EHN 2013年9月23日
特別報告:
EUの化学物質政策を批判する科学者らは
産業界とつながりがある

解説:ステファン・ホーレル及びブライアン・ビエンコスキー (EHN)

情報源:Environmental Health News, September 23, 2013
Special report: Scientists critical of EU chemical policy have industry ties
By Stephane Horel and Brian Bienkowski, Environmental Health News
https://www.ehn.org/special-report-scientists-critical-of-
eu-chemical-policy-have-industry-ties-2640274804.html


訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2013年10月21日
このページへのリンク
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/EU/ehn_130923_
Scientists_critical_of_EU_chemical_policy.html


 内分泌かく乱化学物質を規制するためのヨーロッパにおける計画を批判した17人の科学者らは、過去又は現在、規制される産業界とつながりがある。

 EHNによる調査は、議論ある論説に署名した18人の毒性学誌編集者のうち、17人が化学物質、医薬品、化粧品、タバコ、農薬、またはバイオテクノロジー産業と協力しあっていたことを明らかにした。産業界から研究費を受け取っていた者もいたし、産業側の相談役あるいは顧問を務めていた者もいた。[それらの科学者についてはこの記事をご覧ください。]

 この論争は、世界で初めての欧州連合の内分泌かく乱化学物質を規制するための戦略に関わることなので、関係者の利害は大きい。新たな規制には、様々な製品をヨーロッパで販売している全ての会社が従わなくてはならないので、広範な世界的影響を持つことになる。

 今年の6月から9月にかけて14の科学誌に掲載されたこの論説は、ヨーロッパの多くの科学者や規制者に大論争を巻き起こした。その論説は、EUの環境総局から漏れ出た、最終的には一般的に使用されている化学物質を禁止することになるであろう、予防原則に基づく勧告をしているドラフト提案を批判したものである。

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ダニエル・ディエトリッヒは議論ある論評の主著者である。
 ヨーロッパの大学の多くの毒性学教授を含む署名者らは、欧州委員会の計画は、”科学的根拠がなく”、”確立された科学及びリスク評価原則の常識を無視するものである”と書いた。

 提案された規制は、世界中で科学、経済、及び人の福祉にとって”懸念ある結果”をもたらし、”そのような重要な立法にとって必要な科学的根拠の堅固さに欠ける”と彼らは書いた。

 EHNからの質問に回答した科学者の全ては、彼らが産業界により影響を受けたということを否定した。

   この論説の主筆である毒性学者ダニエル・ディエトリッヒ(Daniel Dietrich)は、欧州委員会に内分泌かく乱物質について圧力をかけている化学物質、農薬、及び石油会社から資金の出ている産業組織の元顧問である。

 ”我々は、利益相反に関する議論は真の問題から焦点をそらすので、その議論が誰かの役に立つとは信じていない”と・ディエトリッヒはインタビューで答えた。

利益相反”を懸念する”

 しかし、他の科学者らは、この論説が政策提案を批判することは、科学誌編集者にとって”通常ではない取り組み”であるとして、執筆者らの動機と明らかにされない産業界とのつながりに疑問を持っている。

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アケ・バーグマンは産業界とのつながりを”懸念”と呼んでいる。
 ”私は、この論説に非常に驚かされた。私は、それは感情的で非科学的であり、科学と政治のの混合物であり、誤りも非常に多いと思った”と、ストックホルム大学の環境化学研究者であるアケ・バーグマン(Ake Bergman)は述べた。

 バーグマンが、編集者らの利益相反を知った時、彼はそれを”心配なこと”であると言った。

 Environmental Health 誌に掲載された反証 (訳注1)は、バーグマン及び利益相反がないと宣言するその他の40人の科学者らによって署名された(訳注:日本の 井口泰泉・教授も含まれる)。彼らは、ディエトリッヒの論説は、欧州委員会による差し迫った決定に影響を与えるよう設計された干渉として意図されているように見えることに懸念を覚えた”と書いている。この論説は、内分泌かく乱化学物質に関連する”科学的証拠とよく確立された化学物質リスク評価の原則を無視している”と彼らは書いた。

 104人の科学者とジャーナルの編集者により署名されたもうひとつの反証が先週発表された。”ディエトリッヒらによる手紙は、欧州委員会、毒性学分野を含む科学、そして最も重要なことには公衆衛生に対して甚大な迷惑をかけた”と、彼らは Endocrinology 誌に書いた。署名者のひとりは、EHNを傘下とする環境健康科学(Environmental Health Sciences)の主席科学者であり、Endocrine Disruptors 誌の副編集長であるピート・マイヤーズである。

 バーグマンを含む最初の反証の何人かの著者は、内分泌かく乱の分野の主導的科学者であると広くみなされている。彼らのうち14人は、内分泌かく乱物質を”解決される必要のある世界の脅威”と呼ぶ、世界保健機関と国連環境計画による最近の報告書を書いている。

 内分泌かく乱物質は、エストロゲン(女性ホルモンの一種)、テストステロン(男性ホルモンの一種)、そして甲状腺ホルモンなんどのホルモンを阻害することができる化学物質である。それらは、食品、農薬、プラスチックのような日常消費者製品中に見られる。それらには、硬質プラスチック、ある種のレシート、食品缶づめ内面ライニングなどに見られるビスフェノールA、芳香やビニルに用いられるフタル酸エステル類、そしてある種の農薬や難燃剤などがある。

 それらの人の健康への影響は、不確かであるが、多くの実験動物研究といくつかのヒト研究がそれらと生殖障害、がん、その他の疾病とを関連付けている。

欧州委員会の戦略

 欧州委員会は、既存の三つの規則を更新することにより、化学物質を規制することを計画している。次の二つの議論がこの取り組みにとって重要である。

 第一に、欧州委員会は、これらの化学物質がある閾値以下の濃度で安全であるかどうかを決定しようと試みている。もし安全であるとする閾値を決定することができなければ、産業側は社会経済的な便益が人に及ぼす健康リスクより重みがあるか、又は代替がないということを示さなくてはならない。さもなければ、それらは産業化学物質を規制する2006年に採択された広範囲に及ぶヨーロッパの規則REACHの下に禁止されるであろう。

 第二に、農薬と殺生物剤は、すでに内分泌かく乱物質は市場から排除されなくてはならないということを求める新たな規則の下に規制されている。しかし欧州委員会はさらに、これらのための正確な同定基準を公式化する必要がある。

 欧州委員会の最終提案は、今年中になされることが期待される。しかし現在、欧州委員会は、”影響評価”手順の確立を検討しているが、それは来年末までその決定を延期するらしい。

 化学物質、農薬、化粧品、及びプラスチック産業は、どのような規制にも反対して欧州委員会に圧力をかけてきた。彼らは、内分泌かく乱物質には閾値がかならず存在すると主張し、同定基準の設定における予防的アプローチに異議を唱えている。

 ジャーナルの編集者らは欧州委員会に対し、”全てのよく確立され教えられている薬理学と毒性学の原則を事実上完全に無視した”枠組みについて警告した。彼らは、内分泌かく乱物質に閾値を設定することができ、毒性学者はホルモン系が順応することができる影響と実際の有害影響を区別すべきであると述べた。

しかし他の科学者らは同意しない

 発達期のホルモンかく乱は不可逆的な影響を及ぼすとバーグマンと他の科学者らは彼らの反証の中で回答した。内分泌かく乱物質の閾値の存在は、実験的に実証することができない”と彼らは書いた。ある科学者らは、動物実験はBPAやその他のホルモンかく乱物質の低用量が発達中の胎児を害することができるが、高容量では影響がないか、異なる影響を示すということを主張している。

 ”ディエトリッヒらによる論説の最も懸念される側面は、科学を構成することと、政治的・社会的・民主的選択の領域に属することとの境界があいまいであるということである”と41人の科学者らは書いた。

 この論説に加えて、欧州委員会委員長の主席科学顧問に対してこの議論に踏み入るよう促すひとつの書簡が当初の論説に署名した何人かを含む71人の科学者らにより署名された。少なくとも、この71人のうち40人は様々な産業界と結びついている。農薬産業界の圧力団体である欧州作物保護協会は最近、この手紙を支持した。

  Environmental Health 誌の編集長である科学者フィリップ・グランジャンは、ディエトリッヒとその仲間たちに、彼らの論説における利害関係知告の”落ち度”を訂正するよう促した。

 ”学界が彼らの情報を利害関係者と共有することは重要である。しかし、金銭的な利害関係がある場合には、この情報も明らかにすることが重要である”と、南デンマーク大学の教授であり環境医学の議長であり、またハーバード大学公衆衛生校の環境健康の非常勤教授であるグランジャンは、インタビューで述べた。

   しかしディエトリッヒは、それは論説であり、どの様な特定の化学物質にも影響を及ぼすようなデータセットではないのだから告知はないと述べた。

 彼は、主席科学顧問への書簡の産業側の支持を見当違いであるとして退けた。

 ”コントロールできないことがある。もしある人が、それは化学産業界であろうと、欧州委員会であろうと、あるいはその他の誰であろうと、やってきて、’それはよい考えだ’と言っても、そのことは必ずしも私が彼らと特別な関係にあるということを意味しない”と、Chemico-Biological Interactions 誌の編集長であり、ドイツのコンスタンツ大学環境毒性研究グループの長であるディエトリッヒは述べた。

 ディエトリッヒは、化学物質会社、農薬会社、及び石油会社から資金が出ている欧州化学物質環境毒性学・毒性学センター(ECETOC)の元顧問である。彼はまた、ダウ社ヨーロッパといくつかの医薬品会社と共同研究を行っている。

 産業界との関与が提案されている規制についての意見に影響を与えたかと問われたときに、Toxicology in Vitro 誌の編集者バス・ブラウボアーは、”これは非常にくだらない質問だ”と言った。

 
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バス・ブラウボアーは産業界とのつながりは彼の見解に影響を与えていないと彼は言う。
 ”大学で働いていれば、我々は産業界で働く人々を含んで世界中の人々と協力するが、我々は常に我々が望むことを言う自由ががある”とブラウボアーは述べた。”もし、私によりなされたどのようなコメントについてでも、この種の利益相反により影響を受けたという事実を突き止めることができるなら、それを教えてくれ。しかしそれを見つけることはできないであろう”。

 オランダのユトリヒト大学の毒性学教授であるブラウボアーは、2008年4月から2010年3月までの間に欧州化学工業連盟(CEFIC)から資金の出ている研究で529,370 ドル(約5,300万円)を受け取っていた。彼はまた、産業界から資金の出ている国際生命科学研究所(ILSI)内のリスク評価に関する技術委員会のメンバーである。

産業界からの資金は”通常”である

 産業界を含んで複数の資金源から金をうけとることは、今日、研究を行うためには”通常のこと”であると、Toxicology Letters 誌の編集長であり、ドイツのブルツブルグ大学毒性学教授であるウォルフガング・デカントは述べた。”もし全ての資金源からの金を求めに行かなければ、もはや研究などできない”と彼は述べた。

 デカントは、2008年のBPA研究のために化学産業界から資金を得ており、過去5年間に18のコンサルタント契約を結んでいた。彼は産業側からのどのような影響をも否定した。

  Archives of Toxicology 誌の編集長ジャン・ヘングストラーは、BPAの筆頭製造者であるバイエルAGの社員として”BPAに関する2011年レビュー”を書き、またアメリカ化学工業協会からもう一つのBPAレビューの執筆を請け負った科学者である。そのレビューは、”曝露は、新生児及び赤ちゃんをを含んで人の健康に注目すべきリスクを表さない”と結論付けた。

 ヘングストラーは、インタビューで、産業界との結びつきは現在はないと述べた。”私は、化学的な事柄だけに関心がある”と、ドイツのドルトムント技術大学の環境人間要素作用のためのライプニッツ研究センターのディレクターであるヘングストラーは述べた。

 Toxicology Research 誌の編集長ニゲル・グッダーハムは、現在又は過去に食品、農薬及び医薬品産業と協力関係にあった。”私は、その文書に署名してもどの会社からも得るものはない。それは純粋に私の科学的な考え方と分析に基づくものである”と、インペリアル・カレッジ・ロンドンの分子毒性学教授であるグッダーハムは述べた。

 ALTEX 誌の編集長ソンジャ・フォン・アウロックは産業界との知られた関係はない。しかし彼女は、産業界との協力は、”科学者が産業側の可能性ある金銭的利害に偏らせることを意味しないし、彼らが信じるところは公衆の健康への最大の関心であるということを表明をしていないことを意味しない”と述べた。

 オラビ・ポルコネン、ケルスティン・スティマー、アルバート・リーもまた、過去又は現在の協力関係を認めたが、どの様な利益相反についても否定した。アビー・コリアー、ギオ・バッタ・ゴリ、アラン・ハーベイ、A.ウォーレス・ヘイズ、ジェームス・ケーラ、フローリアン・ラン、フランズ・ニジカンプ、カイ・サボライネンはコメント要求に対して回答しなかった。

 欧州委員会の担当官は、利用可能な最良の科学が彼らの内分泌かく乱物質規制を導くであろうと強調した。

 ”我々は全て、我々の決定は科学に基づくことを望んでいる”と、欧州委員会の環境についての報道官ジョセフ・ヘノンはeメールで回答した。”そして我々は、科学者社会がその役割を果たし、政策策定者及び意思決定者に事実と数値を示すことを期待する”。

 ”科学と政治の関係は、信頼に基づくべきである”と彼は付け加えた。”そして我々は、科学者は全ての利益のために独立して行動することを期待する”。

 ステファン・ホーレルはパリ在住のフリーランス・ジャーナリストであり、利益相反と公衆健康問題への影響を調査しているドキュメンタリー作者である。彼女はヨーロッパにおける内分泌かく乱物質の規制についてのドキュメンタリーで活動している。

 ブライアン・ビエンコスキーは環境健康ニュース(EHN)の上席編集者であり、スタッフ・ライターである。

 質問やコメントがあれば、EHN 編集長マリア・コーンに連絡ください。 mcone@ehn.org


訳注1
Environmental Health 2013年8月27日 論評/内分泌かく乱物質に関して科学と政治を混ぜ合せてはならない: 毒性学誌編集者らによる”常識的介入”への回答

 


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