ペスティサイド・アクション・ネットワーク北アメリカ(PANNA)
2006年6月報告書
DDT とマラリア
新たな神話に対する事実


情報源:Pesticide Action Network North America, July 2006
DDT & Malaria: Setting the Record Straight
http://www.panna.org/issues/publication/ddt-and-malaria-setting-record-straight

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年10月13日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_06/06_06/0606_pan_DDT_Malaria.html


 DDT はアフリカにおけるマラリア対策の特効薬であるとして、一握りの積極的な主張者らによって推進され、再びニュースに登場している。DDT推進者らが語るストーリーは以下のようなものである。

 ”マラリアはアフリカで人々を殺しているが、環境保護者らは鳥類の保護に気を使い、人々の命を救うためのDDTの使用を阻止している。DDTはアメリカのマラリアを撲滅したが、アフリカでの使用は否定されようとしている。DDTはマラリア対策として最良の方法である。DDT暴露による健康影響はなく、その使用は拡大されなくてならない。”

 このストーリーの唯一正確な部分は、マラリアが毎年アフリカで数百万人の人々を殺しており、それは防ぐことのできる壊滅的な公衆健康の悲劇ということである。このストーリーの残りの部分は誤りであるが、資金を十分に持つ情報源によって主要なメディアや議会に対して声高にそして効果的に宣伝されている。ニューヨーク・タイムズのコラムニストでさえ、”世界が今必要としているのはDDT” というタイトルでの記事[1]を最近掲載した。

 ”DDTは、短期的な対応であり長期的に有害な結果をもたらす”とケニアの”社会的責任のための医師(Physicians for Social Responsibility)”のディレクターであるポール・サオケ博士は述べている。”蚊がまだ耐性を持っていないところではある場合には効果的かもしれないが、DDTはこのマラリア危機を解決しないであろう。技術的専門性とより良いマラリア対策方法はアフリカにすでに存在する。足りないものはリソースと政策だけである。”

セメントの混合に用いられる空のDDT容器
 世界中の公衆健康専門家、政府当局、及び環境保護者らは、残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約によってとられたDDTへのアプローチを支持している。同条約は他の11の有害化学物質とともにDDTを対象としているが、もしマラリア対策としてDDTの使用を要求する国があれば適用の除外を認めている。このアプローチは、ある場合には、DDTはマラリア対策として効果的な一時的なツールとなり得ることを認めている。最も重要なことは、同条約はまた、現在及び将来の世代の健康をさらに危うくすることのないもっと安全でもっと効果的な戦略を強調しつつ、マラリア対策と防止のために是非必要な資金の調達を求めていることである。


DDTについての新たな神話を払いのける基本的な事実

神話DDTは鳥類を損なうだけで、人には問題がない
事実:健康と環境の両方への影響がアメリカにおける1972年のDDT禁止をもたらし、我々はDDTの人の健康にもたらす影響について、当時知っていた以上に現在は知っている。DDTは、アメリカ及び国際的な機関によって”ヒト発がん性であるらしい”と分類されており[2]、またDDTに関連した生殖障害は動物研究でよく知られている[3]。
 最近のある研究は、胎内でDDTに暴露した赤ちゃんや幼児の中に発達遅れを含む神経学的影響を明確に報告している[4]。さらにいくつかの研究がDDT暴露を授乳中の女性の母乳量の減少と関連付けており[5]、アメリカの研究者らはDDTの分解物質であるDDEが早産と赤ちゃんの出生時の低体重をもたらすことを見出した[6]。DDTとその分解物質はまた世界中の多くの研究で人の血液中と母乳中に見いだされている[7]。

神話DDTはマラリア対策として最良の方法である
事実:世界保健機関(WHO)は、1950年代と1960年代に大量のDDT散布により世界中でマラリアを根絶しようとした。この計画は多くの場所でマラリア対策に役に立ったが、DDTによる根絶は達成することができない非現実的な目標であった。この野心的な取組が失敗した多くの理由のひとつはマラリを媒介する蚊がDDTに耐性を持ったことである。DDT耐性はアフリカで1955年にすでに特定され、1972年までに世界中で17種の蚊がDDT耐性を持ったと報告された[8]。公衆の健康のために用いることが意図されたDDTは、不法な農業用途にしばしば向けられ、蚊の集団のDDT耐性を早めた。
 もっと効果的で安全なマラリア対策へのアプローチが現在多くの国々で用いられている。例えば、メキシコは、a)マラリア発症の早期発見と早急な医学的治療、b)マラリア発症届出と蚊が繁殖する湿地やその他の場所を浄化することについての住民参加、そして、c)ピレスロイド系農薬を用いた低用量化学的対策、の3つを組み合わせた統合的なアプローチを用いている[9]。

神話DDTはアメリカでマラリアを根絶した
事実:米疾病管理センター(CDC)の散布キャンペーンでDDTが1947年に最初に散布された時までにアメリカではマラリはすでに大部分が消滅していた。CDCの4年間の散布作戦は、第二次世界大戦からの帰還兵がマラリアをアメリカに再度もたらすことを防ぐことを意図していた。それより約20年ほど前の1928年に、公衆衛生局はすでにアメリカではマラリが減少していることを報告していた[10]。1930年代の後半まで残っていた南部のマラリア発症地域は、湿地を排水することによって蚊の繁殖を防ぎ、防虫網で囲った家を建てることで人々を保護するテネシー川流域開発公社の取組によって抑制された[11]。この問題を調査しているあるジャーナリストによると、”このキャンペーンに参加した一人のCDCの医師は、死にかけた犬をけるようなものであった”と述べている[12]。

神話マラリア対策でDDTを使用しても全く害がない
事実:DDTがマラリア対策のために用いられる時に、通常屋内の壁に散布されるので暴露のリスクは非常に高い。メキシコと南アフリカの研究者らは、マラリア対策のためにDDTが使用されている所に住んでいる人々の血中のDDTレベルが高く、これらの地域で母乳で育った子どもたちは、WHO及び国連食糧農業機関(FAO)によって安全であるとみなされている量より多いDDT暴露を受けていることを発見した[13]。
 DDTの屋内散布による長期残留物質が近くの水路に流れ込み、新たな暴露経路を作り出すことを示す証拠がある。例えば、屋内DDT散布地域の牛乳中のDDTレベルが高いことが示されている(14)。多くの国々では、さらに適切に容器保管されていない又は管理されていないDDTの備蓄品からの暴露が加わる。FAOは、アフリカには10万トン以上の古い農薬の備蓄がありその古い農薬の多くはDDTである[15]。

神話マラリア発症国の全てがDDTを必要としている
事実:多くの国々では効果的な代替のアプローチでマラリア対策を行っている。ベトナムでは1991年にDDTを用いてマラリアを撲滅する取組から、村の指導者によって組織された広範な健康教育と医薬品と蚊帳の配布を含む非DDT対策プログラムに切り替えてから、マラリアの死亡率を97%、マラリア発症率を59%削減した[16]。
 ケニアの中央地帯でのプログラムは、稲作の村落と協力して水管理を改善し、家畜を使って蚊をおびき寄せ、生物学的対策をとり、影響を受ける地域に蚊帳を配布してマラリヤの発症を抑えることに力を注いだ[17]。
 世界野生生物基金(WWF)はインドのケーダ地域で、非化学的アプローチがコスト効果があることを示す成功事例を報告した[18]。
 フィリピンで成功した国家プログラムは薬剤処理された蚊帳と代替化学物質の散布に依存していた[19]。
 マラリアと戦っている国々が必要としていることは効果的な解決のための強固な支援であり、DDTへの依存を高めることではない。

神話DDTを最も必要とする国への提供が拒絶されている
事実:マラリア対策のためにDDTを未だに必要とする少数の国があり、それらの国はDDTを入手することができる。アフリカの54カ国のうち、18カ国はマラリア対策のためのDDT使用に関し、ストックホルム条約の下での適用免除を要求しており、これらの国々のうち推定11カ国がDDTを使用している[20, 21]。ストックホルム条約ではこれらの国々の特定の必要性を実行可能な代替で満たすことができるようになった時には速やかにDDTを廃絶することを求めている[22]。このアプローチは実質的に全ての国で環境、開発、及び公益に関わる共同体とともに、世界中の公衆健康専門家らによって支持されている。

神話DDTがないと数百万の人々が死亡する
事実:数百万人の人々が現在死亡しており、効果的なマラリア対策がなければ今後も死に続けるであろう。もっと効果的な対策が実施されるまで、一握りの国々で短期的にDDT散布を含む方法がとられるかもしれない。公衆健康共同体は、DDTに頼ることに失敗した教訓から、この致命的な疾病と戦う時にひとつだけの方法に頼るべきではないということを大分前から学んでいた。
 幸いなことに、ベトナム、エチオピア、メキシコ、フィリピン、及びその他の諸国は効果的なマラリア対策が可能であること、及び、それには、リソース、統合戦略、及び共同体の参加が必要であることを示している。
 明らかに、現在世界が必要としていることは、もっと多くのDDTではない。もし、我々がマラリアと戦うことに真剣になるなら、我々が必要とすることは、改善された家屋、基本的な衛生設備、及び貧困と戦うための効果的な政策を組み合わせた共同体ベースの戦略のための現実的で長期的な資金調達である。
 この本物の解決策は、”早くて安くて汚い”前時代の特効化学物質を散布するよりもっと複雑である。しかし、それは、DDTではできない、もっと多くの命を救い、長期的なマラリア対策となるであろう。


誰がDDTを推進しているのか?
 一握りのDDT推進者らが、環境保護者らを人種差別であると非難してアフリカでのDDTの広範な使用を推進する攻撃的なキャンペーンを展開している。それらの人々は誰か?

人種平等会議(CORE)
 アフリカ系アメリカ人のための団体として設立されたCOREは、初期にはアメリカにおける市民権運動に先導的な役割を果たした。1960年代の後半、COREは政治的に非常に右傾化した。
 COREの2005年マーチン・ルーサ・キング牧師を記念する会は、”緑の革命"の科学者ノーマン・ボーローグと、ブッシュ大統領の選挙参謀カール・ローブを讃えた。アメリカで最初にDDTを製造し、COREの企業盟友であるモンサント社の会長でCEOである ヒュー・グラントがレセプションで司会をした。2005年、COREは、モンサント社の資金援助によりアフリカで遺伝子組み換え作物を推進する”アフリカからの声”と称するビデオを制作した。

アフリカ・ファイティング・マラリア(AFM)
 2000年に設立されワシントン D.C. と南アフリカを拠点とするAFMは、人々をマラリアの害とマラリア対策の政治経済について教育することを追求している。そのスタッフは環境運動に批判的な広範な右翼又は自由市場主義シンクタンクと関連する。

DDTを推進する個人
 訳注:DDTを推進するCOREのメンバーであるPaul Driessen、Roy Innis、Niger Innis、及び、ウェスト・ナイル・ウィルス対策としてアメリカでDDTの使用を主張したフーバー研究所の科学者Henry Millerらについての紹介は省略。

 アフリカ、アジア、及びラテンアメリカにおける専門家との連絡を含むDDTとマラリアに関する更なる情報は、ペスティサイド・アクション・ネットワーク北アメリカ(PANNA)の下記ウェブサイトをご覧ください。
DDT & Malaria online resource center at
http://www.panna.org/resources/ddtMalaria.html
訳注(参考記事)


化学物質問題市民研究会
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