HEAL 2021年12月9日
使い捨ておむつに含まれる有害化学物質の制限:
ヨーロッパは赤ちゃんの健康を守る機会を逸しようとしている


情報源:Health and Environment Alliance (HEAL), 9th December 2021
Restriction on harmful chemicals in single-use diapers:
an opportunity to protect children's health
that Europe is on the verge of missing

https://www.env-health.org/restriction-on-harmful-chemicals-in-single-use-diapers-
an-opportunity-to-protect-childrens-health-that-europe-is-on-the-verge-of-missing/


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2021年12月29日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/eu/eu/ngo/211209_HEAL_
Restriction_on_harmful_chemicals_in_single-use_diapers.html



 使い捨ておむつは、ほとんどの家族にとっておなじみの製品である。欧州連合の新生児と幼児は、毎日長時間にわたり、複数回、使い捨ておむつを使用する。おむつは、生後数か月から数年の間のどこかで着用されることが多く、これは子どもたちの初期の発達の特に脆弱な段階で行われる。

 残念ながら、おそらく驚くべきことに、使い捨ておむつには、人間の健康に害を及ぼす様々な化学物質が含まれている可能性がある。そのような化学物質の存在に対し、NGOs によって提案された制限を通じて、ヨーロッパは大陸全体で子どもたちの健康を大幅に向上させる機会があった。しかし、この制限の取り組みは、日の目を見ることは決してないかもしれない。これは、我々がここにたどり着いた方法と、今後数か月の間に健康保護を強化するためにヨーロッパ当局がまだできることのまとめである。

 最近の推定によると、現在、1,450万人の子どもたちが使い捨ておむつの使用によって化学物質にさらされている。 2020年10月、フランスの国家当局は使い捨ておむつのテストを実施し(訳注1)、その結果、ピレン(多環芳香族炭化水素 PAH)、ポリ塩化ビフェニル(PCB)、ダイオキシンとフラン、香料、農薬、揮発性有機化合物(VOC)など、懸念される化学物質のいくつかのグループの存在が示された。これらの既知の有害化学物質への長期暴露は、肝臓、免疫、神経、代謝、内分泌の問題を含むさまざまな健康障害に関連している可能性がある。

 これらの結果に基づいて、フランスは、製造プロセス中に意図的に添加されたわけではないにもかかわらず、おむつで見つかった 4つのよく知られた危険な化学物質のグループ(ホルムアルデヒド、ピレン、ダイオキシン/フラン、及び PCB)に対する EU 全体の制限を提案した。

 REACH に基づく化学物質規制の開発に関するヨーロッパのプロセスに沿って、この提案は、欧州化学物質庁(ECHA)において、他の加盟国及び関連するヨーロッパ当局と、最初にリスク評価委員会(RAC)で、次に社会経済評価委員会(SEAC)で議論された。何度も話し合った後、両委員会は、もともとフランスが作成した制限案を支持しない意見を発表した。これは心配な動きである。

市民社会はリスク評価委員会(RAC)の意見に懸念を抱いている

 2021年9月、欧州化学物質庁のリスク評価委員会(RAC)は、”入手可能な科学的データとリスク評価は、提案に含まれる物質がリスクをもたらすレベルでおむつに存在することを実証していない”と結論付けた。同時に、委員会は、一部の物質への暴露から生じるリスクを完全に排除することは不可能であり、それらのリスクを”可能な限り低いレベルに保つ”べきであることを認めた。これらの二極化した声明にもかかわらず、委員会の最終的な意見は制限運動の前進を支持しないことと同等であり、そのことは市民社会グループに懸念をもって迎えられた。

 欧州環境局(EEB)、クライアントアース(ClientEarth)、及び 健康環境連合(HEAL)は、使い捨ておむつの有害化学物質を制限するための予防的アプローチをサポートする重要な側面を強調する詳細なコメントを以前(2021年6月21日)に提出した。これらのコメントは RAC によって十分に考慮されていなかったと思われる。我々の見解では、制限の開発を進めるべきであった重要な要素は次のとおりである。
  • 遊び中にそれらの物質に暴露する子どもたちの特定の脆弱性、及びどの様な暴露をも防止するための関連する目的。
  • おむつに含まれるすべての物質を考慮に入れ、それらのうちのあるものは非閾値物質(安全な暴露レベルがない)であること、及びおむつの着用は有害な化学物質の混合物への暴露をもたらすことを認識しつつ、問題の化学物質の危険性(ハザード)評価に対する包括的かつ保護的なアプローチをとることの必要性。
  • 使い捨ておむつの EU 市場におけるフランスから提供されたデータの代表性。
  • リスクの特徴付けに関する既存の不確実性を透明性をもって認識する必要性と保護規制の取り組みの開発との間の整合性。
市民社会は 社会経済評価委員会(SEAC)の意見に懸念を抱いている

 リスク評価委員会(RAC)の意見に基づいて、化学物質庁の社会経済評価委員会(SEAC)もまた、制限案を支持しないと発表したばかりである。 11月に EEB、ClientEarth、HEAL によってコメントされた SEAC の意見も、市民社会グループによって提起された主要な議論や懸念を見落としている。それらには下記が含まれる。
  • 制限の適切性に関する RAC の意見が SEAC によって適切に表されていなかったという懸念。
  • 提案の対象となる化学物質の存在に関して、業界の主張が公的機関からのデータよりも重要視されているという懸念。
  • RAC は制限案を支持する義務があるにもかかわらず、制限案を支持しないという主張と、制限がおむつに含まれる不要な化学物質の存在に対処するための適切な選択肢である可能性があるという認識に基づいて、SEAC が社会経済的影響について結論を下さなかったことに対する懸念。
  • 制限の実施に関連する費用と便益の不確実性の一般的な文脈では、制限提案の対象となる化学物質を制限することの健康上の利益よりも、潜在的な産業側の費用に SEAC がより重点を置いていることへの懸念。
     制限が集団の特に脆弱な部分の暴露に対処していることを考えると、これはなおいっそう厄介である。これに加えて、おむつのヨーロッパ市場は重要である。SEAC の見解自体が、おむつ業界の推定 70億ユーロ(約9,100億円)の年間収益に言及しており、この数字は執行コスト(enforcement costs)を考慮に入れることをはっきりと求めている。

 SEAC の意見とは反対に、ヨーロッパ中の健康・環境団体は、物質の意図的でない混入や標準的な分析方法の利用可能性の欠如などを含んで、制限の提案中にある残りの不確実性が規制措置を妨げたり弱めたりしてはならず、予防的アプローチが採られなくてはならないと主張している。使い捨ておむつなどの製品を通じて子どもが有害な化学物質にさらされるのを防ぐことは、この制限を推進することを完全に正当化する。

 欧州委員会は現在、この制限を前進させるかどうか、そしてどのように前進させるかについての最終提案を出すために 3か月の猶予がある。持続可能性のための欧州化学物質戦略の下で、欧州委員会は、赤ちゃんや幼児などの脆弱なグループを有害物質から保護することを約束した。したがって、この制限提案は重要な信頼性評価であり、提案の範囲内の物質を使い捨ておむつからできるだけ早く禁止するために、委員会に早期の着手を要請する。

連絡先:
Natacha Cingotti, Health and Chemicals Programme Lead, natacha@env-health.org
Ivonne Leenen, Senior Communications Officer, ivonne@env-health.org

備考:

訳注1
 HEAL の記事中ではフランスのテスト実施を 2020年10月としているが、これはフランスの制限提案のECHA への提出予定日であると思われる。これを伝える BBC NEWS の報道は 2019年1月23日、テスト実施者のフランス食品衛生安全庁(ANSES)の発表は 2019年1月(23日)となっている。
 また BBC 及び ANSES は微量の農薬グリホサートが検出されたとしているが、HEAL の記事中では農薬の言及はあるがグリホサートとは明言していない。


化学物質問題市民研究会
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