EHP サイエンス・セレクション 2022年11月1日
安全性の欠陥?
マイクロ及びナノプラスチック粒子の胎盤取り込み

シルケ・シュミット
情報源:Environmental Health Perspectives,
Science Selection, 1 November 2022
Breach of Security? Placental Uptake of
Micro- and Nanoplastic Particles

By Silke Schmidt
https://ehp.niehs.nih.gov/doi/10.1289/EHP12180

オリジナル論文: Uptake, Transport, and Toxicity of Pristine and Weathered
Micro- and Nanoplastics in Human Placenta Cells

Hanna M. Dusza, Eugene A. Katrukha, Sandra M. Nijmeijer,
Anna Akhmanova, A. Dick Vethaak, Douglas I. Walker, and Juliette Legler
21 SEPTEMBER 2022ENVIRONMENTAL HEALTH PERSPECTIVES

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2023年1月12日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kodomo/ehp/221101_ehp_Breach_of_
Security_Placental_Uptake_of_Micro-and_Nano-plastic_Particles.html

アブストラクト

 胎盤は、胎児の成長と発達に重要な役割を果たしている。 必須栄養素と酸素を供給するだけでなく、老廃物を取り除き、有害な暴露から胎児を保護することができる[1]。胎盤細胞を通過する取り込みと輸送のプロセスは、マイクロ及びナノプラスチック粒子 (MNP) と環境化学物質が母体の血液を介して胎児に到達するかどうかを決定する[2]。最近、Environmental Health Perspectives に掲載された実験[3]で、研究者らは胎盤細胞株(訳注1)が、一般的に使用される 2 つのプラスチック、ポリスチレン (PS) と高密度ポリエチレン (HDPE) のマイクロ及びナノプラスチック粒子 (MNP)にどのように反応するかを調べた。



角質除去ジェル(a cosmetic facial scrub)に含まれるプラスチック・マイクロビーズのカラー走査型電子顕微鏡写真。ある見積もりでは[15]、マイクロビーズを含む角質除去剤を 1 回使用すると、94,500 個ものマイクロビーズが放出される可能性がある。 画像: @Steve Gschmeissner/Science Photo Library.
 実験には、胎盤に特有の 2 つの細胞型、細胞栄養芽層(cytotrophoblasts)と合胞体栄養芽層(syncytiotrophoblasts)が含まれていた。 細胞栄養芽層は、妊娠の非常に早い段階で受精卵から分化する[4]。これらの細胞の一部は、胎盤の外層を形成し、母体の血液と直接接触する合胞体栄養芽層に融合する[4]。著者らは、合胞体栄養芽層を細胞栄養芽層とは別に分析した。

 彼らは、手付かずの新しく製造された粒子と実験的に風化された粒子の取り込み、輸送、及び影響の違いに特に関心を持っていたが、後者は実際の環境暴露をよりよく再現することが期待されていた[5]。風化プロセスでは排水路から採取した水サンプルに浸して、それらを振り、室温で 4 週間、自然な日光サイクルにさらした。次に、研究者らは質量分析法を使用して、粒子の化学組成の結果として生じる変化を記録した。

 風化過程で環境化学物質が粒子に付着する場合、質量分析計は、元の粒子よりも風化した化学物質のより複雑な混合物を検出するはずであると、オランダのユトレヒト大学の大学院生である筆頭著者のハンナ・ドゥシャ(Hanna Dusza)は言う。 しかし、研究者らは反対のことを観察し、MNP が風化プロセス中に化学物質を浸出させる可能性があることを示唆している。 したがって、風化によって粒子の化学組成が大幅に変化し、それが粒子の毒性に影響を与える可能性がある。

 研究者らは、直径 10μmまでの PS粒子と HDPE粒子の両方が、暴露から24時間以内に両方の胎盤細胞タイプに容易に侵入することを発見した。 細胞栄養芽層を使用して、ある細胞から別の細胞への粒子の移動を調べたところ、母体の血液系を介した暴露を模倣する役割を果たすヒト血漿で粒子をコーティングすることによって、そのような輸送が制限され、影響を受けないことがわかった。

 効果を評価するために、細胞を 0.1〜100μg/mL の範囲の用量で粒子に暴露させたが、これは、以前の試験管内(in vitro) 研究で使用された範囲を反映しており、最近報告されたヒト血液中の平均濃度 1.6 μg/mL を含んでいた[6]。 以前の細胞毒性研究と一致して、どの様な濃度も細胞生存力に影響を及ぼさなかった[7][8][9]。最小の PS 粒子は細胞栄養芽層の原形質膜を損傷したが、最高濃度でのみ損傷を与えた。合胞体栄養芽層を 10μg/mL の PS に暴露すると、エストロゲン合成に関与する遺伝子の発現レベルが中程度に低下した。この効果は、風化した粒子では弱かった。

 ラトガース大学の毒物学の準教授で、本研究には関与していないフィービー・ステープルトン(Phoebe Stapleton)は、胎盤細胞によるナノサイズの粒子の取り込みにわずか 1時間しかかからず、もっと大きな粒子でもそれよりわずかに長く時間がかかるだけであることに驚いた。”この急速な取り込みが単純な拡散によるものなのか、エネルギー依存のプロセスによるものなのか、現時点ではわからない”とステープルトンは言う。”ナノ粒子の輸送メカニズムの研究は難しく、必要なツールはまだ開発中である。”

 テキサス大学医学部の産婦人科准教授であるエリック・リッティングは、血液への粒子移動速度が低いため[11][12][13]、マイクロ及びナノプラスチック粒子(MNP)のヒト血中濃度は 1.6μg/mL[10]を数桁下回る可能性があることを考えると、この研究の用量範囲は高いように思われると述べている。しかし、彼は自然のままの粒子と風化した粒子の対比に興味をそそられた。

 ”人間は環境内で風化した粒子に遭遇する可能性が高いため、シミュレートされた風化プロセスは重要だと思う”と、この研究には関与していないリッティングは言う。”自然のままの粒子と風化した粒子の間の化学的な違いの潜在的な理由を探ることは興味深いことであろう”。たとえば、水生微生物が風化した粒子の毒性を低下させたり、元の粒子が有害な不純物を含んでいる可能性がある”と彼は言う。

 ドゥシャ(Dusza)は、そのようなフォローアップの努力に正当性があることに同意する。”マイクロ及びナノプラスチック粒子(MNP)の化学組成は、形態よりも毒性に影響を与える可能性があるが、24 時間以上の暴露期間についても研究する必要がある”と彼女は言う。 マイクロ及びナノプラスチック粒子(MNP)及び関連する化学物質との相互作用が胎盤の機能や胎児と母体の健康にどのように影響するかを知るには、より複雑な胎盤モデル[14] が必要になる可能性があるとドゥシャは付け加えた。

 ステープルトン(Stapleton)は、おそらく試験管内(in vitro)での細胞毒性が限られているため、プラスチックは長い間厳しい精査を受けなかったと考えている。”しかし、これらの粒子が人間の肺、血液、及び胎盤に存在することがわかっているということは、別の評価項目を研究することが重要であることを意味する”と彼女は言う。 ”ビスフェノール類やフタル酸エステル類などの可塑剤がプラスチックのプロセスに長い間関与しているのだから、これは特に内分泌かく乱に当てはまる、と彼女は付け加えた。

 Silke Schmidt 博士は、ウィスコンシン州マディソン出身で、科学、健康、環境について書いている。

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訳注1:細胞株
  • プライマリ細胞と株化細胞(JCRB 細胞バンク)  組織から採取した細胞の培養を開始した場合、およそ60から80回ほど分裂を繰り返すうちに急に分裂しなくなります。そのまま観察していると死滅してしまいます。これは人間の寿命にたとえられています。ここまでの細胞は『初代培養』あるいは『プライマリカルチャー』と呼ばれ、もとになった組織の性質が残っていることがあります。
     ところが、死滅したかと思われた中から再び分裂を開始した細胞は染色体の構成などが変化し、無限に増殖するようになるので、不死化細胞と呼ばれ、このようになった細胞を『細胞株』と呼びます。・・・


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