Environmental Health News (EHN) 2024年1月8日
BPA とその邪悪な”いとこたち”は、
どのようにして重要な規制を回避するのか

BPA の使用を抑制しようとする EU の試みには盲点があり、
米国は依然として大きく後れを取っている。

メグ・ウィルコックス

情報源: Environmental Health News (EHN), January 8, 2024
How BPA and its evil cousins dodge meaningful regulation
By Meg Wilcox
The EU's attempt to rein in BPA use has blind spots - and the US remains a distant laggard.
https://www.ehn.org/bpa-regulations-2666462524.html

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2024年1月25日

このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/USA/240108_EHN_
How_BPA_and_its_evil_cousins_dodge_meaningful_regulation.html

編集者注: これは進行中のシリーズ、”BPA's evil cousin.(BPA の邪悪ないとこ)”の一部である

 自宅で混ぜて半透明の樹脂アート作品を作成するためのキラキラ光るエポキシ樹脂のアート素材一式が、オンラインや美術工芸品店で大流行している。 ただし、警告ラベルに、BADGE として知られるビスフェノール A ジグリシジル エーテルと呼ばれる内分泌かく乱化学物質が含まれていることが記載されることはほとんどない。

 BADGE は、そのいとこであるビスフェノール A (BPA としても知られる) と同様に、体のホルモンをハッキングして(乗っ取り)重大な害を引き起こす能力を示す(訳注1)。 しかし、欧州の新しい食品安全ガイドラインは、食品と接触する材料から BPA と他のいくつかのビスフェノール類を原則的に禁止するもので、BADGE がいかに規制当局の監視下で目立たないように使用され続けているかがわかる。 BADGE は缶からも浸出するが、新ガイドラインでは除外されている。

 しかし、欧州食品安全機関(EFSA)による BPA の新たな安全摂取制限の欠点はそれだけではない、と食品包装材料に焦点を当てた科学ベースの組織であるフード・パッケージング・フォーラム(Food Packaging Forum)(訳注:2012年に設立され、スイスのチューリッヒを拠点とする非営利団体であり、すべての食品包装材料に含まれる化学物質とそれらが健康に与える影響に関する情報を提供する科学コミュニケーション組織/Wikipedia)のマネージング・ディレクター兼チーフ・科学オフィサーのジェーン・ムンケは述べた。 多くの専門家らが提案されている 0.2ppt(訳注:0.2 ng/kg に等しい)という新たな規制値(訳注2)は革新的で待望の規制であると歓迎するが、ムンケは抜け穴があると指摘している。(欧州委員会はまだ EFSA の勧告を採用しておらず、そのような化学規制の運命は現在宙に浮いているが、間もなく決定が下される予定である。)

 ”まったく変化が得られないのではないかと本当に心配しているとムンケは Environmental Health News (EHN)に語った。

 ムンケは、提案に含まれる BADGE-BPA の抜け穴に加えて、ビスフェノール類をクラスとしてより広範に対処できていないことが原因だと考えており、これは製造者らが BPA を同様に有害な別のビスフェノールに置き換え続ける可能性があることを意味している。 たとえば、ビスフェノール S やビスフェノール F も健康に害を及ぼし、これらは EFSA のガイドラインでカバーされているが、他の多数の同様のビスフェノール類はカバーされていない。

 一方、米国政府は BPA 及び BPA類似化学物質類に対する規制を設けていないため、人々は多くの科学者が安全だと考えるレベルの数十万倍のレベルにさらされたままになっている。

 ヨーロッパで提案されている安全摂取量レベルの大幅な引き下げを考慮して、食品医薬品局(FDA)が BPA の安全性を再評価するかどうかとの質問に対し、広報担当者は、”FDAによる科学的証拠の安全性レビューに基づけば、入手可能な情報は引き続き現在食品の容器及び包装に使用が認められている BPA の安全性を裏付けている”と答えた。

 一部の州では、ほ乳瓶、シッピーカップ、飲料ボトルへの BPA の使用を禁止しているが、これらの法律は通常、ビスフェノール S やビスフェノール F などの BPA 代替品を対象としておらず、もちろん BADGE にも対応していない。 ワシントン州だけが、テトラメチルビスフェノール F をひとつの例外として、飲料缶、洗濯洗剤、レジのレシートなどの感熱紙などでのビスフェノール類をクラスとして禁止している

 BPA 及び BPA 類似化学物質類を制限するこれらの取り組みはすべて、ビスフェノール類をクラスとして規制するための包括的なアプローチを採用していないため、又は食品に接触する材料などの優先度の高い製品のみに対応しているため、不十分である。 自動車、建設、輸送業界の美術品や工芸品、木工品表面加工や接着剤に使用されるエポキシ樹脂は、まだ対処されていない重大な暴露源である。製造中の製品の汚染、又はリサイクルされたプラスチックにより人々が暴露する可能性がある意図せずに添加された BPA も通常は除外される。 規制当局のリソースは限られており、人々は依然としてビスフェノール類及び関連化学物質類にさらされており、健康に長期にわたる影響を受けている。

 ”これは非常に大きな側面を持つ倫理的な問題である。 我々は次世代の人類を、脳、生殖健康、代謝健康、免疫系に影響を与える有害な化学物質類にさらしている”とムンケは述べた。 ”(規制当局が)このことの関連性をまだ理解していないのではないかと非常に心配している。”

 BPA はホルモンの適切な機能を阻害し、そのため内分泌かく乱物質とも呼ばれ、がん、糖尿病、肥満、生殖系、神経系、免疫系への影響や行動上の問題と関連している。 過去 50 年間にわたる世界的な精子数の劇的な減少には、おそらくこれが部分的に関与していると考えられる。

 ”BPAの問題は、それ以下では影響を及ぼさないという閾値がないらしいということである。 BPAへの暴露に安全なレベルがあるとは思わない”とミズーリ大学の生物科学名誉教授フレッド・ボンサールは EHN に語った。

 しかし、BPA は世界で最も生産量の多い化学物質のひとつであり、市場価値は 200 億ドル(約3兆円)に達する。

 BPA の生産量は 2022年に世界で150億ポンド(約680万トン)に達し、10年前の約90億ポンド(約410万トン)から増加した。 BPA の 70% は、歯科用詰め物トやプラスチック製の飲料水パイプから、ポリエステル製の衣類、家庭用電化製品、プラスチック製の電話ケースなど、さまざまな製品に含まれる硬質ポリカーボネート プラスチックに含まれている。 残りの多くは BADGE の生産に費やされる。 一方、ビスフェノール S の需要は過去 10 年間で急増しており、ChemAnalyst によると、2022 年の世界需要は 9,800 万ポンドに達し、2030 年までに 4 倍になると予測されている。 (2012 年、EPA とヨーロッパは、最大生産量がそれぞれ 900 万ポンド(約4,000トン)と 2,000 万ポンド(約9,000トン)であると報告した。)

 一部の製造者らは特定の製品でビスフェノール類を使用しないようにしているかもしれないが、これらの化学物質類の生産は増加し続けており、進歩を矮小化している。

BADGE BPA の抜け穴

 BADGE は、BPA とヒト発がん物質の疑いのあるエピクロロヒドリンを反応させることによって作られる。(訳注:常温ではクロロホルム様の臭気を持つ引火性の透明な液体。腐食性があり、吸入すると肺水腫を引き起こすおそれがあるほか、腎臓・肝臓などに障害を与える。国際がん研究機関では「おそらく発がん性がある」 (Group 2A) に分類している。/ウィキペディア)。 その化学構造は、DNA と架橋結合し、体内であまり知られていない、または研究されていない副産物に分解される反応性基を含むという点で BPA とは異なる。 BADGE は動物実験で内分泌かく乱物質として特定されており、人間の脂肪細胞の分化を促進するが、研究は BPA よりもはるかに遅れている。

 缶の内面ライニング、歯科用シ詰め物、木工用品、塗料など、BADGE から作られたエポキシ樹脂コーティング及び接着剤は、BPA と BADGE の両方を浸出させる可能性がある。

 欧州委員会は 2005 年に、BPA を含まない食品缶からの BADGE の移行レベルを設定した。 EFSA の BPA の新しい摂取レベルも同様に BADGE に対応していない。 米国では、缶の BPA を禁止する州法は BADGE に対応していない。

 ”それは抜け穴だ”とムンケは言う。 たとえ暴露が同時に発生したとしても、”BADGE 規制は BPA に対応しておらず、BPA 規制は BADGE に対応しないであろう。”

終わりのない信用詐欺

 昨年、欧州化学物質庁は、内分泌及び生殖への影響を理由に、148 種類のビスフェノール類のうちの 34 種類が制限の必要があると特定したが、EFSA の新しいガイドラインでは、BPA と追加の 3 種類のビスフェノール類 (BPS、BPAF、及び 2 ビス-4 ヒドロキシ フェニル メチル ペンタン) のみが対象となっている 。 したがって、製造者らは引き続き BPA を他のビスフェノール類に代替することができ、これをワシントン州立大学の生殖生物学者パトリシア・ハントは「終わりのない信用詐欺(shell game)」と呼んでいる。

 しかし、製造者らはいくつかの製品からビスフェノール類を完全に排除することにある程度の進歩を遂げており、欧州化学物質庁の新しい BPA レベルは非常に低いため、さらなる技術革新が加速する可能性がある。

 ”乳児用粉ミルク(容器)、ほ乳瓶、シッピーカップに関しては多くの成功が収められている”と、健康擁護の非営利団体 Environmental Working Group(WWG) の洗浄科学担当シニアディレクター、サマラ・ゲラーは EHN に語った。 現在、ほ乳瓶はポリプロピレンやポリエチレンで作られているものがほとんどである。 ”しかし、業界では残りの BPA を缶からなくすのがまだ少し遅れており、そのほとんどは安売り店で売られている。”

 缶製造業者協会が 2020年と2022年に米国で実施した調査では、ほとんどの会員がエポキシ樹脂の缶の内面ライニングを使用しなくなっていることが判明した。 同協会はワシントン州生態局に宛てた書簡の中で、”食品缶の内張りは現在、性能が強化されたアクリル、ポリエステル、又はその他の非 BPAエポキシの内面ライニングで作られている”と述べている。

 ”BPAの問題は、それ以下では影響を及ぼさない閾値がないようだということである。 BPAへの暴露に安全なレベルがあるとは思わない。” - フレッド・ボンサール、ミズーリ大学生物科学名誉教授

 しかし、最近の研究と、キャンペーン・フォー・ヘルシー・ソリューションズによる米国での調査は、エポキシ樹脂缶ライニングの廃止の進捗状況は一様ではないことを示している。 エポキシのライニングが施された食品缶は、低所得地域向けの民族店や安売り店でよく見られる。

 最近のデンマークの研究で、ヨーロッパの店舗やオンラインで購入された 121の子ども用製品の 60%にビスフェノール類が検出されたことが判明した。 研究者らは、おしゃぶり、シッピーカップ、衣類、毛布、ベビーシューズに BPA、BPF、BPS が含まれていることを発見した。 炭酸飲料や食品の缶にも低レベルのビスフェノール類が含まれていた。

 12以上のブランドを対象とした EHN のオンライン非公式調査では、多くのブランドが自社の水筒、ミキサー、コーヒーメーカーがビスフェノールフリーのトライタン(Tritan)プラスチックで作られていると宣伝している一方で、単に BPAフリーとだけ述べているブランドもいくつかあり、これは別のビスフェノールを使用している可能性があることが指摘された。 一方、カリフォルニア州プロップ 65法(訳注3)に基づき、2社(ブラック&デッカーとウォルマートの主力ブランド)は依然としてBPAを使用していると報告した。

範囲が限られているということは、暴露が継続することを意味する

 食事から摂取する BPA が最大の暴露源である可能性があるが、衣類やレジのレシート、接着剤、塗料、エポキシ樹脂画材の取り扱いなどから、皮膚を通じて化学物質を吸収することもある。 BPA は、家庭内の粉塵などからも吸い込まれる可能性がある。 たとえば、最近の中国の研究では、家庭内の粉塵中の BPA と子どもの尿中の BPAレベルとの相関関係が示されている。 繊維製品や家具からおもちゃ、電子機器、プラスチック家庭用品に至るまでの日用品類が、ハウスダスト中の BPA の発生源となる可能性がある。

 ”BPA は環境中に遍在している”と EWG のゲラーは言う。 ”[食品医薬品局(FDA)]と[環境保護庁(EPA)]に対する政府の監督を強化する必要がある。”

 規制当局が食品と接触する物質やレシートの登録のみを対象にすれば、他の供給源から継続的に暴露される余地が多く残され、ビスフェノール類への暴露は依然として広範囲に及ぶ。

 米国では、2009年から2017年にかけて国民健康栄養調査(National Health and Nutrition Survey )を通じて収集された尿サンプルの 92%から BPAが検出された。デンマークの研究では、同時期に BPA及びその類似体への暴露は減少したものの、依然として蔓延していることが判明した。

意図しない BPA

 さらに知らぬ間に、製造施設での相互汚染により、ビスフェノール類を含んでいない製品を通じて人々が依然として BPA にさらされる可能性がある。

 たとえば、2021年のカナダの研究では、ほ乳瓶とシッピーカップ中のビスフェノール類を検査し、すべてのサンプル中に少なくとも1つのビスフェノール(つまり、BPAと他の5つの類似体)が検出された。 研究者らは、ビスフェノール類の発生源はおそらく製造施設での相互汚染による偶発的なものであると結論づけた。 研究者らはまた、トライタン・プラスチック製の水ボトル(訳注:トライタン(Tritan)樹脂は、BPAをはじめ、ビスフェノール類の化学物質は一切使用していない安全性の高いプラスチックです/長瀬産業株式会社)からもBPAを発見しており、同様に工場での相互汚染を疑っている。

 再生プラスチックが出発材料である場合、意図しない BPA が製品を汚染する可能性がある。 PET として知られる再生ポリエチレンテレフタレート中には、水ボトルを含んで、バージン PET よりもさらに高いレベルで BPA が検出されており、そのレベルは EFSA の新たな摂取量を桁違いに上回るレベルであるとムンケは指摘した。

 欧州食品安全局(EFSA)が提案した新たなガイドラインやワシントン州のより安全な製品法のような州法は、BPA や BPA 類似化学物質類への暴露から人々を守るための前向きな一歩である、とインタビューした専門家らは述べた。 しかし、経済全体でビスフェノール類に対処する、あるいは絶対に必要な用途だけにビスフェノール類の使用を制限する、より包括的なアプローチがなければ、人々は引き続き暴露することになるであろう。

 そして、その結果は悲劇的なものになる可能性がある、とカーネギーメロン大学グリーン科学研究所のテリーサ・ハインツ化学ディレクターであるテリー・コリンズは EHN に語った。 ”我々はハッピーエンドが大好きであが、我々が辿る道はハッピーエンドではない。 精子数は 2045年までにゼロに近づくだろう”と彼は指摘した。 ”それが今日生まれた子どもたちである”。 言い換えれば、今日生まれた世代は、再生産の危機に直面する可能性が十分にある。

 マサチューセッツ大学アマースト校のトム・ゾラー名誉教授は”本当に衝撃的だ”とEHNに語った。 ”規制制度には、BPA のリスクを特定し、そのリスクを軽減する能力がまったくない。”

著者について
 メグ・ウィルコックスは環境ジャーナリスト兼写真家で、気候変動とエネルギー、環境衛生、漁業管理、持続可能な食料システムをカバーしている。


訳注1
A comprehensive review on the analytical method, occurrence, transformation and toxicity of a reactive pollutant: BADGE (Environment International Volume 155, October 2021, Dongqi Wang et al.)
 ビスフェノールAジグリシジルエーテル(BADGE)系エポキシ樹脂は、年間数百万トンの生産量を誇る最も広く使用されているエポキシ樹脂の一つである。
ハイライト
  • BADGE は環境中での反応性が高い特殊な化合物である。
  • BADGE と BFDGE は、環境マトリックスと人間の暴露において広範囲に発生していることが示された。
  • BADGE には非生物的形質転換経路と生物的形質転換経路の両方が存在する。
  • 入手可能な毒性データによれば、BADGE は内分泌かく乱物質である可能性があるが、より詳細な証拠がまだ必要である。
訳注2
【EFSA】食品中のビスフェノール A は健康リスク
・・・耐容一日摂取量(TDI)を 0.2 ng/kg 体重/日と設定した。これは前回評価(2015年)で設定した暫定 TDI(4μg/kg 体重/日)の約 20,000 分の 1 である。新しい TDI に対して 2015 年の評価での推定暴露量は 2〜3 桁超えており、BPA への食事暴露は健康への懸念があると結論した。/食品安全情報(化学物質)No. 10/ 2023(2023. 05. 10)

訳注3:プロポジション 65
正式名称:Proposition 65 Safe Drinking Water and Toxic Enforcement Act of 1986
OEHHA(Office of Environmental Health Hazard Assessment)
目的は、がん、先天性障害又は生殖障害を引き起こすと知られている化学物質からカリフォルニア州の市民と州の飲料水源を保護すること、及び市民にそのような化学物質の暴露について知らせることである。プロポジション 65 は州政府が少なくとも毎年、発がん性又は生殖毒性が知られている化学物質のリストを公表することを求めている。



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る