2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
ロシアの水銀ホットスポット 塩素アルカリ施設:ボルゴグラードのカウスチク工場 情報源:Mercury Hot Spot in Russia Chlor-alkali plant: "Kaustik" plant in Volgograd IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013 Prepared by Information Center "Volgograd Eco-Press" and Eco-Accord (RussianFederation) and Arnika Association (Czech Republic) and the IPEN Heavy Metals Working Group Volgograd - Moscow . 3 January 2013 http://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/russian_fish_and_hair_report-en.pdf 紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2013年7月1日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/Mercury_Monitoring/ Russia/Russia_Chlor-alkali_plant.html ボルゴグラード−モスクワ 2013年1月3日 はじめに 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人の健康と環境へのリスクを削減するために水銀に関する法的拘束力のある世界的文書を開発することを決定した(UNEP GC25/5)。UNEP GCは、水銀はその長距離移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために世界の懸念物質であると言及した。その結論は、水銀は人と野生生物に有害な影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在すると述べた2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づいている。人間の毛髪は、魚を食べることで取り込まれると思われるメチル水銀の体内汚染の信頼性ある指標として広く受け入れられている(Grandjean, Weihe et al. 1998); (Harada, Nakachi et al. 1999); (Knobeloch, Gliori et al. 2007); (Myers, Davidson et al. 2000))。 この報告書は、ロシアのボルゴグラードにある共同出資会社(JSC)である”カウスチク(Kaustik)”の塩素アルカリ施設に焦点をあてる。”カウスチク”の施設はボルゴグラード市の南に位置し(北緯48度42分、東経44度29分)、永続的な水銀汚染源としてよく知られている。塩素アルカリ産業は、塩水を電気分解して塩素ガスとアルカリ(苛性ソーダ)を製造している。塩素アルカリ施設のあるものは、電気分解の電極(cathode)として水銀を使用する水銀式電解法を採用している。ボルゴグラードの”カウスチク”施設はこの水銀式電解法である。ひとつの電解法プラントは、塩素アルカリ製造に用いられる数百トンの元素水銀を含んでおり、さらに消失する水銀の補充用に、もっと多くの水銀を倉庫に保管しているかもしれない。 アマルガム電極中で水銀を使用する塩素製造が長期間行われていることが、食物である魚の汚染をもたらしたかどうか、そして地域の人々に潜在的に影響を及ぼす水銀レベルをもたらしたかどうか確認するために、魚と毛髪のサンプルが、”カウスチク”に近接する Krasnoarmeysky 地区と Svetloyarsky 地区、及びボルゴグラード市の南に位置する Raygorod 村で収集された。 さらに地域の水銀放出が、長距離移動のために世界規模の問題になるので、我々は、ドラフト水銀条約が”カウスチク”施設のような塩素アルカリ施設や、その周辺にあるような汚染サイトに対してどのように対応しているのかを検討した。 材料と方法 地域のNGOであるエコプレス(Eco-Press)が魚と毛髪のサンプルを収集した。3種類の魚(パーチ、コイ、ナマズ)のそれぞれから10サンプルが、米国の生物多様性研究所(BRI)により開発されたプロトコール(BRI 2011) を使用して、現地の漁業者の協力を得て採取された。公的機関であるボルゴグラード研究センターの”環境管理センター”が、ボルゴグラードにあるラボで魚のサンプル中の水銀レベル(総水銀量THg)を測定した。ボルゴグラード エコプレスは、サイトを特性化し、その歴史と推定される水銀発生源についての情報を提供した。 結果と検討 塩素アルカリ施設”カウスチク”は、Krasnoarmeysky地区のボルガ川に近接し、Sarpa湖の北にある。水銀ベースの塩素製造は、1968年にカウスチクで建設されたが、1984年には隔膜電解法もまた運転が開始された。現在は、両方の製造ラインが運転中である。 地域の「天然資源利用監視サービスと環境監察官事務所」により2008年に実施された調査によれば、全体的にみれば、この施設は0.6829トンの水銀を放出している。 また水銀を含有する廃棄物を含んで、”カウスチク”社により生成される大量の廃棄物がある(Kaustic Co. 2007)。2009年、水銀含有廃棄物とスラッジが詰まった樽とドラムが、保護カバーや土壌ライニングなしで地上で保管されていた[脚注a]。その結果、暖かい季節には廃棄物置き場からの水銀蒸気放出が水銀による大気汚染を引き起こしている。 脚注a:廃水処理系中の水銀の量は、年間 395.8kgである。”カウスチクの汚染場所 No.2 ”と呼ばれる貯水池は、カウスチクの南東にあるボルゴグラード地域の Svetloyarsky 地区にあり、”カウスチク”と共同出資会社(JSC)”プラストカード(Plastcard)”からの廃液の中和と処分が行われている [脚注b] ので非常に懸念がある。 脚注b:このサイトの処理量は、乾燥廃棄物で年間12,363トンである。 この調査では、3つの異なる場所から3種の魚、パーチ(Krasnoarmeysky)、コイ(カウスチク下水処理池)、ナマズ(Svetloyarsky)が採取された。Table 1 は各魚種の水銀(Hg)レベルを示している。 Table 1は、ナマズとパーチの平均水銀レベルは、米EPA参照用量より2倍以上高く、コイの平均レベルもまたその参照用量を超えていたことを示している。実際に、パーチとナマズの全てのサンプルは、参照用量を超えており、コイのサンプルの90%は、このレベルを超えている。コイの2サンプルとナマズとパーチのそれぞれの3サンプルもまたEUの食物(魚)中の最大水銀レベルを超えていたが、EUの値はまた、ロシアの魚のためのMPC(最大許容濃度)の値と同じである(Moiseenko, Kudryavtseva et al. 2005)。5サンプルもまた、ロシアで設定されている 0.6 ppm ww という魚の制限値を超えていた。ロシアにおける魚の水銀レベルに関する利用可能なデータは、その領土が広いことを特に考慮すれば、他の多くの諸国に比べて多くない。このことから、Table 1 のデータは特に重要なものとなる。
脚注c:この数値は、メチル水銀は総水銀の90%を占めるという仮定に基づく米EPAの魚の摂取ガイドライン(メチル水銀 0.2mg/kg)で使用されており、カナダで使用されている制限値も同様である。日本と英国は0.3ppmを参照用量としている。(出典:US EPA (2001). Water Quality Criterion for the Protection of Human Health: Methylmercury. Final. EPA-823-R-01-001, Office of Science and Technology, Office of Water, U.S. Environmental Protection Agency Washington, DC: 303.) 脚注d:欧州委員会により示された魚の水銀制限値(2001) Commission Regulation (EC) No 466/2001 of 8 March 2001 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs (Text with EEA relevance). European Commission. Official Journal of the European Communities. EC 466/2001: L 77/71-13. 他のいくつかの国も同様な制限値を使用している。UNEP (2002)Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258。 Moiseenko, Kudryavtseva et al. (2005)は、ボルガ川の魚(ブリーム)について、この調査による魚に見いだされた水銀レベルよりはるかに低い水銀レベル(0.001〜0.127 ppm dw 以下)を観察した[脚注e]。 Prevoznikov と Bogdanova (1999)により実施された以前の調査は、ボルガ川の様々な貯水池で1990年と1992年の8月及び9月に得たブリームの筋肉と肝臓に 0.02 ppm〜0.90 ppm の水銀濃度を検出した。最高値はKuibyshev 貯水池で観察された。”この相違は、このサンプル採取点の位置が調査された貯水池のひどく汚染された水域の外であるということともに、過去10年の間に観察された水汚染レベルが減少したということで説明できる” (Moiseenko, Kudryavtseva et al. (2005))。この調査の結果は、魚で測定された総水銀レベルによればボルガ川は”カウスチク”に囲まれた地域が非常に汚染されていることを示している。 脚注e:Moiseenko, Kudryavtseva et al. (2005) は、乾燥重量(dry weight)のppmで水銀レベルを測定したが、それらは、この調査にある湿重量(wet weigh)で記述されたレベルよりほとんど4倍近く高い。彼らの調査もまた湿重量のデータも含んでいるが、それはボルガ川中部のブリームの筋肉0.005 〜0.021 ppmと、ブリームの肝臓 0.004〜0.059 ppmだけである。 Table 2 は、共同出資会社(JSC)”カウスチク”近くの二つのサイトからの毛髪サンプル中の水銀レベルと、ロシアのボルゴグラードの近隣で収集された全てのサンプルサマリーを示している。 Krasnarmeysky 地区とRaygorod からの協力者28人全員の毛髪中の総水銀の平均レベルは、米EPAの参照用量よりほとんど2倍近く高かった。約3分の2の人々がこの参照用量を超えていた。毛髪中の総水銀の最大レベルは、参照用量よりほぼ5.5倍高かった。二つのグループの毛髪中の総水銀濃度には明らかな相違があった。 Krasnoarmeyskyの人々に比べてRaygorodに住む人々の毛髪中の高い水銀レベルは、参加者の年齢が高く、食事にわずかな違いがあることで説明できる。Raygorod の参加者の平均年齢は46歳であったが、Krasnoarmeysky グループは29.5歳であった。Raygorod の協力者はまた Krasnoarmeyskyの協力者に比べて魚を食べる頻度が多かった。
脚注f:米EPAの参照用量(RfD)は、血中水銀濃度 4-5 μg/L、及び毛髪中水銀濃度約 1μg/gと関連する。US EPA (1997). Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293. 1990年代のはじめ以来、ボルゴグラード医学アカデミーの医学者のあるグループが Krasnoarmeysky 地区に生息する動物の健康状態を分析するという目的で、この地区で調査を行った(Volgograd Medicine Academy 2001)。Krasnoarmeysky 地区の若い女性は通常、妊娠中毒症を含む重い生物学的既往症と流産の高いリスクを持っている。コントロール地域の女性の70%が正常な妊娠のコースをたどっているのに比べて、一般的に、Krasnoarmeysky 地区に住む女性の正常妊娠は49%である。Krasnoarmeysky 地区では、伝染病や寄生虫病のレベルが全国平均より高く、それはまた免疫状態をも反映している。”カウスチク”から南西10kmの距離にある集水池でラボ分析技術計測センターにより収集された大気サンプルの定量分析の結果によれば、関連する最大許容濃度を1.2倍超えていることが分かった。(最大許容濃度0.0003 mg/m3に対して 0.00032 mg/m3の水銀レベルであった[脚注g])。この分析結果は、廃水が集水池に流れ込み、水中で0.14 mg/m3の水銀レベルを示していることを確認している。このことが池からの水銀排出の原因となっている。 脚注g:衛生規則 2.1.6.1338-03。住宅地域の大気汚染物質の最大許容濃度 http://stroyoffis.ru/gn_gigienicesk/gn_2_1_6_1338_03/gn_2_1_6_1338_03.php 共同出資会社”カウスチク”以外に、このホットスポットの近くには、水銀含有照明灯を主とする水銀含有廃棄物の収集と処理を行っている4つの特別な施設がある。固形廃棄物埋立地もまた潜在的な水銀排出源である。Revich and Gaponenko (2005)もまた、”ボルゴグラードにおける水銀含有廃棄物の偶発的放出が、ボルガ川のデルタ地域までの数百キロメートルにわたって、その底質の水銀汚染を引き起こし、そこではチョウザメもまた汚染された。この汚染の影響は、今日においてもわかっていないし、放出源も特定されていない”と報告している。 水銀を使用する塩素アルカリ施設及び汚染サイトと水銀条約 ボルゴグラード南部にある”カウスチク”とその周囲の状況は、水銀アマルガム電極を使用して長期間、塩素が製造された場所から引き起こしたような、環境と魚の水銀汚染をなくすために、水銀条約がどの様な行動を義務付けたかという疑問を提起する。 現在の条約案は2020年又は2025年のどちらか(訳注:最終的には2025年が廃止期日に決定。)に塩素アルカリ製造における水銀の使用の廃絶を提案している。しかし、諸国が塩素アルカリ施設における水銀使用の特定と特製化を実施しなくてはならないのか、あるいは将来、ある条件下で、新たな水銀使用の塩素アルカリ施設を許すのかどうかに関して、合意はない。 塩素アルカリ製造により残された水銀汚染はもうひとつの問題である。現在の条約 (UNEP (DTIE) 2012)は、汚染サイトの浄化を求めておらず、そのことを自主的な行動に委ねている[脚注h]。 このことは、ボルゴグラードのホットスポット・サイトにおいて、ボルガ川の一部や”カウスチクの下水処理池のような場所の沈殿物の長期間にわたる深刻な汚染を考慮するようには見えない。世界水銀アセスメントの中でUNEPにより述べられているように、”高度に汚染された産業サイトや放棄された採鉱場所は水銀を放出し続けている”。この報告書は他の場所で次のように述べている。”地表水の底にある堆積物は重要な水銀貯蔵の役割を果たし、水銀含有堆積物は数十年以上にわたって水生態系に影響を及ぼす”(UNEP 2002)。 脚注h:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 第14条第1項 各締約国は、水銀又は水銀化合物で汚染されたサイトを特定し、評価するための適切な戦略を開発するよう努力しなければならない。 塩素アルカリ施設により残された廃棄物には、もうひとつの懸念がある。現在の条約案は廃棄物を有害であると定義する健康保護値に関するガイダンスを提供していない (UNEP (DTIE) 2012) [脚注i]。ボルゴグラードのホットスポットのケースでは、そのようなガイドラインは、人の健康と環境を有害水銀廃棄物からの保護を確実にするために有用であろう。将来、同様な問題を防止するために、条約が水銀含有廃棄物の発生を最小とし、防止することを求めることは有用であるが、現在の文言はそのようになっていない(UNEP (DTIE) 2012)。 [脚注j] 脚注i:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 第14条第1項 各締約国は、水銀又は水銀化合物で汚染されたサイトを特定し、評価するための適切な戦略を開発するよう努力しなければならない。 脚注j:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 廃棄物に関する第13条にはない。 もっと最近の調査(Pirrone, Cinnirella et al. 2010); (Mukherjee, Bhattacharya et al. 2009) もまた塩素アルカリ産業分野から大気への総水銀排出が当初のUNEP化学物質(2008)の大気放出目録より3倍高いと計算している。一方、塩素アルカリ施設から水への世界の水銀放出量は何も見積もられていなかった。この調査で報告されているケースを含んでにこれらの発見は、塩素製造における水銀使用の廃止のための期日を可能な限り早急に設定する必要性を強調している。 この調査はまた、水銀放出と環境中の全体的な水銀レベルについてのデータを公衆が入手可能となるようにする必要性を示している。これらの施設を特定し、水銀の年間使用量を見積もり、公衆が利用可能な登録を求めることは有用である。 ボルガ川流域の生態系及び、カスピ海に流れ込む下流にある地域コミュニティの食糧である魚の継続的な水銀汚染を防止するために、”カウスチク”の塩素製造における水銀の使用を廃絶し、地域や廃棄物からのさらなる放出を防止することが必要である。このサイトは、東中央ヨーロッパや中央アジアにあるすべてのサイトの典型的な状況を表している。この問題に目が向けられるまで、水銀は地域を汚染し続け、世界の水銀汚染をもたらし続けるであろう。 謝辞 BaliFokus、Arnika Association 及び IPENは、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、及びデータを分析するために生物多様性研究所(Biodiversity Research Institute (BRI))により提供された技術的支援に感謝します。この報告書で述べられている内容と見解は、著者及びIPENのものであり、必ずしも資金的及び又は技術的支援を提供した機関の見解ではありません。 参照
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