EHP 2005年12月号 フォーラム
フタル酸エステル類はマウスの狼瘡(ろうそう)に関連する

情報源:Environmental Health Perspectives Volume 113, Number 12, December 2005
Phthalate Linked to Lupus in Mice
http://ehp.niehs.nih.gov/docs/2005/113-12/forum.html#phtl

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2006年2月20日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/kaigai/kaigai_05/05_12/05_12_ehp_Phthalate.html

 皮膚、関節、及び腎臓などの内臓に影響を及ぼす自己免疫不全である狼瘡 (ろうそう)に対し、どの程度、遺伝的又は環境的因子が影響を与えるのか誰も分からない。しかし、インディアナ州立大学の研究者らは、フタル酸エステル類がマウスモデル(訳注)で狼瘡 (ろうそう)抗体を誘発するということを発見したことにより環境的証拠を強化した。

訳注:マウスモデル
突然変異マウス:遺伝的疾患モデルと生物医学的道具

 フタル酸エステル類は、接着剤、化粧品、芳香剤、ビニル床剤、塩ビ・パイプ、及びある種の玩具や医療器具中に見出される。EHP2000年10月号に発表された米疾病管理予防センター(CDC)と米毒性計画(NTP)の報告書によれば、フタル酸エステル類への曝露は従来疑われていたよりも広範囲であり、特に20〜40代の女性に多い。他の研究は、男の赤ちゃんの生殖器の発達への影響だけでなく、子どものぜんそく、鼻炎、湿疹にも関連している可能性があることを指摘している。この新たな狼瘡 (ろうそう)に関する発見は、これらの化学物質によって引き起こされる潜在的な健康影響の増大するリストにさらに加わることになる。
 狼瘡 (ろうそう)では、免疫系が異物(抗原)と体内自身の細胞や組織との区別をつける能力を失う。免疫系は、自身の組織を攻撃する抗体を作り、組織の炎症、損傷、及び痛みを引き起こす。アメリカ狼瘡 (ろうそう)財団によれば、150万人のアメリカ人が狼瘡 (ろうそう)であると診断されており、それ以外に、毎年16,000人がこの病気になっている。

 インディアナ州立大学ライフサイエンス学部暫定学部長である生物科学者スワパン・ゴーシュは、腫瘍(ろうそう)成長のマーカーとして用いられるモノクローナル抗体の遺伝子配列を調ベている間に、それが自己免疫不全の一般的なモデルであるNZB マウスによって作られた抗体たんぱく質成分(light chain)と98%の類似性を持っていることに気が付いた。狼瘡 (ろうそう)ではそのような抗体が、腎臓、心臓、及び肺のDNAを攻撃する。『免疫学(Immunology)』2003年12月号で発表された発見は驚くべきものであった。”私は狼瘡や免疫系を研究していたわけではなかった。”とゴーシュは述べている。しかし、彼は予期せぬこの発見を利用して、フタル酸エステル−狼瘡 (ろうそう)の関係をさらに探求する一連の実験を実施した。

 最近の研究では、ゴーシュと学士ソーヨン・リムは、NZBマウスを含む4つのタイプのマウスに、フタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)を注射した。最初は全てのマウスは抗フタル酸エステルの抗体を生成したが、狼瘡 (ろうそう)傾向のNZBマウスだけは、腎不全と早死をもたらす腎炎になった。他のマウスは最初に抗フタル酸エステルの抗体を生成したが、抗体はCD8サプレッサーT細胞によって打ち消され、腎臓損傷を防いだ。フタル酸エステル類に影響を受けやすいNZB マウスの免疫系には何か異なるものがある”とゴーシュは述べている。調査の詳細は、『ジャーナル自己免疫(Journal of Autoimmunity)』2005年8月号に報告されている。

 フタル酸エステル−狼瘡 (ろうそう)関係はマウスだけに観察されているが、”マウスの免疫系で発見されていることの多くはヒトにとっても真実であるということが証明されている”−とゴーシュは述べている。一方、”マウスモデルに見られる全てのことがヒトに起こるとは限らない”−とコロンビア大学リューマチ学のベティ・ダイアモンドは注意を促している。

 ゴーシュの結果はヒトにはまだ適用できないかもしれないが、ヒトにおける潜在的なフタル酸エステル−狼瘡 (ろうそう)関係に関する将来の研究のための、いくつかの疑問を提起している。狼瘡 (ろうそう)の患者は抗フタル酸エステルの抗体のレベルが高いのか? ゴーシュは、このことを見極めるために、将来、狼瘡 (ろうそう)の患者と健康な人とを調べる計画を持っている。フタル酸エステル類への曝露は狼瘡 (ろうそう)へのリスクが増大するのか? 彼はまた、プラスチック製造産業でフタル酸エステル類に曝露している労働者の血中レベルを測定することで、このことを詳しく調べる計画を持っている。狼瘡 (ろうそう)は男性に比べて女性の方が5倍多い。このことは、男性に比べて女性の方がフタル酸エステル類を含んだ化粧品や香水を多く使用することと関係があるのであろうか?

 化学産業界の団体である米国化学工業協会(ACC)は、彼がDEHPをウシ血清のアルブミン(訳注:生体細胞・体液中の単純たんぱく質)のようなたんぱく質に結合したので、ゴーシュの研究を批判した。”結合されたたんぱく質は自己免疫とアレルギー反応を引き起こすかもしれない。我々はまた、DEHPはたんぱく質と結合せず、抗DNA反応を誘引することを確認した”−と米国化学工業協会(ACC)フタル酸エステル類審議会の議長マリアン・スタンレーは述べている。彼は、いくつかの研究がフタル酸エステル類代謝物が体内のアルブミンと親和性があることを示唆していたので、DEHPの主要な代謝物とたんぱく質の結合を試みたと説明している。

 遺伝的に影響を受けやすい患者における狼瘡 (ろうそう)においては、現在までのところ、紫外線への曝露だけが明確に関連する唯一の環境的要因である。狼瘡 (ろうそう)研究者らは他の環境要因を調査しているので、”我々は心を広く持たなくてはならないが、直ぐに結論に至るべきではない”−とダイアモンドは述べている。

キャロル・ポテラ(Carol Potera)



化学物質問題市民研究会
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