The Lancet Oncology(腫瘍学)2021年11月
【論説】 内分泌かく乱物質:学ばれていない教訓

情報源:The Lancet Oncology ( Editorial
VOLUME 22, ISSUE 1, November 1, 2021
Endocrine disruptors-the lessons (not) learned
https://www.thelancet.com/journals/lanonc/
article/PIIS1470-2045(21)00597-0/fulltext


訳:安間 武 (化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2021年11月14日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/Int/Nov_2021_Lancet_
Endocrine_disruptors-the_lessons_not_learned.html

 日焼け止め会社であるコパトーン社(Coppertone)は、内分泌かく乱物質であるベンゼンを含んでいた(訳注1)ために 5つの製品をリコールしたが、このことはこれらの物質の使用に関する議論を再燃させた。 WHO は、内分泌かく乱物質を、内分泌系を変化させる可能性のある外因性物質として分類している。これらの物質は、食品や化粧品などの日常の製品だけでなく、農産物や工業用化学物質にも含まれている。最も一般的なのは、ポリ塩化ビフェニル類(PCBs)、難燃剤類、ダイオキシン類、植物エストロゲン類、および農薬類である。ランセット糖尿病と内分泌学(Lancet Diabetes & Endocrinology)のシリーズは、これらの物質によって人間の健康に引き起こされるダメージを明らかにした。腫瘍学では、内分泌かく乱物質類は乳がん、精巣がん、および前立腺がんに関連している。医療経済学の観点から、米国とヨーロッパだけでこれらの物質がもたらす年間負担は 5,500億米ドル(約60兆円)を超えている。

 内分泌かく乱物質の影響に関する研究は、それらへの暴露を評価することの難しさと、暴露の影響が長い潜伏期間の後にのみ発生し、因果関係を確立することを困難にするために妨げられてきた。それらの発がん性を考慮して、これらの物質への暴露を制限するための規制が策定された。たとえば、EU はこれらの化学物質を規制するために保守的なハザード・ベースの考えをとっている。これにより、これらの物質の存在だけで製品の規制が正当化されるが、米国、カナダ、オーストラリア、および日本はリスク・ベースのアプローチをとっており、そこでは法律が制定されるときに暴露量も考慮される。これらの物質に関する懸念の主な理由の1つは、ビスフェノール A などの一部の内分泌かく乱物質は低用量であっても、がんを発症するリスクの増加など、人間の健康に深刻な影響を与える可能性があることを研究が示唆していることである。

 それにもかかわらず、内分泌かく乱物質は依然として広く使用されている。私たちは、いくつかの合成内分泌かく乱物質が評価されて市場から排除されても新しいものがサプライチェーンに参入するという悪循環に陥っているように見える。日焼け止めのケースに加えて、電子タバコ(vaping products)(訳注2)に関するケースは、この問題をさらに示している。オーストラリアの研究者らは、65の電子タバコを評価し、農薬を含む内分泌かく乱物質が懸念あるレベルで含まれていることを発見した。

 これらの 2つのケースは皮肉なことに、製品はがんの予防に役立つように、すなわち日焼け止めは皮膚を保護し、電子タバコはタバコの代替として開発されたが、実際には厳密に規制されていなければ、逆の効果をもたらす可能性がある。この問題には、内分泌かく乱物質だけでなく、一般的な発がん物質も含まれる。たとえば、2021年9月、ファイザーは発がん性物質であるニトロソアミンの存在により、禁煙補助薬のチャンティックス( Chantix)をリコールしなければならなかった(訳注3)。 2020年以来日常的に必要とされている一部の手指消毒剤の安全性さえも疑問視されている。

 発がん性物質、特にどのくらい濃度または暴露が有害である可能性があるかについての議論が進行中であるが、対立する議論は最終的に一般大衆に適切な情報を提供できない。一部の物質は個人の選択に基づいて回避できるが、他の物質の場合、消費者はこれらの物質の過度の使用を回避するために業界に大きく依存している。一例はホルムアルデヒドである。この物質は、ほとんどの生物や食品(特定の野菜や肉を含む)にも低濃度で自然に存在する。しかし食品や家庭用品などの日用品に防腐剤としてホルムアルデヒドを添加すると問題が生じる。解決策には、人々に情報をよりよく提供し、健康に関する社会的不平等の拡大を回避するために、有機食品と安全な家庭用品をすべての人々が手頃な価格で入手できるようにすることが含まれる。

 大きな問題は、がんやその他の害を引き起こす化学物質がなぜ依然として消費者製品中に見い出されているかである。研究と法律は過去 50年近く利用可能であったのだから、教訓は今までに学ばれているべきであった。たとえこれが研究により多くの時間(および資金)を費やし、規制当局と多くの折衝をし、より広いコミュニティがリスクを理解することを確実にすることを意味するとしても、業界は良好な公衆衛生基準に沿った製品開発へのアプローチをより積極的に設計する必要がある。主流メディアはまた、興味本位でなく、より正確に情報を報告する必要がある。さらに、私たち腫瘍学コミュニティは、過去の教訓を学び、がん政策会議やその他の関連する機会でこれらの問題について広く議論するために、さらに多くのことを行うことができるはずである。


訳注1:ベンゼン日焼け止め
訳注2:電子タバコ(vaping products)
訳注3:チャンティックス


化学物質問題市民研究会
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