EHP 2006年2月号 フォーカス
神経系発達に関する新たな考察

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 114, Number 2, February 2006
New Thinking on Neurodevelopment
http://ehp.niehs.nih.gov/members/2006/114-2/focus.html

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年2月7日

 環境中のある物質が神経系に損傷を与えることがあり得るという概念は太古からあった。鉛の神経毒性は2000年以上前にギリシャの医者ディオセリデス(Dioscerides)によって認識されており、彼は”鉛は精神をおかしくする”と書いた。その後1000年をはさんで、他の多くの物質が既知の又は疑いのある神経毒としてリストに加えられた。この知識の蓄積にも関わらず、どのように神経毒が発達中の脳に影響を与えるのか、特に低用量曝露の影響について理解されていないことがたくさんある。今日、研究者らは損なわれた神経系の発達の神秘性を明らかにするために胎児期及び小児期の低用量曝露を調べようと取り組んでいる。

 1994年3月にアメリカの疾病管理予防センター(CDC)のチームにより『小児学(Pediatrics)』1994年3月号で発表された研究によれば、アメリカでは学齢期の子どもの約17%が、行動、記憶、又は学習能力に影響を与える障害を持っている。障害のリストには、注意欠陥多動症(ADHD)、自閉症スペクトラム、癲癇、トゥレット症候群(チック症)、その他、精神遅滞や脳性麻痺など状態が特定しにくいものなどが含まれる。これらの全ては、胎児期又は小児期の脳の発達中に何か異常なプロセスがあったことの結果であると信じられている。

 これらの障害は家族や社会に大きな影響を与える。1996年出版の本『学習障害:一生の問題』によれば、この障害をもった子ども達は精神的疾患と自殺の比率が高く、成人してからは薬物の乱用に陥りやすく犯罪を犯しやすい。『環境健康展望(EHP)』2001年12月増刊号に掲載された論文によれば、アメリカの神経発達障害にかかる全体の経済的コストは年間、815億〜1,670億ドル(約9兆〜18兆円)であると見積もられている。

 潜在的にもっと当惑することは、多くの疫学的調査がいくつかの障害の発症が増加していることを示唆しているということである。『ジャーナル自閉症と発達障害』2003年8月号の報告によれば、アメリカでは、自閉症スペクトラム(訳注:Autistic spectrumの実際的な分類)の診断は、1980年代の子ども10,000人に4〜5人から1990年代の子ども10,000人に30〜60人に増加している。同様に、『CNS Drugs』の2002年2月号の報告書は注意欠陥多動症(ADHD)の診断は1990年から1998年の間に250%増加している。1998年に刊行された『学習及び行動障害の増大』Volume 12 に寄れば、学習障害と分類され特別教育プログラムを受ける子どもの数は1977年と1994年の間に191%増加している。

 それでは現在はどうなっているのか? 簡単に言えば誰にも実際のところは分からない。この増加が何を意味するのかに関する意見の一致はまだない。公衆の知見が高まったことがこの数の上昇の原因であるのか、又は、医師らがこの症状に対する診断を的確にするようになったことによるのかも知れない。ある自閉症研究者は、この症状の拡大上昇は単に、過去25年間に診断基準が変わったからであると信じている。一方、ある科学者らは、神経発達障害の発症率は確かに増加しており、環境中の化学物質汚染の増大がひとつの役割を果たしていると信じている。

 そのことを念頭において、遺伝子と環境の相互作用の影響を検討している研究者らもいる。神経発達障害に対する軽い遺伝的傾向を持つ子どもは、環境的な”要因”がなければ臨床的に測定できる異常を示さないかもしれない。しかし、先進工業国の子ども達は、文字通り、生体異物化学物質の海の中で発達し育っているとカリフォルニア大学子ども環境健康疾病予防センターのディレクター、アイザック・ペッサーは述べている。”幸いなことに、我々のほとんどは有害な異物から我々を保護してくれる防御メカニズムを持っている。しかし、遺伝子多型性(polymorphisms)、複雑な遺伝子発現の抑止(epistasis)、及び、細胞遺伝学的異常は、これらの防御機能を弱め、化学的なダメージを増幅して、臨床的症状に自由落下させていく”と彼は述べている。

 ペッサーは自閉症の例を引き合いに出している。彼は、自閉症への罹り易さはいくつかの欠陥遺伝子のためのようであるが、それらのどれも社会的無関心、反復的で過度に集中する行動、及びコミュニケーションの問題の全ての中心的症状を説明することはできない。複合遺伝子的要因と化学的に複雑な環境への曝露が症状の苛烈さと発症の増加を引き起こしているのだろうか?

 不確実性があるにもかかわらず、多くの科学者らは、研究課題になった時には、結果として後で間違いであったということがあっても警戒の側に立つことが賢いことであると信じている。ハーバード大学医学部小児神経科医、マーサ・ハーバートは、”たとえ我々が自閉症の流行について一致した見解も確実性も持ち合わせていなくても、我々がそれを真剣に取り組まなくてはならないことを示すに足る十分に多くの研究成果が出てきている。今は、環境的仮説が研究の中心に据えられるべきである。環境的要因により損なわれた生理学的システムもまた、治療目標を示しており、子どもを助けるのに大いに役立つであろう。”と述べている。

神経毒の数々

 最も集中的に研究された神経毒は金属(鉛、水銀、及びマンガン)、農薬、ポリ塩化ビフェニル類(PCBs)、及び、ポリ臭化ジフェニルエーテル類(PBDEs)である。これらの化合物の多くは、個人が職場の事故や子ども時代の中毒で高用量に暴露した時に神経毒として特定されている。科学者らは現在、低用量での曝露による潜在的な、特に子どもと胎児への影響を研究中である。疫学的研究が中心的な役割を果たし、これらは、しばしば動物実験と細胞培養による実験によって補完される。今日では、研究者らは有毒物質と障害との関係だけでなく、背後にある細胞と分子メカニズムにも目を向けている。


 1970年代の研究は、鉛に曝露した子ども達は知能(IQ)、注意力、及び言葉に欠陥を持つことを示している。これに対応して、疾病管理予防センター(CDC)は、この金属の血中許容濃度を数回にわたって修正しており、1960年代には60μg/dL であったものが現状では1991年に 10μg/dL になった。しかし、多くの科学者らはそれでもまだこの許容値は高すぎると考えている。『環境健康展望EHP』2005年9月号で報告された研究は、血中鉛濃度が10μg/dL 以下であっても、鉛は子どもの知能(IQ)に有意な影響を与えるということを見出している。疾病管理予防センター(CDC)が2005年7月に刊行した『環境化学物質への人の曝露に関する第三次国家報告書』で、CDCの環境健康試験場の科学ディレクターであるジム・パーキーは、”子どもには安全血中濃度などない”と述べている。

 いくつかのグループはまた、鉛曝露は子どもの社会的行動を形成するという証拠を見出している。『環境研究』2000年5月号の記事は1990年代に、凶悪犯罪と鉛ベースの塗料及び加鉛ガソリンの使用との間の強い関連性を報告している。この研究は、ピッツバーグ大学医学部の精神医学及び小児科学の教授ハーバート・ニードルマンの研究を補完しているが、彼は若い男性の骨の鉛レベルは攻撃性と犯罪性と関連することを見出した。”鉛は明らかに非行のリスクと関係している”とニードルマンは述べている。彼の研究は『神経毒物学と奇形学』2002年11-12月号、及び『アメリカ医学会ジャーナル(JAMA)』1996年2月7日号に掲載されている。

 他の新たな研究分野は、初期の水銀曝露を脳の老化に関係付けている。ロードアイランド大学キングストンの薬理学及び毒物学助教授ナセル・ザイワと彼の同僚らは、生後直ぐに鉛に曝露させた成ラットにアミロイド前駆たんぱく質(APP)とその生成物ベータ・アミロイド(アルツハイマー病の証明)の発現の増加を見出した。それとは対照的に、老いてから鉛に曝露したラットにはAPPとベータ・アミロイドの増加は見られなかった。『ジャーナル神経科学』2005年1月26日号に発表された報告は、初期の鉛への曝露は、大人になってからの遺伝子の発現と規制を”再プログラム”することができるということを示唆している。ザイワによれば、予備的研究もまた、”幼児期に鉛に曝露されたサルは重症アルツハイマーと同様な分子変化を示す”ということを示した。

水銀
 現在の米環境保護庁(EPA)のメチル水銀(有機有毒水銀)の参照用量は、0.1μg/kg/day である。人はメチル水銀に対し、主に汚染された魚を食することで曝露する。この汚染の70%以上は、石炭焚き火力発電所からの排出のような人為的汚染源からのものである。子宮中でのメチル水銀への高濃度曝露は、精神遅滞、脳性麻痺、発作、聴覚障害、視覚障害、言語障害などを含む多くの障害に関連している。『環境健康展望(EHP)』2005年5月号の記事は、アメリカにおけるメチル水銀の有毒性に起因する経済的コスト(生産性の損失)は年間87億ドル(約9,600億円)であるとしている。

 低用量曝露の影響はあまりはっきりしない。フェロー諸島とセーシェル諸島の漁民に対する二つの大規模な疫学研究が低用量影響に関する矛盾した結果を生み出した。両方の研究とも、妊娠中に汚染された海産物を母親の子ども達のメチル水銀曝露と神経発達の関係を調べようとした。

 フェロー諸島研究のリーダーであるハーバード大学公衆衛生学部環境健康学助教授フィリップ・グランドジーンと彼の同僚らは『神経毒物学と奇形学』1997年11月号に、胎児期のメチル水銀への曝露を受けた7歳のフェローの子どもたちには、明らかな認識障害と神経病変が見られたことを報告した。グランドジーンのチームは子ども達が14歳になるまで追跡した。『ジャーナル小児学』2004年2月号への報告書によれば、子ども達は引き続き、神経病変と心臓の神経コントロールを含む問題があった。

 それとは対照的に、『アメリカ医学会ジャーナル(JAMA)』1998年8月26日号の研究報告によれば、セーシェル諸島研究の著者らは66月齢の子ども達のコホートからは永続する損傷の証拠はほとんど見出さなかった。『ランセット』2003年5月17日号に発表されたフォローアップ研究では、子ども達が9歳になった時に、言葉、記憶、運動能力、又は動作機能に永続的影響は同様に見られなかった。

 双方の集団の子ども達は同量のメチル水銀に曝露しているように見えたので、この二つの研究の異なる結果は不思議であった。いくつかの説明が提案されたが、その中には、双方の集団の遺伝子の相違が水銀曝露が及ぼす疾病に対する相対的素因を変えているのではないかという説明がある。メチル水銀の摂取源もまた二つの集団では異なる。フェロー諸島では主にパイロット捕鯨による鯨肉であり、セーシェル諸島の集団は海の魚に大きく依存している。ロチェスター大学医学センター神経科及び小児科の教授であり、セーシェルの主要調査者の1人であるガリー・マイヤーによれば、鯨肉はメチル水銀以外にPCB類をはじめとする他の多くの汚染物質を含んでいる。”PCB汚染と水銀曝露が相乗効果をもたらした証拠である”と彼は述べている。

 研究者らは魚の摂取による曝露レベルでメチル水銀から危険があるかどうか調査を続けている。『EHP2005年10月号』で発表された論文が、母親の髪の毛の測定による水銀摂取はそれほど高くなかったが母親の妊娠中の魚の摂取が幼児の認識力を高めるように見えるという発見によって不確実性がさらに加わった。

 低レベルの水銀が有害かどうかについての疑問はまた、保存剤としてのチメロサールを含むワクチンの使用についての議論を顕在的なものとした。チメロサールは2001年にこれらのワクチンの多くで使用されなくなったが、『小児学』2001年5月号に掲載された研究によれば、それ以前に投与を受けた子ども達は、子ども時代の予防接種で累積200 μg/kg 以上の水銀を受けていたはずである。チメロサールは重量比でほとんど半分がエチル水銀である。エチル水銀は有機水銀なので、それが脳でメチル水銀の様に作用するという疑いもあるが、『EHP2005年8月号』で発表された研究は、これら二つの水銀は、脳に到達し除去される仕方が非常に異なることを示唆している。開発途上国ではチメロサールを含む小児用ワクチンを使用し続けている。アメリカでは、チメロサールはインフルエンザ・ワクチンでまだ使われており、CDCは妊娠中の女性と6〜23月齢の子ども達がそれらを受けることを勧めている。

 SafeMinds(http://www.safeminds.org/)のような団体は、自閉症診断の数十年にわたる増加はワクチン中のチメロサールの存在に関連があると主張してきた。しかし、2004年5月、米国医学研究所(IOM)は、2001年以来発表されたいくつかの疫学的調査は”一貫してチメロサールを含むワクチンと自閉症との間には関係がないことを示している”と述べている『予防接種の安全性レビュー:ワクチンと自閉症』という報告書を発表した。しかし、この米国医学研究所(IOM)の報告書は、National Autism Association を含む多くの団体から、特定の疫学的データに極端に依存しており、関連性があることを示す臨床的証拠やその他の疫学的研究を無視しているとして批判を受けた。

 米国医学研究所(IOM)の確信にもかかわらず、ある科学者らはチメロサールの潜在的な神経毒の影響の背景にあるメカニズムの探求を続けている。『神経毒物学』2005年1月号でアーカンサス大学医学科学部小児科教授ジル・ジェームスと彼女の同僚らは、メチル水銀とエチル水銀(チメロサールから)のニューロンと神経膠(glial)細胞毒性は双方とも、酸化防止剤ペプチド・グルタチオンの減少により強化されると報告している。ジェームスによれば、二つの細胞タイプの内、ニューロンは特にエチル水銀によるグルタチオン減少及び細胞死に感受性が高いということが見出され、また、グルタチオンによる細胞の前処理はこれらの影響を減少させた。『アメリカンジャーナル臨床栄養学』2004年12月号で報告されたジェームスらの他の研究は、自閉症児は正常のコントロール群に比べてグルタチオンのレベルが低く、したがって反応性のoxygen speciesを解毒する能力が著しく減少していることを示した。

 ジェームスは、この異常なプロファイルは”これらの子ども達は酸化環境での曝露に対する感受性が高く、酸化力のある神経毒及び免疫毒に対する閾値は低いかもしれないことを示唆している”と述べている。2005年9月に開催された第XXII回国際神経毒会議における講演で、彼女は、グルタチオン経路に影響する複合遺伝子多型性が自閉症の進展と臨床的症状に寄与する慢性代謝平衡異常の生成に作用しているかもしれないという証拠を示した。『アメリカンジャーナル臨床栄養学』掲載の彼女の論文は、多くの自閉症児の低グルタチオン・レベルは目標とされる栄養的介在で可逆であるが、この発見の結果はまだ不明確である。

マンガン
 重要な栄養分としてマンガンは正常な発達のために必要である。マンガンの参照用量は0.14 mg/kg/dayである。この金属への高レベルでの慢性的な職業曝露は、振るえ、硬直、精神病によって特徴付けられるパーキンソン病の症状を思わせるマンガン中毒(manganism)である。この病気は主に鉱山労働者の中に見られる。

 『神経毒物学』2005年8月号に発表されたノースカロライナ州リサーチ・トライアングル・パークの化学工業毒性学研究所(CIIT Centers for Health Reseach)の生物科学部門ディレクター、デービッド・ドルマンによる動物を用いた研究は、胎児は母親が吸入したマンガンからある程度、保護されることを示唆している。ドルマンによれば、子どもは主に摂取によりマンガンに曝露するが、子ども時代のマンガンへの曝露と後のパーキンソン病との関係については分からないとしている。

 それにもかかわらず、マンガンは大人の脳に影響を与えるので、人々は発達中の脳はこの金属にもっと感受性が高いのではないかと疑っており、最近の研究は新たな懸念の事例を示した。『EHP』2006年1月号で、コロンビア大学小児精神科教授ガイル・ワッサーマンらは、天然のマンガンを高濃度に含む井戸の水を飲むバングラディシュの子ども達は知的機能が減損していると報告した。研究者らは水中のマンガンの生物学的利用能(bioavailability)は食品中のマンガンよりも高いと指摘している。彼らはまた、アメリカの井戸の約6%は子ども達を知的機能減損のリスクを及ぼすに足る高濃度のマンガンを含んでいると指摘している。

 マンガンの細胞及び分子メカニズムはよく理解されていない。パーキンソン病で影響を受ける脳幹神経節(basal ganglia)中のドーパミン系が関与しているかもしれないが、この仮説には議論がある。ジョーンズホプキンス大学公衆健康ブルームガーグ校分子神経毒物学教授トーマス・ギラルテは、第XXII回国際神経毒会議において人間ではない霊長類におけるこれらのシステムに関する研究について述べた。ギラルテによれば、未発表の脳幹神経節の陽電子放出断層撮影研究が、”マンガン用量がドンパーミン・ニューロンに影響を与えるように見える”ことを示している。ギラルテは、動物がマンガンをより多く受ければ、アンフェタミン(神経伝達物質の放出を誘発するために用いられる)の作用を通じてドンパーミンの放出は減少するということを見出した。”このことは、マンガンがパーキンソン病を引き起こすということを意味するわけではなく、単にマンガンがこれらの神経に影響を与えるということに過ぎない”と彼は述べている。これは生体条件下でのマンガンによるドーパミン放出に関する最初の報告である

ポリ塩化ビフェニル類(PCBs)、ポリ臭化ジフェニルエーテル類(PBDEs)、及び農薬
 多くの化学物質は、環境中での残留性及び動物組織中での生体蓄積性傾向ために懸念を引き起こしている。それらは、電気製品、コンピュータ、家具、農薬など日常の製品に使用するために設計された一般的には合成分子である。

 PCB類は食物連鎖の全ての部分に存在しているようであり、人はこれらの分子に主に動物の肉の摂取を通じて曝露している。これらの化学物質の毒性は1968年に日本で、そして1979年に台湾で大量中毒が起きた後に初めて認識された。『サイエンス』1988年7月15日号によれば、台湾において、汚染した調理用オイルを摂取した女性から生まれた子ども達は精神運動性遅延と認識テストでの低得点が見られた。

 これらの初期の観察以来、いくつかの研究が胎児期のPCB類への曝露と認識力発達の遅延や低い知能(IQ)との間の関連を記述した。例えば、『ランセット』2001年11月10日号に掲載された研究は、母乳を通じてPCB類に曝露した乳児や小さな子どもは精神運動性や精神発達テスト結果は低かった。ヨーロッパでは母親らはPCB類の通常のバックグラウンドに曝露した。そのような研究に対応して、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、ミルクや乳製品(1.5ppm)、鶏肉(3.0ppm)、乳児用食品(0.2ppm)など多くの消費者製品にPCB類の許容レベルを設定した。

 ポリ臭化ジフェニルエーテル類(PBDEs)は難燃剤として消費者製品中で広く使用されている。人に対するPBDE類の影響は明確ではないが、『環境汚染と毒物学レビュー』2004年Vol. 183 で述べられた動物毒性研究は、PBDE類は終生の学習及び記憶障害、聴覚障害、及び行動変化を引き起こすことができることを示している。PBDE類は人の組織中に蓄積しているように見えるので懸念が増大している。

 CDCの毒物学者アンドレアス・スジョディンらは、1985年から2002年までアメリカの南東部、及び、1999年から2002年までワシントン州シアトルにおいて、サンプル集団から採取した人の血清中でPBDE類の濃度が増加傾向にあることを見出した。この報告書は『EHP』2004年5月号に掲載されている。いくつかの研究がまた、人の母乳中にPBDE類を検出した。現在のEPAの参照用量は 2 mg/kg/dayである。

 農薬に関しては、フロリダ大学の動物学者テオ・コルボーンにより、今日、北半球で生まれたどのような子どももこれらの化学物質に受胎の時から妊娠期間以降ずっと曝露しているということが示唆されている。ある農薬は他のものよりもっと有害であるように見え、従って参照用量は化合物毎に幾分異なる。

 農薬の発達中の脳に及ぼす影響は人の疫学調査と動物実験により調査されてきた。ミネソタ大学の環境医学教授ビンセント・ギャリーらは、燻蒸剤ホスフィンの散布者から生まれた子ども達は神経系および神経行動系の発達に有害な影響をより多く示すようであるということを見出した。同じ報告書によれば、除草剤グリホサートはまた神経行動的影響に関連しているが、それは『EHP』2002年6月増刊号に掲載された。『神経毒物学』2005年3月号で報告された他の疫学研究では、カリフォルニアの農村で有機リン系農薬に曝露した女性らは、有害な神経発達影響を示す子どもを持ち、母親の尿中の農薬代謝物のレベルが高いことはその女性の新生児における異常と関連しているということを示した。

 多くのPCB類、PBDE類、及び農薬類は、2004年5月に国際法となった2001年の残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約の対象である。国連環境計画によれば、この条約の目標は、”PCB類、ダイオキシン類、フラン類、及び9種の高度に危険な農薬を世界からなくすこと”である。条約の実施は非常に実質的な取組であるが、ひとつの残留性汚染物質を他の汚染物質を生成しないで廃絶することは難しい(例えば、PCB類を焼却するとダイオキシン類やフラン類のような副産物を生成する)。

免疫毒及び感染症病原体

 脳の自然な成長を乱すのは神経毒への曝露だけではない。科学者らは現在、発達中の生物学的事象に与える免疫毒及び感染症病原体の微妙な生理学的影響に目を向けている。

 妊娠中に感染症にかかった母親は、自閉症や精神分裂病のような神経発達障害を持った子どもを持つリスクが高い。例えば、『生物学的精神医学』2001年3月号によれば、風疹ウィルスへの胎児期の曝露は小児期の運動神経障害や行動障害、成人してからの精神分裂スペクトラム障害のリスクが高まる。風疹はまた、自閉症に関連している。『ジャーナル小児科』1967年3月号に掲載の報告書によれば、1964年の世界的風疹流行時に生まれた子ども達の約8〜13%はこの障害(自閉症)を持っている。同研究はまた、風疹ウィルスと精神的遅延との関連を指摘している

 『神経生物学における現在の意見』2002年2月号に掲載された報告によれば、いくつかの疫学研究は、妊娠中期にインフルエンザ・ウィルスに曝露した女性の子どもには精神分裂病のリスクが増大することを見出した。『一般精神医学アーカイブ』2004年8月号で、コロンビア大学公衆健康メールマン校疫学主任エズラ・スザールらは、精神分裂病患者の母親が妊娠初期にインフルエンザにかかると精神的障害のリスクは7倍増大すると報告した。『精神分裂病会報』2001年4月号に掲載の将来を見据えた出生コホート調査は、妊娠中期にジフテリア・バクテリアに曝露すると精神分裂病が著しく増加することを見出した。

 感染症病原体はこれらの障害をどのようにして引き起こすのであろうか? ノースカロライナ大学チャペルヒル校精神医学教授ジョーン・ギルモアによれば、妊娠中の母親の感染症はラットの胎児の大脳皮質中のニューロンの発達を変えることができる。そのメカニズムはまだよくわからないが、サイトカイン(cytokines)と呼ばれる母親の免疫系中にある情報伝達分子に関係がありそうである。第XXII回国際神経毒会議における講演で、ギルモアは、試験管実験で、ある種のサイトカイン--インターロイキン-1β、インターロイキン-6、及び腫瘍壊死因子(tumor necrosis facto)−アルファ(TNF-α)--のレベルが高いと皮質ニューロンの生存を減少し、大脳皮質中の神経樹状突起の複雑さを減少させる。”私は、今日までのこのデータの重みは、母親の免疫応答が有害な影響与えることがあり得るということを示していると信じる”とギルモアは述べている。

 母親の炎症性反応だけが胎児の脳に変化を与えるものではない。カリフォルニア大学デービス校”子ども環境健康疾病防止センター”はCHARGE(遺伝子及び環境からの小児期の自閉症リスク Childhood Autism Risks from Genetics and the Environment)と呼ばれるカリフォルニアにおける自閉症児の大規模調査を実施しており、そこでは、子どもの免疫系もまた関係しているかもしれないとしている。主任調査官ペッサーによれば、自閉症を持った子どもは独特な免疫系を持っている。”自閉症児は、血漿免疫グロブリンと血漿サイトカインの歪んだプロフィルが他の子どもに比べて著しく減少した”と彼は述べている。”我々は免疫系機能不全が自閉症の中心的病因のひとつかもしれないと考える。”

 彼は続けて、”今日、子ども達が曝露している多くのものは免疫毒である・・・。我々はエチル水銀とチメロサールが通常のレベルで樹状突起細胞として知られる免疫抗原細胞の情報伝達特性を変えるという証拠を持っている。” それぞれの樹状突起細胞は250 T 細胞を活性化するので、調節障害が増幅されると彼は述べている。 ”免疫情報のプロセスにおける遺伝子異常が加わるなら、問題である。”

 そのような問題は中枢神経系にまで拡大するであろう。神経発達障害を持つ個人の脳はまた、炎症の証拠を示している。『神経学紀要』2005年1月号でジョーンズホプキンス大学医学部神経科及び病理学科助教授カルロス・パルドらは、自閉症患者の脳脊髄液に高レベルの炎症性サイトカイン(インターロイキン-6、インターロイキン-8、及びインターフェロン-γ)を見出したと報告している。脳の本質的免疫系として作用する神経膠細胞は中枢神経系のサイトカインの主要な源である。したがって、パラドのチームがまた、自閉症患者の死後の脳に、神経膠が活性化していること−形態的及び生理学的変化−を発見しても驚くべきことではないかもしれない。

 免疫系は神経発達障害に関連があるという認識は、人々のこれらの症状の理解を変えている。”歴史的に、全ての神経学的障害においてニューロンの役割に焦点を当ててきたが、彼らは一般的に[神経膠]を無視している。”とパラドは述べ、”自閉症では[神経膠]”は、感染症、子宮内損傷、又は神経毒のようなある外部要因に反応している”と加えた。

 パルドによれば、自閉症に関連する神経免疫反応が脳の機能不全に寄与しているかどうか、又はそれらはある神経異常に対する二次的反応なのかどうか、まだ明確ではない。”ジョーン・ギルモアの仕事 [サイトカインは脳細胞に有害となり得ることを示したこと] は、非常に興味深く、重要である”と彼は述べている。”しかし、試験管研究は、生体条件の下で起きることを反映しない結果を生成するかもしれない。”TNF-αのようなサイトカインは低濃度では、ある神経生物学的機能にとって有益かもしれないが、高濃度では非常に神経毒となるかもしれない。”

曝露評価に頭脳を結集する

 医学界及び科学界は、神経発達障害の最終的原因を特定するための壮大なチャレンジを認識している。これは関与する潜在的な曝露の数の多さのために複雑なものとなる。エンバイロンメンタル・ディフェンスの1997年の分析『毒性の無視』によれば、生産量又は輸入量が年間100万ポンド(約454トン)を超える3,000種近くの化学物質のうち、67%以上が神経毒性のための基本的なテストすら実施されていない。

 過去数年間、いくつかの大きなプロジェクトが提案され、米国立健康研究所(NIH)による基金も増加した。例えば、NIHは自閉症研究支援を1997年の2200万ドル(約24億円)から2004年の1億ドル(約110億円)に拡大した。2001年には、国立環境健康科学研究所(NIEHS)と環境保護庁(EPA)は共同で4つの子ども環境健康研究センター(カリフォルニア大学デービス校の1センターを含む)の設立を発表し、そこでは主に神経発達障害に焦点を当てている。もっと最近では、保健社会福祉省とEPAの共同支援による数十億ドル(数千億円)規模の国家子ども研究(National Children's Study)が約10万人の子どもを21歳まで追跡調査するために計画されている。この調査は、学習、行動、及び精神健康を含む子どもの成長と発達に関する環境要素の影響を調査することを計画するものである。調査担当官らは最初の参加者を2007年はじめまでに登録したいと希望している。

 科学者らはまた、より良い研究を設計する必要があると考えている。神経発達研究において、他の分野と同様に、研究の品質がその全てである。NIEHSの神経毒物学グループの長、ジーン・ヘンリーは、”行動に関しては有効な評価ができるかも知らない。しかし、よい曝露データがなければ、環境要素との因果関係は損なわれるであろう”と述べている。

 子宮内化学物質曝露から神経発達影響を見出そうとする疫学研究が直面する困難に向き合う取組の中で、20人の専門家からなる作業グループが、ペンシルバニア州ハーシェイ医療センターの後援の下に2005年9月に、第XXII回国際神経毒会議と時を同じくして集まった。彼らの丸一日のセッションの目標は、画像処理技術のような新技術の実際的な導入とともに、設計、実施、及び将来の調査の解釈のための最良の実施スキームを開発することであった。

 意見交換で、同グループは、この研究における最大の挑戦は多分、環境化学物質に対する子宮内曝露をいかに評価するかを決定することであるということを認めた。”非常にしばしば、疫学調査の本質が、正確な曝露評価を実施する能力を制限する”と専門家グループの一員であるハリーは述べている。”そのような曝露ははるか昔に起こったことかもしれない。それらは知られていないかもしれない。又は他の多くの化合物と関係があったかもしれない。”

 従って、同グループはたとえそれが間接的であっても、実際の測定の方が subject recall に基づくものよりよいと勧告している。同グループはまた、神経発達の結果を評価するために、よく定義された仮説が子宮曝露調査の基礎を形成すべきであると勧告している。 ”これら又はその他の結論は、研究間比較を改善すべき手法を記述することにより科学を前進させるであろし、それらは研究結果が科学界及び医学界に報告されるべき方法を提供するであろう”とハーシェイ医療センターの助教授で作業部会指導委員会のメンバーであるジュディ・ラキンドは述べている。ワークショップ報告書は『神経毒物学』の次号で発表されるであろう。

大きな絵を描く

 神経発達障害に目を向けた挑戦は科学を超えるものである。知識の交換、患者の治療、そして潜在的に有毒な化学物質が出会う交差点で困難に遭遇するであろう。ハーバートは、”証拠ベースの医学は、慢性複合低用量曝露の影響に関する評価基準又は実践手法を開発していない”と述べている。待つのではなく、患者及び患者の両親は彼らの懸念に対応するために代替医療に切り替えていると彼女は述べている。

 特に患者と両親が誤った情報を受けた時に、そのことは必ずしもよいことではない。アメリカ学習障害協会の健康な子どもプロジェクトのディレクターであるキャシー・ローソンは、科学的知識と、ある障害の発症を減らすための方法についての公衆の知識との間に大きな隔たりがあると述べている。”様々な組織を訪問すると、人々は環境中の有毒物質と彼らの健康の間に関係があるということを完全に知らないということが分かる。小児科医ですらこれらのことについて知らないことがある”と彼女は付け加えた。

 公衆の教育は解決の一部でしかない。非営利団体である子どもの環境健康研究所の代表であるエリス・ミラーは、連邦政府規制機関が適切に子どもの健康を保護していないと考えている。”30年前にできた有害物質規制法(TSCA)は、神経毒物質とその他の化学物質が重点項目とされ、事前に審査され、適切にテストされることを確実にするために、大幅に修正されるべきである。現状では、市場及び我々が毎日使用する製品中に毒性データがない非常に多くの化学物質が存在する”と彼女は述べている。

 政治家のあるものはこれらの意見に賛同し、2005年7月に、上院議員フランク R. ローテンバーグ(民主党、ニュージャージ)は”子ども、労働者、及び消費者安全化学物質法案”を提案した(訳注)が、この法案は、化学物質製造者が、哺乳瓶、水ボトル、食品容器など消費者製品に使用される化学物質に関する健康と安全情報を供給することを求めている。上院議員ジェームス・ジェフォード(独立、バーモント)も共同提案者であるこの法案がもし通過すれば、上市されている化学物質は2020年までに新たな安全措置に合致することが求められるであろう。

 人の脳は、知られている宇宙で最も複雑な構造であるとほめたたえられている。この驚くべき実在物を生成する発達プロセスはまた自然界で最もデリケートなものかもしれない。ある科学者が述べたとおり、”脳はグイッと動かされることを好まない。”この種のもろさは科学者が微妙な環境攻撃かも知れない遺伝的影響のもつれを解くことを難しくする。たとえそうであっても、有害な環境要因のカタログは、疑いなく、科学者が脳の発達と環境との間の相互作用について知るよりももっと多く増え続けるであろう。希望することは、より健康な脳を持ち両親及び社会が安らかな心を持つ将来を作るために、よき精神をがそのカタログを使用することである。

ミカエル・サピル(Michael Szpir)

訳注
米子ども安全化学物質法案/子ども、労働者、及び消費者の有害物質への曝露を低減するための有害物質規制法(TSCA)を修正する法案 (当研究会訳)


化学物質問題市民研究会
トップページに戻る