EHP 2006年7月号 論説
自閉症と環境
ジュリー L. ダニエルス
ノースカロライナ大学公衆健康校

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 7, July 2006
Editorial
Autism and the Environment
Julie L. Daniels
University of North Carolina School of Public Health

http://www.ehponline.org/docs/2006/114-7/editorial.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年7月16日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_06/06_07/06_07_ehp_editorial_autism.html


 環境が自閉症の発症に役割を果たすという推測は、主に次の二つの観察に由来する。
  1. 一卵性双生児の双方が発症する割合は高いが完全ではなく、特定の”自閉症遺伝子”又は遺伝子の組み合わせは、まだ特定されていない。
  2. 自閉症の広がりは以前に考えられていたより大きく、もしそれが上昇しているなら、その上昇は環境中の変化に関連しているかもしれない。

 自閉症は、社会的相互反応の障害、コミュニケーションの欠陥、関心の限定、及び反復行動パターンによって定義される複雑な神経発達障害である。これらの特性は中程度のものから非常に重度のものまで範囲があり、認識障害やその他の共存症を伴うかもしれない。自閉症スペクトラム症候群(ASD)分類は次の三つの障害を含む。自閉症(autistic disorder)、アスペルガー障害(Asperger disorder)、及び、それら以外の広汎性発達障害 (pervasive developmental disorder)であるが、これらの診断ラベルが病因論的に等質なグループを表しているという証拠はない。

 一卵性双生児における双方発症の高い割合や家族の中での再現は ASDs への強い遺伝的寄与を裏付け((Bailey et al. 1995; Folstein et al. 1977; Ritvo et al. 1985; Steffenburg et al. 1989))。また、異常なコミュにケーションや打ち解けない性格、微妙な自閉症様特性が一般集団の中より自閉症患者の家族の自閉症でない人の中にに多く見られるということが認識されれるようになってきた。(Murphy 2000)。家族の中にもっと穏やかな特性の人がいるということは、ASD を発症させるためには(遺伝的又は環境的な)要素の存在が必要であることを示している。

 今日まで、特定の遺伝子又は遺伝子の組み合わせが一貫して自閉症と関連しているということは示されていない。遺伝子発見に関する研究の中に見られる矛盾は、ある程度 ASDs が様々な遺伝子−遺伝子と遺伝子−環境との組み合わせに由来するためである。特定の遺伝子メカニズムが十分解明されていなくても、ほとんどの研究者らは、自閉症の病因は異質で多元的であり、感受性の高い個人には環境的な引き金が関与していたのかもしれないということに同意している。

 環境的要素と自閉症を取り巻く懸念の多くは、自閉症の広がりが高まっているという認識に由来している。しかし、実際に ASD であると診断された人の数は明らかに増加しているが、真の有病率(prevalence rate)の傾向を評価するために使用できるような、同一母集団で時間経過とともに系統的に収集されたデータはほとんど存在しない(Fombonne 2003; Rutter 2005)。時間経過とともに広がりが増加しているとする見積りには多くの要素が寄与することが考えられるが、それらには診断基準の変化、専門化された診断ツールの利用可能性の増加、症例確認の改善、及び広がりの実際の変化、などが含まれる。

 広がりの真の拡大は環境的変化の結果に由来している可能性がある。同一の母集団での時間経過に伴う ASD の広がりの傾向を系統的に監視することは、広がりの真の変化を特定するために必要なステップである。しかし、環境的変化と自閉症の増加との間の生態学的関連性はそのような複雑な障害の因果関係を推論するためには十分ではない。

 ひとつ又は2〜3の環境的因子が ASDs の大部分の原因であるということはありそうにない。ある個人は環境からの影響に強い感受性を持ち、そのことが彼らの遺伝的素質との組み合わせで自閉症をもたらすということの方がありそうなことである。これらの複雑な関連を一般母集団での傾向を単純に評価することによってはっきり識別することはほとんど不可能である。

 ワクチンと自閉症に関する宣伝された懸念は、主にそのような生態学的傾向に基づいていた。ワクチン関連仮説を評価するもっと厳格な研究が、個人レベル暴露データを組み入れ、金属への代わりの暴露の原因を検討し、母集団の感受性の高い部分集団を評価するために必要とされる。しかし、他の環境的仮説に対しても注意が払われるべきである。

 自閉症と関連することが見いだされている他の環境的暴露には、サリドマイドやバルプロ酸(訳注:抗てんかん剤)、風疹などの感染症がある(Arndt et al. 2005; Chess 1971)。これらの比較的まれな暴露は微妙な影響を報告している小規模な研究で評価されてきた。しかしそのような発見は、発達のクリティカル・ウィンドウの期間における環境的因子への暴露が ASD の発症に関連することがあるということの可能性を支持するものである。自閉症の特徴は2〜3歳以前にはほとんど識別されないが、自閉症をもたらす一連の出来事はもっと早い時期に起きており、妊娠初期が最もありそうである。神経発達の重要な期間における環境的暴露に焦点を絞った研究が優先的に行われるべきである。

 自閉症の病因は、それが複雑で多因子であるということ以外は現在ほとんど分っていない。神経発達の重要な期間における遺伝的及び非遺伝的要素の相互作用の解明には、さらなる調査が必要である。特定の感受性の高い遺伝子が発見されるまで、感受性の高い小集団に主に影響を与える環境的リスク要素を特定するためには、特定の表現型(phenotypic)パターン又は家族の中での ASDs の多数発生のデータを用いて、ASD 小集団分類を精査することが必要かもしれない。

 自閉症が複雑であるなら、我々は、ほとんどのケースの原因となる魔法の弾丸(遺伝的又は環境的)を発見することはないであろう。おそらく、一連の自閉症の特性に寄与する多くの遺伝的及び環境的組み合わせがある。将来の環境的暴露に関連する仮説の調査は、注意深く症例を特性化し、暴露評価を改善し、神経発達のクリティカル・ウィンドウに焦点を合わせ、小集団分析を実施し相互作用を評価するための十分な力を確保することが必要である。これらの考慮は、現在実施中の、あるいは間もなく実施される良く計画が練られたいくつかの疫学的研究に織り込まれている。我々は遺伝及び行動に関する研究の進展を待ち受けているので、これらの研究は自閉症の発症に果たす環境的要素の潜在的な役割に対する我々の理解を進めるための希望を提供するものである。

 著者は、競争的金銭利害関係はないことを宣言する。

ジュリー L. ダニエルス (Julie L. Daniels)
ノースカロライナ大学公衆健康校
チャペルヒル、ノースカロライナ


訳注(参考資料):
罹患率(Incidence rate)と有病率(Prevalence rate)



化学物質問題市民研究会
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