2010年1月23日 化学物質問題市民研究会主催
ナノテク問題市民学習会 報告
身近に使われているナノテクノロジー
どのように使われているのか?
問題点は何か?

化学物質問題市民研究会
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kouza/100123_nano.html

ピコ通信/第138号(発行日 2010年3月2日)紹介記事
 当研究会は2009年1月23日(土)、渋谷の環境パートナーシップオフィスでナノテク問題市民学習会を開催し、当研究会の安間武とNPO法人市民科学研究室の上田昌文さんがナノテク利用の現状と問題点を解説し、また最後に出席者との質疑応答を行いました。
(文責 化学物質問題市民研究会)


1. ナノテク: どのように使われているか 何が問題か
安間武(化学物質問題市民研究会)
ppt発表資料

1.1 ナノ物質とは何か?
 ナノは10億分の1のことであり、1ナノメートル=10億分の1メートルという非常に微小なサイズである。厳密なナノ物質の定義はまだないが、縦、横、高さのうち、少なくとも1次元は100ナノメートル以下の物質であると考えてよい。物質がこのようなナノサイズになると、全く新たな特性を持つようになる。
 ・単位重量当たり表面積が大きくなる。
 ・表面活性度が高くなる。
 ・化学的、電気的、磁気的、光学的特性等が著しく変化する。
 このような新たな特性が新たな材料として活用され、期待されるが、一方、ヒト健康と環境に重大な有害リスクをもたらす可能性があることが懸念されている。

1.2 ナノ製品はすでに市場に出ている
 ナノ物質/技術は衣料、化粧品、食品、スポーツ用品、情報通信、建材、医療、環境修復、エネルギー、農業、軍需などあらゆる分野で利用され始めている。
(1)ナノ銀
 昔から知られている銀の毒性は、銀イオン(Ag+)による。銀をナノ化すると銀イオンの発生を促進し、またナノサイズという形状とあいまって殺菌の相乗効果が得られ、広い範囲で利用されている。例えば、繊維、洗濯機、食品容器、防臭剤、医療用途(消毒)。
 しかし、次のような問題が懸念される。
 ・ナノ銀が環境に放出され微生物を殺す。
 ・ヒトへの有害影響(発達神経毒性)。
 ・医療用途に対するバクテリア耐性。
(2)二酸化チタン、酸化亜鉛
 白色の無機粉体で紫外線散乱作用があり、昔から日焼け止めとして使用されてきたが、ナノ化すると透明になることから、近年、これらのナノ粒子が利用されている。しかし次のような懸念が指摘されている。
 ・皮膚を浸透して体内に入り込む懸念(特に日焼け、湿疹など痛んだ皮膚)。
 ・使用後洗い流されて排水系から環境中に入り込み微生物を殺すことの懸念。
(3)食品/食品容器包装でのナノテク利用
(省略。上田さんの講演録をご覧下さい)
(4)農業分野でのナノ技術利用の可能性
 精密農業:環境変数を監視し目標操作を施して作物生産高を最大にし、肥料、殺虫剤、除草剤などを最小にする。
 カプセル化:太陽光、熱、又は害虫の胃の中のアルカリ条件に反応して、破れるよう設計されたナノカプセル中に活性成分を封入。
 高性能デリバリーシステム:殺虫剤や除草剤を含んだナノ粒子のカプセルの搬送。
 ナノバイオテクノロジー:農業作物と家畜のナノ遺伝子操作。
(5)環境修復へのナノ技術利用
 有機塩素系汚染物質や重金属などによる大規模汚染をゼロ価鉄などのナノ粒子の還元作用と触媒作用で脱塩素化して浄化する。ナノ粒子を地中に注入することでポンプくみ上げや土壌の移送が不要となるとして米EPAなどが推進し、世界7カ国(アメリカ17州)/45サイトで実施されている。安全性の確認されていないナノ物質の環境中への放出によるヒト及び生態系への影響が懸念されるとして、英国王立協会・王立工学アカデミー(2004年)が警告している。
(6)ドラッグデリバリーシステム(DDS)
 がん細胞などの標的に、有毒な抗がん剤などの薬剤を効果的かつ集中的に送る。薬剤をカプセルなどで包み、途中で正常な組織や細胞を損傷することなく標的の細胞に到達させ、薬剤を放出して標的細胞を殺す。
(7)ナノ人間強化
 人間の身体的機能と知的能力を人間という生物種が持つ限界を越えて向上させ、不老不死の"サイボーグ"を求める。新たな技術がもたらす新たな問題として、社会的、経済的格差と倫理的側面の問題が提起されている。

1.3 ナノ物質の有害性はどうなのか?
 ナノ物質のサイズ、形状がヒト健康と環境に重大なリスクをもたらす懸念を示す研究が増大している。例えば、カーボンナノチューブがアスベストのようにマウスに中皮腫を引き起こす可能性がある(2008)・カーボンナノチューブはラットのDNAを傷つける(2008)・有毒物質がナノ粒子に乗り、細胞内に進入する(2008)・二酸化チタンのナノ粒子はマウスの脳の発達に影響を与える(2009)・ナノ銀は神経毒性の可能性がある(2010)など多数。

1.4 ナノ製品の表示の問題
 ナノの安全性に対する消費者の懸念が高まり、ナノ使用がマイナスのイメージを与えることを恐れて、製品や広告から"ナノ"を削除するナノ隠しが行われるようになった。世界中の主要な環境/消費者団体が、情報に基づく選択が出来るようナノ製品に表示を義務付けることを求めている。

1.5 日本におけるナノ安全管理の問題
 ・ナノ安全管理(規制)が行われていない。
 ・ナノ安全管理が省庁縦割り。
 ・ナノ物質を新規化学物質とみなさない。
 ・ナノ製品は安全が確認されていない。
 ・ナノ安全データの提出義務がない。
 ・ナノ製品に表示義務がない。
 ・市民はナノ情報を容易に入手できない。
 ・政策の検討/決定への市民参加がない。
 ・メディアはナノ情報を取り上げない。
 ・市民/市民団体の関心が低い。

1.6 日本政府に求めること
 ・下記管理項目からなるナノ物質管理の包括的枠組みが必要。
  @ナノ技術標準化管理
  Aナノ物質管理
  Bナノ技術応用/ナノ製品管理
  Cナノ物質の人体/環境監視管理
 ・包括的枠組みの下に新たなナノ物質管理法の制定と既存法の改定が必要。
 ・新たな「ナノ物質管理法」の制定には市民団体の意味ある参加が必要。
 ・ナノ物質管理の緊急度を勘案した規制の段階的な導入が必要。
  (1) 第1段階:暫定的「ナノ物質管理法」制定
   ・製品に含まれる全てのナノ物質成分のラベル表示義務。
   ・上市する全ナノ物質のデータ提出義務。
   ・提出データに基づき、国は暫定的に個別に安全性を評価し、暫定的管理グレード(許可、制限、禁止)を決定。
  (2) 第2段階:包括的枠組みの下に、「ナノ物質管理法」を構築し、段階的に実施。必要に応じて既存法規の改定。


2. 食品に応用されたナノテクノロジーをどうみるか
上田昌文(NPO法人市民科学研究室)


■数十〜100製品ほどが市場に
 私たちが食べたり飲んだりしているものには加工食品が相当多く含まれる。それが安全や品質などの面で問題を起こさない限り、普段私たちはどのような技術がそこに使われているかに目を向けることはあまりない。
 現在、たとえば、白金ナノコロイド入り食品や飲料、(食べ物ではないが)銀ナノ粒子入り歯磨き、ナノサイズ乳化技術を使った清涼飲料やお酒……など、「ナノテクを使った」と謳っているものもあれば、そうでないものもあるが、数十から100製品ほどが市場化されていると思われる(私たち市民科学研究室の調べでも2009年6月の時点で42製品を確認、大半を占めるのが、コエンザイムQ10、ヒアルロン酸、アスタキサンチン、コラーゲン、植物ステロール、イチョウ葉エキス、白金ナノコロイドなどを用いた健康食品(いわゆるサプリメント))。
 食の分野では、ナノテクは口に入れる食品のみならず容器包装や調理器具や検出技術にも応用されるので、幅広く"フードナノテクノロジー"ととらえておく必要がある。それは、おおまかには、「数nm〜数μmの範囲で対象物の物理的構造を制御することで、食品や飲料の摂取はもとより、生産・製造、加工、保存、輸送、消費、廃棄・リサイクルされるそれぞれの工程で、機能性・利用性を高めた技術」と定義することができる。

■市場規模が一番大きいのは包装分野
 ナノフードの主たる効用は、(1)微細化で腸管からの成分の吸収能力を高める、(2)表面積増加で反応性が向上させ少ない量で効果を得る、(3)味や舌触りを変え、臭いをマスキングするなどして食味を改善する、であろう。
 すでに日本ではカプセルやゲル化剤をナノサイズ化して、主にゼリーやプリン、ガム、飲料など、香料や乳化剤、ゲル化剤を使う食品に何年も前から使用されているものもある(たとえば身近な例では、食品表示欄に「環状オリゴ糖」と記載されているナノ化カプセル分子のひとつであるシクロデキストリンがある)。防湿剤にナノサイズのシリカ(二酸化ケイ素)、防腐剤にナノクレイ(ナノサイズの粘土)を添加する食品もある。
 また、健康食品では、インターネットショップをはじめ、さまざまな商品が販売されており、機能性成分をナノサイズ化しもの、カプセル化技術を応用して今まで摂取できなかった機能性成分の摂取や脂質等の吸収抑制するもの、金属ナノ粒子(白金ナノコロイドなど)を添加したサプリメントや健康水や飲料……など、数多く流通している。
 じつは、市場規模が一番大きいとみなされているのは包装分野で、食品の腐敗に伴って発生するガスを検知する超微細なセンサーを作り、これを包装紙に埋め込んで、食品が腐敗したことを目で見て知ることのできる包装材料の開発などがさかんに進められている。また、エコ包装としてのナノサイズのセルロースを用いた生分解性包装、ナノ粒子を添加しての抗菌包装材なども注目を集めている。
 フードナノテクノロジーが決して"ナノサイズ""ナノ物質"という括りで一様にとらえられない広がりと、食経験との深浅さまざまな関わりを持っていることがわかるだろう。

  ■私たちが留意すべきこと
 そうした状況で私たちが留意すべきことは何か。
 第一は、安全性評価の既存の仕組みで、極めて多様性のあるフードナノテクを、うまく俎上に載せることができるかどうかの検討である。
 医薬品(臨床試験、薬事法による規制)ではないが、健康食品(「特保」以外には規制は特にないが、(財)日本健康・栄養食品協会らによる"第三者認証"制度導入の動きがある)はあり、食品添加物(安全性と有効性を確認して厚労省が指定)と見なせそうなものもある。
 これに加えて、衛生管理面の規制があるだけの食材や食品加工技術をも含めて、ナノに特化した何らかの対処が必要なのか、どうか。たとえば、ここ1,2年、銀ナノ粒子がDNAの複製を阻害したり、胚の器官形成異常を引き起こすとの動物実験が相次いで報告されているが、銀ナノ粒子が入った食品やサプリメントをどうチェックし、どう規制なりをかけることができるか。個別ケースの対応だけではすまない話になるだろう。
 食品全般の問題として、一定の成分・規格で製造され、一定の条件で用いられる医薬品や食品添加物とは違って、一般的な毒性試験やリスク評価手法になじまない部分がある点も考慮しなければならない。 第二に、予防的対応をどう築くか、である。ナノ粒子の基本特性解析方法が未確定であり、皮膚や細胞への直接侵入の研究蓄積や毒性のサイズ効果のデータもまだ少なく、新規食品の定義が不明確であり(例:上記"シクロデキストリン"ははたして新規と言えるだろうか)、栄養や機能性成分の体内動態も十分にはわかっていない状況では、リスク評価は非常に難しい。
 しかしたとえば、(1)製粉、食品加工の現場におけるナノサイズ粉体の吸入・接触によるアレルギー発症、(2)ナノ化による吸収力アップに伴う過剰摂取(特に乳幼児、老齢者、妊婦など)、(3)ナノサイズ化にともなう食品内部での酸化の促進と生体内での過酸化物質化、といった懸念も払拭できない。
 問題状況に応じた適切なナノ表示(あるいは非表示)、未確定な状況もふまえた上での安全性・有効性・使用法に関する情報提供、市販後の何らかのモニタリング……など、いかなる対応を組み上げていくかを開発側と消費者がともに考えてゆかねばならない。


質疑応答から
安間武/上田昌文/参加者

Q: カーボンナノチューブのリスクについて、もう少し聞きたい。
安間: 2008年2月に国立医薬品食品衛生研究所のグループが、マウスの腹腔内への投与によって中皮種の前兆の病変が発現するという研究結果を発表した。同年5月には英エジンバラ大学でも同様な研究報告があった。この結果については、暴露経路が吸入ではない等の批判をする向きもあるが、長くて細いカーボンナノチューブの形状がアスベストに似ていることから予測された結果であり、やはり危険性があるとする考えが世界の大勢である。

Q: ナノ食品のリスクについて聞きたい。
上田: リスクをどうとらえていくかという一番最初の段階の研究が、食品安全委員会で始まったところ。その一部の報告がまもなく出てくる段階である。食べ物に入っているナノ物質が、体の中でどこに行ってどんな風に消化吸収されるのかということが分からないと、リスクは評価できない。食品の場合は、他の化学物質のようにある成分に特化して動物実験をしていくというのではなくて、ナノ化した食品(特に健康食品)に何か副作用的なものが出てきた時に、あるいは出そうな時に、それを集中的に調べる方法が現実的ではないかと思う。

Q: 食品を消化吸収してしまえば、ナノもそれ以外もみんな同じになるのではないか?
上田: ナノ食品の研究者の多くが、既存の食品をナノ化したからといって消化してしまえばナノサイズになるから同じではないかと考えている。しかし、サイズを小さくするだけではなくて、カプセルの中に入れたり、特殊な加工をしているので、それがどういう影響があるのかは分からない。色々調べなければならないと思う。

Q: 以前、医者にあなたは肝臓が悪いのだから、蚊取り線香のようなものはだめですよと言われた。蚊も人間も同じ生物だからそうなのかと思った。
上田: 抗菌グッズなども同じ。腸内細菌や常在菌を殺すので、こういうものを頻繁に使うと影響があると思う。

Q: ナノの発展してきた歴史を知りたい。
安間: ファインマン博士が1959年に行った講演で物質を原子レベルの大きさで制御しデバイスとして使うという考えを発表した。1989年、IBMの研究者らが、35の原子を操作して会社のロゴを描写した。軍需や産業に重要だという認識を持ったアメリカは、2000年に国家ナノテクノロジー・イニシアティブ(NNI)を立ち上げて、本格的にナノを推進し始めた。その後、環境・健康・安全の面からの議論が出てきた。さらには、倫理的な面の議論もされるようになってきた。2004年には英国王立協会が、ナノ技術の負の側面にも目を向けるべきだという報告書を出している。

Q: ナノの現象は技術が確立する以前からあったということか。消化・吸収の段階ではナノになるというように。
上田: 同じナノサイズでもなぜある物質が有害で、ある物質は有害でないのかについても、ナノの研究が進めばメカニズムがわかるだろう。自然界にナノはいくらでもある。ナノ技術をつくっていこうという発想のモデルは自然界にある。
安間: 脳の血液脳関門や胎盤をナノのあるものが通過することが実験で分かっている。この場合はナノサイズであることが問題となる。ナノサイズのものは昔から自然界にもあるから問題ないという主張があるが、我々が問題にしているのは今までなかったもの、意図的につくり出されたものであり、人体も生物も環境も経験したことのないものである。

Q: ナノの表面積の活性化を考える時、イオン化のことを考えなければいけないのか。
安間: 銀ナノを例にとると、殺菌効果は銀の表面から出る銀イオンによるが、ナノにすることでイオン化が促進される。またナノ形状であることが微生物の細胞を殺すので、殺菌効果は銀イオンとの相乗効果となる。

Q: ナノサイズで表面活性が大きな粒子が血管に入って毛細管の先で細胞にくっついて細胞を破壊しやすくなるのではと考えると、ひじょうに怖いが考え過ぎか。
安間: 吸収されたものが体外に排泄されないで体内を巡って細胞に入り込む、または脳関門を通過する可能性を示す研究がある。また、表面積が大きくなることを利用して、ドラッグデリバリーとして効率的に薬を患部に届けることができるが、一方、環境中で有害な物質が表面に付着して体内に送り込まれる(ヒッチハイクする)可能性もある。

Q: 肌がきれいになるというナノを使ったファンデーションが売られていて、娘が関心を持っているがどうか。また、子どもにも紫外線防止クリームを使ったほうがいいと言われているが、どういう影響があるか。排泄されるのだろうか。
安間: 多くの日焼け止めで、ナノサイズの二酸化チタンや酸化亜鉛が散乱剤として使われていると思われるが、ナノを使っていることを表示している製品はひじょうに少ない。ナノ日焼け止めや化粧品の体への安全性は十分には確かめられていない。人の健康だけでは なく、環境への影響も考えられる。賢い消費者の選択肢は、まず使用しているかどうか表示をさせて、その上で、使うかどうかを選択することではないか。

Q: SAICM(国際化学物質管理戦略)でのナノの扱いはどうか?
安間: 昨年5月に、SAICMでは4つの新規政策課題が決まったが、ナノはそのひとつである。4つの新規政策課題とは、製品中の有害物質、ナノテク・ナノマテリアル、電子廃棄物、塗料中の鉛である。

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