HESA ニュースレター 2008年6月
欧州化学物質庁:REACHのかなめ石

情報源:HESA newsletter June 2008 No.34
http://hesa.etui-rehs.org/uk/newsletter/newsletter.asp?nle_pk=27
The European Chemicals Agency, keystone of REACH
Tony Musu
http://hesa.etui-rehs.org/uk/newsletter/files/Nwsl-34-EN-p8.pdf

訳:古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議 事務局長)
掲載日:2008年12月17日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/union/HESA_newsletter_June_2008_REACH.html


謝辞:全国労働安全衛生センター連絡会議のご好意により、同連絡会議機関誌「安全センター情報2009年1・2月号」掲載予定の本稿を転載させていただきました。


 化学物質の使用・流通に関する欧州の新たな立法であるREACHが、2007年6月1日に発効した。この規制は産業界に、年に1トン以上製造または輸入する物質を登録することを要求する。すでに欧州場に流通している約3万種類の化学物質は、2018年6月までに登録されなければならなくなる。REACHの技術的、管理的及び科学的側面を管理するために、ヘルシンキに新たな欧州機関が設置された。これは、今回の変革を成功させるためにきわめて重要である。

 REACH規制の核心的側面は、立証責任を所轄官庁から化学物質の製造者及び輸入者に転換させることである。以前のEU法のもとでは、加盟国に、流通禁止や使用制限を含め、何らかの必要なリスク低減措置をとるべきことを要求する前に、「優先的」物質の健康・環境リスクを評価することを義務づけていた。このシステムは、遅すぎ、不十分で、化学産業における革新を十分に促進しなかったため、欧州レベルでの10年間の困難な議論をへてREACHによる改革に取って代わられることになった。

 立証責任はいまや産業界の義務であり、年に1万トン以上の化学物質を製造または輸入する会社は、それが使用するのに完全に安全であることを示すために登録しなければならない。この規則は「ノー・データ、ノー・マーケット」、すなわち登録されていないREACH対象化学物質は欧州共同体市場で禁止されるということである。さらに、「高懸念物質[substances of very high concern]」の生産者は、使用または上市可能にする前に認可を受けなければならない。欧州委員会はまた、人の健康または環境に許容できないリスクを引き起こす一定の物質の製造、流通及び使用を制限すること―必要な場合には何らかの活動を全面禁止することも―できる。

●少なくとも15年間の作業
 また、2007年6月1日に加盟27か国で発効したREACH規則は、欧州化学物質庁(ECHA)の設置も規定している。イタリアが議長国を務めた2003年12月の欧州サミットで、政府首脳たちは欧州化学物質機関はヘルシンキ(フィンランド)に置くことを最終的に決定した。

 ヘルシンキ機関の主要な任務は、REACHが欧州連合(EU)全域で均一的に機能するようにするために、登録、評価、認可及び制限手続を管理することである。現在市場にある約3万種類の化学物質は、その特性と生産量に基づいて設定された優先順位に従って同機関に登録されなければならない。

 機関の最初の運営年は、2008年6月1日から(事前)登録手続を開始できるようするための、組織の確立とスタッフの募集にあてられると見込まれている。2007年末までに、機関は100名のスタッフを台帳に登録した。各段階の登録期限が近づくにつれて急増すると思われる業務を処理するために、この数は次第に増えて500人近くになるだろう。

 すでに市場にある化学物質の登録は、規則発効から11年以内、すなわち2018年6月1日までに終えなければならない。しかし、一件書類の評価で生み出される追加作業、すなわち産業界から提出された情報とそれがREACHの要求事項を満たすかどうかのチェックをクリアするのに、余分に5年必要となるだろう。このことは、REACHの最繁忙期間は2007年から2021年になるだろうことを意味している。この期間中に―及び明らかにその後も―産業界はまた、初めて上市しようとする物質の登録もしなければならない。これには特定のタイムテーブルは設定されておらず、上市される前に経常的に登録されなければならない。1980年代初期以降上市された化学物質の平均数で進むとすれば、毎年少なくとも300種類の新規物質が機関に登録されることになるだろう。

●義務は何か?
 機関の主要な義務は、REACHシステムの核心的要素―化学物質の登録、評価、認可及び制限―の技術的、科学的及び管理的側面を管理することである。
 登録に関しては:
  • 登録手続を管理する
  • 研究目的で使用される化学物質についての例外の適用を処理する
  • 物質情報交換フォーラムを設立することにより、製造者たちが単一の一件書類を提出できるようにするために、同一物質の製造業者間における動物実験データの共有を促進する
 評価に関しては:
  • 一件書類を評価する(完全かどうか及び物質に関する十分な情報を含んでいるかどうかをチェック)
  • 主として加盟諸国の専門家によって行われる物質の評価を調整する
  • 通常は、評価によって求められる決定を下す。加盟諸国代表が同意できない場合には、最終決定は機関ではなく欧州委員会に委ねられる。
 認可/制限に関しては、欧州委員会に両方の手続に関する専門的技術知識を提供する。

 機関はまた、加盟諸国及び共同体の諸機関に、REACHの対象とされる物質に関連する、可能な最良の技術的・科学的助言を提供する義務も負っている。

 欧州委員会の諸部門は様々な関係者と協力して、企業家や所轄官庁がそれらのREACH義務を満たすことを助ける手引きを策定している。化学物質の登録を容易にするためのコンピュータ・ツール(REACH IT)も開発された。ITベースの手引き文書、データベースやコンピュータ・ツールもヘルシンキ機関によって管理されることになる。

 もうひとつの機関の大きな任務は、関連するEU諸国の言語により、規則のもとでの義務に関する国内の企業化からの質問に答えるために設置される、各国のヘルプデスクを支援することであろう。同一の質問に対して同じ回答を与えられるように、すべての各国ヘルプデスクは機関のヘルプデスクと緊密に連携する。

 最後に、機関は、REACHの様々な段階を通じて収集したすべての化学物質に関する秘密でない情報を、そのウエブサイト上で公けに利用可能にする。これは、今回の改革の大きな目的のひとつであり、その安全使用に役立つ化学物質に関する追加情報を提供する。

●機関はどのように構成されるか?
 欧州化学物質庁は、様々な部分によって構成される。それは効果的な共同管理体制としてのエグゼクティブ・ディレクターとマネージメント・ボードによって率いられる。マネージメント・ボードは、理事会によって指名される各加盟国から1名の代表、欧州委員会の代表3名、欧州議会から指名される独立的な2名、及び欧州委員会により指名される関係団体の代表3名、の合計35名のメンバーからなる。3名の関係団体は、欧州化学産業評議会(CEFIC)に代表される欧州の化学産業界、欧州環境政策研究所(IEEP)に代表される環境NGO、及び欧州労連(ETUC)である。マネージメント・ボードのフルメンバーではあるが、3つの関係団体の代表には投票権はない。マネージメント・ボードは、投票権を持つ全メンバーの3分の2の多数決で決定を行う。

 マネージメント・ボードはかなり幅広い権限を持っている。機関の予算を作成し、その実行を監督する。エグゼクティブ・ディレクター、リスクアセスメント委員会と社会経済分析委員会、上訴委員会の議長、メンバー及び代理を選出する。

 マネージメント・ボードの権限にはまた、年次報告、機関の年次及び多年次作業計画、最終年間予算を採択する。自らの、及び3つの委員会とフォーラムの運営規則・手順を策定する。また、機関の保有文書へのアクセス規則、機関の金銭的規則及びそのスタッフ規則も策定する。マネージメント・ボードは、REACHと労働者保護規則の双方にかかわる物質に関して、ルクセンブルグの労働安全衛生諮問委員会との関係を律する手続規則も採択する。

●どのように機関のギアをかけるか?
 REACHは、2007年6月1日に加盟27か国で発効したが、適切に運用が開始されるのは、予備登録期間が開始される2008年6月1日からだろう。機関も、2007年6月1日に創設されたが、REACHシステム管理の準備自体に12か月与えられている。運用上のDデー(計画開始予定日)が急速に近づいてくるなかで、どのように機関が準備を整えるのか? ひとつのアイディアを、そのウエブサイトに掲載されたマネージメント・ボードの会議録から拾うことができる。

 マネージメント・ボードは、2007年6月から2008年3月までに6回会合を持ち、すでに一連の決定を行っている。2007年10月には、エグゼクティブ・ディレクターにベルギーのイールト・ダンセットを選出した。彼は、5年間このポストに就き、一回再選が可能である。

 2007・08年の作業計画も採択され、予算は各々1,530万、6,640万ユーロである。2007年の予算全額と2008年の90%以上は、共同体から支出される。最終的に機関は、産業界から支払われる登録・認可料によって経済的自立をはたし、その運用費用全体をカバーしなければならない。ボードはリスクアセスメント委員会と社会経済分析委員会のメンバーも指名した。加盟諸国委員会とフォーラムのメンバーも加盟諸国によって指名されている。マネージメント・ボードは、公募手続を通じて2008年6月までに採用できるように、上訴委員会メンバーのプロフィールも明示した。機関は、一般広告も通じて順次スタッフを雇い入れている。個々がREACH義務を満たすの役立つ手引き文書もすでに機関のウエブサイト上で入手可能で、その他の手引き文書も漸次、ダウンロードできるようになるだろう。REACHヘルプデスクもすでに全加盟国で設置されている。

 機関の準備がずるずるしている唯一の分野は、産業界提供データを提出・加工するために使用されるべきコンピュータソフトウエアである。しかし、このシステムも2008年6月1日までには仕上げられ、運用されているだろう。

●作業量と独立性:ふたつの重要課題
 REACHの交渉期間を通じて、機関の役割は委員会の当初の提案よりも著しく強化された。欧州議会と理事会の間で、強力かつ独立的な中央機関によって管理されるREACHをもつことについて合意が生まれた。機関の管理義務はそれによって拡張されたが、不幸なことに当初の運営予算にそれに見合う増額はなされなかった。したがって、REACHが開始される―最初の数年間は、困難が予想される。

 最大の課題のひとつは、きわめて重い作業量に対処する機関の能力であろう。これはまた、機関が雇うことのできる専門家の質と量、及び活用するコンピュータによる管理ツールの有効性に直接左右されるだろう。スタッフ募集は特段の問題を引き起こさないように思われるものの、専用コンピュータの時宜に適った配分と能力は場所によって不安材料になりつつある。

 機関にとってのもうひとつの大きな課題は、産業界、加盟国、また欧州委員会からの独立性である。規則に関する交渉の全体を通じて、前例のない産業界によるロビー活動が行われた。また、欧州における年商約4,800億ユーロに達する化学物質の商いを規制するという任務をもった中央機関に対する圧力はやみそうにない。

 機関はまた、国レベルでの規則の執行及び監視に責任をもつ加盟諸国からの独立性も堅持しなければならない。加盟諸国は、とくに加盟国委員会を通じて機関の活動に密接に関わってくるだろうし、また、共同体の利益を犠牲にして各国の利益を押し通そうとするかもしれない。

 しかし、機関は、それを創設し、ヘルシンキに多くのスタッフを送り込んだ欧州委員会からも独立していなければならない。委員会はまた、物質の評価に対する異議、認可の供与、あるいは制限が検討される場合に、行われるべき一連の決定に対する「大きな監督権を保持している。産業界により支払われる登録料によって財政的に独立し、それによって予算がもはや共同体の資金にしばられなくなったときには、機関がこの必須の自治権を委員会から守ることが容易になるにちがいない。それは2010年までに達成されなければならない。

 機関の独立性は、REACH第83条によれば、「共同体のために、及び、いかなる特定の利害からも独立して、その義務を果たさなければならない」とされている、エグゼクティブ・ディレクターによって確保されなければならない。最終的被指名者が元委員会当局者であることから、その行動が厳密な監視を受けるであろうことは疑いない。マネージメント・ボードがここで、予期されたとおりに中心的役割を果たす。そのエグゼクティブ・ディレクターに対する監督、各委員会及び上訴委員会に行った指名、及び諸手続規則に関して行った決定のすべてが、ECHAの有効性及び真の独立性に関して決定的になる。独立性は決定的―産業界の目にどう映るかだけではなく、またとりわけ欧州市民にとっての、REACHシステム全体はもちろん機関のイメージと信頼性はそれにかかっている。

●関係団体がボードで果たす役割は?
 35名のマネージメント・ボードのメンバーには、関係団体を代表する3名のメンバーが含まれている。これらは、改革の作業の間にもっとも積極的に関与したもののうちの3つの関係団体、化学産業界、環境NGO及び欧州の労働組合である。彼らも、人の健康と環境に対する高いレベルの防護の確保、及び競争力と欧州産業界の革新能力の増進という、REACHのふたつの主要目標を実現するのに大きな役割を持っている。すべてのマネージメント・ボードのメンバーと同様に、彼らは、「機関の最良の利益」における義務を果たすことを公約する。しかし、定義上彼らはまた、関係団体を代表しており、このことがおそらくマネージメント・ボードの決定に投票権を持たない理由である。

 したがって、ETUC代表の責任は、機関の活動において、またそれゆえREACHの実行において、化学物質に曝露する何百万もの欧州労働者の共通の利益を主張することである。機関を設置し、その手続規則を策定するボードの当初の会合におけるその焦点は、機関の独立性とその活動の透明性にあてられた。諸委員会の手続規則がつくられるときには、ETUC代表は、企業や業界団体に雇われている候補はリスクアセスメント委員会及び社会経済分析委員会の資格はないという原則主張し、他のボード・メンバーの支持を獲得した。また、これらの委員会や加盟国委員会のなかに、とりわけ労働組合の、オブザーバーを獲得するのにも役立った。

 今後、労働者保護の問題に関して機関とルクセンブルグ諮問委員会との間に確立すべき協力及び共働のあり方についてマネージメント・ボードが決定するとき、あるいは、REACH義務の法的解釈に対して委員会と加盟国委員会が対立して、エグゼクティブ・ディレクターがマネージメント・ボードの意見を求めなければらなくなったときに、労働者の利益を主張することにおいても、彼の役割は重要である。

●結 論
 REACHの採用・発効にたどり着いた長年の骨の折れる交渉が、欧州における化学物質管理に関する議論を終わらせたと考えるのは誤りである。本当の変革はようやくはじまったばかりである。REACHに規定された義務を、産業界は6月から適用しなければならない。これは、この変革がどう機能するのかの最初のテストになるだろう。立証責任の製造者への転換は、産業界だけでなく、REACHの管理に関わる各国当局にも、姿勢の変化を迫るだろう。

 当初は当然混乱もあり、人の健康や環境及び欧州の化学産業の競争力への即座の利益はなく、規則を簡略化することへの大きな誘惑もあるだろう。新しいヘルシンキの欧州化学物質庁は、REACH実行のタイムテーブル全体で主要な役割を負っているが、しかしとくに最初の数年間の役割はとりわけ大きい。創設時の苦労を乗り切るその能力が、産業界に課せられたすべての義務が維持されるかどうか、そして最終的に変革が成功するかどうかを決定するだろう。REACHを採用することによって欧州は、化学物質のより社会的に責任ある管理に向けた前進において、世界の残りの部分に勝った。いまなすべきことは、この努力を現実に転換することである。

ETUI-REHS, HESA Newsletter, No.34
安全センター情報2009念1・2月号


化学物質問題市民研究会
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