky (2003). "A review of mercury in Lake Victoria, East Africa: implications for human and ecosystem health." J Toxicol Environ Health B Crit Rev 6(4): 325-356.

  • Castilhos, Z. C., S. Rodrigues-Filho, A. P. C. Rodrigues, R. C. Villas-Boas, S. Siegel, M. M. Veiga and C. Beinhoff (2006). "Mercury contamination in fish from gold mining areas in Indonesia and human health risk assessment." Science of The Total Environment 368(1): 320-325.

  • Eisler, R. (2004). "Mercury hazards from gold mining to humans, plants, and animals." Rev Environ Contam Toxicol 181: 139-198.

  • Grandjean, P., P. Weihe, R. F. White and F. Debes (1998). "Cognitive Performance of Children Prenatally Exposed to “Safe” Levels of Methylmercury." Environmental Research 77(2): 165-172.

  • Harada, M., S. Nakachi, T. Cheu, H. Hamada, Y. Ono, T. Tsuda, K. Yanagida, T. Kizaki and H. Ohno (1999). "Monitoring of mercury pollution in Tanzania: relation between head hair mercury and health." Science of The Total Environment 227(2.3): 249-256.

  • Ikingura, J. R., M. K. D. Mutakyahwa and J. M. J. Kahatano (1997). "Mercury and mining in africa with special reference to Tanzania." Water, Air, and Soil Pollution 97(3-4): 223-232.

  • IPEN (2011). Standard Operating Procedure for Human Hair Sampling. Global Fish & Community Mercury Monitoring Project, International POPs Elimination Network: 20.

  • Knobeloch, L., G. Gliori and H. Anderson (2007). "Assessment of methylmercury exposure in Wisconsin." Environmental Research 103(2): 205-210.

  • Mnali, S. R. (2001). "Assessment of the Heavy metals pollution in the Lupa Gold field, SW Tanzania." Tanz. J. Sci. 27A(Special Issue): 15-22.

  • Myers, G. J., P. W. Davidson, C. Cox, C. Shamlaye, E. Cernichiari and T. W. Clarkson (2000). "Twenty-Seven Years Studying the Human Neurotoxicity of Methylmercury Exposure." Environmental Research 83(3): 275-285.

  • UNEP (2002). Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258.

  • UNEP (DTIE) (2012). UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3: Draft text for a global legally binding instrument on mercury. Chair’s draft text. Intergovernmental negotiating committee to prepare a global legally binding instrument on mercury - Fifth session - Geneva, 13. 18 January 2013, United Nations Environment Programme: 44.

  • UNEP Chemicals Branch (2008). The Global Atmospheric Mercury Assessment: Sources, Emissions and Transport. Geneva, UNEP - Chemicals: 44.

  • US EPA (1997). Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293.



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