The Intersept 2016年1月12日
有害な”改正”法は
有害物質に関する米国の規則の要所を抜き取る

シャロン・ラーナー

情報源:The Intersept, January 12, 2016
Toxic “Reform” Law Will Gut State Rules on Dangerous Chemicals
By Sharon Lerner
https://theintercept.com/2016/01/11/
toxic-reform-law-would-gut-state-rules-on-dangerous-chemicals/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2016年1月28日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/usa/articles/
160112_Toxic_Reform_Law_Will_Gut_State_Rules.html

 1976年の有害物質規制法を更新することを目指す新たな改正法案は、メイン州やカリフォルニア州のような州政府の有害化学物質を規制する努力を台無しにするかもしれない。先月、クリスマス休暇の直前に採択された上院の法案は特に抑制的である。皮肉にも、強い環境保護を支持したニュージャージ州の上院議員の名に因んで”21世紀に向けたフランク R. ローテンバーグ化学物質安全法 ”と名付けられたこの法案は、EPA が評価を行った化学物質を州が規制することを大いに難しくし、さらには EPA がある化学物質を調査している間は、州政府がそれらの化学物質について措置をとることを禁止することになるであろう。

 この上院の法案は、昨年6月に採択され、現在調整プロセス中にある下院の法案である”TSCA 近代化法”とは顕著な相違がある。もし、2月には大統領の承認を得る最終法で両方の法案の最悪の条項が取り入れられれば、新たな立法は、化学物質規制の最前線にいるオレゴン、カリフォルニア、メイン、バーモント、ミネソタ、及びワシントンの各州の法の要所を抜き取ることになるであろう。

有害なシッピーカップと哺乳瓶

 マイク・ベリベアウにとって、2008年のメイン州化学物質法の成立は、彼の経歴の中で至福の一時であった。環境運動家らは、アメリカにおいて最強の有害化学物質保護法のひとつである”子ども安全保護法”の制定のために長年尽力していた。その法律の制定以来メイン州はそれを使用して、1,700 以上の”懸念ある化学物質”のリストを作成した。同州はまた、製造者らにこれらの化学物質の使用を報告することを求め、同時にもしより安全な代替があれば、それらを禁止した。

 化学物質の中でも特にメイン州が厳しく規制したのは 学習障害や行動障害に関連しているポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDEs)と呼ばれる難燃剤であり、また内分泌かく乱性がありヒト発がん性物質らしいビスフェノールA(BPA)である。メイン州は家具及び電子機器での PBDEs の使用を廃止した。現在、製造者らはある製品中での BPA の使用を報告しなければならず、哺乳瓶、シッピーカップ、飲料水ボトル、粉ミルク用缶、又は幼児用食品容器では最早、使用することはできなくした。EPA もまた、PBDEs と BPA の健康影響に注目していたが、EPA が検討している間にメイン州は措置をとった。

 メイン州の法律は単に地域の勝利というだけではない。メイン州で販売されている製品中に含まれ、水生生物に有害であり、ヒトの発達生殖に有害らしいフェノールエトキシレート(NPEs)と呼ばれる化学物質の使用を製造者は開示せよというメイン州の要求は、この化学物質が塗料はもとより全国で販売されている数百という製品中に存在していたという事実を明らかにした。そしてメイン州の BPA 禁止は全国的にその化学物質を使用しない方向に押し動かした。メイン州で売られている製品をどのように製造するかということだけより、むしろ玩具製造の巨人ハズブロ(Hasbro)が全ての製品から BPA を排除したということが大きかった。

 メイン州バンゴーにある環境健康戦略センターのエグゼクティブ・ディレクターであるベリベアウは、”それは大きなことである”と述べた。メイン州のような小さな州が、BPA の使用を全国的に止めさせたのである”。

 上院の TSCA 法案は特定の化学物質に関する既存の州制限はそのまま残るが、その法案中の条項は州が今後規制を進めることを止めることになり(訳注1)、すでにその下でなされている取り組みの成果を消し去ることになるであろう。家具や子ども用製品中で使用される難燃化学物質のグループを禁止するというワシントン州で審議中の法案を例にとろう。そこでは運動家らが長年、内分泌かく乱物質でありヒト発がん性があるらしいこれらの物質を禁止するために活動してきた。

 ”我々は非常に近いところにいるが、多分まだ十分ではない”とワシントン有害物質連合の上席キャンペーン・ディレクターであるランディ・アブラム=カラスは述べた。ワシントン州の下院は 95 対 3 で禁止を可決し、州上院は同様の法案を準備中であるが、 TSCA 改正はそれらを全てを無効にすることができる。もし EPA がこれらの難燃剤を、まだ起草に着手していない優先リストに加えれば、そのことは EPA がすでにそれらの化学物質のあるものに注目していたのだから十分にその可能性があることであるが、上院の法案はそれらの化学物質を制限する新たな州の取り組みを専占(preemption)することになるであろう。”我々の州は、我々が実施してきたどのような活動をも止めなくてはならなくなるであろう”と、アブラム=カラスは述べた。

 塗料剥離に使用され、おそらくヒト発がん性である塩化メチレン(methylene chloride)から人々を保護するための現在のカリフォルニア州の取り組みもまた、もし上院法案中の州法への専占条項が法律になれば、直ちにやめなくてはならない。そしてメイン州の、プラスチック中で使用されている 4 つのタイプのフタル酸エステル類を禁止しようとしている化学物質法も同様である。

   上院の法案は、EPA が”高優先”であるとみなす化学物質を評価している間は、州政府がその化学物質に措置をとることを禁止する。しかし EPA の調査は数年か、場合によっては数十年、措置が取られるまでに時間がかかることがある。例えば、2002年に EPA はテフロンやその他の数百という製品を製造するために使用される化学物質 PFOA の高優先レビューに着手した。そのレビューの期間中にこの化学物質と 6 つの疾病との間にまず確実な関連性が発見され、現在ではその汚染が拡大していることが知られているが、EPA はそれをまだ規制していない。

 EPA はワシントン州の法案によって禁止されるであろう難燃剤のあるものの安全性を 25年以上調査している。そして EPA は、少なくとも 1940年代からその煙霧で人々が死亡しているにもかかわらず、まだ広く金物屋で購入できる塩化メチルの安全性を少なくとも30年以上、調べるのに費やしている。

最高の法律を 1億2,500億ドル(約150億円)で買うことができる

 元々の有害物質規制法(TSCA)は破たんしているということについて疑問の余地はなく、産業界すら最近それを認め始めている。1976年に採択された TSCA は、アスベストと PCBs の健康リスクについての憤りから生まれ、それは数万の有害物質を規制するための権限を EPA に与えた。しかし、そのプロセスは化学産業界による影響を著しく受け、最初はこの法律を起草するのを手伝うことに反対した。最終法案は、現在商業用途として登録されている約8万2,000種の化学物質の大部分に既得権を与えた。 TSCA が発効してから約 40 年の間、EPA がテストを求めたのは約 200 の化学物質だけであった。そのうち 5 物質だけが連邦政府レベルで規制された。

 ニュージャージー州の上院議員フランク R. ローテンバーグが2013年の彼の死まで10年以上取り組んだ TSCA の改正は、抜け穴を防ぐことが期待されていた。しかし元々の法と同様に、産業側は最初、この立法に反対したが、その後、乗り込んできただけでなく、そのプロセスの舵を取り、議会を金浸しにした。実際、上院の法案は、化学産業界の最大のロビー団体である米国化学工業協会(ACC)によって書かれたという証拠が3月に発覚した。

 2014年以来、議会は TSCA の改正を話し合っていたが、上位10社の化学会社と団体はロビーイングに 1億2,500億ドル(約150億円)以上使っていた。政治における金を監視する非営利団体マップライト(MapLight)によれば、ダウ・ケミカル(Dow Chemical Company)とコーク・インダストリーズ(Koch Industries)はそれぞれ 2,100万ドル(約25億2,000万円)以上を使い、デュポン(DuPon)は 1,400万ドル(約16億8,000万円)以上を使った。米国化学工業協会は、同法案の共同提案者であるルイジアナ州共和党上院議員デービッド・ビッターの知事BID(訳注2)を支援するスーパーPAC(政治資金管理団体)(訳注3)への15万ドル(約1,800万円)を含んで18万ドル(約2,200万円)以上の政治献金をした。

 これらの全てが、なぜ化学産業界が自身を規制することを意味する法案を好むのかを説明している。下院及び上院の法案の両方を支持する米国化学工業協会は 100以上の化学会社を代表しており、これらの会社のいくつかは審議中の規制から免れさせたい製品を持っていた。それらには、カリフォルニア州が制限を検討中の塩化メチレンの製造者であるオキシデンタル・ケミカル社(Occidental Chemical Corporation)、ワシントン州で審議中の法案により禁止されるであろう難燃剤を製造するケムチュラ社(Chemtura)、そしてメイン州で審議中のプラスチック添加物 DEHP を製造するイーストマンケミカル社(Eastman Chemical Company)が含まれる。米国化学工業協会(ACC)の最高経営責任者(CEO)であるカール・ドゥーリーは 2015年の米国議会トップ・ロビーストと呼ばれた。同協会は、伝えられるところによれば、1億ドル(約120億円)までの予算を持っており、過去には個々の州における規制を鎮圧するために活動した。もし、上院の法案がそのまま通れば、同協会はそのような個別のロビーイングに必要な金額より安くすることができるであろう。

 ザ・インターセプトからの問い合わせに対して、米国化学工業協会は文書による声明で次のように述べた。”現代的な科学により TSCA にスピードをもたらし、全米50州の市民のための米国化学物質規制システムへの消費者の信頼を築き上げる強い全米の規制の確実性を作り出し、著しいリスクから人の健康と環境を保護し、米国化学産業と国家経済の商業的及び競争的利害関係に合致する法案の成立を支援するために、米国化学工業協会は休むことなく活動している”。

 ケムチュラ社は、次のようなコメントを発表した。”更新される TSCA プログラムの特定の州立法又は製品に及ぼす影響を推測するのは時期早尚であるが、ケムチュラはその更新される TSCA を支持し、実施の時期が来れば規制当局とともに働くことを期待する”。イーストマンケミカルはこの件についてコメントすることを断った。

 もし連邦法と矛盾があれば、大気と水の質、及び廃棄物処分に関する州の制限もまた無効にするであろう上院の法案(訳注4)は、米国石油学会、米国商工会議所、米国自動車工業会、米国製造業者協会を含む広範な団体からの支持を受けている。おそらく、最も破滅的な支持はエクソンモービルの最高経営責任者レックス・ティラーソンから受けたものであり、彼は最近、同法案について Roll Call紙の意見欄(オプ・エド)で”我々が必要とする包括的な修理”であると述べた。

 一方、新規化学物質の規制について州法を専占する下院の法案は、米国自動車工業会、クロップライフアメリカ(農薬製造者及び竜宮業者の代表)、ハロゲン化溶剤工業連盟、及び塩素学会を含む100以上の産業団体により支持されている。

 TSCA 改正に深く関わっている人々は、回転ドアを通じて議会とKストリート(訳注:シンクタンク、ロビイスト、特別利益団体といった組織のオフィスが軒を連ねる密集地区)を出入りしていた。過去2年間に TSCA 改正に関する協議に重要な役割を演じた二人の民主党上院議員、フランク・ローテンバーグとトム・ユーダル(ニューメキシコ)のそれぞれの首席補佐官がロビーイングの仕事をするために上院を去った。ローテンバーグの前交渉者ベン・ダンハムは2014年3月にデントンズ(訳注:世界最大の法律事務所)に加わり、そこで彼は環境と化学物質の安全に焦点を当てている。一方、ユーダルの前首席スタッフであったマイケル・コリンズは9月に Mehlman Castagnetti Rosen & Thomas (訳注:政治情報ビジネス及びロビー会社)に加わった。得られたコメントによれば、ダンハムは化学物質を製造する会社を代表していないと言及した。コリンズはとりわけ環境立法と規制に注力していることを確認した。

 州規制の制限に加えて、現在ひとつの法律に統合されようとしているTSCA 改正法案は、米国国境での有害化学物質の輸入管理をより難しくし、またある化学物質を十分な評価を行わず”低優先”に指定するようEPAに求める条項を含んでいる。下院、上院どちらの法案も、会社はまずそれらが安全であると証明することなく、新規化学物質を市場に導入することを認められるという大きな問題に対応していない。

 しかし最も緊急性が感じられるのは州の制限である。幼児の昼寝用マット中の難燃剤禁止を策定中のカリフォルニアでは、その影響は痛烈であろう。”EPA が我々はこの化学物質の調査を開始するつもりであると言い、州が措置をとることを停止するような状況になれば、それは大きな挫折である”と昼寝用マットキャンペーンを展開中の環境健康センター(CEH)東部州ディレクターであるアンジェ・ミラーは述べた。

 TSCA の改正に関して活動している”より安全な化学物質・健康な家族連合”の全国キャンペーン・ディレクターのアンディ・イグレジャスは、最悪の産業側の抜け穴は最終案からなくなるであろうことに希望を持っている。”彼らは二つの法案を統合し、実際に新たな方法に変えることができるのだから、これは重要な時である”とイグレジャスは述べた。

 最もうまくいく場合、新たな法は、”控えめではあるが、それでも意味がある改正”となり得るであろうとイグレジャスは述べた。最悪の場合、”主導してきた人々は何も意味あることは言わずに黙り込み自分の席に着く”と彼は続けた。


訳注1:州法への専占権
(参照:EDFの比較表
12b. 州法への専占権−既得権
 2015年8月1日以前に化学物質にとられた、又は2003年8月31日に有効であった法律の下にとられたどのような州の措置も、EPA の措置にかかわらず、依然として有効である。
12d. 州法への専占権−EPA の最終的措置後
 2015年8月1日以降に課せられたある化学物質の州制限は、もし EPA がその化学物質は安全基準を満たすと決定するなら専占され;もし EPA がある化学物質は基準を満たさないと決定すれば、EPA がその化学物質を制限する最終規則を発布するときに専占を適用する。

訳注2:BID(Business Improvement District) 参考事例
アメリカにおける 中心市街地を巡る“まちづくり” −BIDを中心に−

訳注3:スーパーPAC(Political Action Committee)
政治行動委員会/ウィキペディア

訳注4:州法への専占権
(参照:EDFの比較表
12a. 州法への専占権−一般
 州は、連邦要求と矛盾しないなら、下記の制限を続けることができる。
 ○連邦政府の要求と同一の制限
 ○連邦法の権限の下に採択された制限、又は
 ○州の大気又は水の品質、又は廃棄物処理又は処分法の下に採択された制限



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る