2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
魚を食べる人々の毛髪中の水銀
日本(東京)とクック諸島(ラロトンガ島)の比較

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情報源:IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013
Mercury in hair of fish eaters: Case studies from Tokyo, Japan and Rarotonga, Cook Islands
Island Sustainability Alliance CIS Inc. . ISACI (Cook Islands), Citizens Against Chemical Pollution . CACP (Japan), Arnika Association (Czech Republic) and the IPEN Heavy Metals Working Group
Tirana, 3 January 2013
http://ipen.org/hgmonitoring/pdfs/cook_islands-japan_mercury_report-hair.pdf

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年7月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/Mercury_Monitoring/
Cook-Islands_Japan/Cook_Islands_Japan_hair.html

ラロトンガ−東京 2013年1月

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人間の健康と環境へのリスクを削減するための水銀に関する国際的に法定拘束力のある文書を策定することを決定した(UNEP GC25/5))。このUNEP GCは、水銀はその長距離の移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために、世界の懸念ある物質であると述べた。その結論は、水銀は、人と野性生物に有害影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在するとした2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づくものであった(UNEP 2002)。人間の毛髪中の水銀は、魚を食べることに原因するらしいメチル水銀の体内汚染の信頼性ある推定を得るための指標として広く認められている(Grandjean, Weihe et al. 1998); (Harada, Nakachi et al. 1999); (Knobeloch, Gliori et al. 2007); (Myers, Davidson et al. 2000)。

 この報告書は、太平洋の二つの国、クック諸島と日本での人の水銀曝露に焦点を当てている。両国は、非点源、又は世界的堆積に関連する場所として選ばれた。我々は、水銀の大気排出及び又は水への放出、そしてそれらが海流により広く拡散されて生じる世界的堆積が、これらの地域の人々の毛髪から追跡できるかどうか検証するために、魚を多く食する人の毛髪中の水銀レベルを調べた。さらに、水銀条約ドラフトテキストがこれらの曝露経路からの水銀に、どのように対応しているのかを我々は検証した。

材料と方法

 クック諸島の島嶼持続可能性連合−ISACIと日本の化学物質問題市民研究会−CACP は、IPENにより開発されたプロトコール(2011)を使用して、人の毛髪のサンプリングを実施した。クック諸島の首都ラロトンガ島のアバナ港で9人の毛髪サンプルが、また日本の首都東京地域で19人の毛髪サンプルが、この調査のために収集された。生物多様性研究所(BRI)は、米国メーン州ゴーハムの試験所で毛髪中の水銀レベル(総水銀量=THg)を測定した。ISACI と化学物質問題市民研究会はまた、この調査に協力したボランティアの年令、食事、職業及びその他の情報についての調査を実施した。

結果と検討

 この調査は、メチル水銀への主要な曝露経路として知られる魚を主要な食物とする太平洋地域の文化(IOMC 2008)に焦点をあてた(IOMC 200)。

 表1は、魚及び/又は海産物が食事の主要な要素である東京(日本)とラロトンガ(クック諸島)の人の毛髪中の水銀レベルを示している。この調査のために選定された全てのボランティアは少なくとも週に1回は魚を食べるが、彼らのほとんどは週に2〜3回、あるいはそれ以上食べている。実際、日本のボランティアの84%と、クック諸島のグループの89%が週に複数回、魚の食事を食べている。彼等の約60%が非常に頻繁にマグロを食べている。

表 1:ブロラ湾で採取された魚の水銀濃度
サンプル
水銀
平均
ppm,ww
標準
偏差
最小
水銀
ppm
最大
水銀
ppm
米EPA
参照用量
[脚注a]
ppm
米EPA
参照用量
を超える
割合
東京(日本) 19 2.739 1.923 0.523 8.537 1.00 95%
ラロトンガ
(クック諸島)
9 3.290 1.371 0.935 4.996/TD> 1.00 89%
ww: 湿重量(wet weight)

脚注a:U.S. EPA's RfD is associated with a blood mercury concentration of 4-5 μg/L and a hair mercury concentration of approximately 1μg/g." US EPA (1997). Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293.

 表1は、日本の人の毛髪サンプルの95%が、そしてクック諸島のサンプルの89%が米EPAの水銀参照用量を超えていた。その結果は、日本の毛髪サンプル中の平均水銀レベルは、米EPAの参照用量の1ppmより2.7倍高い。クック諸島のボランティアでは、平均水銀レベルは、参照用量よりほとんど3.3倍高かった。日本の最大水銀レベルは参照用量より8,5倍高く、クック諸島では最大水銀レベルは約5倍、参照用量より高かった。実際、両方のグループともそれぞれ1サンプルだけが米EPAの参照用量1ppmより低かった。この調査における毛髪の水銀のレベルは、Yasutake, Matsumoto et al. (2003)による日本の集団についての調査の男性2.55 ppm及び女性1.43 ppmより高かった。今回の調査は少人数のグループについて行なったということに留意すべきである。

 Airey (1983) は、魚を摂食する人々に関する過去の調査を見直し、毎月1〜4回魚を食べる人々の算術平均水銀濃度は;オーストラリア、2.5 ppm; カナダ、1.2 ppm; 中国、 0.9 ppm; 西ドイツ、0.5 ppm; 香港、3.0 ppm; Iイタリア、1.5 ppm; 日本3.9 ppm; モナコ、1.7 ppm; ニュージランド、1.3 ppm; パプアニューギニア、1.8 ppm; 南アフリカ、9 ppm; イギリス、1.6 ppm; アメリカ、2.4 ppmであると示唆した。その相違は、食事と環境によるためであると信じられている。平均毛髪濃度は月に1回又はそれ以下の魚の摂食(1.4 ppm)、週に1回の摂食(1.9 ppm)、及び1日に1回又はそれ以上の摂食(11.6 ppm)するグループにより著しく異なった。この調査における毛髪中の水銀濃度は、週に1回魚を食べる人々についてAirey が示唆したものより高い。

 Abe, Ohtuka et al.は、米国のマレー湖で魚を食べる134人、及びパプアニューギニアのストリックランド高地の魚を食べない13人の毛髪中の水銀濃度を測定した。マレー湖の調査対象者らの毛髪水銀レベル(平均21.9 ppm、範囲3.7〜71.9 ppm)は、トリックランド高地の調査対象者の毛髪水銀レベル(平均0.75 ppm)に比べて著しく高かった(Abe, Ohtsuka et al. 1995)。今回の調査での毛髪中の水銀レベルは、魚を食べないプアニューギニアのグループの水銀レベルより高いが、そこで魚を食べる人々のレベルよりは低かった。

 毛髪中の高い水銀レベルは また、ヨーロッパの諸島(Renzoni, Zino et al. 1998)及びカリブ海のビエケス島で観察されたが、Ortiz-Roque and Lopez-Rivera (2004)は、"ビエケス島の妊娠可能年令の女性は発達中の胎児にとって安全ではない水銀濃度に曝露していると、結論付けた"。ビエケス島のグループの平均水銀濃度は4.4 ppmであり、その範囲は0.5〜8.9 ppmであった。

 今回の調査の結果は、魚を食べる集団の毛髪中の高い水銀レベルを示す他の調査とよく一致するものである。また、食物として魚に依存する島の多くの集団が、水銀汚染源からはるかに離れているのに、高いレベルの水銀に曝露していることは注目に価する。

魚を摂取するコミュニティと水銀条約

 日本とクック諸島で魚を食べるボランティアの毛髪中の高い水銀レベルは、食事で多くの魚を食べる様々な国で様々な文化をもつ人々を十分に安全にするために、水銀条約はどのようにして水銀汚染をなくすことを義務付けるかという点に疑問を提起する。

 クック諸島やその他の太平洋諸島の国のような小島嶼開発途上国は、主要な蛋白源として魚に依存している。したがって、人間の健康と海洋環境に及ぼす影響を回避するために、絶え間ない水銀の海洋汚染を防ぐことは必須である。条約中で水銀汚染の健康面を評価することに目を向けることは、食事の主要な要素として魚に依存する小島嶼開発途上国や他の多くの島や海岸に住む集団にとって非常に重要である。しかし、現在提案されている水銀条約案の健康面に関するテキストは何も合意されていない。

 石炭火力発電所は水銀の単一大気排出源として最大である。しかし、多くの諸国は、多くの新たな火力発電所の建設など国家の発電能力を急速に拡大している。条約が提案する条項は、操業中の火力発電所の数を減らすようにも、またその増加を抑制するようにも見えない。さらには、石炭火力発電所に関する水銀管理は、この分野の急速な成長の結果として生じる新たな水銀排出を相殺するのに十分な規模で、個々の発電所からの水銀排出を削減するようには見えない。

 ASGM からの水銀排出は世界の水銀汚染の二番目の最大排出源である(Pirrone, Cinnirella et al. 2010)。現状の条約テキストは、もしある国が自国のASGMは、"重要でないとは言えない(more than insignificant)"と認めた場合にはASGM に対応することを求めるが、"重要"であることを決定するためのガイドラインはない。さらに、現状のテキストは、ASGM で使用するために、国が無期限にそして無制限に水銀を輸入することを許している。そして汚染されたASGMサイトの特定又は浄化を義務付けていない。

 石炭火力発電所とASGMの組み合わせからの世界の水銀排出の予測される増加を考慮すれば、これらは条約の規定の結果として得られるかもしれない他の排出源からの水銀排出減少よりも大きいように見える。このことは世界の水銀汚染は、新たな水銀条約が発効した後でも増加し続けるであろうことを意味している。

 Sunderland とMason (2007)は、もし人間活動に由来する水銀放出が現在のレベルで続くなら、海の水銀汚染濃度は増加するであろうと示唆した。海は大気からの水銀堆積だけでなく、河川からの堆積物中に存在する水銀にも汚染されるので、現状の水銀条約テキストが陸及び水への水銀放出にどのように対応するのかを見ることが重要である。現状の提案されているテキストは、陸及び水への放出を管理するためにいくつかの曖昧なオプションを提案しているが、利用可能な最良の技術(BAT)が求められるべきかどうかについての合意はなく、既存の排出源は新規の排出源と異なる扱いがなされるべきかどうかについての合意もない。

 水銀を陸及び水に排出する水銀排出リストは3つのカエゴリーを含むが、水銀の水汚染の源である歯科医院のアマルガム分離装置を求めていた以前の提案を含んでいない。さらに、大規模金属採鉱は排出源の目録になく、条約テキストは副産物として水銀を意図的に製造する施設だけを制限しているように見え、非意図的な副産物として水銀を生成するはるかに数の多い施設は含めていない(UNEP (DTIE) 2012)。

謝辞

 ISACI, 化学物質問題市民研究会(CACP), Arnika Association及びIPENは、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、並びに、データ分析のための生物多様性研究所(BRI)による技術的支援に大変感謝します。しかし、この報告書で述べられている内容と見解は必ずしも、資金的及び技術的支援を提供した機関の見解ではありません。

参照
  • Abe, T., R. Ohtsuka, T. Hongo, T. Suzuki, C. Tohyama, A. Nakano, H. Akagi and T. Akimichi (1995). "High Hair and Urinary Mercury Levels of Fish Eaters in the Nonpolluted Environment of Papua New Guinea." Archives of Environmental Health: An International Journal 50(5): 367-373.

  • Airey, D. (1983). "Total mercury concentrations in human hair from 13 countries in relation to fish consumption and location." Science of The Total Environment 31(2): 157-180.

  • Grandjean, P., P. Weihe, R. F. White and F. Debes (1998). "Cognitive Performance of Children Prenatally Exposed to "Safe" Levels of Methylmercury." Environmental Research 77(2): 165-172.

  • Harada, M., S. Nakachi, T. Cheu, H. Hamada, Y. Ono, T. Tsuda, K. Yanagida, T. Kizaki and H. Ohno (1999). "Monitoring of mercury pollution in Tanzania: relation between head hair mercury and health." Science of The Total Environment 227(2-3): 249-256.

  • IOMC (2008). Guidance for Identifying Populations at Risk from Mercury Exposure. Geneva, UNEP DTIE Chemicals Branch and WHO Department of Food Safety, Zoonoses and Foodborne Diseases: 176.

  • IPEN (2011). Standard Operating Procedure for Human Hair Sampling. Global Fish & Community Mercury Monitoring Project, International POPs Elimination Network: 20.

  • Knobeloch, L., G. Gliori and H. Anderson (2007). "Assessment of methylmercury exposure in Wisconsin." Environmental Research 103(2): 205-210.

  • Myers, G. J., P. W. Davidson, C. Cox, C. Shamlaye, E. Cernichiari and T. W. Clarkson (2000). "Twenty-Seven Years Studying the Human Neurotoxicity of Methylmercury Exposure." Environmental Research 83(3): 275-285.

  • Ortiz-Roque, C. and Y. Lopez-Rivera (2004). "Mercury contamination in reproductive age women in a Caribbean island: Vieques." J Epidemiol Community Health 58(9): 756-757.

  • Pirrone, N., S. Cinnirella, X. Feng, R. B. Finkelman, H. R. Friedli, J. Leaner, R. Mason, A. B. Mukherjee, G. B. Stracher, D. G. Streets and K. Telmer (2010). "Global mercury emissions to the atmosphere from anthropogenic and natural sources." Atmospheric Chemistry and Physics Discussions 10: 4719-4752.

  • Renzoni, A., F. Zino and E. Franchi (1998). "Mercury Levels along the Food Chain and Risk for Exposed Populations." Environmental Research 77(2): 68-72.

  • Sunderland, E. M. and R. P. Mason (2007). "Human impacts on open ocean mercury concentrations." Global Biogeochem. Cycles 21(4): GB4022.

  • UNEP (2002). Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258.

  • UNEP (DTIE) (2012). UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3: Draft text for a global legally binding instrument on mercury. Chair's draft text. Intergovernmental negotiating committee to prepare a global legally binding instrument on mercury - Fifth session - Geneva, 13- 18 January 2013, United Nations Environment Programme: 44.

  • US EPA (1997). Mercury study report to Congress, Volume IV, An assessment of exposure to mercury in the United States. EPA-452/R-97-006: 293.

  • Yasutake, A., M. Matsumoto, M. Yamaguchi and N. Hachiya (2003). "Current hair mercury levels in Japanese: survey in five districts." Tohoku J Exp Med 199(3): 161-169.



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