世界保健機関(WHO)ファクトシート No.296 2005年12月
電磁界と公衆の健康:電磁過敏症
情報源:WHO Fact sheet No.296, December 2005
Electromagnetic fields and public health
Electromagnetic Hypersensitivity
http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs296/en/

訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会
掲載日:2006年3月11日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/ehs/WHO_factsheet_ehs_2005.html

訳注:
1. 原題は Electromagnetic Hypersensitivity (電磁過敏症)です。日本で一般的に電磁波過敏症という言葉が使用されていますが、ここでは原題通り”電磁過敏症”を採用しました。
2. このWHO 報告では、”電磁過敏症(EHS)の症状は確かに真実であり、その症状の深刻さの程度は広いが、明確な診断基準は存在せず、電磁界曝露に関連付けられる科学的根拠は存在しない”−と結論付けています。
3. このファクトシートは、2004年11月プラハで開催された「電気過敏症(Electrical Hypersensitivity)に関するWHO ワークショップ」の結果に基づいています。(当研究会訳)


 社会が産業化され技術革命が続く中で、電磁界の発生源の数と多様性が空前の増加を示している。これらの発生源には、コンピュータ画面表示装置(VDUs)、携帯電話、及び携帯電話基地などがある。それらの機器は我々の生活を豊かにし、安全にし、便利にする一方で、それらはまた電磁界による健康リスクを引き起こす可能性の懸念をもたらす。

 今までに、多くの人々が電磁界への曝露に関連があるとする様々な健康問題を報告している。ある人々は軽い症状なので可能な限り電磁界を避けることによって対応しているが、他の人々は影響が激しいので仕事をやめたり生活全体を変えることを余儀なくされている。この電磁界へ反応する状態は、一般的に”電磁過敏症(electromagnetic hypersensitivity)”、又は EHS と呼ばれている。

 このファクトシートは、現在知られている症状について記述し、そのような症状に悩まされている人々を支援するための情報を提供する。提供する情報は、”電磁過敏症に関する WHO ワークショップ(2004年チェコ共和国プラハ)”、”電磁界と非特定健康症状に関する国際会議(COST244bis, 1998)”、欧州委員会報告書((Bergqvist and Vogel, 1997)、及び、最近の文献調査に基づいている。

電磁過敏症(EHS)とは何か?

 電磁過敏症(EHS)は、様々な健康症状によって特徴付けられており、電磁界に曝露した人々を苦しめる。最もよく経験される症状には、神経衰弱症及び自立神経症(疲労感、倦怠感、集中力欠如、めまい、吐き気、心臓の動悸、消化器系障害)とともに、皮膚症状(発赤、ヒリヒリする痛み、焼けるような感じ)などがある。ここに収集された症状は認知された症状というわけではない。

 電磁過敏症(EHS)は、化学物質への低レベル環境露に関連する多種化学物質過敏症(MCS)に似ている。電磁過敏症(EHS)及び多種化学物質過敏症(MCS)の両方とも、明確な毒物学的又は生理学的な基盤、又は独立した証明が十分でない、広範な非特定の症状によって特徴付けられる。環境要因に対する感受性についてのもっと一般的な用語は、”本態性環境不耐性(Idiopathic Environmental Intolerance (IEI))”であり、この言葉は、WHO の”化学物質の安全性に関する国際プログラム(IPCS)”によって1996年にベルリンで開催されたワークショップに由来する。IEIは、化学的原因論、免疫学的感受性、又は電磁界感受性との関連を意味しない記述である。

 本態性環境不耐性(IEI)は、人々に有害影響を及ぼす非特定の医学的に説明できない症状を共有する多くの障害を含む。しかし、電磁過敏症(EHS)は一般的によく使われているので、ここではこの言葉を使う。

有病率

 一般集団における電磁過敏症(EHS)の有病率(prevalence)の推定値は、非常に広い範囲にわたる。ある労働医学センターの調査は電磁過敏症(EHS)の有病率を100万人当り数人と推定している。しかし自助団体の調査では、はるかに高い有病率を推定をしている。報告された電磁過敏症(EHS)の約10%は重症である。

 また、電磁過敏症(EHS)の有病率及び報告された症状には、地理的な変動がかなりある。報告された電磁過敏症(EHS)の罹患率(incidence)は、イギリス、オーストリア、及びフランスよりも、スウェーデン、ドイツ、及びデンマークが高い。コンピュータ画面表示装置(VDUs)関連の症状は、他のヨーロッパ諸国よりもスカンジナビア諸国に多く、それらは一般的に皮膚障害に関連している。電磁過敏症(EHS)の人々によって報告されものと同様な症状は一般集団でも共通である。

電磁過敏症(EHS)の人々に関する調査

 電磁過敏症(EHS)の人々が症状の原因であるとする状況と同様な電磁界曝露の環境で多くの調査が実施された。その目的は管理された試験室の条件下で症状を引き出すことにあった。

 ほとんどの研究調査で、電磁過敏症(EHS)の人々は、電磁過敏症(EHS)ではない人々よりも、もっと正確に電磁界曝露を認識するということはない−ことを示した。よく管理され実施された二重盲検法(double-blind studies)では症状は電磁界曝露と関連していないことを示した。

 ある電磁過敏症(EHS)の人々によって経験される症状は、電磁界とは関係のない環境的要因によって引き起こされているかもしれないということが示唆されている。例えば、蛍光灯の”チラチラ”、コンピュータ画面表示装置(VDUs)のまぶしさやその他の視覚的問題、及び、コンピュータ・ワークステーションの人間工学的設計の悪さなどがその例かもしれない。

 また、これらの症状は、電磁界曝露そのものよりも、電磁界の健康影響について心配する結果としてのストレス反応と同様に、以前から存在する精神的な症状(pre-existing psychiatric conditions)が原因かもしれないという指摘もある。

結論

 電磁過敏症(EHS)は個人によって異なる様々な非特定の症状によって特徴付けられる。その症状は確かに真実であり、その症状の深刻さの程度は幅が広い。何がそれを引きこそうと、影響を受けた人々にとっては深刻な問題である。電磁過敏症(EHS)には明確な診断基準は存在せず、電磁過敏症(EHS)を電磁界曝露に関連付ける科学的根拠は存在しない。さらに、電磁過敏症(EHS)は医学的診断でもなく、また、それが単一の医学的問題を表しているのかどうかも明確なわけでもない。

医師:影響を受けた人々の治療は、健康症状と臨床上の病像に焦点をあてるべきであり、職場や家庭の電磁界を低減する又は除去したいとする人々が知覚する必要性に焦点をあてるべきではない。このことは下記を求める:
  • その症状を起こすかも知れないどのような条件をも特定し治療するための医学的評価
  • その症状を起こすかも知れない精神医学的/心理学的条件を特定するための心理学的評価
  • 表われた症状に寄与しているかもしれない要因のための職場及び家庭の評価。それらには屋内空気汚染、過度な騒音、照明の不具合(チラチラ)、又は人間工学的要素を含む。ストレスの低減と職場環境の改善が適切かもしれない。
 症状が持続し深刻な不都合がある電磁過敏症(EHS)の人々のためには、治療は主として症状と機能的不都合に向けられるべきである。これは、(症状の医学的及び心理学的側面に目を向けるために)資格のある医療専門家、及び、(患者への当該有害健康影響として知られている環境中の要素を特定し、必要なら管理するために)保健衛生専門家と密に協力して行われるべきである。

 治療は、医師と患者の良好な関係を確立し、状況に対処する戦略を開発することを支援し、患者が職場に復帰し通常の社会生活を過ごせるよう励ますことを目的とすべきである。

電磁過敏症(EHS)の人々:専門家による治療以外に、自助団体が電磁過敏症(EHS)の人々にとって貴重な助けになる。

政府:電磁界の潜在的な健康への危険性について適切に目標を絞り、均衡の取れた情報を電磁過敏症(EHS)の人々、ヘルスケア専門家、及び、雇用者に提供すべきである。この情報は、電磁過敏症(EHS)と電磁界への曝露との間の関係について、現在は科学的根拠は存在しないという明確な記述を含むべきである。

研究者:いくつかの研究は、電磁過敏症(EHS)の人々のある生理学的反応は正常の範囲から外れる傾向があることを示唆している。特に、中枢神経系の過剰反応性、及び自律神経系の不均衡性に関しては、個人に対する可能性ある治療のためのインプットとするために臨床調査及びその結果を追求する必要がある。

WHO は何をしているか?

 WHO は、その国際 EMF プロジェクトを通じて、電磁界曝露に関連するどのような健康影響をもよりよく理解することができるようにするために、研究の必要性を特定し、EMF 研究調査の世界規模のプログラムの調整をしている。特に低レベル電磁界の健康影響の可能性に力点を置いている。EMF プロジェクトと EMF の影響についての情報は、数ヶ国語で準備された一連のファクトシートで提供されている。http://ww.who.int/emf/

さらに詳細な情報

WHO workshop on electromagnetic hypersensitivity (2004), October 25 -27, Prague, Czech Republic, http://www.who.int/peh-emf/meetings/hypersensitivity_prague2004/en/index.html

COST244bis (1998) Proceedings from Cost 244bis International Workshop on Electromagnetic Fields and Non-Specific Health Symptoms. Sept 19-20, 1998, Graz, Austria

Bergqvist U and Vogel E (1997) Possible health implications of subjective symptoms and electromagnetic field. A report prepared by a European group of experts for the European Commission, DGV. Arbete och Halsa, 1997:19. Swedish National Institute for Working Life, Stockholm, Sweden. ISBN 91-7045-438-8.

Rubin GJ, Das Munshi J, Wessely S. (2005) Electromagnetic hypersensitivity: a systematic review of provocation studies. Psychosom Med. 2005 Mar-Apr;67(2):224-32

Seitz H, Stinner D, Eikmann Th, Herr C, Roosli M. (2005) Electromagnetic hypersensitivity (EHS) and subjective health complaints associated with electromagnetic fields of mobile phone communication---a literature review published between 2000 and 2004. Science of the Total Environment, June 20 (Epub ahead of print).

Staudenmayer H. (1999) Environmental Illness, Lewis Publishers, Washington D.C. 1999, ISBN 1-56670-305-0.

さらなる情報のための問い合わせ

WHO Media centre
Telephone: +41 22 791 2222
E-mail: mediainquiries@who.int


訳注:本ファクトシートの他の日本語訳
http://www.niph.go.jp/soshiki/seikatsu/seiri/html/WHO/No296.pdf


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