2007年1月1日タイ・バンコク
日タイ経済連携協定(JTEPA)
バンコク「公聴会」についての報告


報告:土井利幸 (タイ・マヒドン大学大学院博士課程在籍)

掲載日:2007年1月1日
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http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/basel/JTEPA/070101_JTEPA_report.html


 延期の可能性もささやかれていた標記会合ですが、予定通り2006年12月22日に開催され、その模様はテレビ・ラジオでも中継されました。以下、国営11チャンネルの当日午前中の中継と翌23日の新聞各紙の報道にもとづく報告です。

 副首相兼財務大臣の開会の辞に引き続き、壇上の3名が各界(研究者・企業・農水産業)の立場から発言。ここでは、第一発言者でJTEPAドラフト検討委員でもあるソムキアット博士の協定内容礼賛ぶりが目立ちました。質疑応答の時間には、有毒物質輸入に対する懸念の声もあがりましたが、ソムキアット博士は、「その点はこれまでいくども検証されてきたのに、ここであらためて指摘されること自体が理解できない。何が問題なのか詳細な情報を出してほしい」と突っぱね、説明責任を回避しました。約15分間の質疑応答を終えて休憩。休憩時間に局のインタビューを受けた外務省の担当者は、「政府としてはなんら決定を下したわけではなく、いろいろな人びとの意見を聞きたい」と答えていました。

 公聴会の模様がライブ中継され、政府担当者が気軽にインタビューに応じる様子は、日本より数段開かれている印象を与えますが、一応なりとも(選挙で選ばれた議員で構成された)国会での審議が必要な日本と比べタイ側の手続きは不透明で、「いろんな意見を聴取したい」、「まだ決まったわけではない」とくり返しながら、聴取した意見がどのように反映され、だれがどのような手続きを通して議論を尽くしたと判断するかはまったく恣意的です。

 午前中のテレビ中継を見る限りでは空席が目立ち、街頭抗議行動が行われた形跡はありません。22日当日夜のテレビ・ニュースでも大きくは取り上げられていないようです。翌23日の新聞では、英字紙『バンコクポスト』や『ザ・ネーション』、タイ字紙では『プージャッカーン』などが報道しました。それらの報道の中で、市民側の懸念の声を一番具体的に報道している『プラチャチャート・トゥラキット』紙の記事(原文タイ語)を日本語訳で紹介します。


NGOや法律の専門家がそろって日タイFTAを批判
合意をすれば損をするのは誰かと懸念の声
『プラチャチャート・トゥラキット』紙(1、17面)
2006年12月25日〜27日号


 ---タイの副首相(財務大臣兼務)は現政権下でJTEPAを完了させると強調。タイ開発研究所(TDRI)のソムキアット博士も諸手をあげて賛同し、「協定の条項にはタイ経済に対する深刻なリスクはなにもない」とまで発言。一方、市民団体(NGO)・法律の専門家・政治家などは、農水産物や産業廃棄物などに同意できない貿易産品が隠れているのではとの不安の声と、今回の会合が公聴会と呼べるのかとの疑問の声をあげた。

 本紙『プラチャチャート・トラキット』記者の報告によれば、(2006年)12月22日にタイ外務省とチュラロンコン大学経済学部が共催したタイ日経済連携協定(JTEPA)についての公聴会には、この件に関心を持つ一般市民・学者・学生・政府関係者・民間・農業関係者・市民団体(NGO)など約500名が参加した。

 パリディヤートン・テワクン副首相兼財務大臣は開会のあいさつで、JTEPAの交渉はすべて完了し、タイ・日双方に利益をもたらす模様で、実施にうつす価値もあるため、現政権下で片付けられるだろうと述べた。

 しかし氏は一方で、本件について内閣が決定を下したわけではなく、まずは公聴会で意見を聞いてみたいとも述べた。

 また、JTEPAドラフト検討委員の一人であるタイ開発研究所(TDRI)のソムキアット・タンキチャワニット博士は、現JTEPAドラフトの条項にはタイ経済に対する深刻なリスクは見当たらないと述べた(2面の記事で詳報)。しかし、産業廃棄物調査キャペーン・グループのペンチョーム・セーターン氏は協定ドラフトの内容に懸念を示し、ダイオキシン最大発生国の日本から産業廃棄物などの有害物質が持ち込まれるリスクがあり、この件について協定では今後10年以内に輸入関税を撤廃するとし、初年度から関税を引き下げる品目もあると述べた。

 前上院議員で外交小委員会のメンバーでもあったグライサック・チュナハワン氏は討論の席で、外務省は、膨大な数の人びとに影響を及ぼす協定の締結を議会に通す必要はないと言うなど重大な憲法違反をおかしていると発言した。氏はさらに「われわれはクーデター後にFTAに署名するべきではない。政府もクーデター実施後に協定に署名するべきではないと明言している。選挙ではなく指名によって成立した立法議会でFTAを審議する正当性はない」と述べた。

 前商業小委員会メンバーで民主党所属のキヤット・シティアモーン氏は、タクシン政権崩壊後には同政権時代の交渉を現政府がどうするべきか再検討する必要があり、戦略を明確化すれば、日本との件だけを議論するのではなくFTAというものの全体像がはっきりとつかめるようになると述べた。

 キャット氏の見解では、農水産業部門の貿易と改革については、関税障壁ではなく非関税障壁(non-tariff-barrier)と国内保護に問題があり、JTEPAでは2年以内に本件についての協議を行うとしているが、これはつまり2年間この問題が放置され、タイ側にとって利益がないと言っているに等しく、交渉団はこの問題を改善するべきである。貿易産品の製造地の問題も重要で、医療分野についても見直しの必要がある。また、一方が第三国により多くの恩恵を与える場合に日本にも同様の恩恵を考慮するやり方を認めると、タイの利益を損ないかねない。

 サイアム大学法学部部長のジェート・トナワニック氏は、不安の材料として、TDRIの研究者や交渉団が「そんな話は知らない」と言っている有害廃棄物(hazardous waste)の問題など外務省がまだ検証していない件があり、さらに十分な検討を要する点があるとの見解を述べた。記載されていないことにも注意を向ける必要があり、もし見落としていることがあれば交渉団の責任である。また、隠れた課題がないかどうかを見極めることも大切で、キヤット氏が指摘したように、日本が米国との協定に便乗する件については、米国がタイ側とどういう交渉を行い、どのような恩恵を受けるのか見守る必要がある。

 最後にキヤット氏が、情報の提供に終始し、わずかな課題に質問をするだけで時間切れとなった今回の会合を公聴会と呼べるのかと質した。真の公聴会はもっと開かれていて、影響を受ける人びとに対してもっときちんと回答をする必要がある。教員のチュームサック氏とチャルーン氏もFTAウォッチの立場に同調して、今回の意見聴取はいわゆる公聴会の範疇には入らないと述べた。

 製靴業を営むある参加者は質疑応答の時間に、「今回の協定によって恩恵を受ける様々な産業のことも見てほしい。とりわけ製靴業において日本はこれまで市場を閉ざしてきたが、今回の協定ではタイ側も日本で製品をより多く売ることができるようになっている」と述べた。

 産業省からの最新の情報によると、今回の公聴会がJTEPAのドラフトに影響を与えるかどうかは不明である。責任者レベルでの交渉はすべて完了しており、双方とも政府間の署名を残すのみでドラフトを「了承」している点を理解する必要がある。したがって、重要な点でドラフトを変更することに対しては日本側が「了承しないのではないか」。重要な点の変更は合意事項を反故にすることであり、再交渉を意味するからである。

 「オーストラリアやニュージーランドとのFTAに限らず、これまで責任者レベルで合意した重要な点を変更したことはない。われわれにはなぜ公聴会を開くのかが理解できない。合意事項の変更は受付けないからである。ここにおいては国内の政治事情が露骨に見て取れる」と情報筋は語った。

以上



化学物質問題市民研究会
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