欧州企業監視所(CEO)2024年1月24日
有害物質はどのくらい「必須」なのか?
産業界は健康と生態系の保護を目的とした
新しいツールの弱体化に向けて戦っている
情報源:Corporate Europe Observatory (CEO), January 24, 2024
How "essential" are hazardous substances?
Industry is fighting to weaken new tool aimed at
protecting health and ecosystems
https://corporateeurope.org/en/2024/01/how-essential-are-hazardous-substances

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2024年2月15日
更新日:2024年2月20日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_24/
240124_CEO_How_essential_are_hazardous_substances.html

 ヨーロッパ人は、生態系、土壌、空気、水にも悪影響を与える、驚くほど高レベルの有害な化学物質や殺虫剤にさらされている。 しかし、グリーンディールを通じてこれらの物質に取り組むという約束は棚上げされている。 新しい証拠は、ビッグ・トキシックスとその同盟者(訳注:Big Toxics and its allies:有害化学物質を製造している巨大化学会社や業界団体 例えば EU ロビーイング 4 会社 (Bayer, ExxonMobil Petroleum & Chemical, Dow Europe, and BASF)及び 3 業界団体 (the EU chemical industry lobby CEFIC, its German equivalent Verband der Chemischen Industrie (VCI), and Plastics Europe) Corporate Europe Observatory (CEO))がどのように誤解を招く話を利用して「必須の使用(essential use)」の概念を弱め、有害な製品に対する規制の抜け穴を作り、最終的に欧州委員会の主力化学物質改革を狂わせようとしていたかを明らかにしている。


目次:


はじめに

 フォン・デア・ライエンの欧州委員会の任期満了が近づくにつれ(訳注:任期:2019年12月1日から2024年10月31日までの約5年間)、有害化学物質や農薬に取り組むためのグリーンディール(訳注:欧州委員会 プレスリリース 2020年10月14日 グリーンディール:新たな化学物質戦略を導入)の主要な公約の延期、さらには放棄は産業界と政治的右派 の両方を喜ばせている。 この傾向の一環として、既存の化学物質規則を改革するという欧州委員会の提案は先延ばしにされ、その重要な要素のひとつである「必須の使用(essential use)」概念に関する論争が明らかに 欧州委員会の「政治的行き詰まり」の「核心」となっている。 「必須の使用」の概念を導入することは、育児用品から繊維製品に至るまで、日常の消費者製品における有害物質の規制を効率化し、より安全な製品への代替に実際に役立つ可能性がある。 しかし、企業側のロビーは大きな抜け穴を要求するために懸命に反撃している。 そうすることで、彼らは、増大する有害物質危機と、そもそも消費者製品への有害物質の使用を可能にさせた産業界の間違った意思決定に対応することを目的とした賢明な措置を台無しにしようとしている。 以下では、「必須の使用」についての産業界の重要だが誤解を招きやすい 5 つの議論を検討する。

「必須の使用」の概念とは何か?

 欧州委員会の主力である 2020年 持続可能性のための化学物質戦略(CSS)は、グリーンディールの一環であり、「必須の使用」の基準を定義することを約束した。 この作業の一環として、欧州委員会はコンサルタント会社(Wood、現在は WSP)と契約し、ワークショップとコンサルティングに基づく研究を実施した。 したがって、必須の使用の概念には、”非必須の使用(non-essential uses)の段階的廃止を促進し、それによって最も有害な物質への人間と環境の潜在的な暴露を防ぐことにより、ほとんどの有害な物質から環境と人の健康を守る”可能性がある

 持続可能性のための化学物質戦略(CSS)は、必須の使用の概念を最初に定義したオゾン層破壊物質に関する国連のモントリオール議定書を手本にした。 この 1987 年の条約は、オゾン層に損傷を与える化学物質を「必須(essential)」な場合に使用される少数の例外を除いて禁止した。 この条約は時間の経過とともに、オゾン層の大幅な回復と、以前は「必須」であると判明していた用途であっても、より安全な代替手段への移行の両方を推進してきた。 安全で持続可能な物質へのこの切り替えは、必須の使用コンセプトの主要な目標となるはずである。 しかし、ビッグ・トキシックス(訳注:有害化学物質を製造している大化学会社)と化学物質の製造者と使用者から成る広範な業界は、できる限り多くの有害物質を禁止から除外するために、何が「必須」であるかの定義を拡大し、弱めようと熱心に取り組んでいる。

 必須の使用は、玩具や食品包装から化粧品や洗剤に至るまでの消費者製品、及び業務用製品における有害化学物質類 (*) の排除を合理化するために、「リスク管理への一般的なアプローチ (generic approach to risk management / GARM) 」を拡張する別の CSS 提案と密接に関連している。

(*) 有害化学物質類(詳細 クリック)
  • これらには、がん、遺伝子変異の原因となるもの、生殖系や内分泌系に影響を与えるもの、持続的で生体蓄積性のものなどが含まれる。 CSS では、欧州う委員会はまた、免疫系、神経系、呼吸器系に影響を与える化学物質類や、特定の器官に有害な化学物質類のさらなる特性を評価することも約束した。

  •  GARM により、有害な化学物質が消費者製品や、塗装業者、美容師、清掃業者などの専門家が使用する製品に用いられる場合に、避けられない暴露を想定した化学物質を制限するための意思決定プロセスが簡素化される。 GARM は、EU条約に規定されている概念である予防原則に基づいている。 科学的データによってある物質のリスクを完全に評価できない場合は、予防原則を使用して、有害である可能性がある製品を排除することができる。 予防原則は、潜在的な危害に基づいた規制に対するハザードベースのアプローチと密接に関連している。 これに代わるリスクベースのアプローチは、有害な化学物質の使用に対してはるかに寛容であり、産業界で好まれている。

     EU の REACH 規則 (*) による有害物質の制限または禁止には長い時間がかかり、場合によっては 10 年以上かかることもあり、その間、有害物質は市場に出続けているので、予防的アプローチは重要である。

    (*) REACH 規則概要(詳細 クリック)
  • REACH (2007 年からの EU の主要な化学物質規制) は、化学物質の登録、評価、認可、制限である。 化学物質の固有の特性をより適切かつ早期に特定することにより、人間の健康と環境の保護を改善することを目的としている。

  •  GARM の拡張と必須の使用概念の導入はどちらも、人間の健康と環境を脅かす有害物質危機への取り組みを前進させるための非常に賢明な方法である。 欧州国民は、がん、不妊、肥満、喘息に関連する驚くほど高レベルの化学物質さらされており、これらの物質は昆虫、鳥類哺乳類の個体数の減少にも寄与している。 しかし、有害物質の流出を抑制する必要性についての集団的な政治的認識は存在しない。

     今回の欧州企業監視所(CEO)の調査は、GARM が舞台裏で開発されている一方で、GARM の拡張と必須の使用に関して化学業界が欧州委員会にどのように熱心に働きかけてきたかを示している。 我々の文書要求へのアクセスに対応して、欧州委員会の域内市場・産業・起業・中小企業総局(DG Grow)は、ロビーレターやブリーフィング、会議議事録などを含む、これらのテーマに関する 100 を超える文書 (2020 年 10 月から 2023 年 3 月までを対象) を作成した。一方、環境総局(DG Environment)はさらに 40 の文書を特筆し、以下で分析した。 発行された業界見解文書と並行して、欧州委員会事務総長からのさらなる文書も精査された。

     本来、必須の使用の概念に関する欧州委員会の通知は、REACH 化学物質法改正パッケージの一部として公表される予定で、当初は 2022年に予定されていたが、その後 2023年に延期された。しかし、企業のロビーイング、欧州委員会の内輪もめ(in-fighting)、そして右派勢力の政治的圧力により、REACH 改訂版は今後この委員会によって公表されることはなくなった。 そして、2023年10月のメディア報道は、必須の使用をめぐる委員会内部の論争が REACH 改正に関する「政治的行き詰まりの中心」であると非難した。 しかし、REACH は現在正式に延期されているが、当局は依然として必須の使用に関する通知を最終決定する作業を行っており、EU 選挙前に公表される可能性はまだある。

     以下では、必須使用の概念(Essential Use Concept / EUC)に関して産業界が吐き出すロビー活動の主要な議論のうち 5つを評価する。

    産業界の主張 1: 必須の使用を「安全な使用」で薄める

     おそらく、必須使用の概念(EUC)に反対する産業界の声、あるいは少なくとも大幅に弱体化させようとする産業界の声の中心的な議論は、いわゆる「安全な使用(‘safe use)」を考慮してバランスをとる必要があるということであった。 産業界の目から見ると、これにより、既存の有害物質は、「安全」であることが証明できる限り、日常の消費財に使用し続けることが可能になる。

     しかし、これは非常に誤解を招く議論である。 「安全な使用」は、今日我々が使用しているシステムとほとんど同じであり、明らかに十分に保護的ではない。 ほんの数例を挙げると、今日のシステムは、赤ちゃんのおしゃぶりやその他の育児用品に有害な化学物質が含まれることや、デンタルフロスに含まれる「永遠の化学物質」、口紅のキャップに含まれる既知の発がん物質を妨げるものではない。 必須の使用と「安全な使用」のバランスを取ることは、汚染物を持ち込む許可となるであろう。

     さらに、「安全な使用」とは、有害物質が日常の消費者製品に含まれる場合、その製造、使用、最終的な廃棄時を含むライフサイクル全体を通して、有害物質に何が起こるかを正確に知ることができることを意味する。 しかし、それは神話である。 結局のところ、「安全な使用」を強調しても、依然として有害物質の生産と流通が増えることを意味する。 スウェーデンの NGO ChemSec は、「安全な使用」は必須の使用の「悪の双子」ではないかと疑問を呈した

     産業界は「安全な使用」の概念を求めて懸命に戦っており、「化学リスクの持続可能な管理のための同盟(Alliance for Sustainable Management of Chemical Risk / ASMoR)」を設立し、「有害物質の安全な使用が引き続き許されることを確実にするという共通の目標」に向けたキャンペーンを展開している。 これには、在 EU 米国商工会議所 (AmCham EU)、国際臭素評議会、ニッケル協会などのさまざまな業界団体が含まれる。 これらの業界団体は、年間数百万ユーロ(約数億円)に達するロビー支出を公表しているが、独自のウェブサイトを持ち、明らかに自らの名で積極的なロビイストであるにもかかわらず、本稿執筆時点では ASMoR 自体は登録されていない。欧州委員会関係者向けの説明によると、ASMoR 事務局の連絡先は、LobbyFacts訳注*1)のブリュッセル最大のロビーコンサルタント会社のリストで16位にあるハノーバー・コミュニケーションズのスタッフであるという。 ハノーバーは、EU ロビー透明性登録簿への宣言)に ASMoR を顧客として記載していないが、たとえば ASMoR メンバーであるニッケル協会は記載されている。

    訳注*1LobbyFacts は Corporate Europe Observatory と LobbyControl の共同プロジェクトであり、ヨーロッパの機関におけるロビー活動を公開している。LobbyFacts を使用すると、ジャーナリスト、活動家、研究者は、公式の EU 透明性登録簿からのデータを検索、分類、フィルタリング、分析ができ、ロビイストとその EU レベルでの影響力を長期にわたって追跡できる。 (LobbyFacts.eu

     ASMoR (化学リスクの持続可能な管理のための同盟)は、コンサルタント会社である Wood 社と WSP 社による必須使用の概念(EUC)に関する欧州委員会の研究厳しく批判しており、WSP 社は業界関係者による「安全な使用」要素に対する強い支持を指摘しながらも、「安全な使用」基準そのものを含めることを推奨しなかった。 それにもかかわらず、ASMoR の業界団体は、彼等自身のアプローチは「現実的で的を絞った」ものであると主張している。 2021年6月の域内市場・産業・起業・中小企業総局(DG Grow)との会合で、ASMoR はいわゆる「安全な製品」を禁止しないように「安全な使用」のコンセプトを推進した。 2022 年 11 月に行われた DG Grow 及び DG Env との別の会議では、そのメッセージが強化された。 BusinessEurope(訳注:EU 各国の産業界の協調を目的とする団体)、BASF(訳注:ドイツの総合化学会社)、Eurometaux(訳注:欧州の非鉄金属生産者及びリサイクル業者の団体) はすべて同様の方針に沿って主張している。

     欧州リスク・フォーラムは現在、欧州規制イノベーション・フォーラム(ERIF)と改称されており、BASF、ダウ、シンジェンタ、欧州化学工業評議会(CEFIC)、プラスチックスヨーロッパを含むさまざまな化学企業や業界団体、さらには 2つの大きなロビー会社によって支援されている 。 かつてはタバコ業界のメンバーが数名いた。 欧州規制イノベーション・フォーラム(ERIF)は、確立された予防原則とは対照的な業界が発明した概念、いわゆるイノベーション原則の主要な支持者であり、必須使用の概念(EUC)に関する ERIF の出版物は、「安全性、利益の安全な享受、又はまたは特定の暴露への配慮がない」と予防原則の考えを批判している。 ERIF はさらに、EU による「必須概念(essentiality concept)」の実施は「戦略的リスクを生み出す」と主張している。

     全体的に見て、製品に化学物質を使用している化学メーカーや下流産業からは、自社の製品は安全であり、必須な使用を重視することから生じる不必要な制限であると考えるるのを避けるために「安全な使用」を使用すべきであると主張するロビー活動が殺到している。しかし、安全閾値を確実に導き出すことができないため、有害な物質(つまり、発がん性、変異原性、生殖毒性、生物蓄積性、内分泌かく乱性、難分解性など)について話しているとき、産業側のアプローチは深刻な問題であり、「安全な使用」などは神話である。さらに、使用済みの廃棄を含むライフサイクル全体にわたる有害化学物質の健康と環境への影響に関する科学的分析が次々と発表されており、現在「安全」と見なされているものでも、将来は安全とは見なされなくなる可能性がある。 その結果、予防的アプローチでは、すべての有害な化学物質を消費者製品から排除されるべきとする前提から始める必要がある。

    普通の人にはわかりにくい専門語(Jargon buster)
    産業界は言う…既存の有害製品を売れ、売れ、売れ 公益団体は言う…我々は無害の製品が必要だ
    安全な使用(Safe use): 日常の消費財のライフサイクル全体を通じて、有害物質の安全なレベルを導き出し、そのような物質を引き続き使用できると仮定する神話上の議論。 これは本質的に、有害物質を市場から排除することができていない現状維持システムである。 必須の使用(Essential use):モントリオール議定書に由来する概念で、消費者製品に含まれる有害物質は、その使用が社会にとって不可欠であり、許容できる代替物質が存在しないという非常に限られた場合を除いて禁止されなければならないと定めている。
    イノベーション原則(Innovation principle):産業界由来のロビーツールである「イノベーション原則」は、新しい規則や法律が、短期的な経済的利益や「競争力」に帰着されることが多い「イノベーション(革新)」への影響を確実に考慮し対処することを目的としている。 健康や環境などの他の分野を損なう危険がある。 予防原則(Precautionary principle):科学的データによって物質のリスクを完全に評価できない場合、予防原則を使用して、健康及び環境上の理由から、有害である可能性がある物質をとり下げることができる。 EU条約に明記されている。
    規制に対するリスクベースのアプローチ(Risk-based approach to regulation):産業界が推奨するアプローチ。これは、有害物質のリスクを評価及び管理して、その有害物質を使用できるようにすることを意味する。 このアプローチは非常に時間がかかり、ケースバイケースで暴露とリスクレベルを具体的に評価する必要がある。 規制に対するハザードベースのアプローチ(Hazard-based approach to regulation):これには出発点が異なり、既知の有害物質は安全に使用するには危険すぎると考えられており、認可されるべきではない。 この一般的なアプローチは、規制上の決定を下すにあたり、リスクと暴露をする。

    産業界の主張 2: すべてが必須である

     産業界の 2番目の物語は、自社の製品は不可欠であるため、自動的に製品が制限されることがないような必須使用の概念(EUC)の定義を要求するというものである。この要求を特に声高に表明しているのが香粧品香料(fragrance)(訳注*2)と化粧品の業界であり、どんなに激しく主張しても、口紅や香水に含まれる有害物質が健康、安全、または社会の機能に必要なものとして正当化されないことを認識していることは間違いない。

    訳注*2香粧品(こうしょうひん)は、香料・化粧品の業界用語で、「香りの製品と化粧品」からの造語である。香粧品香料(フレグランス)は、食品香料(フレーバー)に対し、基本的に食品以外全般に使用される香料を指す。 (ウィキペディア

     例えば、国際香粧品香料協会(IFRA)は、2022年9月に欧州委員会事務総長と会談し、”香粧品香料は、肉体的及び精神的健康(health, wellness)及び衛生のための日用品における消費者の本質的なニーズに応えている”と述べ、「必須使用」という概念は、香粧品香料の重要性を考慮しておらず、定義が狭すぎる可能性という懸念を提起した。 2022年10月に欧州委員会産業委員ティエリー・ブルトンとの会合で、業界ロビー団体である化粧品ヨーロッパ(Cosmetics Europe)は”化粧品は健康、自尊心、幸福、及び生活の質に幅広い社会的利益をもたらすため、消費者にとって必須なものである”と主張した。 しかし、より広範な下流ユーザーのグループ もこの点を主張し、欧州製薬団体連合会(European Federation of Pharmaceutical Industries and Associations / EFPIA)や化学物質下流ユーザー調整グループ(Downstream Users of Chemicals Co-ordination Group / DUCC)を含む部門全体の免除を要求している(*)。

    (*) 欧州製薬団体連合会及び化学物質下流ユーザー調整グループ(詳細 クリック)
  • 2022年7月、ビッグ・ファーマ(大手製薬会社ロビー団体)である欧州製薬団体連合会(EFPIA)は域内市場・産業・起業・中小企業総局(DG Grow)に対してロビー活動を行い、すべての”認可された医薬品は、既に(別の法律に基づいて)認可されており、医薬品は「代替可能」ではなく、それらは必須性基準を満たしているとみなされなければならない”と主張した。一方、ロビー団体である化学物質下流ユーザー調整グループ(DUCC)、国際香粧品香料協会(IFRA)、欧州化粧品、洗剤、塗料、殺虫剤を代表する団体が含まれる)は、”用途に代替手段のない物質の排除は、その製品の範疇全体の廃止につながる”と警告している。

  •  特定の製品やその製品に含まれる物質の本質について洗脳されるべきではない。我々が摂取したり、遊んだり、洗濯したり、肌に吹きかけたりする製品に有害物質が含まれていてはいけないのは考えるまでもないことである。 育児用品、繊維製品、家具、衣類、靴、食品と接触する材料、身体手入れ用品、化粧品、贅沢品、その他多くの消費者製品には、その物質が特定の本質的な価値を社会に提供することが示されていない限り、自動的に有害物質を含めるべきではない。 欧州委員会が日用品に含まれる有害物質に真剣に取り組むのであれば、これらの製品の性能に妥協したとしても、有害物質危機に対処するための行動として支払うべき小さな代償に過ぎないであろう。


    産業界の主張 3 : 必須使用を副次的なものにする (24/02/20)

     必須使用の概念(EUC)に関する企業のロビー活動のもうひとつの柱は、評価プロセスにおいて、いつ、どのようにして必須性の問題を取り上げるべきかということである。明らかに、物質を規制するプロセスの早い段階で必須性を評価することは理にかなっている。つまり、社会にとって有害な化学物質の使用が必須ではない場合、基準に従って制限は速やか進められるべきである。 しかし、当然のことながら、産業界はそれをまったく異なる見方で捉えており、化学物質(有害なものであっても)とそれを含む製品をできるだけ長く市場に残しておきたいと考えている。

     洗剤、塗料、殺虫剤を代表する団体とともに、国際香粧品香料協会(IFRA)及び化粧品ヨーロッパ(Cosmetics Europe)を含むロビー団体である化学物質下流ユーザー調整グループ(Downstream Users of Chemicals Co-ordination Group / DUCC)は、必須使用の概念(EUC)は”プロセスの最後のステップにおける意思決定のための補完的なツール”であり、 規制上の決定の主な推進要因ではない”と主張している。 BASF と BusinessEurope(訳注:EU 各国の産業界の協調を目的とする団体)も同様に主張している (*)。 しかし、これは、意思決定をさらに遅らせるのではなく効率化するという必須使用の概念(EUC)の使用目的とはまったく逆である。この業界のロビー活動は、本来は社会経済などの他の基準と並行して実行しなくてはならないのに、どのようにして必須使用の概念(EUC)を非常に限定された副次的役割に誘導しようとしていたかを明らかにしている。

    (*) BASF と BusinessEurope も同様に主張(詳細 クリック)
  • BASF は必須使用の概念(EUC)が「既存のプロセスを補完」すべきであると述べ、ビジネスヨーロッパは必須使用の概念(EUC)が「既存のリスクベースの規制アプローチを補完」するために利用される可能性があると述べた。

  •  ブリュッセル最大のロビイストである欧州化学工業評議会(CEFIC)はさらに必須使用の概念(EUC)は、”個別の用途のケースバイケース分析に基づいて”、そして”業界全体を除外することなく”、適用されるべきだと主張している。 必須使用の概念(EUC)は、2022年11月の環境委員バージニジュス・シンケヴィチウスとのロビー会合で、REACH 改訂案に関する CEFIC の 5つの主要な懸念事項のひとつとして挙げられた。BASFは、必須使用の概念(EUC)は”使用ごとに評価されるべきであり、急ぐものではない”と述べた。 一方、化学メーカーの 3M は、2020年9月の会議で域内市場・産業・起業・中小企業総局(DG Grow) に対し、必須使用の概念(EUC)は”適切な影響評価プロセスに代わることはできず、適切なリスク評価を回避するために使用することはできない”と述べた。 有害物質をより迅速に市場から排除するために、リスク管理への一般的なアプローチ(GARM) と必須使用の概念(EUC)はまさにそうすることになっているにもかかわらすである。

     これらの議論は、いわゆる官僚的な事務手続きを廃止し、規制の明確性と予測可能性を求める業界の通常の要求を考慮すると、かなり皮肉なものである。 ケースバイケースの分析では規制プロセスが遅くなり、ちょうど欧州委員会が、我々が使用する製品からの有害物質の除去を加速する必要性をようやく認識したときであった。 そして、必須使用の概念(EUC)が既存の基準を「補完」するだけであれば、その価値は大幅に低下する。 このようなアプローチは、危険な製品からの移行による健康と環境、そして実際には業界自体にとっての利点を無視しながら、業界の利益に対する短期的な悪影響を過度に強調する社会経済分析の既存の構造的偏見を維持することになるであろう。

    産業界の主張 4:PFAS などの物質は必須であり、代替不可能である (24/02/20)

     必須使用の検討は、2023年1月に加盟 5か国によって提示された普遍的な PFAS 制限提案(現在の REACH 規則に基づいており、延期されている REACH 改訂には依存していない)には明示的に含まれていなかった (*)。 PFAS 制限には必須使用の概念(EUC)は含まれていない。これは、欧州委員会がその適用方法に関する独自の定義とガイダンスをまだ提出していないためある。

    (*) パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質 (PFAS) (詳細 クリック)
  • パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質 (PFAS) は、有機化学において最も強力な炭素−フッ素結合を含む数千の人工化学物質の大きなクラスである。 これらは耐久性に優れ、残留性があり、劣化しにくいことを意味し、そのため「永遠の化学物質」と呼ばれている。

  •  それにもかかわらず、PFAS 業界のロビー活動では、提案されている「永遠の化学物質」禁止案の恒久的な免除または長期的除外に対する支持を築き上げるために、「永遠の化学物質」はさまざまな用途で不可欠であるということが常に繰り返されている。 例えば、主要な PFAS 汚染者であるケマーズ社( Chemours)がの中で PFAS を擁護するために「必須」という言葉を 3回使用しており、他の場所では建設部門やその他の分野の PFAS も「必須」であると擁護していることに注目してほしい。 Solvay、HydrogenEuropeAmCham EU、その他の企業ロビーも、PFAS を不可欠なものとして擁護している。 PFAS の擁護者の多くは、PFAS は無害な代替物で代替できないかけがえのない物質であると主張している。

     禁止の免除を確保するために必須であるというこれらの主張の多くは、今なお議論されているChemSec によると、フッ素ポリマー (PFAS のサブカテゴリ) の総生産量のうち、再生可能エネルギー、半導体、製薬業界でよく引用される「必須」の例に使用されるのはわずか約 8% である。 そして、企業はすでにこれらの分野や他の分野でも PFAS の代替品を見つけ始めている。 すべての有害な化学物質を段階的に廃止するために、必須使用の概念(EUC)のコミュニケーションと PFAS 規制の両方で、有害な化学物質を安全な代替品に置き換えることに最大限の重点を置くことが重要である。

    産業界の主張 5:市場が一番よく知っている (24/02/20)

     必須使用の概念(EUC)に関する最も厚かましい「ロビー活動賞」はエクソンモービルに与えられるべきである。 ビッグ・トキシックス(訳注:有害化学物質を製造している大化学会社)ロビーの一部であるこの化石燃料大手は、何十年も気候危機に関する誤解を招く主張と関係してきたが、AmCham EUが主催した 2022年2月のロビー会議で域内市場・産業・起業・中小企業総局(DG Grow)に対して次のように述べたと報じられている。 ”必須使用は市場に任せるべきである。そうしないと、多くの予期せぬ結果が生じることになる。 重要な使用について委員会に決定させることは、イデオロギーが機能し、非常に多くの利益をもたらした市場経済の終焉を意味する。 これは事実上反民主的である。つまり、我々規制当局は、物質の詳細な使用法について市場経済や一般の人々よりもよく知っており、今日我々はこの考え方が我々をどこへ導くのか文字通り目にしている。”

     この会議の議事録には、委員会当局者がこの非難に反応したかどうか、またどのように反応したかは記録されていないが、エクソン社の”任せておけ”という言いようは、世界中の人々と環境に影響を与えている有害汚染危機の事実証拠に反するものである。 もし世界がオゾン層破壊物質への対処をモントリオール議定書ではなく産業界に委ねていたら、本当にオゾン層回復の大きな進歩が見られただろうか?  明らかにノーである

     産業界は、どのような物質を製造し、我々に販売する製品にどのような物質を含めるかについて、より適切な決定を下すまでに数十年を費やしてきた。 そして、それらの決定は人々や地球よりも利益を優先することがあまりにも多かった。 我々に販売する製品に有害な化学物質を使用するという業界の決定に責任を負わせ、我々が購入する製品に何を入れるかについて彼ら自身がより適切な意思決定を行うために業界が必須使用ツールを使用する時期が来ている。

    結論 (24/02/20)

     産業界は 必須使用の概念(EUC)に対して非常に懐疑的である。 BusinessEuropeはそれを要約して、”EUビジネス界は、必須使用の概念(EUC)が現在のリスクベースの規制アプローチからの逸脱であり、現段階ではその付加価値に依然として納得していないことを強調する”と書いている

     必須使用の概念、リスク管理への一般的なアプローチ(GARM)の拡張、その他の主要なコンポーネントに対する企業ロビーの圧力は、フォン・デア・ライエンの欧州委員会に「政治的行き詰まり」をもたらし、約束された REACH 改正の立法提案は残念ながら提出されなかった。 これにより、有害物質危機に対する切望されていた行動は後退した。 しかし、他の報道では、必須使用に関する指針(Communication)が REACH 提案とは別に発行される可能性があり、現在も積極的に取り組んでいることが示されている。

     この記事が示したように、業界のロビー活動は激しく、欧州委員会内の一部の親企業同盟派の共感を呼んでいることは明らかである。 必須使用指針が最終的に公表されるとき、消費者製品から有害物質を除去し、安全な物質への移行をできるだけ速やかに促進するための重要なツールであるべきという野心を、そのような圧力によって空洞化させないようにすることが不可欠である。

     ビッグ・トキシックスとその業界の同盟者らは、自社製品の売上を最大化するために、常に野心の低い規制環境を要求する。いわゆる「安全な使用」概念や、必須使用の概念を脱線させることを目的としたその他の要求は、このロビー戦争の新たな前線である。その結果、業界の強力な金融ロビー活動と政治的影響力は、公共の利益に関する意思決定に深刻な脅威となり続けるであろう。

     これに取り組むために、意思決定者はロビー防火壁を導入する必要がある。それはは、産業界が公開協議や公聴会を通じて証拠を提出することを許可しつつ、政策決定者を企業の更なるロビー活動から保護し、彼らが真に健康と環境の公共の利益にかなう決定を下せるようにする必要がある。

    更新 - 2024年1月25日 (24/02/20)

     本日、欧州企業監視所(CEO)は、ASMoR(化学物質リスクの持続可能な管理のための同盟)の未登録ロビー活動について EU 機関に書簡を送り、ロビー会社ハノーバー・コミュニケーションズが果たした役割も含めて調査するよう要請した

    化学物質問題市民研究会
    トップページに戻る