グランジャン博士のウェブサイト
Chemical Brain Drain - News 2016年1月21日
予測できる鉛汚染

情報源:Chemical Brain Drain - News, 21 January 2016
Predictable lead poisoning
By Philippe Grandjean, MD
http://braindrain.dk/2016/01/predictable-lead-poisoning/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2016年1月23日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kodomo/CBD/Predictable_lead_poisoning.html

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【2016年1月21日】 鉛汚染の出来事が我々のすぐ身近で明らかになった。デトロイトから約100kmの距離にあるミシガン州フリント市の議会は水源をデトロイト市のヒューロン湖から地域のフリント川に切り替えることを決定した。そのことは2014年4月に起きたことであり、その目的は財政難なのでコストを抑えることであった。しかし、フリント川は暫定的な解決であると考えられており、長期的目標はヒューロン湖からのもう一つの配管に接続することであった。切り替えて直ぐに、住民から地域の水道水の色と味についての苦情が出始めた。そして分析により、市の水道水は鉛でひどく汚染されており、ある水道水のサンプルは中毒を引き起こすほどに大量の鉛を含んでいることが示された。実際に、地域の健康センターは、子どもたちの血中鉛濃度の著しい上昇を報告し始めた。

 昨年の10月に、水源は最終的にデトロイトに戻され、腐食防止剤(オルトリン酸塩)が水に添加された。現在までのところ、多額のコストで、とりあえずの問題は解決されたように見える。そして鉛の水道管はそのまま使用されているので、水質が再び変化すれば問題が生じるであろう。

 フリント市とその10万の住人は、地域の自動車工場の閉鎖に伴う経済的不況の影響をまだ受けており、同市は昨年まで財政危機の状態にあった。しかし、経済不況の間は公衆健康の政策決定は短期的で危険な決定がなされるかもしれない。現在、市当局、知事、環境保護局専門家、及びその他の人々が、鉛汚染が起きてから 1 年以上も続いていることについて、誰に責任があるのかを議論している。現在、状況は国家レベルのスキャンダルになっている。

 それは起きてはならないことであった。フリント川の水は非常に腐食性があり、したがって既存の水道管から飲料水中への鉛の浸出を引き起こす。それは予測できたたことであり、防止することができたことであった。我々は昔に起きていた問題を論じている(参照:“Only one chance”, Chapter 3 (訳注:グランジャン博士の著作))。ローマ時代以来、可鍛性があり、廉価なこの金属は多くの用途、特に水道管を見出した。(我々は今でも排水管の職人を語源のラテン語で鉛を意味する plumbum という語を使って、”plumber ”(鉛管工)と呼ぶ。) しかし、鉛は弱酸で溶解することができるので、この用途にはリスクがないわけではない。すでに紀元前 1 世紀の間に、ウィトルウィウス(Vitruvius)は飲料水中に鉛の有毒な量が放出され得ると警告した。軟水−低カルシウム濃度−は水道管からの鉛の放出をもたらすことが明らかになった。

 地域のきれいな水にアクセスできるようにすることは主要な公衆健康の勝利である。1800年代後半のコレラやその他の水媒介の病気の流行により対策が求められ、水道管による飲料水の供給は下痢による死亡率の急激な低減という効果を直ちにもたらした。しかし、鉛がは水道管に好んで用いられ、ピッツバーグ大学の歴史家ワーナー・トロスケンは100年以上も前に明らかになった環境的災難を鉛がいかに引き起こしたかについて報告した。鉛産業協会は、鉛は水道管にとって安全でコスト効果のある材料であると主張し続けていた。結局、配管規則(plumbing codes)が水道管は鉛以外の材料で作られるべきことを求めるよう変更されたのはわずか数十年前のことであった。従ってフリントやアメリカの多くの地域では、水の導水系、送水/配水系、そして家庭の給水管はしばしば、鉛製である。

 フリントは鉛汚染が新たな問題として出現した最初の地域社会というわけではない。ワシントン DC は 15年前に、自治体の水道供給のための殺菌化学物質を塩素からクロラミンに変更した。この切り替えは、水をより問題あるものにし、鉛を水道管から溶かし出す原因となった。この事例では、問題は認識されず、3年後に至るまで改善が行われなかった。一方、有害金属は住民と子どもたちの脳に蓄積していた。ダーラム (ノースカロライナ州) でも、水処理をミョウバン(alum)から塩化鉄(ferric chloride )に替えたことで腐食を増大させるという同様な問題が起きた。同様にメイン州でも新たなイオン交換樹脂が原因で腐食が起きた。これらの全ての事例で、問題は予測することができたが、水処理に関する決定は主にコストと実行可能性の考慮によってなされた。鉛管による危険性は、公衆の健康に被害を及ぼすことについて無視された。配管の交換は、特にもしその場所が分からない場合には非常に高くつくので、地域の水に石灰やその他の防食剤を添加するという方法が、改善として最もしばしば採用された。そのことは、潜在的な問題は残ったままであり、将来いつかの時点で水質が再び変化するときに顕在化する。

 フリントでの問題は、鉛は最も広範に研究されている汚染物質であるだけに、悲しいことであり、また苛立たしいことでもある。第一に、水道管からの鉛の放出の引き金となる条件はよく知られている。第二に、数千の調査が鉛は、特に脳に、そして特に子どもの脳に有害であることを示している。この金属への増大する暴露は、精神遅延、注意欠陥多動性障害(ADHD)、そしてその他の深刻な病気のリスクをもたらすことが知られている。鉛暴露はまた、目立たない精神的障害を引き起こし、その結果、学校の成績が劣り、教育的達成が困難となる。このことは化学的脳汚染の主要な例である。生涯収入の損失の計算から、鉛暴露により生じる米国の損失コストは年間数十億ドル(数千億円)に達する。フリントでは短期的にはそのコストは明白ではない。しかし、フリントの子どもたちのの脳は、鉛汚染の被害を受け、彼らの残りの生涯に負担を持ち込むことになるであろう。


訳注:関連情報
訳注:日本の水道水基準


化学物質問題市民研究会
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