香港バプテスト大学(HKBU) 2022年1月18日 プレスリリース
HKBU の研究は、ビスフェノール S 暴露が乳がんの進行を促進し、
がんのリスクを高める可能性があることを明らかにしている

情報源:Hong Kong Baptist University (HKBU), Press Release,18 January 2022
HKBU research reveals that bisphenol S exposure may promote
breast tumour progression and increase cancer risk
https://cpro.hkbu.edu.hk/en/press_release/detail/HKBU-research-reveals-that- bisphenol-S-exposure-may-promote-breast-tumour-progression-and-increase-cancer-risk/

訳:安間 武(化学物質問題市民研究会)
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/
掲載日:2022年2月9日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/edc/Asia/220118_HKBU_research_reveals_that_
bisphenol_S_exposure_may_promote_breast_tumour_progression_and_increase_cancer_risk.html




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香港バプテスト大学(HKBU)の化学科教授であり、HKBU の環境生物学分析国家主要研究所の所長であるカイ・ゾンウェイ(Cai Zongwei)教授が率いる研究チームは、マウスモデルの腫瘍で、ビスフェノール S へのさまざまな程度の暴露が乳房の成長と悪化に関連していることを明らかにした。

 香港バプテスト大学(HKBU)が主導した研究により、紙製品やプラスチック容器に広く使用されている工業用化学物質であるビスフェノール S(BPS)へのさまざまな暴露度が、マウスモデルの乳房腫瘍の成長と悪化に関連していることが明らかになった。研究結果は、人間の健康に対する BPS の潜在的な悪影響に関するより詳細で包括的な研究の必要性と、工業生産で使用するためのより安全な代替品の継続的な調査の必要性を示唆している。

 HKBUの科学者らとは別に、同研究チームには中国科学院の深セン先端技術研究所と西安交通大学の研究者らも含まれている。研究成果は、国際的な科学雑誌である Journal of Hazardous Materials に掲載された。

BPS と乳がんとの関連研究は不十分

 過去には、ビスフェノール A(BPA)は、哺乳びん、食品及び飲料の容器、レシートの印刷に使用される感熱紙など、多様な製品の製造に広く使用されていた。以前の研究では BPA 暴露と人間の内分泌系のかく乱、代謝性疾患、及び近年では乳がんのリスクの増加との関連が示されているため、科学者らは BPA の代替品を探しており、BPS が代替品のひとつとして使用されている。人間の健康に対する BPS の悪影響に関する報告があるにもかかわらず、腫瘍の進行への BPS の影響と、乳がんにおける関連する代謝プロセスをどのようにかく乱するかについては、よくわかっていない。

 HKBU の化学部門の議長であり、同大学の環境生物学分析国家重要研究所の所長であるカイ・ゾンウェイ(Cai Zongwei)教授が率いる研究チームは、質量分析イメージング技術の助けを借りて、腫瘍の形態学的特徴だけでなく、脂質とタンパク質の分布を含んで、環境に関連するレベル(at environmentally relevant levels)での BPS 暴露が乳房腫瘍の発症にどのように影響するかを調査するためにいくつかの実験を行った。

BPS 暴露は腫瘍の体積と重量を増加させる

 研究チームは、人間の乳がん細胞を移植されたマウスモデルの 3つの群で実験を行った。1 番目の投与群(BPS-10群)では、マウスに体重 1キログラムあたり 10マイクログラムの低用量 BPS を 8 週間毎日与えた。2 番目の投与群(BPS-100群)では、体重 1キログラムあたり 100マイクログラムの高用量 BPS をマウスに与えた。対照群のマウスにはオリーブオイルを与えた。

 次に、マウスの腫瘍増殖を調査し、チームは形態素解析(morphological analysis)(訳注1)を使用して乳房腫瘍組織を研究した。一般に、腫瘍の体積と重量の増加は、腫瘍組織の増殖を表している。腫瘍がさらに進行すると、その壊死領域とその末梢組織の状態が変化する。ただし、腫瘍の体積と重量は、組織の状態の変化の結果として減少する可能性がある。

 8週間の実験後、BPS-10 群の腫瘍の平均体積と重量は対照群のそれぞれ 13倍及び 11倍であり、BPS-100 群の腫瘍の平均体積と重量は対照群のそれよりそれぞれ 4倍及び 4.5倍高かった。したがって、結果は、BPS への暴露が乳房腫瘍の増殖と悪化に密接に関連していることを示している。

腫瘍の増殖と悪化に関連するさまざまな投与量

 研究チームは、3つの群のマウスの乳房腫瘍の壊死領域と腫瘍性領域を分析した。 2つの領域は、固形腫瘍の一般的な病理学的特徴である。壊死領域の相対的な割合の増加は腫瘍の増殖を反映し、一方、拡張された腫瘍性領域は腫瘍の悪化を示す。

 対照群では、壊死領域及び腫瘍性領域の腫瘍細胞の状態は安定しており、この群のマウスは、実験期間後に有意な腫瘍増殖及び悪化を示さなかった。しかし、2つの BPS 投与群では、腫瘍の増殖と悪化を助長する腫瘍細胞の配置と分布の変化とともに、腫瘍サイズの増加が観察された

 実験後、BPS-10 及び BPS-100 群の壊死領域は、腫瘍の平均断面積のそれぞれ 54.7%及び 11.5%を占めた。結果は、BPS の投与量が少ないと腫瘍の成長が速くなり、BPS の投与量が多いと、 BPS-100 群では壊死領域の平均サイズが比較的小さく、BPS の腫瘍組織が拡張していることからわかるように、最終的に腫瘍の悪化につながる可能性があることを示している。 BPS は腫瘍関連の脂質とタンパク質の分布に影響を与える

 研究チームは、腫瘍の成長を調節する 6つの脂質バイオマーカーを特定した。腫瘍組織の形態学的特徴の分析と質量分析イメージングの使用により、2つの BPS 暴露群では、これらの脂質は、対照群と比較した場合、乳房腫瘍の壊死領域に非常に豊富であることが分かった。 同チームは、これらの腫瘍調節脂質の代謝が、BPS への暴露後の乳房腫瘍で中断されたと推測した

 同チームはまた、乳房腫瘍の増殖と悪化に関連するタンパク質を含む、12のタンパク質バイオマーカーの分布を発見した。 結果は、BPS 暴露に関連する脂質とタンパク質の重要な機能を示しており、将来の研究では、乳がんにおけるそれらの役割をさらに調査するである

BPS は人間の乳がんリスクを高めるかもしれない

 次に、研究チームは、BPS に暴露されたマウス群の脂質とタンパク質の分布を、人間の乳がん組織サンプルで観察されたものと比較し、同様のパターンを特定した。すべての腫瘍ががん性になるわけではないが、ベンチマークの結果に基づいて同チームは、BPS への暴露がヒトの乳がんのリスクを高めると推定した。

 ”BPA は、工業生産においてあまり研究されていない化学物質 BPS に置き換えられた。我々の調査結果は、BPS が乳房腫瘍の増殖に関連している可能性があることを示しており、同化学物質が人間の健康に及ぼす可能性のある悪影響についてさらに明らかにするために、さらなる研究が必要であると考えられる。長期的には、産業界は BPA と BPS の両方のより安全な代替品を特定する必要があるかもしれない。政策立案者は、BPS の使用に関連する安全基準と規制も確立する必要がある”とカイ教授は述べた。


訳注1:形態素解析(morphological analysis)
  • 形態素解析 (Wikipedia)
     形態素解析(けいたいそかいせき、Morphological Analysis)とは、文法的な情報の注記の無い自然言語のテキストデータ(文)から、対象言語の文法や、辞書と呼ばれる単語の品詞等の情報にもとづき、形態素(Morpheme, おおまかにいえば、言語で意味を持つ最小単位)の列に分割し、それぞれの形態素の品詞等を判別する作業である。

  • 形態素解析とは(IT トレンド)
    文章を意味のある最小の単位に分解して、意味や品詞など判別すること。
化学物質問題市民研究会
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