2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
インドネシアの水銀ホットスポット
ASGMサイト:ポボヤ及びセコトン


情報源:Mercury Hotspots in Indonesia
ASGM sites: Poboya and Sekotong in Indonesia
IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013
Prepared by BaliFokus (Indonesia), Arnika Association (Czech Republic),
IPEN Heavy Metals Working Group
http://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/indonesia-report-en.pdf

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年6月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/
Mercury_Monitoring/Indonesia/Indonesia_ASGM_sites.html

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人の健康と環境へのリスクを削減するために水銀に関する法的拘束力のある世界的文書を開発することを決定した(UNEP GC25/5)。UNEP GCは、水銀はその長距離移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために世界の懸念物質であると言及した。その結論は、水銀は人と野生生物に有害な影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在すると述べた2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づいている。人間の毛髪は、魚を食べることで取り込まれると思われるメチル水銀の体内汚染の信頼性ある指標として広く受け入れられている(Grandjean, Weihe et al. 1998); (Harada, Nakachi et al. 1999); (Knobeloch, Gliori et al. 2007); (Myers, Davidson et al. 2000))。

 この報告書は、インドネシアのポボヤ及びセコトンにある二つの人力小規模金採掘(ASGM)に焦点を当てる。我々は、金の抽出プロセスで使用される水銀の痕跡を確認するためにこの二つのASGMサイトに住み働く人々の毛髪中の水銀レベルを検証した。さらに、水銀の長距離移動のために地域的な水銀放出が世界的な問題となっているので、我々は、水銀条約案のテキストが、インドネシアにおける調査のために選定されたこのふたつのサイトのようなASGMサイトにどのように対応しようとしているかを検討した。

インドネシアにおけるASGMホットスポット

 インドネシアにおけるASGMホットスポットは、金価格の上昇のために過去6年間で2倍に増えた。金取引業者は多くの場所で投資を拡大しているので、不法に取引される元素水銀の量もまた増大している。2010年には、約280トンの不法な水銀がASGMのためにインドネシアに輸入された。この数字は、2011年には倍増した((Ismawati 2011)。破砕機 (ボールミル)中でアマルガム化するために水銀を使用する金回収プロセスは、セコトン村やパル市(訳注:インドネシアのスラウェシ島中部スラウェシ州の都市)ポボヤ地域の住宅地を含んで、ほとんどすべてのインドネシアのASGMホットスポットで見ることができる。

 この報告書のために選ばれた最初のホットスポットは、中部スラウェシ州パル市にあるポボヤ地域である。そこは中部スラウェシ州の州都であるパル市の北東部12.5km、海抜約190-300mの場所に位置する。採鉱と処理のための地域は、約35,000の採鉱者と200以上の破砕機 (ボールミル)作業所を含んで、4つの村、ポボヤ、カワツナ、タナモディンディ及びラゾアニに広がっている。Fig 2.を参照のこと。

 この報告書のもうひとつのホットスポットは、西ヌサ・テンガラ州の州都マタラム市の南西部28.7kmにある海抜約50-200mのサーファーや旅行者に有名なセコントンである。採鉱と金プロセス地域はセコトン管区内の3つの村、ブウンマス、ケラト、ペランガンに約200のホットスポットもって広がっており、約5,000人の採鉱者と約100の破砕機 (ボールミル)作業所が関わっている。Fig 3.はセコトンのホットスポットの位置を示している。

 
Map_Indonesia_ASGM_700.jpg(132561 byte)
 
Fig2_Fig3_map.jpg(91998 byte)

材料と方法

 バリフォクス(BaliFokus)は、人の毛髪のサンプリングをIPEN(2011)によって開発されたプロトコールを使用してふたつの選定されたASGMサイトでサンプル収集を実施し、ポボヤ地域で9サンプル、セコトンで11サンプル、合計20サンプルを収集した。生物多様性研究所(BRI)が米国メーン州ゴーハムにある彼らのラボで毛髪中の水銀レベルを測定した。バリフォクスはサイトを特性化し、その歴史と推定に基づく水銀経路についての情報を提供した。

結果と検討

   セコトン村では、ほとんどどの家庭で、彼ら自身の破砕機 (ボールミル)を裏庭や田んぼの近くに持っており、防護具も付けずに一日中鉱石の粉砕を行っている。一方、パル市のポボヤでは、破砕機 (ボールミル)装置はある場所に集中して置かれ、非常に高いレベルの水銀蒸気を大気中及び環境中に排出している((Serikawa, Inoue et al. 2011); (Ismawati and Gita 2011)。両方のホットスポットで、水銀で汚染された尾鉱(訳注:選鉱で有用鉱物を採取した残りの低品位の鉱物)は、シアン化物浸出装置でさらに処理されるか、あるいは川に直接投棄される。両方のホットスポットについてのさらなる情報は Table 1にまとめられている。
 
Table 1. ポボヤ及びセコトンにおけるASGM活動の規模についての情報
ホットスポット 採鉱者数 面積 破砕機数
ポボヤ 4(ポボヤ、カワツナ、タナモディンディ、ラゾアニ) 35,000 7,000 20,000
セコトン 3(ブウンマス、ケラト、ペランガン) 5,000 1,200 100

 最も汚染の激しいサイトはポボヤの丘陵地帯にある。水銀は、選鉱(panning)の最終工程で3滴の水銀を加えることを村人に教えたある金取引業者により2004年に持ち込まれた。2008年、24時間以内に3〜4回、4時間の運転で大量の鉱石を処理できる破砕機 (ボールミル)工程が北スラウェシ州からの採鉱者らにより持ち込まれた。約300〜500gの水銀が4時間毎に各装置に加えられる。全ての破砕機 (ボールミル)が1日に少なくともとも1回は運転され、1日に1gの金を生成するために約20〜50gの水銀が空気中に放出されると仮定すれば、1日に少なくとも200〜500kg、あるいは1年間で73〜183トンの水銀が水銀環境中に放出されることになる[脚注1]。

脚注1:Calculation based on the interview (Ismawati, Y. (2011). Interviews with importers and ASGM workers by Yuyun Ismawati.)

 5年前に始まったセコトン地域のASGM活動は、ポボヤのサイトほど激しくはない。約100の小さな破砕機 (ボールミル)が家の裏庭や田んぼの近くで村人たちにより運転されている。両方のホットスポットを比較するさらなるデータはTable 1を参照いただきたい。

   Table 2 は、両方の選択されたサイトからの毛髪サンプル中の水銀のレベル、及びこの報告書のためにインドネシアで収集された全てのサンプルの概要を示す。

Table 2. インドネシアの二つのサイト
ポボヤ及びセコトンからの毛髪サンプル中の水銀含有量
サンプル
Hg平均値
(ppm)
標準偏差 最小Hg
(ppm)
最大Hg
(ppm)
参照用量
(ppm)
参照用量を
超える
サンプル比
全毛髪サンプル 20 4.32 3.28 0.82 13.30 1.00 95%
ポボヤ 10 5.01 4.47 0.82 13.30 1.00 90%
セコトン 10 3.63 1.28 1.85 6.05 1.00 100%
 
   Table 2 に示される結果は、20人全ての毛髪サンプルの平均水銀レベルは、米EPAの参照用量である1ppmより3倍以上高いことを示している。ポボヤの毛髪サンプル中で観察された最大水銀値は、米EPAの参照用量より13倍以上高い。全ての20サンプル中わずか1サンプルだけが米EPAの参照用量以下であった。セコトンの11のサンプル全てがこの参照用量を超えていた。

 この調査で観察された毛髪中の水銀レベルは、インドネシアの他の金採鉱地域の住人の毛髪について Castilhos, Rodrigues-Filho et al. (2006)により推定された範囲内にある。最近発表された調査(Krisnayanti, Anderson et al. 2012)でセコトンとセカーベラにある採鉱地域の労働者グループの毛髪中で観察された総水銀のレべルと比較すると、我々が測定したレベルは低いことが分かった。我々は、この相違の主な理由は、我々の調査における毛髪提供者(ボランティア)のグループは、様々な地域住民であり、採鉱以外の職業の人々を多く含んでいたためであろうと信じている。 Krisnayanti, Anderson et al. (2012) は、セコトンとセカーベラで水銀暴露した採鉱者の毛髪中の総水銀の平均値が7.72PPMであり、0.805〜52.500 ppmの範囲であることを発見した。Bose-O'Reilly, Drasch et al. (2010)は、北スラウェシ州と中部カリマンタン州のアマルガム化プロセスからの水銀に暴露している労働者の毛髪中の総水銀のレベルがもっと高いことを観察している。

 インドネシアのASGMサイトは、 Baeuml, Bose-O’Reilly et al. (2011)による様々な諸国の状況を比較している調査により、最もひどく汚染されていることがわかっている。その調査の中で最も高い毛髪水銀レベル中央値はジンバブエとインドネシアのスラウェシであり(3.09 μg/g)、一方、最も高い水銀毛髪レベルは、インドネシアのカリマンタンの167サンプル中で792 μg/g、及びインドネシアのスラウェシの99アンプル中で239 μg/gであることが分かった。

   ASGM施設の周辺における水銀の高いレベルは、人の毛髪中に観察されるだけでなく、大気中でも測定される。ポボヤの粉砕機施設近くの外気中の水銀レベルは、45,000 ng/m3程度の高さであり、パル市周辺では約 1,500-2,300 ng/m3 であった(Serikawa et al, 2011; Ismawati and Gita 2011)。Krisnayanti, Anderson et al. (2012)はまた、セコトンのコメに含まれる水銀レベルに注目し、彼らの発見に基づき次のように結論付けた。”セコトンで記録されたメチル水銀値は、地域の人々の健康に潜在的な脅威を及ぼす”。

ASGMサイトと水銀条約

 人の毛髪中の水銀レベルが非常に高い値に達していることを示している他の最近の報告書(Castilhos, Rodrigues-Filho et al. 2006; Bose-O'Reilly, Drasch et al. 2010; Krisnayanti, Anderson et al. 2012))とともに、この報告書で調査したインドネシアにおけるASGMサイトは、水銀条約が、ASGMサイトにおける環境の水銀汚染と人の健康に及ぼす有害影響をなくすめの行動をどのように義務付けているのかについての疑問を提起する。

 ASGMは、単独で最大の意図的な水銀用途であり、極めてひどい水銀汚染を引き起こしている。ASGMが行われている地域は、水銀への人の著しい暴露源であることが知られており、近くの水路やASGMサイトの下流の魚に高いレベルのメチル水銀汚染を引き起こしている(Castilhos, Rodrigues-Filho et al. 2006); (Eisler 2004)。

 ASGMからの水銀排出は、世界の水銀大気汚染の2番目に大き汚染源である(UNEP Chemicals Branch 2008)。しかし、その汚染源としての重大性を考慮すると、ASGMの義務的な規制は非常に少ない。例えば、現在提案されている条約の規定は、ASGMでの水銀使用量を無制限に、そして廃止期限なしに輸入することを諸国に許すことになるであろう (UNEP (DTIE) 2012)[脚注2] 。加えて、現在の条約の条文(UNEP (DTIE) 2012)は、もし締約国が、国内にASGMがあることを明かさなければ、又はASGMは些細なものではない(not more than insignificant)と決定しなければ、締約国にASGMに対処することすら求めない。残念ながら、”些細なものではない”ことを決定するためのガイドラインは存在しない。最後に、ポボヤやセコトンのようなサイトでASGMにより引き起こされる水銀汚染に対応するために、水銀を使用しない方法に転換し、汚染されたホットスポットを浄化するために、資金調達と技術援助が開発途上国及び移行経済国には必要である。しかし、条約は、資金調達と汚染サイトに対する行動が義務的ではないので、金採鉱が閉鎖されたり終了した後に残される汚染サイトに対応するための条約の資金的メカニズムを通じての資金調達は利用できそうにない。

脚注2:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 第9条第5項 本条項の第3項の規定の対象であり、かつ国内の水銀源が利用できないと決定する各締約国は:(a) 本条項の第3項に従い開発される国家行動計画に基づき、人力小規模金採掘での使用のための水銀を輸入してもよい。

 結論として、現在の条約案は、ASGMからの水銀排出を削減するのかどうか、あるいは条約発効後の排出の増大を許しさえするのではないかという深刻な懸念を提起する。ASGM分野における水銀の貿易、供給、及び流通を制限し廃止することの強い必要性がある。ASGMで水銀を使用することにより引き起こされる水銀汚染の継続を防止するために、そしてポボヤのようなASGM周辺にあるコミュニティを害することを止めるために、ASGMでのさらなる水銀使用とそこからの水銀放出を防止する必要がある。この問題に目が向けられるまで、水銀は地域及び地球レベルで、人々と生態系を害し続けるであろう。

謝辞

 BaliFokus、Arnika Association 及び IPENは、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、及びデータを分析するために生物多様性研究所(Biodiversity Research Institute (BRI))により提供された技術的支援に感謝します。この報告書で述べられている内容と見解は、著者及びIPENのものであり、必ずしも資金的及び又は技術的支援を提供した機関の見解ではありません。


参照
  • Baeuml, J., S. Bose-O’Reilly, R. M. Gothe, B. Lettmeier, G. Roider, G. Drasch and U. Siebert (2011). "Human Biomonitoring Data from Mercury Exposed Miners in Six Artisanal Small-Scale Gold Mining Areas in Asia and Africa." Minerals 1(1): 122-143.

  • Bose-O'Reilly, S., G. Drasch, C. Beinhoff, S. Rodrigues-Filho, G. Roider, B. Lettmeier, A. Maydl, S. Maydl and U. Siebert (2010). "Health assessment of artisanal gold miners in Indonesia." Sci Total Environ 408(4): 713-725.

  • Castilhos, Z. C., S. Rodrigues-Filho, A. P. C. Rodrigues, R. C. Villas-Boas, S. Siegel, M. M. Veiga and C. Beinhoff (2006). "Mercury contamination in fish from gold mining areas in Indonesia and human health risk assessment." Science of The Total Environment 368(1): 320-325.

  • Eisler, R. (2004). "Mercury hazards from gold mining to humans, plants, and animals." Rev Environ Contam Toxicol 181: 139-198.

  • Grandjean, P., P. Weihe, R. F. White and F. Debes (1998). "Cognitive Performance of Children Prenatally Exposed to “Safe” Levels of Methylmercury." Environmental Research 77(2): 165-172.

  • Harada, M., S. Nakachi, T. Cheu, H. Hamada, Y. Ono, T. Tsuda, K. Yanagida, T. Kizaki and H. Ohno (1999). "Monitoring of mercury pollution in Tanzania: relation between head hair mercury and health." Science of The Total Environment 227(2.3): 249-256.

  • IPEN (2011). Standard Operating Procedure for Human Hair Sampling. Global Fish & Community Mercury Monitoring Project, International POPs Elimination Network: 20.

  • Ismawati, Y. (2010). Policy Brief: ASGM in Indonesia. Denpasar, BaliFokus.

  • Ismawati, Y. (2011). Interviews with importers and ASGM workers by Yuyun Ismawati.

  • Ismawati, Y. and A. Gita (2011). Tracing the invisible hazards. Melacak bahaya tersembunyi. Lumex sampling result conducted by BaliFokus. Denpasar, BaliFokus.

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  • Serikawa, Y., T. Inoue, T. Kawakami, B. Cyio, I. Nur and R. Elvince (2011). Emission and Dispersion of Gaseous Mercury from Artisanal and Small-Scale Gold Mining Plants in the Poboya Area of Palu City, Central Sulawesi, Indonesia. Presented at the 10th International Conference on Mercury as Global Pollutant. Halifax, Canada, Toyama Prefectural University; Toyohashi University of Technology; Tadulako University.

  • UNEP (2002). Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258.

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  • UNEP Chemicals Branch (2008). The Global Atmospheric Mercury Assessment: Sources, Emissions and Transport. Geneva, UNEP - Chemicals: 44.

  • US EPA (1997). Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293.
写真
 オリジナル(英語版)には、ASGMに関する多くの写真が記載されている。
http://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/indonesia-report-en.pdfhttp://www.ipen.org/hgmonitoring/pdfs/indonesia-report-en.pdf



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