2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
化学・石油化学産業サイト:メキシコのコアツァコアルコス地域
コアツァコアルコス川の魚の水銀レベル


情報源:IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013
Chemical and petrochemical industry site: Coatzacoalcos region in Mexico
Mercury levels in fish in the Coatzacoalcos River
Prepared by Ecologia y Desarrollo Sostenible en Coatzacoalcos, A.C. (コアツァコアルコス環境と持続可能な開発行動センター)and Centro de Analisis y Accion en Toxicos y sus Alternativas - CAATA (有害物質代替分析行動センター)メキシコ
Arnika Association (Czech Republic) and the IPEN Heavy Metals Working Group
http://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/mexico_mercury_report-fish_final-en.pdf

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年7月3日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/Mercury_Monitoring/
Mexico/Mexico_chemical_petrochemical_industry_site_fish.html

コアツァコアルコス−メキシコシティ 2013年4月3日

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人の健康と環境へのリスクを削減するために水銀に関する法的拘束力のある世界的文書を開発することを決定した(UNEP GC25/5)。UNEP GCは、水銀はその長距離移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために世界の懸念物質であると言及した。その結論は、水銀は人と野生生物に有害な影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在すると述べた2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づいている。

 本報告書は、メキシコのベラクルス州コアツァコアルコス−ミナティトラン地域のコアツァコアルコス川の魚の水銀レベルの分析に基づいているが、その地域には、塩素アルカリ製造施設と廃棄物焼却炉が石油化学コンビナートの中にあり、また石油及びガスの精製施設もある。この地域に住む人々の毛髪の水銀レベルは、2013年1月に発表された我々の報告書の中で検証された。 (Ecologia y Desarrollo Sostenible en Coatzacoalcos, CAATA et al. 2013)[脚注1]

脚注1:IPEN の各国ホットスポット報告書を参照のこと:http://ipen.org/hgmonitoring/

 さらに加えて、地域の水銀放出が、長距離移動のために世界的規模の問題になるので、我々は、ドラフト水銀条約が”これらの汚染源に対してどのように対応しているのかを検討した。

コアツァコアルコス−ミナティトラン地域の石油・石油化学産業

 ベラクルス州南部に位置する地方自治体コアツァコアルコスは、いわゆるオルメック地域にあり(訳注:Olmec は紀元前1300年から400年間栄えたベラクルス中心とする初期メソアメリカ人文明)、25の地方自治体からなり、主要都市コアツァコアルコス及びミナティトランがある。この地域は、約200万人の人口があり、同州の経済活動の約41%を占める。

 この調査地域には、二つの主要な産業による水銀汚染減がある。コアツァコアルコス市の近くにある石油化学コンビナート内の塩素アルカリ製造施設(廃棄物焼却炉も含まれる)と、ミナティトランの石油・ガス精製施設である。

 塩素アルカリ製造施設の操業は、Industrias Quimicas del Itstmo, S.A. (IQUISA) により行われており、企業グループ Cydsa の一部である。この施設は、1968年に水銀法を使用して塩素の製造を開始した。1981年に、Cloro de Tehuantepec (Mexichem) が水銀を使用して操業を開始したが、現在は隔膜法を採用しており、水銀の放出はない。

 General Lazaro Cardenas 製油所として知られる石油・ガス精製施設は、ラテン・アメリカにおける最初の主要な製油所として、1906年に建設された。この製油所の改築は2011年に完了し、マヤ原油の増加に対応して、35万バーレル/日の原油処理能力に増強された。

 化学品製造施設に加えて、二つの焼却炉が Pajaritos 石油化学コンビナート内で1995〜2002年の間の異なる時期に操業された。これらの焼却炉は、化学産業の副産物を焼却し、ひとつの焼却炉は1.5トン/時(約100トン/日)の能力を持っていた。3番目の焼却炉が2005年に操業を開始し、主に塩化ビニルモノマー(VCM)製造からの廃棄物を焼却している。

 その他の潜在的な水銀放出源には、三つの石油化学コンビナート(Pajaritos, Cangrejera and Morelos)内に設立された民間化学産業がある。さらに、この地域には病院と火葬場がある。

材料と方法

 Ecologia y Desarrollo Sostenible en Coatzacoalcos, A.C.が、米・生物多様性研究所(BRI 2011)が開発した手順に従い、地元の漁業者の協力を得て、魚のサンプリングを実施した。合計15の魚サンプルがこの調査のために、コアツァコアルコス−ミナティトラン地域で採取された(Figure 1の地図:訳注:省略 )。生物多様性研究所(BRI)は、米国メーン州ゴーハムにある彼らのラボで魚のサンプル中の水銀レベル(総水銀量THg)を測定した。Ecologia y Desarrollo Sostenible en Coatzacoalcos, A.C. 及び CAATA は、サイトを特性化し、その歴史と推定に基づく水銀経路についての情報を提供した。

Figure 1:コアツァコアルコスの地図 (魚のサンプリングを下地点を示す):省略。

結果と検討

 コアツァコアルコス地域の水生態系中に水銀が存在することに関する多くの文献と、魚と毛髪中の水銀に関するいくつかの測定記録がある。しかし、そのほとんどのデータは35年前のものであり、その汚染に関する影響の病理学的又は疫学的評価で公的に入手できるものjはない。これらの、以前に行われた調査で、ミナティトラン製油所は可能性ある水銀放出源であると考えられたことはなかった。また、その地域の魚や人間の水銀濃度に関与しているということも決して考えられたことはなかった。Lang, Gardner, Holmes (2012) によれば、世界の原油と天然ガス中の水銀濃度は、原油で 0.1〜20.000 mg/kg、天然ガス中で0.05〜5000 mg/m3 である。Acosta et al. (2001) は、原油中に存在する水銀の一部はジーゼルのような重油より軽い留分に移るか大気水冷塔中で生成されるガスに移るが、ほとんどの水銀は処理されているようであると言及している。

 この調査では、3つの魚種が、コアツァコアルコス川の異なる2か所で採取された(Figure 1の地図参照)。コモンスヌーク(common snook)、ファットスヌーク(fat snook)、及びガフトップセイルキャットフィッシュ(gafftopsail catfish)である。Table 1 は、それぞれの魚種の水銀レベルを示している。

Table 1: Mercury content of fish sampled in the Coatzacoalcos River in the area of Coatzacoalcos . Minatitlan, Mexico.
Table 1:メキシコのコアツァコアルコス−ミナティトラン地域の
コアツァコアルコス川で採取した魚の水銀濃度
サンプル
水銀
平均
ppm,ww
標準
偏差
最小
水銀
ppm
最大
水銀
ppm
米EPA
参照用量
[脚注2]
ppm
米EPA
参照用量
を超える
サンプル比
全サンプル 15 0.258 0.065 0.155 0.395 0.22 67%
コモンヌーク 3 0.268 0.062 0.197 0.314 0.22 67%
ファットスヌーク 3 0.306 0.096 0.205 0.395 0.22 67%
ガフトップセイル
キャットフィッシュ
9 0.239 0.053 0.155 0.339 0.22 67%
ww: 湿重量(wet weight)

脚注2
 この数値は、メチル水銀は総水銀の90%を占めるという仮定に基づく米EPAの魚の摂取ガイドライン(メチル水銀 0.2mg/kg)で使用されており、カナダで使用されている制限値も同様である。日本と英国は0.3ppmを参照用量としている。(出典:US EPA (2001). Water Quality Criterion for the Protection of Human Health: Methylmercury. Final. EPA-823-R-01-001, Office of Science and Technology, Office of Water, U.S. Environmental Protection Agency Washington, DC: 303.)

 Table 1 の結果は、魚の全15サンプルの平均水銀レベルは米EPA参照用量0.22ppmより高いことを示している。BRIのガイドラインによれば、0.22ppmの水銀濃度を含む魚は月に1回以上食べるべきではない[脚注3]。魚サンプルの3分の2はこの参照用量より高い水銀レベルであった。

脚注3
 米EPAの参照用量 0.000 1mg メチル水銀/体重kg/日に基づき、生物多様性研究所(BRI)は、60kgを平均体重として使用し、魚の食事の平均回数に基づき、魚摂食ガイドラインを作成した。

 コアツァコアルコス−ミナティトラン地域からの魚サンプルに観察された最大水銀値は、ファットスヌークに見られ、米EPAの参照用量を1.8倍超えていた。

 Baez et al. (1976) が検出した魚の筋肉中の水銀は我々の調査で観察されたレベルより高かった。コモンヌークのレベルについては、01973年には 0.20 〜0.97 ppm ww、1974年には0.08〜1.7 ppm ww と報告した。グチ(ground croaker)についても 0.45〜3.54 ppm wwという本調査より高い値を報告した。

 Guentzel, Portilla et al. (2007, 2011)は、アルバラド−ラグーン・コンビナートの近くに住む人々及びこの生態系の魚の水銀濃度測定を実施した。アルバラド−ラグーン生態系で採取した魚と甲殻類の総水銀レベルは、0.01〜0.35 ppm ww の範囲にあった。Chucumite (0.152 ± 0.034 ppm ww);Striped mojarra(0.35 ppm ww);Brown shrimp(エビ)(0.008 ±0.001 ppm ww);Brown Crab(カニ)(0.026 ± 0.002 ppm ww)

 メキシコ湾南部の Hardhead Catfish(ナマズ)の筋肉組織中の水銀濃度(2001〜2004年)は、0.006〜0.157 ppm dry weightの範囲であった (Vazquez, Florville-Alejandre et al. 2008)。我々の調査における魚のサンプルの水銀乾燥重量の範囲は、0.640〜1.920 ppm dw であり、したがって、Hardhead Catfish 以外の他の魚種の水銀レベルは高いとみなすことができる。

 最近、メキシコの魚に非常に高いレベルの水銀が観察された。ハリスコ州チャパラ湖に焦点をあてた調査で分析されたコイの平均濃度は0.87 ppm ww であった(Trasande, Cortes et al. 2010)。

 モレロス州、Pajaritos、及び Cangrejera にある3つの石油化学コンビナートからの大気排出がコアツァコアルコ地域を南及び南東に向かう風により拡散されて生じたコアツァコアルコスの酸性雨に基づき、Baez (1976) は水銀の大気移動を推測した。

水銀条約における水銀を使用した塩素アルカリ施設、製油所、及び廃棄物焼却炉

 コアツァコアルコス−ミナティトラン地域における化学産業地域ホットスポットは、塩素アルカリ製造施設や他の著しい汚染源からの水銀放出による環境と魚の水銀汚染をなくすために、水銀条約がどの様な行動を義務付けたかという疑問を提起する。

  (Pirrone, Cinnirella et al. 2010); (Mukherjee, Bhattacharya et al. 2009)による最近の調査は、塩素アルカリ製造分野は、当初のUNEP化学物質(2008)の大気排出目録より3倍高い総水銀を排出していると見積もっているが、一方、塩素アルカリ製造施設から水への世界の放出については何も見積もっていないい。これらの発見は、この調査で報告された事例とともに、塩素アルカリ製造施設での水銀使用の廃止時期は、もっと早い時期に設定する必要があることをはっきり示しているが、提案された条約案 (UNEP (DTIE) 2012の中の二つのオプション(2020年、又は 2025年))[脚注4]のうち、後者(2025年)が最後の政府間交渉会合(INC5)で決定された。それは水銀の使用を長期間許し続けることになる。

訳注4:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 付属書D パートT:第7条第2項の対象となるプロセスの中で二つのオプションが[]付きで示されていた。
 全ての水生態系とこれらの生態系に依存している人々を含んで、コアツァコアルコス−ミナティトラン地域の継続する水銀汚染を防止するために、化学産業コンビナートと廃棄物からのさらなる水銀放出を防止し、特に塩素製造施設での水銀の使用をやめることが必要である。

 著しく高いレベルの水銀がミナティトランの製油所近辺でも検出されており、この製油所は原油の処理能力を、製造量の188.7%の増加に相当する35万バーレル/日に増強した。米EPA(2001)及び最近のイギリスでの発見(Lang, Gardner et al. 2012)によれば、これはコアツァコアルコス−ミナティトラン地域の広い範囲で水銀排出の著しい増加をもたらすかもしれない。現在の条約は、製油所からの水銀の排出に目を向けていない(UNEP (DTIE) 2012)[脚注5]が、この分野での水銀排出の厳格な管理を確立する必要がある。

 我々は、保健当局が、コアツァコアルコス海盆(basinの)魚の定期的な水銀監視を実施し、関連する学界、NGOs、そして魚の水銀汚染により潜在的に影響を受ける人々を含む社会的組織の参加を得て、消費者に対する警告戦略を開発することを勧告する。

 我々はまた、連邦政府の環境当局が、新たな産業施設は水銀触媒を使用しないことを確実にするよう勧告する。ひとつの事例は、ベラクルス州コアツァコアルコス近くのナンチタル自治体で、メキシコとブラジルの投資により、現在建設中の新たな石油化学コンビナートのエチレン SXXIである。このプロジェクトでは、2015年に操業開始予定の3つのポリマー製造施設内で年間100万トンのエチレンとポリエチレンを製造することが計画されている[脚注6]。しかし、最近採択された水銀条約は、水銀が使用される製造プロセスを採用しないよう促している[脚注7]。

 これらの問題に目が向けられるまで、水銀は地域を汚染し続け、世界の水銀汚染をもたらし続けるであろう。

脚注5
UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 石油とガスの製造と処理は、付属書F中で閾値を提案せずに[]の中に記述されていた(訳注:オプションという意味)。最終的には、石油とガスの分野の全ては水銀条約の範囲から削除された。

脚注6
http://www.grupoidesa.com/es/content/etileno-xii

脚注7 http://www.unep.org/hazardoussubstances/Mercury/Negotiations/INC5/INC5Report/tabid/3496/Default.aspx

謝辞

 Ecologia y Desarrollo Sostenible en Coatzacoalcos, A.C., CAATA, Arnika Association 及び IPEN は、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、及びデータを分析するために生物多様性研究所(Biodiversity Research Institute (BRI))により提供された技術的支援に感謝します。この報告書で述べられている内容と見解は、著者及びIPENのものであり、必ずしも資金的及び又は技術的支援を提供した機関の見解ではありません。

参照:
原文の References を参照のこと。
http://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/mexico_mercury_report-fish_final-en.pdf


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