2013年1月 IPEN 水銀フリーキャンペーン報告書
アルバニアの水銀ホットスポット ブロラ
放棄された塩素アルカリと塩ビ製造施設


情報源:Contaminated site: Vlora Mercury Hot Spot in Albania
IPEN Mercury-Free Campaign Report, 3 January 2013
Prepared by Eden Center (Albania) and Arnika Association (Czech Republic) and the IPEN Heavy Metals Working Group
Tirana, 3 January 2013
http://ipen.org/hgmonitoring/pdfs/albania_mercury_report_fish-rev-en.pdf

紹介:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年7月5日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/Mercury_Monitoring/
Albania/Albania_chlor-alkali_and_PVC_plants.html

ブロラ/アルバニア 2013年1月3日

はじめに

 2009年、国連環境計画管理理事会(UNEP GC)は、人の健康と環境へのリスクを削減するために水銀に関する法的拘束力のある世界的文書を開発することを決定した(UNEP GC25/5)。UNEP GCは、水銀はその長距離移動、残留性、生物蓄積性、及び有毒性のために世界の懸念物質であると言及した。その結論は、水銀は人と野生生物に有害な影響を及ぼすレベルで世界中の魚に存在すると述べた2002年UNEP世界水銀アセスメントに基づいている。人間の毛髪は、魚を食べることで取り込まれると思われるメチル水銀の体内汚染の信頼性ある指標として広く受け入れられている(Grandjean, Weihe et al. 1998); (Harada, Nakachi et al. 1999); (Knobeloch, Gliori et al. 2007); (Myers, Davidson et al. 2000))。

 この報告書は、アルバニアのブロラにある放棄された塩素アルカリ施設と塩ビ(PVC)製造施設に関するものである。塩素アルカリ産業は、塩水を電気分解するプロセスにより塩素ガスとアルカリ(水酸化ナトリウム)を製造する。いくつかの塩素アルカリ施設は、水銀を電極として使用する水銀電極プロセスを使用している。ブロラの施設はこの水銀電極プロセスである。水銀電極法の塩素アルカリ施設は大量の水銀を消費し、非常に汚染が大きい。ひとつの電解法プラントは、塩素アルカリ製造に用いられる数百トンの元素水銀を含んでおり、さらに消失する水銀の補充用に、もっと多くの水銀を倉庫に保管しているかもしれない。ブロラの場合は、以前の塩素アルカリ施設がブロラ湾に廃水を直接投棄し、1992年にひどく汚染されたサイトを残したまま放棄された。

 我々は、この汚染されたサイトが食物源である魚を汚染しているかどうか確認するために、ブロラ湾の近くで採取した魚の水銀レベルを検証した。さらに地域の水銀放出が、長距離移動のために世界規模の問題になるので、我々は、ドラフト水銀条約が”ブロラのような汚染サイトに対してどのように対応しているのかを検討した。

材料と方法

 エデンセンターは、タラ(11サンプル)、ボラ(3サンプル)を、米国の生物多様性研究所(BRI)により開発されたプロトコール(BRI 2011) を使用して、現地の漁業者の協力を得て採取した。生物多様性研究所(BRI)は、米国メーン州ゴーハムにある彼らのラボで魚のサンプル中の水銀レベル(総水銀量THg)を測定した。エデンセンターは、サイトを特性化し、その歴史と推定に基づく水銀経路についての情報を提供した。

結果と検討

 ブロラ湾は、アドリア海の一部であり、アルバニアの南西部に位置する。ブロラの以前の塩素アルカリ及び塩ビ製造施設(ソーダ・PVC 施設と呼ばれる)は、ブロラ湾の最も顕著な水銀汚染源である。この施設は、1967年に操業を開始し、苛性ソーダと塩ビを製造するために水銀電極法プロセスを使用した。ピーク時にこの施設は24,000トンのcalcinateソーダ、15,000トンの苛性ソーダ、そして10,000トンの塩ビを製造した。ソーダ・PVC 施設は、廃水を直接、ブロラ湾に放出し、また汚染されたスラッジを近くの海岸に投棄した。この施設は1992年に閉鎖され、その建物はその後、完全に壊された。しかし投棄されたスラッジは、ブロラ湾や近くの住宅地のさらなる汚染を防止するための警告は全くなされず、海岸に放置されたままであった。2002年、UNEP/MAP (GEF Project GF/ME/6030-00-08)の調査団は、以前に施設があった地域の土壌サンプルの水銀濃度が、EUの典型的な閾値よりも1,000 倍以上も高い10,000 ppm以上であることを発見して、この地域を”ホットスポット”であると特定した。

 ブロラ湾は、重要な漁場であり、この地域からの魚はアルバニア全土の都市に送られている。この調査では、ボラとタラの2種類の魚がサンプルとして採取された。Table 1 は、それぞれの魚の水銀レベルを示す。

Table 1:ブロラ湾で採取された魚の水銀濃度
サンプル
水銀
平均
ppm,ww
標準
偏差
最小
水銀
ppm
最大
水銀
ppm
米EPA
参照用量
[脚注a]
ppm
米EPA
参照用量
を超える
サンプル比
EU水銀
制限値
[脚注b]
ppm
全サンプル 14 0.285 0.227 0.112 0.961 0.22 50% 0.5
タラ 11 0.915 0.076 0.112 0.343 0.22 36% 0.5
ボラ 3 0.617 0.309 0.365 0.961 0.22 100% 0.5
ww: 湿重量(wet weight)


脚注a:この数値は、メチル水銀は総水銀の90%を占めるという仮定に基づく米EPAの魚の摂取ガイドライン(メチル水銀 0.2mg/kg)で使用されており、カナダで使用されている制限値も同様である。日本と英国は0.3ppmを参照用量としている。(出典:US EPA (2001). Water Quality Criterion for the Protection of Human Health: Methylmercury. Final. EPA-823-R-01-001, Office of Science and Technology, Office of Water, U.S. Environmental Protection Agency Washington, DC: 303.)

脚注b:欧州委員会により示された魚の水銀制限値(2001) Commission Regulation (EC) No 466/2001 of 8 March 2001 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs (Text with EEA relevance). European Commission. Official Journal of the European Communities. EC 466/2001: L 77/71-13.
 他のいくつかの国も同様な制限値を使用している。UNEP (2002)Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258。


 Table 1 は、ボラの平均水銀レベルは米EPA参照用量の 0.22 ppmより2.8倍高いことを示している。このボラで観察された最大水銀値は参照用量より4倍以上高い。ボラの2サンプルもまたEUの水銀制限値を超えている(データは示されていない)。タラの4サンプルもまた、例えば最大水銀値により示されているように参照用量を超えている。他の調査でもこの地域の魚の高い水銀レベルを発見している。1990年代に水銀レベル 0.14 ppm - 3.39 ppm がアドリア海の小さなサメ類に見出された(Storelli, Ceci et al. 1998)。

 他の調査が、ブロラの放棄された塩素アルカリ施設に関連する水銀汚染を発見している。例えば、Mankolli, Proko (Jazexhiu) et al. (2008) は、そのサイトで植物に高い水銀レベルを見つけ、”・・・調査で示されたこの地域は、水銀濃度が高いので、中期及び長期のプロジェクトによる緊急の対応が必要である。この地域の高い水銀レベルは、環境汚染だけでなく、動物と人間も汚染している”と結論付けた。

汚染サイトと水銀条約

 ブロラの汚染サイトは、環境と魚の汚染をこのサイトからなくすために、水銀条約がどの様な行動を義務付けたかという疑問を提起する。UNEPの世界水銀アセスメントにより述べられたように、”高度に汚染された産業地域と放棄された採鉱場は、水銀を放出し続けている”。この報告書は他の場所で次のように述べている。”地表水の底にある堆積物は重要な水銀貯蔵の役割を果たし、水銀含有堆積物は数十年以上にわたって水生態系に影響を及ぼす”(UNEP 2002)。 汚染サイトはまた、水銀の再移動と再排出に寄与し、著しい水銀の大気排出経路及び源である(Pirrone, Cinnirella et al. 2010); (UNEP Chemicals Branch 2008)。

 現在の条約 テキスト(UNEP (DTIE) 2012)は、汚染サイトの浄化を求めておらず、そのことを自主的な行動に委ねている[脚注c]。ブロラ工場が1992年に閉鎖されて以来、何も措置が取られていないことを考えれば、ブロラの汚染サイトに目を向けた自主的措置が取られるようには見えない。さらに現在の条約のテキストは、廃棄物が有害であると定義する健康保護値に関するガイダンスを提供していない(UNEP (DTIE) 2012)[脚注d]。このことは、ブロラ及び他の汚染サイトにとって、有害水銀廃棄物から人の健康と環境を保護することを確実にするために有用である。将来、同様な問題が起きるのを防ぐために、条約が水銀含有廃棄物の生成を最小化し防止することを求めれば、そのことは大いに有用であろうが、現在の条約テキストは、そのことを求めていない (UNEP (DTIE) 2012)[脚注e]。

 最後に、ブロラや他の優先度の高い汚染サイトに対応するために、資金調達が開発途上国及び移行経済国には必要である。しかし、条約の順守と資金調達は関連しており、また汚染サイトに対する措置は義務的ではないので、ブロラや他の同様な汚染サイトに対応するために、条約の資金メカニズムを通じて資金調達を利用することはできないであろう。

 ブロラの海洋生態系と、地域コミュニティ及び旅行者の食物としての魚を継続する水銀汚染から守るために、汚染地域と廃棄物から海へのさらなる放出を防止する必要がある。この問題に目が向けられるまで、水銀は地域及び地球を汚染し続けるであろう。


脚注c:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3; 第14条第1項 締約国は、水銀又は水銀化合物で汚染されたサイトを特定し、評価するための適切な戦略を開発するよう努力しなくてはならない。

脚注d:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3;  締約国は、水銀又は水銀化合物で汚染されたサイトを特定し、評価するための適切な戦略を開発するよう努力しなくてはならない。

脚注e:UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3: 廃棄物に関する第13条には記述がない。

謝辞

 エデンセンター, Arnika Association 及び IPEN は、スウェーデン政府及びスイス政府、及びその他からの資金的支援、及びデータを分析するために生物多様性研究所(Biodiversity Research Institute (BRI))により提供された技術的支援に感謝します。この報告書で述べられている内容と見解は、著者及びIPENのものであり、必ずしも資金的及び又は技術的支援を提供した機関の見解ではありません。

参照
  • European Commission (2001). Commission Regulation (EC) No 466/2001 of 8 March 2001 setting maximum levels for certain contaminants in foodstuffs (Text with EEA relevance). European Commission. Official Journal of the European Communities. EC 466/2001: L 77/71-13.

  • Mankolli, H., V. Proko (Jazexhiu) and M. Lika (2008). "Evaluation of Mercury in the Vlora Gulf Albania and Impacts on the Environment." J. Int. Environmental Application & Science 3(4): 258-264.

  • Pirrone, N., S. Cinnirella, X. Feng, R. B. Finkelman, H. R. Friedli, J. Leaner, R. Mason, A. B. Mukherjee, G. B. Stracher, D. G. Streets and K. Telmer (2010). "Global mercury emissions to the atmosphere from anthropogenic and natural sources." Atmospheric Chemistry and Physics Discussions 10: 4719-4752.

  • Storelli, M. M., E. Ceci and G. O. Marcotrigiano (1998). "Comparative study of heavy metal residues in some tissues of the fish Galeus melastomus caught along the Italian and Albanian coasts." Rapp. Comm. int. Mer Medit. 35: 288-289.

  • UNEP (2002). Global Mercury Assessment. Geneva, Switzerland, UNEP: 258.

  • UNEP (DTIE) (2012). UNEP(DTIE)/Hg/INC.5/3: Draft text for a global legally binding instrument on mercury. Chair’s draft text. Intergovernmental negotiating committee to prepare a global legally binding instrument on mercury - Fifth session - Geneva, 13. 18 January 2013, United Nations Environment Programme: 44.

  • UNEP Chemicals Branch (2008). The Global Atmospheric Mercury Assessment: Sources, Emissions and Transport. Geneva, UNEP - Chemicals: 44.

  • US EPA (2001). Water Quality Criterion for the Protection of Human Health: Methylmercury. Final. EPA-823-R-01-001, Office of Science and Technology, Office of Water, U.S. Environmenta Protection Agency Washington, DC: 303.



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