The Ecologist 2018年6月14日
工業化学物質テスト体制の失敗は
”過失犯に等しい”

アンドレ・メナーシュ
情報源:The Ecologist, June 14, 2018
Failure of industrial chemical testing regime 'tantamount to criminal negligence'
By Andre Menache

https://theecologist.org/2018/jun/14/failure-industrial-chemical-testing-regime-tantamount-criminal-negligence

訳:安間 武/化学物質問題市民研究会
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2018年6月19日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/reach/news/180614_Ecologist_
Failure_of_industrial_chemical_testing_regime_tantamount_to_criminal_negligence.html

 今日、既存の化学物質の毒性については、比較的わずかしか知られていない。欧州連合(EU)は、化学物質の登録、評価、認可、及び制限(REACH)として知られる化学物質のテスト・プログラムを立ち上げて、これに対応しようとした。しかし、10年以上経過して、そのプログラムは何を達成したのか、そして、その手法には信頼性があるのかについて、アンドレ・メナーシュ(ANDRE MENACHE)に聞く。
著者アンドレ・メナーシュは動物学及び獣医学の学位を持ち、現在、公衆健康と環境の問題に取り組むいくつかの NGOs の科学顧問を務めている。
 ”人の健康と環境を保護する手段として動物データに依存し続けることは、現状の科学に照らせば過失犯に等しい。利用可能な技術はまだ進行中であるが、それは証拠に基づくものであり、動物データより人間にはるかに関連がある。”
 EUの化学物質プログラム(REACH)は、2007年6月1日制定された時に、欧州連合の歴史上最も複雑な立法であり、20年間で最も重要な法律であるとして喝采を浴びた。REACH は、産業側が有する化学物質の多くの知識とリスク管理を通じて、”人の健康と環境の保護を改善する”ことが意図された。

 実際に、欧州化学物質庁(ECHA)は、REACH 実施のために産業側から及び欧州委員会から賞賛を受けながら、その登録期限である 2018年5月31日を迎えた。今は、深く一息つき、このEU化学物質プログラムの成し遂げたこと、逸した機会、そして、どのような失敗をも検証すべき時である。

地球より利益を優先

 生の数に関しては、REACH はその11年間のプログラム実施で目標とした 30,000 種の化学物質の半分をわずかに超える化学物質しか評価しなかった。このことは、各化学物質は、健康と環境へのハザード(危険性)のレベルを決定するために、最大11の異なる毒性テストを受ける必要があるということを考えれば、評価した数が少ないということは、恐らく全く驚くべきことというわけではない。

 例えば、毒性テストのうちの一つ、がんのためのげっ歯類による生涯生物学的試験(lifetime bioassay )はラットを 2年間、観察することを求めている。この記事の目的は、REACH のために熱心に働いている欧州化学物質庁の 600人の職員を批判することではない。そうではなくて、その目的は、犠牲となる動物と人の健康という観点で、現在の科学を無視することの損失、そしてこの地球の将来よりも利益を優先するという経済的パラダイム(規範)の損失、に光を当てることを目的としている。

 EUの化学物質プログラムは明白に予防原則とは相反する。それは、たとえある物質が人の健康又は環境にリスクを呈しても、もし社会経済的利益がその使用から生じるリスクに勝るということ証明されるなら、そして適切な代替物質がないなら、認可が授与されるかもしれないと述べている。

 合成化学物質ビスフェノールAは REACH の最も深刻な失敗を表象している。プラスチック合成のための出発物質として BPA が使用されることは広く知られている。BPA は 1936年にエストロゲン擬態物質であると認められたが、BPA の野生生物及び人への内分泌かく乱影響が観察され始めたのは 1990年代の初頭であった。

 欧州化学物質庁はついに、2017年に BPA を内分泌かく乱化学物質として、また”非常に高い懸念のある物質(SVHC)”として認めた。欧州化学物質庁は今日、これまでに評価した数千種の化学物質おうち181種を SVHCs と認めている。もしこの小さな数字ができ過ぎであると見えるなら、それはそのとおりである。

テストの限界

 化学物質の毒性を評価するための従来の手法は動物実験を通じてのものである。この概念は、第二次世界大戦終結のニュルンベルク裁判の時代にさかのぼる。それ以来、我々の科学的知識は、特にヒトゲノムの発見などで飛躍的に進歩した。しかしそれにもかかわらず、動物データの提出は法的要求としてまだ必要であり、そのことは産業側には都合の良いことであるが、その他の人々にとっては歓迎されるべきことではない。

 動物データはヒト・データよりはるかに入手しやすいのみならず、規制当局は危険特性を評価するために動物の適切な種を選択することを産業側に任せている。 BPA の例で化学産業界は、この物質の無害性を示すためにスプラーグドーリーラット(Sprague Dawley rat)を選択している。ラットのこの特定系列は BPA のホルモン影響に高い耐性を持っている。

 もし規制当局が、ラットの代わりに CF1 マウスの使用を主張したなら、マウスはラットに比べて BPA のホルモン影響は数千倍も感受性が高いので、その結果は非常に違ったものになったであろう。BPA については人間はマウスに似ているのであろうか、又はラットなのであろうか?

 医薬品とは違い、工業化学物質については”市販後調査”(aka pharmacovigilance)を実施する法的な要求はない。重大な医薬品副作用が判明したら、保健当局は、その処方薬を市場から早急に取り下げることができる。しかし工業化学物質については利用可能なヒト・データはほとんどないか、全くないかもしれず、そのことは、因果関係を確立しようとする試みを干し草中の針を探すのと同じように難しくする。

 化学物質が人間に及ぼす影響を評価するために最も信頼性のある方法は、適切なヒト体内物質の臨床研究及び実験室研究、例えば、血液や尿サンプルの分析及びヒトの培養細胞の使用とあいまって、ヒトの集団を観察すること(疫学及び生体監視)を通じて得ることである。

前向きな方法

 REACH は実験室から得られる動物データに頼り、ヒトのデータをほとんど無視している。このような事態の最終的な責任はEUにあり、この化学物質プログラムの実施を監督するEUの機関、欧州化学物質庁にある。

 BPA の事例で、もしEUが 1990年代の警告に注意を払っていれば、我々の保健当局は蓄積された数十年分の価値があるヒト・データ、例えば、危険な化学物質を除去することに関する公衆健康政策の基礎となる生体指標を保有していたはずである。生体指標は、それにより特定の病理学プロセス又は疾病を特定することができる天然由来の分子、遺伝子、又は特質である。

 人の健康と環境を保護する手段として動物データに依存し続けることは、現状の科学に照らせば過失犯に等しい。利用可能な技術はまだ進行中であるが、それは証拠に基づくものであり、動物データより人間にはるかに関連がある。

 ”化学物質とは違って人間は、有罪であることが証明されるまで無罪であると推定される。人間はまた、告知に基づく同意なしに実験に使われない権利を持つ。現在我々全ては有毒物質に暴露させられ、汚染させられているが、誰も暴露前にそのことを許可する又は拒否する機会を与えられたことがない。”
ジョゼフ・ソーントン著 『パンドラの毒:塩素、健康及び新たな環境戦略』
J Thornton. Pandora’s Poison: Chlorine, Health and a New Environmental Strategy



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る