Environmental Health News (EHN) 2021年2月5日
欧州食品安全機関は、内分泌かく乱物質のある影響を
最小限に見積ろうとしていると非難されている

専門家らは、新たなヨーロッパの報告書案が、
”有害な化学物質に対する制限措置を大幅に
遅らせる可能性がある”と警告している

ステファン・ホーレル及びステファン・フカール (ル・モンド)

情報源:Environmental Health News, February 5, 2021
European Food Safety Authority accused of
minimizing some effects of endocrine disruptors

Experts warn a new European draft report "could significantly
delay restrictive measures against harmful chemicals."
By Stephane Horel and Stephane Foucart
https://www.ehn.org/european-food-safety-authority-endocrine-disruptors-2650289466.html
Editor's note: This article was originally published
at Le Monde and is republished here with permission.

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2021年2月14日
このページへのリンク
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/EU/ehn_210205_European_Food_Safety_Authority_
accused_of_minimizing_some_effects_of_endocrine_disruptors.html


編者(EHN)注:この記事はもともと ル・モンド紙に発表された(訳注:仏語)が、許可を得て EHN により、ここに再掲載されている。


 ホルモン系分野を専門とする研究者や臨床医を含む 18,000人の会員からなる内分泌学会は、一部の化学物質の異常な影響に関する新しい欧州食品安全機関の報告書案に非常に批判的である。

 内分泌学会によると、欧州食品安全機関(EFSA)の[意見]草案は、[このまま修正されなければ、]”規制当局が健康保護の決定を下す能力を制限することになり”、それは[非単調な用量反応関係の]不正確な評価”である。内分泌学会が EFSA の活動に疑問を呈したのはこれが初めてではないが、今回は特に強い言葉で、2月2日火曜日にそのウェブサイトに発表した。

 ホルモン系分野を専門とする18,000人の研究者と臨床医からなる内分泌学会によるこの厳しい批判は、2月4日を期限とする公開協議(public consultation)に提出された EFSA による報告書[意見]草案に向けられている。報告書は毒性学に迫る最も厄介な問題のひとつである”非単調な用量反応関係”(non-monotonic dose-response relationships NMDR)と呼ばれる、ある特定の化学物質が示す、一般的ではない現象を扱っている。内分泌かく乱化学物質では一般的なこれらについて、重要な低用量効果を明らかにするのに高用量試験に頼ることはできない。

 残念ながら、化学物質の安全性をテストするための EFSA のシステムは、関連するすべての影響を明らかにするのに高用量テストで十分であると想定している。しかし、内分泌学会はそれについて異議を唱えている。

EHN 解説これを理解するための鍵は、異なる遺伝子が同じ化学物質によって異なる用量でオンまたはオフにされることを理解することである。時には、同じ化学物質が低用量ではオンにされていた遺伝子を高用量ではオフにする。EFSA のテストのやり方では、あらゆる低用量効果を見逃すことになる。

 しかし、EFSA の報告書は、当局の自主的な任務の結果であり、非単調性の存在を認めることに消極的であるように見える。報告書は、”NMDR が数学的に明確に定義されており、発生することがすでに実証されており、内分泌系とホルモン生物学の基礎研究に基づいて十分に理解されているということを認めていない”と内分泌学会は書いている。

 この非常に技術的な主題は規制当局にとって不快であり、神経を非常に逆なでするものですらある。彼らが直感に反すると見なしているこれらの現象は、規制毒性学の初期の頃から実践されてきた化学物質リスク評価の根幹に疑問を投げかける。 ”毒性は用量次第”という規制は、錬金術師パラケルススによって電子機器が発明されるずっと前の16世紀に述べられたこの原則に基づいて設計された。パラケルススによって提示されたこのアプローチを使用して、産業界および規制当局は、それ以下では健康および環境リスクがゼロまたは無視できると見なされるしきい値を計算する。そしてこれらの低レベルは安全であると見なされる。

 しかし、これは少なくとも20年間、内分泌かく乱物質によって深刻な課題とされてきた。 1990年代の初めに”発見された”これらの化学物質は、ホルモン系に干渉する可能性があり、食品(農薬、添加物、可塑剤など)や日用品(家具や繊維の処理、洗剤など)に遍在している。

 内分泌学の研究者らにとっては、これらの現象は予想外ではない。しかし、報告書を担当する EFSA の専門家には内分泌専門医は一人もいなかった、と内分泌学会は指摘した。EFSA のこの報告書は、”内分泌学の科学的原則を考慮して組み込むことができず”、”最新の科学的合意を反映していない”と内分泌学会はコメントし、報告書の最終版が採択される前に科学界と協力するよう EFSA に要請した。

利益相反

 ワーキンググループの 4人のメンバーと1人の招待された専門家は、”EFSAの通常の手順に従って選ばれており”、”内分泌かく乱物質の評価を含む化学物質リスク評価の長い経験を持つ毒性学者と疫学者を含んでいた”と EFSA はル・モンドへの電子メールで説明した。ほとんどの場合、これらの専門家は規制の世界の出身者で占められ、この問題について実験室での作業を行ったことはない。

 英国食品基準庁の元従業員であるダイアン・ベンフォードは、EFSA の専門家としての仕事に長年携わってきた。スイスの連邦公衆衛生局でのキャリアの後、2012年に引退したヨーゼフ・シュラッターもそうである。長年にわたり、ダイアン・ベンフォードとヨーゼフ・シュラッターは、農薬、食品、及び製薬の主要な会社が資金提供する科学的ロビー活動組織である国際生命科学研究所(ILSI)の活動にも関わってきた。 2012年、EFSA はすべての専門家に同研究所との協力作業をやめるよう要請した。

 ヨーゼフ・シュラッターは、国際規制毒性学・薬理学協会(International Society of Regulatory Toxicology and Pharmacology(ISRTP))への関与を放棄しておらず、1998年からメンバーになっている。ISRTP は不透明な資金源を持つ組織であり、農業食品、化学物質、薬品、農薬などの業界によって運営されている。この点について疑われた EFSA は、”これらの協会の単なる会員資格”を禁止していない”利害関係管理に関する適用可能な規則”に言及している。EFSA は、”この協会の会員資格自体を潜在的な利益相反を引き起こすとして特定する立場にはない”としている。

有害な化学物質に対する行動を遅らせる

しかし、批判のほとんどは、EFSA の報告書草案の科学的実体に関するものである。EFSA は非単調な用量反応関係の「生物学的妥当性」の中心的な問題に目を向けているが、この概念は明確に定義されていないと内分泌学会は述べた。 ”著者がどの知識体系を参照しているかを明確にしない限り、その妥当性は非常に曖昧で主観的な概念のままである”と内分泌学会は主張した。”EFSA の意見における主観的判断の広範な使用は問題であり、透明性に欠ける。EFSA の意見の主張の一部は、文書化、説明、または引用なしで行われている”。

 科学技術歴史哲学研究所(Institute of History and Philosophy of Science and Technology)の研究者である数学者で生物学の理論家であるマエル・モンテヴィルは、この問題について詳細な研究を執筆した。彼にとって、専門家は”非単調な反応の発生を検証するために、厳格な、しかし時には曖昧で主観的な基準を選択する”。このような基準は、数十の化学物質の影響が保健当局によってどのように考慮されるかに影響を及ぼすであろう。

 報告書草案は、”その生物学的妥当性を評価するには、根底にあるメカニズムの理解が必要である”と結論付けたが、内分泌学会は、この報告書は「不合理」であると考える。このような高水準の証拠は、有害な化学物質に対する制限措置を大幅に遅らせる可能性がある。これは、これらの現象発生の何百もの例に依存した、広く認められた内分泌かく乱物質の専門家のチームによって 2012年に実施された研究の結論であった。

 EFSAは、”進行中の公開協議により、関心のあるすべての専門家及び関係者が貢献し、意見を表明し、追加情報を提供する可能性が与えられる”と回答した。

関連情報:Exposed: A scientific stalemate leaves our hormones and health at risk/EHN Nov 15,2019


訳注:関連情報


化学物質問題市民研究会
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