2012年3月
INC4 の準備に関する IPEN の見解
pdf 版
情報源:IPEN Thoughts about Preparing for INC4, March 2012
http://ipen.org/hgfree/wp-content/uploads/2011/07/
IPEN-Thoughts-about-Preparing-for-INC4-new-final.pdf


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
Translated by Takeshi Yasuma (Citizens Against Chemicals Pollution (CACP))
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2012年3月22日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/mercury/IPEN/INC4/IPEN_Thoughts_about_Preparing_for_INC4_jp.html

全ての媒体への排出
財政的メカニズム
国家実施計画(NIPs)
汚染サイト
小規模金採鉱(ASGM)と大規模採鉱
廃棄物
条約の命名
参考情報


 IPENは、政府代表者等が「法的に拘束力のある水銀に関する条約の制定に向けた政府間交渉委員会第4回会合(INC4)」のための準備をしているので、いくつかの考えと所見を共有したい。

この条約交渉は、急速に水銀汚染のレベルが増大しているという背景の下に行なわれている。科学者らは、太平洋の水銀レベルは過去20年間に30%増大しており、もしこのまま措置がとられなければ、水銀レベルは次の数十年間で50%増加するであろうと言及している。実際に、この潮流を押しとどめる措置をとらなければ、太平洋は1995年に比べて2倍、水銀で汚染されるであろうと推定している。このことは人間の主要な曝露源である魚の水銀濃度に有害影響を与えるであろう。INC3ではいくらかの進展はあったものの、水銀排出や財政的考慮についての完全な行き詰まりに加えて、重要な条約要素についての弱い措置は、この条約が水銀汚染レベルの上昇傾向に影響与えうるかどうかについての懸念を提起する。水銀汚染源に対応する確実な行動がなければ、この条約は実際には排出の上昇を正当化することになり、人間の健康と環境を保護することができないかもしれない。

全ての媒体への排出

 IPENは、将来の条約は全ての媒体に対する水銀規制であることが非常に重要であると考えている。大気排出規制だけに焦点をあてる条約は、大気排出を陸や水や製品中への放出にシフトすることにより、水銀の大気排出を削減するという道を操業者に選ばせることになるであろう。このことは、実際には地域の水銀汚染と曝露を高める水銀条約をもたらしかねない。さらに、陸や水に放出された水銀は揮発して大気中に入り込むかもしれない。INC3では、大気、陸、水への放出に対応するために、ひとつにまとめた条項とすることに強い支持があった。しかし、いくつかの国は分割した条項、又は条約からある媒体を削除することすら支持した。INC3ではまた、ある特定の汚染源を持ついくつかの国によって自主的な措置にするか、又は検討の対象から外すという提案があることが明らかになった。

 条約が、意味あるものになり、増大する水銀汚染レベルに対応するためには、拘束力のある措置が人間に由来する汚染源への対処に必要である。これらは専門家委員会により開発されるBATを用いつつ、能力の問題もあるので段階的に導入されるかもしれない。BATガイドラインは水銀の水、陸又は製品への放出を規制し、代替を優先し、厳格であるべきである。効果的なものとするために、大気、水、陸地とそれぞれ別々のBAT文書を設けるのではなく、ひとつにまとめたBATガイドラインが個別の源から全ての媒体への放出に対応するようにすべきである。

 VCM(塩ビモノマー)製造からの全ての媒体への放出に目が向けられるべきである。交渉が進展したこの段階においても、水銀触媒を用いたVCM製造の水銀排出と環境的放出に関する公的に入手可能なデータがまだないように見える。このプロセスは2008年にUNEPにより770トンの水銀を消費すると見積もられていた。この消費水銀の約半分が汚染の原因であると見られていたので、VCM製造は世界における人間の活動に由来する水銀汚染に最も貢献しているもののひとつであるかもしれない。その報告書を作成した専門家らは、その作成作業に使う排出データを持っていなかったので、UNEPの世界大気水銀評価は、VCMプラントがあたかも大気に水銀を排出しないかのように扱っている。このことはINC4において早急に対応される必要がある。INC3においては、水銀触媒の代替についてのある予備的な情報が技術セッションで発表された。IPENは、代表者等がINC4におけるこの重要な水銀排出源に関する討議においてその情報を使用することができるよう、水銀触媒の代替に関する詳細な最新情報をINC4で提示するよう政府が事務局に要求することを促したい。

 条約は、Annex D にリストされている水銀使用製造プロセスの導入を禁止する明確な締め切り期日を示すことによって排出削減の役目を果たすべきである。条約が発効する前に無制限にこれらの施設の数を締約国が増やすことを許すことにならないようにするために、条約発効日をその期日とすべきではない。この種の新たな施設の建設と既存施設の拡張に関して明確な範囲と制限をおくべきである。既存施設を引き続き操業することを許すために、ある締め切り期日が必要なら、それは条約を採択する外交会議の日であり、条約の発効日ではない。

 最後に、二層構造の”高総量排出国(significant aggregate emitter)”アプローチは止めるべきである。このアプローチの下では、比較的少数の開発途上国と移行経済国だけが、彼等の水銀排出源への対応のために財政メカニズムから多大な援助を受けることになる。他の諸国にとっては、これらの排出源に対処するための国家の取り組みは、ほとんど自主的で援助のないものになる。我々は、条約がよく機能するものにするためには、全ての地域の全ての関心ある政府の完全な参加を働きかける必要があると信じる。この条項は、各加盟国がその水銀源、排出、及び放出を削減し、廃絶するための国家目標を定め、これらの排出源を削減し廃絶するための国家計画を作成し、それによりその計画を実施することを求めるよう修正されるべきである。

財政的メカニズム

 IPENは、適切な資金供給と予測可能な財務メカニズムが条約実施にとって重要であると考える。自主的な条項では、資金供給を条約順守と関連付ける仕組みの下で資金援助を受ける適格性はおそらく得られないので、条約の重要な条項は義務的でなくてはならない。財務メカニズムの様式に関する異なる見解もあるが、特定のメカニズムを選択する前に、どのような特性と特徴を財務メカニズムが含むべきかについて議論し、合意することが有用であろうと考える。望むべき特性は、きちんと対応する機関、大規模及び小規模の金額にアクセスできること、民間分野からの財政的貢献、複雑な社会的及び経済的な要因に対応できること、貧困削減目標と妥協することなく条約義務を満たすことができること、そして各国が条約を批准する前の活動を可能とするための資金供給を含む。我々はまた、条約の財務的メカニズムは後発開発途上国(LCDs)及び小島嶼開発途上国(SIDs)に対する特権的なアクセスを提供すべきであると信じる。これには、とりわけ共同融資(co-finance)要求の緩和、資金提供のための提案作成の支援、プロジェクト適格性における広範な自由範囲などが含まれる。INC3においては、地球環境ファシリティ(GEF)の挫折及び、多数国間基金(MLF)の良い経験に基づき、多くの国が自立的資金供給を支持した。しかし、自立的資金供給が成功するためには、十分な資金供給を受け、長期にわたる持続性があることが必要である。拙速に不十分な資金を分配し、金を使い果たす締約国(COP)管理下の自立的資金供給は、水銀に取り組む開発途上国や移行経済国の努力を大いに損なうであろう。更なる懸念は、相乗効果及び資源効率を求める強い圧力の中で、ひとつの物質に対応するひとつの条約への資金供給のために自立的資金供給を設立することの実行可能性である。

国家実施計画(NIPs)

 多くの国にとって、国家実施計画(NIPs)を作成することは、国家の源泉の包括的な理解を確立するために重要である。ストックホルム条約の経験は、国家実施計画(NIPs)作成のための資金供給の利用可能性が、条約批准とその実施を可能とするために重要であることを示した。しかし、INC3においては、いくつかの国は、国家実施計画(NIPs)作成自体が自主的であるべきと提案した。もし、これが承認されるなら、国家実施計画(NIPs)作成は、条約順守活動とはみなされないかもしれず、自動的には財政的支援に適格とはならないかもしれない。このことは、開発途上国が優先事項を定めるための能力にマイナス影響を及ぼし、非常に重要な条項を条約順守体制に持ち込むことを阻み、途上国を財政的メカニズムからの支援への適格性を失わせるように見える。国家実施計画(NIPs)は、フォーカルポイントを確立し、国家の専門家委員会を設立することを通じて、政府省庁を水銀問題に敏感にさせ、健全な化学物質管理の優先度を強化することに重要な役割を果たすことができる。国家実施計画(NIPs)は水銀供給、発生源、廃棄物、及び汚染サイトの目録を含めるべきである。改善されたUNEPのツールキットは、参加国にとって水銀発生源と放出を特定し定量化するのに有用であろう。様々な条項の下に求められる様々な国家行動計画が、国家実施計画(NIPs)における根拠となるであろう。さらに加えて、行動を可能にすることは水銀条約のひとつの重要な部分をなす。国家実施計画(NIPs)は、国家の優先事項を設定し、意味のある条約実施への道を敷くのに役立つ、実行可能な行動からの明確で論理的な結果である。国家実施計画(NIPs)を作成する国への技術的な支援は、明確な結果を伴う国主体の計画を確立することに役立つであろう。最後に、国家実施計画(NIPs)はまた、市民社会組織をそれらの形成と実施に関与させることにより、広範な公衆が国家実施目標を理解し支持することに役立つという役割も持つ。

汚染サイト

 水俣の大惨事は、水銀触媒を使用するアセトアルデヒド製造プラントによる水俣湾の水銀汚染により引き起こされたものであり、大きな被害を伴う大規模な汚染サイトという結果をもたらした。この悲劇的な歴史からの教訓にもかかわらず、INC3は、水銀汚染サイトへの対処に完全に自主的なアプローチを提案し、水銀被害者への補償の問題を無視しているように見える。このことは、汚染サイトは地域社会に害を与え、地球規模の水銀曝露をもたらすので、水銀汚染を規制する世界の取り組みを損なうことになる。さらに、自主的なアプローチは、加盟国の汚染サイトに向ける取り組みを条約順守体制の外に置き、したがって財政メカニズムからの支援への適格性を失わせることになりそうである。IPENは、加盟国は汚染サイトを特定し、それらについて何らかの初期特性化を実施することが義務付けられるべきであると信じる。補償とサイト修復のための主要な責任は、当然責任ある当事国にあるが、責任ある当事者を特定することができない、又は必要なレベルのリソースと技術が不足するような最も問題があるサイトに対応するために、条約は国際協力を推進する条項を含むべきである。現在の条約案の下では、汚染サイトを特定し、浄化し、又は被害者にきちんと対応することについてなんら義務がないのだから、水俣湾で起きたような汚染サイトは無視されることになるであろう。もし、条文自身が将来、水俣のような大惨事を引き起こすことを許すなら、世界水銀条約を水俣条約と命名することは恥ずべきことである。

小規模金採鉱(ASGM)と大規模採鉱

 INC3の”成功物語”として語られる一方で、この主要な水銀汚染源に対応するために、まだ多くの作業が必要である。現在、加盟国はASGMに対応するために、行動を起こす”べき(should)”なのか、起こさなくては”ならない(shall)”のかについて混乱がある。現在の条文は、ASGMが残した広範な汚染を無視し、水銀汚染源としての ASGM の実施を Annex F と G から外した。ASGMからの曝露と排出の程度を考えれば、自主的なアプローチは条約の下では意味のある行動ではない。各締約国は、Annex E, 1b の実施方法は、最大量の水銀汚染を放出する最悪の方法なので、これらの方法を廃止することを義務付けられるべきである。義務的な措置は、脆弱な集団の曝露防止と公衆健康戦略を含む国家行動計画を含むべきである。ASGMのための水銀の輸入は、採鉱者、子どもたち、女性、水銀によって生業が損害を受ける漁労民のようなその他の人々の更なる水銀曝露を防ぐために禁止されるべきである。ASGMへの国の行動は、国家実施計画(NIPs)の一部としての行動計画に従い、特定され実施されるべきである。

 大規模採鉱は、潜在的に水銀排出に大きな部分を占めるにもかかわらず、INC3ではほとんど注意が払われなかったように見える。UNEPは、全ての人間に由来する水銀排出の約15%は、産業規模の金属採鉱及び精錬の操業と施設に関連する非意図的な水銀放出から来ていると見積もっている。この理由により、UNEPは、国家水銀目録の中で特定されべき排出源として主要な金属製造を含む水銀放出の特定と定量化のためのツールキットを開発した。金属鉱石採鉱に直接起因する水銀汚染は過少評価されてきた。例えば、アメリカでは2008年に報告された水銀放出と全ての金属鉱石採掘施設からの移動の総量は2,486 トンであった。この汚染のほとんどは現地にあり、陸地に放出された。このことは、過去及び現在の金属鉱石採鉱活動で投棄された全ての鉱山廃棄物中に含まれる水銀総量は極めて大量であることを示唆している。これらの投棄された廃棄物は継続的に風雨やその他の自然のプロセスに曝され、その結果、鉱山廃棄物投棄からの大量の、しかしが記録のない大気排出、水への放出、及びその他の水銀放出をもたらす。鉄及び非鉄金属の採鉱は、Annex F 中の発生源カテゴリーとして含められ、上述のように全ての媒体への放出に対応する条約の中で取り扱われるべきである。

廃棄物

 IPENは、水銀条約は水銀含有廃棄物の管理に対応する特定の条項を持つべきであり、この重要な問題に関するその責任を単純にバーゼル条約に委任すべきではないと信じる。人の健康と環境の保護は、バーゼル条約の特定の目的ではなく、バーゼル条約は、水銀廃棄物の国内での処理、収集、輸送、及び代替管理に関連する問題に完全には対応していない。条約は、水銀含有廃棄物を取り扱うための適切な技術のリストを保持し、これらの技術の性能レベルをBAT/BEPガイドラインの中で定義すべきである。制限値は廃棄物を有害であると定義する健康保護値を含んで、定義されるべきである。追加的な条項は、水銀含有廃棄物の発生を最小化し防止するための要求、責任と補償措置、国家実施計画(NIP)中に反映される国家行動計画のための要求、そして、多くの国が、民間分野が条約の中で演じる重要な財政的役割を持つことを認めたのだから、汚染者負担原則の適用−を含むべきである。先進国から途上国への廃棄物の移動は禁止されるべきであり、他の国家間の移動は、廃棄物の取扱い及び、廃棄物の投棄とそれに続く人の健康と環境の被害防止のための十分な能力が存在することを確実にするために、輸入国の合意を得たときにのみ、行なわれるべきである。

条約の命名

 世界水銀条約を水俣条約と命名するという提案は非常に意味深長である。IPENは、世界水銀条約を水俣条約と命名することは、水俣の悲劇を水銀汚染から人の健康と環境を守るという世界の取り組みに直接、関連させることであると信じる。したがって、もし条約が水俣の名前を冠することになるなら、被害者と彼等の正当な要求は尊重され、水俣の悲劇の教訓が条約に適用されなくてはならない。

 水俣病が最初に診断されてから50年以上経過しているのに、被害者らのグループは、この悲劇への対応にもっともな不満を持ち続けている。被害者グループは全ての被害者が認定され補償されることを望んでいる。彼等は影響を受けた地域の人々の包括的な健康調査を望んでいる(これは、未だに行なわれていない)。彼等は汚染者負担原則が完全にそして適切に実施されることを望んでいる。彼等は、大量の水銀汚染が存在するのに、そのことが未だに軽視されているような場所で条約署名儀式が行なわれることがないよう、水俣湾周辺の汚染地域が浄化されるべきことを望んでいる。最後に、水俣の被害者グループは被害者が地域社会で安心して暮らしていける医療や福祉の仕組みを確立することを望んでいる。

 IPENは、条約が水俣条約という名前を冠することができるまでに現在の悲劇は日本政府とチッソにより適切に対応されなくてはならないと主張する水俣の被害者らに連帯する。このことは、未処理の問題の真の解決に向けて、公的な約束と確実な歩みが2013年の外交会議までにとられるべきであることを意味する。

参考情報

訳注:IPENのウェブ上で English | Arabic | Chinese | Japanese | Russian | Spanish にリンク。



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