EHN 2015年3月23日
ホルモンかく乱物質が五大湖地域の
排水、水路及び魚に広がる


情報源:Environmental Health News, March 23, 2015
Hormone-mimickers widespread in Great Lakes region wastewater, waterways and fish
By Brian Bienkowski, Environmental Health News
http://www.environmentalhealthnews.org/ehs/news/2015/mar/great-lakes-water-chemicals-fish-health/

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2015年3月31日
このページへのリンク:
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/USA/150323_EHN_EDCs_Great_Lakes_region_wastewater.html

 ラリー・バーバーは、10年間、五大湖地域の水と魚のテストに費やしている。しかし、彼は誰でもが聞いたことがある汚染物質を調査していたわけではない。

 水銀、PCB類、・・・これらにはまだ問題がある。しかし、油断ならない懸念ある影響を水生生物に及ぼす余り知られていない汚染物質類がある。

 アメリカ地質調査所の地質学研究者バーバーは、アルキルフェノール類(訳注1)と呼ばれる内分泌かく乱化合物を探しており、それらが排水処理施設経由で五大湖やアッパーミシシッピ川流域の河川と魚を汚染しているのを見つけた。

 これらの化合物は、排水処理施設からの放出水が流れ込む五大湖流域水路に広がっている。

 ”それが、大都市の排水処理施設であろうと、中規模都市のものであろうと、あるいは個人の下水タンクであろうと、これらの化学物質は存在する”と、バーバーは述べた。

 排水処理施設はもともと、商業用及び家庭用の洗剤、洗浄剤、及び接着剤などに広く使用されているこれらの化合物を処理するようには設計されていない。操業者らは、施設内に入り込んでくるホルモンかく乱物質に対応しようと奮闘している。

 一方、科学者らは、生物学的に活性な汚染物質及びそれらの代謝物が魚やその他の水生生物のホルモンを変化させ、生殖、行動、及び発達の問題をもたらすかもしれないことを恐れている。

 ”影響に関しては、これらのアルキルフェノール類は有害影響を及ぼす化合物全体のほんの一部にすぎない”と、コロラド大学の生物学准教授アラン・バジュダは述べた。”わずかなアルキルフェノール、わずかな女性ホルモン経口避妊薬・・・それらがすべて合算される”。

ほとんどあらゆる場所に

 1999年から2009年にバーバーと同僚らは、ダルース、セントポール、シカゴ、デトロイト、インディアナポリス、及びアクロンの排水処理施設からの放出水中に、その多くが内分泌系をかく乱することが知られている 9 種の化合物とその代謝物を探した。彼らは 9 種類全ての化合物を全ての処理施設からの放出水中に見い出した。

 この研究の期間を通じて、放出量はほぼ、一定であったと、バーバーは述べた。

 研究者らが五大湖でこれらの化合物を見つけたのは、これが初めてではない。2007年、カナダ環境省(Environment Canada)は、オンタリオ州の五大湖沿岸湿地の沈殿物中に存在し、同地域の無脊椎動物の組織中に蓄積していることを報告した。

 2009年からのカナダのもうひとつの研究は、エリー湖、ヒューロン湖及びオンタリオ湖の28地点を調査し、近くの大都市の堆積物より高い濃度でアルキルフェノールが湖の堆積物中に広く分布していることを発見した。

 アルキルフェノールは、”ほとんどどこにでも”存在するとバジュダは述べた。”消費者製品中に、そして産業及び農業用途にこれらの化合物の多くの発生源がある”。

 ”研究者らが捜しているのは、いつも元の化合物と言うわけではない。化合物は、廃水処理施設を通過する時に、部分的に分解している”

 しかし、それらは残留性があり、内分泌かく乱特性を示す代謝物に分解する。

 それらは、下水道を通って排水処理施設にいたり、そこから放出されて流れに戻り、その多くが最初より生物学的に活性な状態に変換される”と、バーバーは述べた。

魚へのエストロゲン影響

 アルキルフェノールは、魚類、鳥類及び哺乳類にエストロゲン様に作用して内分泌系をかく乱する。

 エストロゲン様化合物は、エストロゲン受容体を通じて作用し、人々が思いつく一般的な健康影響は生殖への影響であろうとバジュダは述べた。”しかし、それよりもっと多様な役割は、エストロゲンが、脳、代謝、心血管系の健康に重要であるということである”と、彼は述べた。

 バーバーと同僚らは、内分泌かく乱性を見るために五大湖地域のある魚をテストした。彼らは、主にメスの魚に存在する血漿ビテロゲニン(訳注2)と呼ばれるあるタンパク質が、メスの魚ではほとんど減少し、オスの魚に存在することを見つけた。

 両方の性の反応は内分泌かく乱作用を暗示しているとバーバーは述べた。

 ”多くの内分泌かく乱作用が生物学的フィードバック系に不均衡を作りだしている。曝露後、メスの機構は、エストロゲンが作用して停止するであろう”とバーバーは述べた。”エストロゲンに暴露したオスの魚は血中にこのタンパク質を生成するであろう”。

 バーバーの発見に対してコメントを求められて、米・環境保護庁(EPA)の報道官タラ・ジョンソンは e メールで次のように述べた。”アルキルフェノールについてのこの種の過去の研究に基づけば、実際の結果には特別に驚くべき又は予想外のことは何もない”。

 科学者らはアルキルフェノールを魚における多くの健康影響に関連付けていた。

 研究のほとんどは実験室での研究によるものであると、アメリカ地質調査所の科学者で、テキサス魚類野生生物共同研究所のリーダーであるレイナルド・パティーノは述べた。

 ”研究は、行動問題、生殖機能障害、免疫系の発達、疾病耐性を示唆している”と、パティーノは述べた。”これらはすべて、重要な機能である”。

 例えば、バーバー、バジョーダ及び同僚らは2010年に、コロラド州ボルダーでホルモン及びアルキルフェノールで汚染された放出排水に暴露したミノウ(コイ科の小魚)は14日以内にメス化したことを発見した。

 研究期間中に、ボルダーの水管理者は、”アルキルフェノールを制限する措置を取って放出水中に現れる化合物の劇的な減少”を促進したバジュダは述べた。

 ”そして、それにより、我々は魚の健康影響の劇的な減少を見た”と、彼は述べ、これらの関連性はアルキルフェノールが最初のメス化に大きく寄与していたことを示唆したと付け加えた。

 ミシガンの研究者らは、ザリガニは暴露すると深刻な発達問題を持つことを発見し、この化合物は、”将来のザリガニ集団に、そしてその結果、食物網に深刻なリスクを及ぼす”と結論付けた。

 イギリスの帝国がん研究基金の研究によれば、マス(trout)の研究で、4つの一般的なアルキルフェノールが遺伝子発現と乳がん細胞株の成長を刺激した。

 バジュダは、内分泌かく乱物質は全て魚種に同じように作用するはずなので、これらの研究の全ては五大湖の魚にとって関連があると述べた。彼は、魚は多くの混合物に暴露しているので、化合物のどのようなグループに関しても特定の健康影響を同定することは困難であると付け加えた。

 究極の懸念は、化合物が魚の個体群に影響を与え得るということである。このこともはまたはっきりさせることは非常に難しいであろうが、個体群レベルへの影響が存在すると考えることはおかしくない。

 ”排水の放出は、個々の魚に影響を与える。個体群が影響を受けそうだということ発展させ、予測するために、生殖機能を含んで個々の魚が影響を受けるかどうか考えることは不合理なことではない”と、パティーノは述べた。

全ての暴露が重要

 アルキルフェノールで汚染された魚が人に及ぼすリスクを定量化することは難しいと、タフツ大学の教授で生物学者であるアナ・ソト博士は述べ、どのような魚をどのくらい食べたかが暴露を決定するであろうと加えた。

 しかし、汚染された魚と水の両方は、人間に対するエストロゲン暴露のもう一つの経路を意味する。

 ”我々はすでに、BPAのようなエストロゲンにより影響を受けており、その影響は加算的であることを知っている”とソトは述べた。”要するに、この川の魚を食べて人々の体内で内分泌かく乱作用がどのくらい増えるのか私は示すことはできない。しかし私は、可能性があり全ての暴露が重要であると言うことはできる”。

 ”そして、我々はすでにエストロゲンの暴露を受けており、今、さらに、その水と魚からもっと多くの暴露を受ける可能性がある”。

源から止める

 排水処理施設は、アルキルフェノール類のような化合物を処理するようには設計されていないので、放出排水中に広がっている。

 ”施設の基本的概念は70年又は80年前に、ある人が ’我々は環境中にある天然の生物分解プロセスを採用して、そのスピードアップを図ればよいのではないか’ と言って、確立されたものである”と、全米水質浄化機関協会(NACWA)の規制部門上席ディレクターのクリス・ホーンバックは述べた。

 ”これらの施設は、処理水からの汚泥の様な沈殿物を除去するように設計されており、処理水は浄化され環境に戻される”と、彼は述べた。”これらのプロセスが最初に概念化されたときに、トリクロサン、経口避妊薬からのエストロゲン、又はアルキルフェノール類などを思い浮かべることはなかった”。

 そのような化合物の除去率をあげることに目を向けたいくつかの研究はある。ホーンバックは、膜を通じて加圧することにより水を浄化する逆浸透法は、アルキルフェノール類のような汚染物質を除去するのに最善であるように見える。しかし、逆浸透法は、ほとんどの施設にとって、手が出ないほど高価である。

 他の研究者らは、汚泥保持時間を延長し、微生物が有機物を消費する排水を処理プロセスのある部分に保持しておくことに成功した。保持時間が長くなれば、アルキルフェノール類のような汚染物質をより多く除去するように見える。しかし、それで問題がなくなるわけではないと、ホーンバックは述べた。

 ”なんでも減速すると、実際、全体の処理プロセスに影響を及ぼし、投入できる容量(処理能力)が減る。簡単に処理し、汚染物質 X 又はY を除去すると言えるような処理技術はない”と、彼は述べた。

 除去を助けるもうひとつの選択肢は活性炭素フィルターであると、ミネアポリス地域のセントポールで排水処理施設を運営するミネソタ州首都環境サービス協議会の地区統括マネージャーであるラリー・ロガッキーは述べた。

 しかし、それもまた”極めて高価”になるであろうとロガッキーは述べた。”我々は、数億ドル(数百億円)の話をしている。そのような投資をするより、これらの化合物を最初の場所にある衛生設備から締め出すことの方がよほど合理的である”と、ロガッキーは述べた。

 ”もし、アルキルフェノール類が環境中で問題を引き起こすなら、我々はそれらを下水管に入れないようにすべきである”とホーンバックは述べた。”下水管はゴミ箱ではない”。

 例えば、コロラド州ボルダーの市当局者は、地域の水路のアルキルフェノール類を監視し、高濃度の付近にある産業を支援し、これらの化合物の潜在的な影響と代替選択肢について教育するために、バーバーやその他の人々と共に働いた。

 ホーンバックは、主な懸念は、EPAはこれらの化合物を認可しておきながら、その後環境的影響が確認されると、排水処理施設でそれらに対処するよう求めることである。

 EPA のジョンソンは、バーバーと同僚らが監視した化学物質のどれについも、EPA は人間又は水質に対する基準を持っていないと述べた。

 また、どの様な基準をも”開発するための差し迫った計画”はないと彼女は付け加えた。

 しかし、化学物質の自主的な削減はそれらの環境中での存在を削減することができるとバーバーは述べた。

 ”もし人々が、 ’ああ!私は好ましくない環境影響を及ぼす製品を使用している’ ということを、そして代替手段があることを悟るなら、それを口に出して言うことはよいことである。”


訳注1
アルキルフェノール類(水質用語集)
 アルキルフェノール類は、ベンゼンの水素を水酸基(OH)とアルキル基(CnH2n+1)で置換した化合物の総称で、ノニルフェノールやオクチルフェノールなどが含まれます。アルキルフェノール類の主な用途としては、非イオン界面活性剤(アルキルフェノールエトキシレート)の製造原料、プラスチックの酸化防止剤の原料、塩化ビニールの安定剤原料などがあります。ホルモン作用の疑いがあるといわれており、水質汚濁防止法の要調査項目(300物質)に登録されています。

訳注2
ビテロゲニンアッセイ(GE ヘルスケアジャパン)

訳注:日本の研究事例
し尿に由来する河川のエストロゲン汚染と魚類の雌性化、田中宏明、山下尚之
(J. Natl. Inst. Public Health, 54(1):2005)

多摩川と北上川に生息するコイの生殖腺指数, 血漿中ビテロゲニンとチロキシン濃度, および肝ミクロソーム内チトクロムP-450含量 内分泌攪乱化学物質汚染の実態調、角田 出 (日本海水学会誌 Vol. 54 (2000) No. 3 p. 180-188)



化学物質問題市民研究会
トップページに戻る