米化学会 ES&T 2008年12月3日
”新たな”難燃剤に関する多くのデータ
世界中の汚染を示す


情報源 ES&T Environmental News - December 3, 2008
Glut of data on "new" flame retardant documents its presence all over the world
Kellyn Betts
http://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/es8032154

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2008年12月5日


 ES&Tに発表された最近の3つの記事は、今までは最小の生物学的利用能であると信じられていたある難燃剤が北米カモメ、中国の様々な水鳥と2種類のパンダに生体蓄積していることを示す初めての証拠のいくつかを提供している。最近の他の論文はデカブロモジフェニルエタン(DBDPE 又はDeBDethaneと表記される)が環境中に広く分散しており、人々は家庭でそれに暴露しているかもしれないこと示唆している。しかし、産業側の科学者らはこの事実のいくつかについて疑問を提起している。

 2004年の発表以来、環境中にDBDPEが存在することについての研究が増大しており、特に過去数ヶ月が顕著である。この化合物は下水処理される排水中や下水処理からの排水、下水残渣、沈殿物、家庭内の埃、室内空気、樹皮、大気中で検出される。最も包括的な評価のひとつは3大陸の12カ国の下水残渣中に DBDPE を検出している(Chemosphere 2008, 73, 1799-1804)。ストックホルム大学応用環境研究所の著者らは、DBDPEは”世界中の懸念”かも知れないということを示唆している。

 商業的にDBDPEを製造していることで知られる3つの会社のひとつアルバマール社(Albemarle Corp)によれば、DBDPE は消費者用電子機器から電線やケーブルの絶縁被覆にいたるまで広い範囲で使用されている。アルバマール社は SAYTEX 8010という商品名でこの難燃剤を販売しており、同社のプレスリリースによれば、この化合物の製造は過去2年間で2倍と著しく増大していると述べている。DBDPEは、EUとアメリカのいくつかの州では禁止されているが、テレビのようないくつかの製品中で難燃剤として広く使用されているデカブロモジフェニルエーテル(Deca-BDE)の代替として使用できると述べている。

 アルバマール社の上席毒物学アドバイザーであるマルシア・ハーディの書面による声明によれば、”アルバマール社は、・・・我々の製品が環境的に安全な方法で扱われ、大気、水、又は土地などの環境中へどのような排出も起きないことを確実にするために、産業界の自主的排出管理活動プログラム(VECAP)に積極的に参加している”。ハーディーは、”環境への排出について最大のリスクをもたらすプロセスを特に強調しつつ、”VECAPは難燃剤使用の全ての段階で環境への放出を最小化することに焦点を合わせているは書いている。

 しかし、ピアレビュー・ジャーナルに発表された少なくとも10の論文が、検出可能なDBDPEレベル(低ppmレベル)で環境中に漏れ出していると示唆している。この化合物はカナダ漁業海洋省のグレッグ・トミーに率いられた研究チームによって2006年に初めて動物中から検出したことが報告されたが、彼はウィニペッグ湖の魚から体組織1グラム当たり3.3ナノグラム(ng/g 脂質重量)までの摂取を報告した。

 ES&Tに発表された新たな論文は、数桁高い濃度の DBDPE を報告している。今日までの最高濃度は、カナダ環境省の『五大湖』に報告されているセグロカモメの卵の記録で、1971年までさかのぼる。同論文によれば、2004年、2005年、2006年)に採取されたセグロカモメの卵からのDBDPE検出と濃度は増加している。

 この数値は湿重量(wet weight)で表わされているが、これは脂質で正規化して得られたもの(中国報告)より約10倍低い値を示すと連絡著者(corresponding author)であるカナダ環境省国立野生生物研究センターのロブ・レッチャーは述べている。2004年から2006年には、卵の大部分は13〜200ng/gの脂質重量の濃度の DBDPE を含んでいた。これらの発見はジャイアントパンダで報告された濃度(最大863 ng/g 脂質重量)、及び、他の新たな ES&T 論文で議論された5種の水鳥における若干低い値と矛盾しない。

 しかし2005年にはセグロカモメの卵のDBDPE 濃度は2つの場所で著しく高かった(最大2880ng/g 脂質重量)とレッチャーは述べている。このppmレベルに達したということは、”重大な懸念”をもって見なければならないとレッチャーは主張した。それとは対照的に、アルバマール社のハーディは卵中の報告された濃度は”僅少(de minimis)”であるとし、 ES&T に発表された論文は”特定できる傾向”を何も示していないと述べている。

 他の科学者らは異なる見解を持っている。 ”比較短期間での使用の後であるにもかかわらず、いくつかのサンプル中の DBDPE の濃度が BDE-209(Deca-BDEの主要素)の濃度より高い”というレッチャーのグループの発見は、”DBDPE は BDE-209 よりも残留性及び/又は生体蓄積性が高いことを示唆している”とストックホルム大学応用環境科学部門副部長ミカエル・マックラーレンは述べている。

 数年前までは、ほとんどの環境科学者らは、Deca-BDE の低い生物学的利用能のために明確な程度にまで動物中に蓄積することはないと信じていたが、今では ppm レベルで、特に猛禽類で生体蓄積することが示されている。さらに、同じ産業的用途のいくつかで使用されていることに加えて、DBDPE と Deca-BDE は、非常によく似た物理的及び化学的特性を持っている。”これらの化合物の相違は2つのフェニル環をつなぐエーテル結合の代わりにエタン結合であることである”。

  DBDPE の毒性に関する公開されているデータには、1,2-ビス(ペンタブロモフェニル)エタンと産業界が特定する DBDPE は顕著な生物学的利用能を持つようには見えないことを示すアルバマール社のハーディの論文がある。これはこの化合物の大きなサイズと極端な不溶解性と一貫性があるとハーディは述べている。この化合物はまた、イギリスの環境庁によるリスク評価を受けていると彼女は指摘する。

 Deca-BDE と DBDPE の比較的劣る生物学的利用能にもかかわらず、この化合物は比較的高い濃度で環境中に存在するので食物連鎖に入り込むかもしれないとレッチャーは仮定している。”もし、暴露負荷が十分に高ければ、安定性に依存する環境中のどのような化合物も最終的には意味があるものとなる”と彼は述べている。

 パンダと水鳥中のDBDPEを報告した論文の連絡著者バイキシャン・ナンシー・マイは、彼女とその同僚らは初期のスクリーニング調査で中国の大気、土壌、ほこり、低質、下水残渣のサンプル中からDBDPEを検出した後、地域の動植物中にこの化合物を探すことを思い立ったと述べている。”我々は、ほとんどのサンプルが DBDPE を含んでおり、その濃度は、PBDEコンジナーである BDE-209 に次いだ”と広州地球科学研究所有機地球科学国家主要研究室の教授であり、中国科学アカデミーの会員であるマイは述べている。

 マイの論文は、捕獲したジャイアントパンダ及びレッドパンダ26頭のうち21頭から、そして多くの電子廃棄物リサイクル施設のある中国の珠江デルタの水鳥29羽のうち28羽から DBDPE を検出したと報告している。アルバマール社のハーディはこれら二つの論文の発見に意義を唱えているが、マイと同僚らは彼らのデータが正しいと述べた。この件についてインタビューを受けたカナダ環境省レッチャーや他の科学者らは、これらの発見は他の報告書と一貫性があるので有効であると信じていると述べた。

 今年の夏、アメリカの研究者らのチームは、アメリカのハウスダスト中にDBDPE時には比較的高いレベルで存在すると報告した(訳注1)。このことは人々、特に小さな子どもはそれに暴露するかもしれないとデューク大学ニコラス校環境地球科学部門のヒーサー・スタプレトンは述べている。”我々は、Deca-BDE は、神経発達毒素である可能性があることを知っており、DBDPE の構造が類似しているので、人はそれらは類似の毒物学的エンドポイント持つのではないかと問わねばならない”と彼女は述べている。”もし野生生物に Deca-BDE と DBDPE が蓄積しているなら、人もが同じように蓄積していないはずがない”と彼女は述べた。

 ES&T (DOI 10.1021/es802281d)で発表されたコメントで、ハーディは、スタプレトンのグループが報告した DBDPE 濃度はリスク評価において懸念あると示されるレベルより低いと言及した。それに対応して(DOI 10.1021/es8026192)、スタプレトンはリスク評価は人々が個々の化合物ではなく混合物に暴露しているということを考慮しておらず、科学者らは”その混合効果が加算的なのか又は相乗的なのかわかっていない”と指摘した。

 ”環境中と屋内空気のサンプル中ののDeca-BDEの重要性を取り巻く同じ疑問が最終的には DBDPE にも、そして他の高度な臭素化添加物〔難燃剤〕にも向けられなくてはならない”とカナダ環境省国立水研究所の上席研究科学者デレク・ミュールは述べている。どの程度まで超・撥水性分子が生体蓄積できるのかどうか、それらは環境中で分解又は脱臭素化するのかどうか、そして火災から守ることが意図されているプラスチックポリマーからどのように難燃剤が放出されるのかを調べるために、基礎的応用研究が必要であるとミュールは主張している。”このことは、現在入手可能な情報で可能であるとみなすよりもっとよりよい暴露とリスク評価を可能とする”と彼は述べている。


訳注1


化学物質問題市民研究会
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