世界水銀条約に関するIPENの見解 (PDF版) 情報源:International POPs Elimination Network: February 12, 2010 IPEN Views on a Global Mercury Treaty http://www.ipen.org/ipenweb/documents/work%20documents/ipenviews_mercurytreaty_2.pdf 訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会) Translated by Takeshi Yasuma Citizens Against Chemicals Pollution (CACP) http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ 掲載日:2010年2月13日 このページへのリンク: http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/IPEN_Views_for_Mercury_Treaty_jp.html 国際POPs廃絶ネットワーク(IPEN)は、100か国以上の国で活動する健康と環境に関わる団体の世界のネットワークである。このネットワークは、もとは残留性有機汚染物質(POPs) と呼ばれる一連の有害物質からヒト健康と環境は守るための世界条約の交渉を促進するために設立された。その後、政府によるPOPsに関するストックホルム条約の採択に続き、IPENはその使命をPOPsを超えて拡張し、現在は、有害化学物質への暴露によって引き起こされる危害から健康と環境を守るための地方、国、地域、及び国際的な取り組みを支援している。 2009年、世界の政府は2013年までに完了するという目標の下に、世界水銀条約に関する交渉を開始することに合意した。世界の全ての地域のNGOsとの協議及び情報収集の後に、IPENは、なぜ水銀に関する世界条約が必要であるかを説明し、この条約の市民社会の見解を示す次の政策声明を採択した。 IPEN 2010年2月12日 世界水銀条約に関するIPEN の見解 水銀はヒト健康と生態系へ著しい危害をもたらす世界が懸念する有害物質である。水銀が環境に放出されると、それは気流によって移動し、その後地上に戻り、ある時には最初の発生源の近くに、ある時にははるかに離れた地点に、落下する。水銀は土壌から排出されて小川、河川、湖、そして海に流れ込むことがあり、また海流と回遊生物によって運ばれることもある。 水銀が水生環境に入り込むと、微生物によってもっと有害なメチル水銀に変換される。この形態で水銀は食物連鎖に入り込んで蓄積し、魚や貝類を含む水生生物、さらには鳥類、哺乳類、そしてそれらを食べる人間の体内で生物濃縮する。ある魚類のメチル水銀の濃度は、その魚が生息する水中の水銀濃度よりも100万倍高いことがある[1]。 世界の環境中に入り込む水銀の3分の1は、火山の噴火など自然を発生源とするが、3分の2あるいはそれ以上は人間の活動に由来する[2]。さらに、産業時代の開始以来、世界の大気、土壌、湖、河川、及び海洋中を巡る水銀の総量は2〜4倍、増大している[3]。環境中のこれらの不自然に高い水銀レベルは生態系をかく乱し、世界中のあらゆる地域で人の健康に著しい危害を引き起こしている。 水銀は特にメチル水銀の状態の時にヒトに対して極めて有毒である。ヒトの胎芽、胎児、幼児、子どもは、水銀が神経系の発達を阻害するので、特に脆弱である。妊婦又は妊娠可能年齢の女性がメチル水銀で汚染された食物を食べると、この有毒汚染物質は胎盤関門を通過し胎児を暴露する。胎児のメチル水銀の濃度は母親の濃度より高いことを研究が示している[4]。水銀はさらにヒト母乳中に存在して乳児が暴露する。早い時期に水銀に汚染された食物を食べる子ども達もまた影響を受ける。水銀は子ども達の脳と神経系の発達に有害影響を及ぼす。この暴露は、認知力と思考能力、記憶、注意、言語獲得、運動能力、及び視覚的空間認識力を減退させる[5]。 成人もまた、水銀への暴露により危害を受ける。最も水銀に暴露する人間の集団は、しばしば、貧しい人々であり、最も脆弱な人々であり、特に先住民、島住民、沿岸地域社会及びその他魚類又は海産物を蛋白源とする人々である。労働者もまた、ひどく水銀に暴露することがあり、それは特に小規模原始的金採鉱労働者とその家族である。さらに、水銀暴露は環境中の多数の生物を害し、生態系を乱すことがある。 水銀は多くの発生源から環境に放出される。発生源には水銀含有製品、産業プロセス、採鉱活動、金属精錬、石炭燃焼、セメントキルン、廃棄物投棄と焼却、汚染土地、火葬場、その他がある。水銀を含む、温度計、血圧計、気圧計、電池、電気スイッチ、様々なタイプの電子機器などの製品の多くは、代替物質及び代替法が利用できるにもかかわらず、現在でも広く製造され、世界中で取引されている。蛍光灯などいくつかの水銀含有製品にはコスト効果のある代替がまだ存在しないが、代替物は開発中であり、蛍光灯の製造時に使用され放出される水銀の量をよりよく管理すること、及び使用の寿命が尽きた時に製品廃棄の管理をよりよく行うことにより、水銀の放出を著しく低減する機会がある。非常に多量の水銀が、よい代替法があるにも関わらず、塩素アルカリプラントや触媒プロセスのような産業プロセスで使用され続けている。また多量の水銀は、非常に高いレベルの汚染と暴露を引き起こしているにもかかわらず、小規模金採鉱で使用されている。多くの歯科医は水銀アガルガムを利用し続けているが, この方法をやめて十分に満足のいく代替法を使用している鹿医師もいる。最後になるが、ある文化では在来の医療、宗教的儀式及び/又は芸術作品中で使用され続けている。 水銀及びそのヒト健康と生態系に及ぼす著しく有害な影響について医学的及び科学的知識が増大するにつれ、人間の活動に由来する発生源からの水銀暴露を最小にし、廃絶するための行動の必要性に関する国際的な合意が増大している。しかし水銀は環境中を長距離移動し、また世界中で取引されているので、1国又は1地域だけの行動で、水銀汚染により引き起こされる危害から人々や環境を守ることは出来ない。開発途上国は特に影響を受けるが、それは彼らの国に貿易を通じて入り込んでくる水銀含有製品、余剰水銀、及び水銀廃棄物などを管理する能力がしばしば欠如し、彼らはまた、水銀廃棄物を適切に管理し、水銀で汚染された土地を浄化する能力に欠けるからである。 したがって、国際的な法的拘束力のある条約は、環境への水銀放出を効果的に管理して最小化し、余剰水銀の管理されない貿易を禁止し、水銀含有製品の製造と貿易を廃絶するという目的をもって最小化し、世界の水銀汚染総量を著しく削減することの出来る公正で平等な世界行動計画を開発し実施するために必要である。 条約 世界水銀条約の目標は、廃絶するという目的をもって人間活動に由来する水銀とメチル水銀の発生を最小にすることにより、人の健康と生態系を保護することである。条約は、水銀を使用及び/叉は放出する産業プロセスを管理し、水銀含有製品を段階的に廃止し、水銀廃棄物を適切に管理し、水銀供給と貿易を抑制し、他の必要な措置をとることにより、水銀の放出を最小にすべきである。その目的は、世界の環境を循環する水銀の総量を産業革命以前のレベルに削減することであるとすべきである。 ヒト健康と生態系を守るために、条約は:
水銀発生源の削減と廃絶は、早急で、整然として、公正であるべきである。条項はある期間にわたって段階的に導入されるかもしれないが、不必要な遅れがあるべきではない。 水銀の発生源と供給を削減し廃絶するための意味のある国際的な行動は世界水銀条約が採択され発効するまで遅らされるべきではない。むしろ適切に資金供給される国際的水銀管理プログラムが直ちに実行を開始されるべきである。また、ベースラインを確立し、地域に関連した情報の利用可能性を拡大するために、全ての地域で広範な環境監視のためのリソースを用意すべきである。 水銀は世界の全ての地域に影響を及ぼす世界的な問題なので、全ての国は世界水銀条約の交渉と実施の両方に重要な役割を持つ。 水銀条約とその実施は、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約、有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約、事前の情報に基づく同意の手続に関するロッテルダム条約、及びその他を含む他の関連する国際的文書を補完すべきである。これらの条約との適切な相乗効果が開発されるべきである。 水銀条約は、将来、鉛やカドミウム、叉は同様な世界の懸念である他の汚染物質を管理するために拡張することが出来るような条項を含むべきである。 先進国は、開発途上国及び移行経済国が彼らの条約義務を果たすために、十分な新たな追加的な財政的リソースと技術的支援を提供することを約束すべきである。 条約交渉プロセスはオープンで透明であるべきである。関連するNOGsや他の公益利害関係者の意味ある参加を可能にする条項が制定されるべきである。 水銀関連の段階的廃止への移行は、経済的及び社会的コストを最小にし、混乱を回避するために、計画に基づく整然とした管理体系を通じて進めるべきである。ある場合には、現在、水銀を環境に放出する行為に生計を依存している特定の労働者のグループや地域社会に対する移行支援及び/叉は援助が必要かもしれない。 可能な場合には、水銀関連段階的廃止と浄化は、民間部門に対する特別の配慮をもつ責任ある当事者によりコストが共有される汚染者負担原則と首尾一貫すべきである。 水銀に対する行動は予防原則と首尾一貫すべきである。それは、胎児、子ども、その他脆弱な集団に向けられる特別の配慮をもって証拠の重みアプローチに依拠すべきである。 条約は、開発の権利(3)、開発過程における環境保護(4)、貧困の撲滅(5)、最貧国に対する優先(6)、持続可能な開発のための対応能力強化(9)、市民参加(10)、汚染及びその他の環境悪化の被害者への賠償(13)、投棄による環境的悪化を防ぐための各国の協力(14)、環境コストの内部化(16)、女性の重要な役割(20)、先住民の重要な役割(22)、その他を含む他の関連するリオ原則を反映すべきである。 条約の実施と財政の監視及び監督は公的に説明責任のある独立した組織により実施されるべきである。 専門化した施設を持つ地域の専門センターとネットワークが、水銀含有廃棄物の収集と管理の支援を提供するために設立されるべきである。これらの廃棄物を埋め立て処分及び固体廃棄物処分することを禁止すべきである。収集、輸送、処理に関する登録と報告ための統一されたシステムが確立されるべきである。 水銀のためのクリアリング・ハウスが設立されるべきである。それは、実際的な経験、科学的及び技術的情報、及び効果的な科学的、技術的、及び財政的協力と能力強化に役立つその他の情報を含む水銀についての関連情報への直接的アクセスを提供すべきである。市民社会組織はクリアリング・ハウスのためのパートナーであり重要な情報源であるであるとみなされるべきである。 条約は小規模零細金採鉱者の必要に特別の注意を払うべきである。条約は水銀の使用を最小にする叉は避けるために効果的で適切な技術への彼らのアクセスに役立つべきである。実行不可能であることが実証されたなら、条約は彼らが代替の生計を確保できるよう支援するためのプログラムの確立を推進すべきである。 条約は、条約の実施にあたり、公益、健康、環境の利害関係者の効果的な参加を可能にし推進するための条項を含むべきである。 条約は、特に女性、子ども、労働者、小規模金採鉱者、貧者、主流でない者、及び教育のない者のために公共の情報、知識、教育を提供すべきである。条約はまた、先住民、北極地域社会、島住民及び沿岸地域社会、漁民、及び栄養摂取のために魚叉は他の水銀汚染食物に依存している他の人々にも提供すべきである。 新たな研究が、水銀の発生源についての、及び水銀を離れた場所に運ぶための移動のメカニズムについての知識を拡大するために、必要に応じて支援されるべきである。公衆は、水銀の危険性、水銀の発生源、及び水銀含有製品の代替に関する政府及び民間部門の関連データを時宜を得て受けるべきである。 水銀含有製品、水銀依存の産業プロセス、及び水銀を環境に放出する他の活動に対する効果的で、毒性のない、手ごろな価格の代替を開発するために、新たな研究もまた支援されるべきである。 水銀汚染サイトを特定し、管理し、修復するためのメカニズムが確立されるべきである。これは影響を受ける労働者や地域社会のための適切な補償を含むかもしれない。 条約は加盟国に対し、ダムが建設され新たな地域が水没する時に、土壌中の水銀のメチル水銀への変換によって引き起こされる著しい健康と環境への影響を十分に考慮するよう要求すべきである。 感度の高いテスト技術と方法が、環境媒体、食物、及びヒトの水銀汚染を特定するために容易に利用可能であるようにすべきである。 政府間交渉プロセスへのIPENの関与 IPENは、条約交渉プロセスとその後の実施に参加する。 IPENは、水銀、鉛及び恐らく他の重金属に関連する問題への当ネットワークの対応を支援するために、重金属ワーキンググループ(HMWG)を確立した。IPEN HMWG は水銀条約交渉、及びそれに引き続く発効後の条約実施における当ネットワークの効果的な参加を支援するであろう。世界水銀条約交渉に関心を持つ全てのIPEN参加組織(POs)はIPEN HMWGに参加し、その仕事に寄与することを強く促される。 交渉の間、IPENは次のことを実施する。
以上 脚注 1 Health Canada: http://www.hc‐sc.gc.ca/ewh‐semt/pubs/contaminants/mercur/q47‐q56_e.html 2 U.S EPA http://www.epa.gov/mercury/control_emissions/global.htm 3 Health Canada: http://www.hc‐sc.gc.ca/ewh‐semt/pubs/contaminants/mercur/q1‐q6_e.html 4 Stern AH, Smith AE (2003). An assessment of the cord blood: maternal blood methylmercury ratio: implications for risk assessment. Environ Health Perspect. 111(12):1465-70. 5 US EPA: http://www.epa.gov/mercury/effects.htm |