EHN 2024年4月1日
環境が妊娠中の人の健康にどのような影響を与えるかを理解する
研究者たちは、赤ちゃんと子どもに何年も焦点を当ててきた結果、環境危険物質への
暴露が妊娠中の人の健康にも長期的な影響を与える可能性があることを発見した
リリー・ステュワート(記者、MIT 大学院 科学論文科 学生)
情報源:Environmental Health News, February 1, 2024
Understanding how the environment affects pregnant people's health
After years of focusing on babies and children, researchers find that
exposure to environmental hazards can have long-term effects on pregnant people's health, too.
By Lily Stewart
https://www.ehn.org/pregnant-people-toxic-chemicals-2666992137.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
掲載日:2024年10月22日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kodomo/ehn/240201_EHN_
Understanding_how_the_environment_affects_pregnant_peoples_health.html

 環境危険物質類が子どもたちの健康に及ぼす影響は広く調査され文書化されている

 環境汚染物質類への暴露は、子宮内で発育する胎児に特に悪影響を及ぼし、低出生体重、先天性疾患、さらには死産を引き起こす可能性がある。

 しかし、妊娠中に成長するのは胎児の体だけではない。 妊娠している人も発育期を通過するため、大気汚染、重金属、PFAS (パーフルオロアルキル物質及びポリフルオロアルキル物質)、内分泌かく乱化学物質、殺虫剤などの環境ストレス要因による健康への影響に対してより脆弱になる。

 現在、科学者たちは、環境ストレス要因にさらされることが妊娠中の人々の短期的及び長期的な健康にどのような影響を与えるかを研究し始めている。 そのメカニズムはまだ明らかではないが、世界中の少数の研究者が、妊娠中の汚染物質類への暴露と、高血圧や糖尿病などの出産後も長く続く可能性のある健康状態との関連性を発見しつつある。

 彼らは、このような科学文献が急増しているということは、毎年出産する世界中のほぼ 1億3,000万人の健康を保護し、促進するために、さらなる研究が必要性であることを示していると主張している。

妊娠中の脆弱性

 妊娠中、体は劇的な変化を経験する。血液量が増加し、脳の容積が減少し、ホルモンが変動し、胎盤が成長し、そして母乳の生成を開始するために細胞が分化するにつれて乳房が発達する。 これらの変化が身体に与えるストレスは重大であり、化学物質への暴露が母体の健康にどのような影響を与えるかに関する2020年のレビューの著者らは、身体が環境などのストレス要因の影響を受けやすくなっている妊娠を「境界線の疾患状態」と表現しているほどだ。 汚染や損傷は、妊娠中でない場合よりも激しくなり、長く続く可能性がある。

 トレイシー・バステインのような研究者らは、こうした影響がどのようなもので、どのように起こるのかを正確に解明しようとしている。 バステインは環境疫学者であり、南カリフォルニア大学の「環境社会的ストレス因子による母体リスクと発達リスク(MADRES)」センターの共同所長である。 MADRES センターは、この分野の数少ない研究センターのひとつである。

 バステインの研究は、主にヒスパニック系及び低所得の背景を持つ 1,100 人の母親とその子どもたちのコホートに焦点を当てている。 これは、母子の健康に対する環境的及び社会的影響の研究に特化した最大規模の妊娠コホートの ひとつである。

 2015年以来、MADRES の研究者らは研究参加者から血液、毛髪、尿のサンプルを定期的に収集し、いつ、どの程度有害な化学物質や金属などの物質にさらされたかを特定している。 また、参加者の居住地住所に基づいて大気汚染データも収集した。 これらのデータは、研究者がストレス要因と母体の健康状態との関係を調査するのに役立つ。 彼らは、妊娠後の心臓血管の健康や産後のうつ病へのストレス要因の影響を調査する研究を進めており、どちらも長期的な心臓、代謝、精神的健康に影響を与える可能性がある。

 ”このような研究の利点は、我々は、これらすべての分野にわたって時間とともに非常に多くのデータを収集したため、これらすべての関連性を調べることができることである”とバステインは Environmental Health News(EHN)に語った。 彼女は、研究者らが妊娠後数年を超えて健康への影響を研究できるように、コホートを何十年も維持したいと考えている。 ”これは簡単な取り組みではない”と彼女は述べた。 ”それでも、それはとてもやりがいがある。”

”このような研究の利点は、これらすべての分野にわたって時間とともに非常に多くのデータをすでに収集しているので、これらすべての関連性を調べることができることである。”
南カリフォルニア大学 MADRES センター共同ディレクター、トレイシー・バスティン

 生殖毒性学者であり、ノースカロライナ州人間健康環境センター所長のスザンヌ・フェントンも、このテーマの研究は挑戦的であることに同意した。

 ”女性における環境の因果関係を解明することは非常に難しい”と彼女は EHN に語った。 研究者らは、人を汚染物質に暴露して何が起こるかを待つことはできないため、マウスやその他の実験動物を使用して、どのような種類の暴露が特定の結果を引き起こすかをテストする。 動物モデルで効果が明らかであっても、研究者は人間でそれを研究する方法を見つける必要がある。

 これらの困難にもかかわらず、研究者らは暴露と健康転帰との間にいくつかの強い関連性があることを特定した。 フェントンが共著した 2021年の論文では、粒子状物質や重金属などの一般的な汚染物質への暴露と、妊娠中の子癇前症(訳注:子癇前症(しかんぜんしょう)は妊娠中に高血圧やタンパク尿を特徴とする疾患である/ウィキペディア)や妊娠糖尿病(訳注:妊娠糖尿病とは、妊娠中にはじめて発見された糖代謝異常である。お母さんが高血糖であると、おなかの中の赤ちゃんも高血糖になり、さまざまな合併症が起こり得る。/日本産科婦人科学会)、さらには後年の高血圧や乳がんの発症リスク増加との関連性が検討されている。 妊娠特有の症状であっても、生涯にわたる心血管系合併症や代謝系合併症を引き起こす可能性がある。子癇前症のある人は、子癇前症がない人に比べて、晩年に心不全を経験する可能性が 4 倍高く、妊娠糖尿病のある人は、子癇前症を発症する可能性が 10 倍高く、 妊娠糖尿病でない人よりも糖尿病が2倍多い。

妊娠中の人の意見を再検討する

 しかし、これらの暴露がどのようにして健康に悪影響を直接引き起こすのか、どのような種類の暴露が最も有害なのか、妊娠中の人が最も影響を受けやすいのはいつなのか、についてはほとんどわかっていない。 オクラホマ大学の歴史家で科学の歴史を研究しているキャスリーン・クラウザーは、この知識の欠如は驚くべきことではないと言う。

 ”妊婦はよく言えば単なる保育器、最悪の場合は胎児に有害であるとみなされてきた非常に長い歴史がある”とクラウザーは EHN に語った。 古代以来、乳児の健康状態が悪いのは妊婦のせいだとされ、クラウザーが言うには、この古い思い込みは今も残っており、妊娠している人よりも胎児を優先するよう奨励しているという。 ”妊娠と胎児の発育についてはかなり多くのことがわかっているにもかかわらず、これらの考えは実際に続いている”と彼女は付け加えた。

 カリフォルニア大学アーバイン校の環境健康科学者で、生殖結果に対する環境の影響を研究している ジュン・ウー(Jun Wu)は、この優先順位付けに詳しい。 昨年10月、ウーは、高レベルの大気汚染と、産後うつ病の発症率の増加との関連性を発見した研究を発表した。 産後うつ病は、深い悲しみ、不安、赤ちゃんとの絆の難しさ、さらには自殺念慮を引き起こす可能性がある。ウーは、産後うつ病を研究するのは難しいと述べた。その理由は、新米の親はストレス、羞恥心、知識不足、自分よりも赤ちゃんを優先するため、必ずしも助けを求めるとは限らず、その状態は出産から産後3年まで、出産後の10〜20%の人に影響を与えるが、はしばしば過少診断されることが多いからであると説明した。

 バスティンは、特に人々が精神健康を常に汚染物質の影響を受ける可能性があるものとして見ているわけではないため、MADRES センターでの産後うつ病の研究にも興味を持っている。 妊娠中の人の体が環境ストレス要因によって影響を受ける無数の方法を明らかにし、それらの影響を予防及び軽減するための証拠に基づいた戦略を作成するには、研究者が妊娠中及び妊娠後の健康をより総合的に研究する必要があると彼女は述べた。

 それまでは、ウーのような科学者らは、研究者、医療提供者、及び政策立案者らが妊娠中や妊娠後の健康について議論する際に環境危険物質類を考慮することの重要性を理解できるよう支援することに重点を置いている。

 ”研究はひとつの方法だ”とウーは EHN に語った。”脆弱な人々を実際に助けるために研究をどのように活用するかはまた別の話である。”

リリー・スチュワート(Lily Stewart)
スチュワートは記者であり、MIT 大学院 科学論文科の学生である。


化学物質問題市民研究会
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