■呪われし塔の最上階、サエラの姿は昏く、黒いドレスと黒髪と重なり、彼女は闇の化身にも映って見えた。ユイジェスを冷ややかに視線に映したかと思うと、彼女はシオルと同じ顔で微笑む。 壁に両手を縛られ、繋がれているシオルをユイジェスは横目に確認していた。彼女は気絶しているのか首は深く下がり、髪で顔は見れなかった。しかし汚れた服に、やつれた印象の拭えない細い腕。生きているのか疑わしい程に彼女は憔悴しきっていた。 正直、怒りが込み上がってくる・・・! しかし、ユイジェスは冷静だった。シオルの元に駈け寄ろうとする。 「シオル!」 「待ちなさい」 冷ややかな魔女の声がしたかと思うと、彼女の意思のように風がユイジェスをシオルから弾き飛ばした。 「お前と話がしたいのはこの私よ。ミラマの第二王子は礼儀知らずかしら」 弾き飛ばされ、床に撃ちつけられたユイジェスは慇懃無礼な魔女を恨めしそうに睨み上げた。 「お前は・・・。一体誰なんだ。シャボールの王女はサエリア。サエラなんて王女はいない」 立ち上がり、魔女の正体を問いただす。魔女の後方には暗い空が渦を巻き、時折遠くに雷鳴が見え隠れしていた。 「史実からは、消されたわね・・・」 自虐的に、サエラはくすりと哂った。 「この<塔>で死んだ全ての娘も、生まれなかったものと誰もが忘れられ、捨てられていったわ・・・」 「お前・・・」 ユイジェスははっとする。 この<風の塔>の呪われし過去を。 アイローンの娘巫女に封印され、風の王は呪いを放ったという。 この国に生まれた、全ての双子姉妹、妹側を死に至らせる恨みを。 恐れた民は、生まれてしまった妹の方の子供を、この塔に捧げに来たのだと言う。 むごい話だ。まさか、このサエラも殺された妹側だと言うのか。 ユイジェスの思考は立ち止まる。或る事に気がついたからだ。 殺されていった双子姉妹、妹側。 ・・・妹? シオルは妹を助けたいと言っていなかったか・・・? そして双子。 「私はサエラよ。この塔に捨てられた、王女サエラ。存在は国の上官しか知らないわ。王家に、双子の姉妹が生まれたのは初めてのことだった」 語る彼女は魔女だ。魔族に魂を渡した。 この塔で朽ち、魂が魔族となった・・・・。 変化の神に会ったと言うのか・・・! 魔族を作り出したのは変化の神リモルフ。女神に力を貰い、人や動物は異形と化す。 「姉は、私の存在を知らなかったわ・・・。おかしいでしょう・・・?」 クスクス。彼女の中では、笑えることではないだろう、しかし彼女は含んで笑う。 「姉は、王女サエリアは・・・。何も知らずに、ね」 「・・・・・・・」 彼女の憤りはわかる。憎しみも沸いて仕方がないと思う。 目の前の妹王女はどんなに口惜しかったことか。 見殺しにした国も王家も、彼女には恨む理由がある。殺されるような、彼女に罪があったわけではないのに。 「君のお姉さんは、知らされなかったんだ。仕方ないだろう・・・?」 気休めにもならない。オーラのように彼女から沸き立つ憎しみを、姉を弁護するような言葉をユイジェスは呟いていた。 「・・・・。サエリアを弁護するの。・・・惚れたから?」 わかった口を聞いて、彼女はゆっくりと近付いてきた。 以前と同じように、あの時は不意打ちに口から変化の神の「印」を飲まされた。 危うく、俺は「魔族」にされそうになった。 それをどうやって抵抗したのかは、自分でも良く解らない。 しかし、今近付いてくる魔女サエラは、もっと、自分にとって聞きたくない言葉を持って来ようとしている・・・。 「シオル・スプレアラ。作り名よ」 ユイジェスは眼前の魔女から目を逸らした。 「本当の名前は、サエリア・カナール・シャストレア」 ぐっと目を瞑る。魔女はユイジェスの肩に手を置き、耳元にそっと囁く。 それは赤子にでもするかのように優しい声色で。 「あなたの兄の婚約者よ?いいのかしら・・・」 目を開き、ユイジェスはシオルを仰いだ。 うなだれたままのシオル。彼女がシャボールの王女だったと言うのか。 まさか。違うと思いたい。 違うと思いたい。 「ねえ?悔しいでしょう・・・?あなた、知らなかったのよねぇ・・・。兄の婚約者とも知らず、どうするの・・・?この女、あなたの事を好きだとでも思ったの・・・?」 耳の横で、魔女はユイジェスの心を揺さぶる。 愚かな弟王子のことを嘲笑しながら、兄への、サエリアへの渦巻く感情を愉しみながら。 「あなた、始めから、相手にされてなかったのよ・・・。あなたの事なんてこの女、どうでも良かったのよ・・・。助けを求めにミラマへ行けば、風の剣に選ばれたのは弟王子。仕方なくあなたについて行くしかなかったんじゃないかしら。兄王子は役に立たないんだもの。酷い女よね・・・」 そんな・・・。 そうなのか・・・? ミラマに、兄さんに会いに来た。 けれど剣に選ばれたのは弟の俺の方だった。 だから俺と一緒にいたの。それだけだったの。 「あなたにも、うまい事この女は言っていたのでしょう。でもね、この女はニュエズ王子の婚約者、愛を誓い合った仲よ。おおかた、兄が私に殺されている場合のことも考えて、あなた騙されたのよ。あなたなんて、きっと兄王子の「代わり」でしかなかったんだわ」 サエラが笑う。 その声がぐるぐると頭の中で反響していた。 ミラマの港、追いかけてきたシオル。 口の聞けなかった彼女は、たいてい、何か手帳に書けばまず自分に見せてくれた。自分の胸で泣いて、疲れて眠った。 国境の町で別れ際に微かに触れた唇。 俺の馬鹿な勘違いだったのか・・・? ユイジェスの世界がグラリと傾いた。 「兄さんの、婚約者・・・」 もう何も見えない。もう何も聞こえない。 信じてきたものが音をたててもろくも崩れ去っていった。 「シャボールの国に、守りたい人がいるんだ」 いつか、兄が話してくれた言葉だ。 「その人は・・・。自分に自信がなくて・・・。小さなかごの中の鳥の様でね・・・」 サエリア王女、シオルのことだったの。 「私は、いつか彼女を自由にしてあげたい。彼女の心のままに、生きていけるように」 「ユイジェス。私は、結婚することにしたよ。祝福してくれるだろう?」 俺は・・・、祝福しなかった。 相手も知らず。相手を知った今は・・・。 「祝福してくれるだろう・・・?ユイジェス」 「!」 階段から訪れた人影、彼の囁きに、ユイジェスは思わず手にしていた剣を取り落とした。自らと重なる、ミラマではまれな鮮やかな青い髪が風に揺れている。 暫く会っていない間に放って置かれたのか、いくらか伸びた前髪は優しかったはずの双眸を隠し、ひそやかな口元の笑みだけをユイジェスに見せた。 「に、兄さん・・・」 しかし、兄の姿は異変を示していた。 渇いていない血の跡を残す、長剣を手に下げる兄は恐ろしくて震えた。過去に感じたこともない、自分への怒りを露にしている、弟への嘲りを空気で感じる。 「今でも、お前は反対するか」 兄はもう一度問う。生まれてからずっと、憧れ反発した兄が、ゆらりと長剣を持ち上げた。 「・・・それは・・・」 「ニュエズ様はお嘆きだったわ・・・。弟は反発ばかりで。しかも、自分の物を横から何でも奪っていこうとするのだと。酷い弟ですわね・・・」 魔女サエラは、ユイジェスの動揺を愉しむように軽やかに足を運び、壁のシオル、サエリア王女の横へついた。気を失っていた彼女の頬を叩き、無理やり目を覚まさせる。 気づいたサエリア王女は、二人の王子の姿に唇を噛んだ。 「シオル・・・、その・・・。本当に、シオルがサエリア王女なの・・・」 兄にプレッシャーを覚えながら、ユイジェスは悲鳴にも似た声を上げていた。まだ、本人から聞くまでは、何処かで嘘だと思いたかった。 「そうよ・・・。私が、シャボールの王女サエリア・・・。お願い、サエラを助けて・・・」 「あら。私は助けなんて必要としてないわよ。ねぇ、ユイジェス王子は、お前達の婚約に反対していたそうよ。どうしてかしらね、二人は愛し合っていたのに」 サエラは誘導する、彼女に言わせたい台詞があったからだ。 眉をひそめて苦しみの表情を浮かべる、サエリアに魔女はそっと耳打つ。 「ニュエズ王子は嫉妬しているわ。誰のせいかしらね。「伝説の王子」からも堕とされ、婚約者まで弟に奪われてしまうなんて、滑稽過ぎるわ。これから殺し合いになるわよ。お前を原因にしてね」 ユイジェスは、シオルの後半の願い事は殆ど耳を掠めて聞こえていなかった。 彼女は肯定した、自分が王女サエリアだと。 サエリアは、汚れ、やつれた姿ながらも、想いのたけを込めて二人の王子に懇願する。 「ユイジェス、隠していてごめんなさい・・・。ニュエズ様、私が愛しているのは貴方だけです。あの日の誓いは嘘ではありません・・・。私は、貴方が例え王子でなくても、何者であっても、変わらぬ愛を誓います」 この塔は、いつからこんなに静かだったのだろう、ユイジェスには時間が止まってさえ思えた。 風の音が、消えた。 シオルの、いや、サエリア王女の、痛切な声だけが狙いすましたかの様に自分の胸を貫いていく。 「愛しているのはニュエズ様だけです。ですからどうか・・・」 兄は剣を納め、弟の横を通り過ぎて彼女を抱きしめた。 満足そうなサエラの微笑にも気がつかない。壁に両手を縛られたままのサエリアを愛おしそうに抱きしめ、長い髪をなぞり、何度も口付けを交わす。 覚束ない記憶の中、重なった気がしていた彼女との唇。 兄は知っていて、その全てを消し去ろうとしているかの様に見えた。 微かな痕跡も俺の匂いもすべて。 俺の・・・、勘違いだったんだと・・・。 現実を思い知らされた・・・。 きっと二人の出会いも、思い出も、俺の知らないところですでに終わっていた。 愚か過ぎる・・・。 目の前の兄と恋人との愛の誓いにも心は静まり返るばかりで、どんどん寒くなってくるのを感じていた。 随分、阿呆なことを言ってしまったと後悔する。 兄を越えたいと話した、自分はどんなにみじめだったんだろう。 誰の中で越えたかったんだろう。 すでに兄を愛していた「彼女」の中で・・・。 越えられはしなかった。 結局、兄さんに勝てる事なんて何もなかったんだ・・・。 どうして夢を見たんだろう。 そんな空想を。おとぎ話を。 自分を選んだ剣も、精霊も、自分を買いかぶり過ぎていたのだと思った。 こんな自分、誰にも選ばれはしない。 全身から力が抜け落ちて、そのまま倒れていく自分が見えそうだった。 「ユイジェス王子、その<風の剣>、こちらに渡してくれないかしら」 うちひしがれていたユイジェスに、遠慮もなく魔女は手を差し伸ばした。 「ニュエズ王子も、それを欲しがっているわ」 サエラの言葉に反応して、兄王子もサエリアから離れ、ユイジェスを見下ろす。 「それは、ユイジェスが!ニュエズ様には抜けない剣です。目を覚まして下さい!ニュエズ王子!」 「うるさい!黙れ!」 叫んだサエリアは、サエラに激しく叩かれ、黙らされる。 「シオル・・・」 彼女が叩かれても、兄は無反応だった。 それを見たユイジェスは、自分の中で何かが燃えるのを感じていた。 「・・何?・・・なんで何も言わないの・・・」 「まだ、質問の答えを聞いていないな。そして、<剣>も渡せ」 威圧的な兄。馬鹿げたくらいに兄の双眸は歪んでいた。許せない。 「・・・婚約者が、こんな目に会ってて、大事な彼女が叩かれても辛そうにしていても・・・。兄さんは何も言わないんだ」 火を噴くような怒りが燃え上がってくるのを抑えられない。 質問の答え・・・?二人の結婚を祝福するか否か。 そんなものは・・・・。 「兄さんになんて渡せるもんか」 後先も考えず、叫んでしまいたい。自分の方がずっと大事にできる。自分の方がずっと彼女を想ってる。誰にも渡したくない。 例え兄さんでもだ。 「ユイジェス!剣は渡さないで!そうしたら、風の王が自由になってしまうの、封印が解けてこの塔から自由になってしまうの・・・!ああっ・・・!」 サエリアは再び、サエラに襟首を捉まれ、壁に打ち付けられ軽く気を失う。 「お前にしか抜けないか、お前が死んだらどうなるだろうな。もしかすれば、代理人に私が選ばれるかも知れん」 「本気で言ってるの」 「本気だ。・・・ユイジェス、・・・お前は邪魔なのだ」 後方でやりとりを見つめる、魔女は理由を知っている。 先ほどの愛撫、しかしサエリアに涙がよぎったのを兄王子は見つけていた。 兄王子が執着するのは名誉でも伝説の王子としての栄光でもなんでもない。弟の知らぬ孤独、自分の意味を探してきた深い孤独に、唯一光を差し込んだ女、サエリアすら弟の元へ行ってしまうなら・・・。 頭では抑えきれない慟哭が、弟さえいなければと兄の心を震いかける。 弟にしてみても、兄の存在は邪魔だ。 これまで兄の威光に隠れてきた未熟な弟。 二人で殺しあえばいい・・・! 伝説のミラマの王子、アイローンへの復讐だ。魔女サエラは我が胸を押さえてほくそ笑む。 先に兄王子は動いた。 憎さ余る弟、剣に選ばれ顔つきも随分様代わっていた。かけらの容赦も無く、一撃で息の根を止めようと振りかかる。 「嫌いだ!」 日常良くもらしていた兄への台詞。剣戟は大地の王の盾で受け、反撃にユイジェスは<風の剣>を回転させる。どうやら、精霊に見放されてはいないようだった。 しかし、兄の姿は捕まらない。 横に気がつくと炎の「印」が襲い掛かってきた。 「うっ!」 本当に容赦が無かった。人相手に攻撃魔法は兄は滅多に使わない。もう、分別もかき消えているのだと知った。 「・・・っこの!」 短期間で腕を上げたユイジェスではあったが、長い年月彼の上に誇っていた兄にすぐに追いつけるものでもない。 さすがに殺意のないユイジェスには分が悪く、すぐに深手を負わされた。 「あはは。ユイジェス王子はさすがに骨があるようね。レーン王女や、あのエルフの魔術師より、ずっと面白いわ」 「・・・なに・・・!」 聞き捨てなら無い嘲笑に、ユイジェスは気を削がれてしまう。 「死ね・・・!」 そう、兄の言葉が聞こえたかも知れない。 「うぅ・・・っ!」 背後から斬り落とされたユイジェスは、どさりと石の床に倒れて呻いた。 「二人とも、そのニュエズ王子が討ち捨てて来たわよ」 その兄が倒れたユイジェスの髪を掴んで引き上げる。 「・・・・・」 悔しさと、憎しみの限りにユイジェスは兄を睨んだ。 「・・・まさか、レーンとサダまで、手にかけたの」 「・・・そうだ」 言う事を聞かない腕を強引に持ち上げて、弟は兄を殴りつけた。 「最低だ。・・・レーンもサダも、兄さんを心配してここまで来たのに!!」 兄は、その叫びを鼻で笑った。 しかし・・・。 床に這いながら見上げた兄の瞳に、悲しみが色を灯すのに息が止まる。 「ユイジェス・・・。どうしてだ。どうしてお前なんだ。だからこんなにも苦しい・・・」 「・・・・・・」 「そんなに、兄が嫌いか。そうだったな・・・」 兄の嘆きは聞いたこともない、一変して弱くなった兄の輪郭に弟は激しく戸惑う。 「・・・・・・」 「しかし、頼む。ユイジェス、王女だけは・・・」 おそらく初めて自分にすがりつく兄。 「他は持って行けばいい。いくらでも。レーンもサダも、世界すら、お前のものになるだろう。しかし、王女だけは、私から奪っていくな・・・」 世界は泣いている。 レーンから聞かされた言葉がこだまする。 兄も、兄も泣いていたんだ。 「どうして、「二人」だったのだろうな・・・」 自虐的な兄の微笑み、視界に、兄の姿がかすむ。 「お前だけいれば、良かったのならば・・・」 斬られた背中から尽きない出血、兄にもはや攻撃も怒りも向ける事ができず、ユイジェスは床に脱力していた。 兄さんを踏みにじってまで、俺だって進みたくない。 「わかったよ。もう、王女のことは諦めるから・・・。だから・・・」 「あらあら。つまらない茶番になってしまったわね」 兄の後ろに魔女の声。危機感に顔を上げた時にはすでに遅い。兄の剣を奪い、その剣で第一王子の胸を貫く魔女の姿にユイジェスは血の気を失った。 |
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■「サエラ・・・!」 見上げた先に閃いた魔女の悪しき瞳は、繋げて起こった旋風に遮られる。 バシュバシュバシュ・・・! 旋風はカマイタチを纏い、兄弟の体を引き裂いた。 「兄さん・・・!」 「剣は頂くわよ」 倒れた兄王子に這いつき、揺さぶったユイジェスの手からサエラは<風の剣>を奪い取る。 「はうっ!」 しかし、触れた手からの衝撃にサエラは剣を取り落とした。剣の方からサエラを拒んだらしかった。 「おのれ・・・。邪魔するか、アイローンめ」 屈辱にサエラは顔を歪め、ユイジェスを鬼の形相で睨みつける。 「兄さん!しっかりして!」 ユイジェスは叫んで兄を呼ぶが、胸を貫かれたニュエズ王子は意識を失ってぴくりともしなかった。放っておけば確実に死に至る。 「ユイジェス・マラハーン。お前以外は、剣を抜けないのは本当のようね。・・・忌々しい・・・」 サエラは、ニュエズ王子の長剣を片手に、剣先をユイジェスの鼻先に突きつける。 「私は、風の王ジークは、この塔から出たいのよ。出れないのよ。・・・忌々しい、アイローンの娘の封印によって・・・」 魔族の女王リモルフの力を借り、魔界の扉を開けて「外」を攻撃する。自分では残像しか飛ばせない、不自由な自分が恨めしい。 先程魔界への扉を塔の傍に開いたが、思うように力が放出できないでいる。 忌々しい・・・、このアイローンの王子がいるせいなのか。 「この塔の封印を解け・・・!お前にしかできないわ。この塔を崩せ」 ユイジェスは、彼女の憎しみのオーラのように渦巻く風に顔をしかめる。 受ける印象は全く違うけれど、精霊の存在感が近くにある。<風の王>が近くにいるのを感じるんだ。 「サエラ・・・。<風の石>は何処にある・・・?」 この塔にきたもう一つの目的、<風の石>を手に入れること。 風の王ともユイジェスは話をしなければならない。 そして、さっき、サエリア王女が頼んだ、「サエラを助けて」と・・・。 しなければならない事はたくさんある。サエリアを助け、兄を助け、サエラを救い・・・、風の王を説得しなけらばならない。 すでに挫折しそうになっていたが・・・。 「風の王、話を聞いてくれ・・・!」 大地の王とは違い、歓迎されないことは知っていた、しかし全身で第二王子は叫ぶ。 「!」 王子から逆風が吹いたように、サエラはびくりと反応して後じ去った。彼女の中から光が放つ。 そう、<風の王>の声は魔女の中から轟いて来たのだ。 魔女の中に<石>はある・・・! 「即刻封印を解くのだアイローンの王子よ…!再び我を使役しようとするか。我は従わぬ。我の自由をもたらすものはリモルフのみ。お前の声など聞かぬ…!」 風の王の発言に、サエラは耐えるように胸を押さえていた。自分の中の嵐に苦痛の汗を流す。 ジークの感情がここまで高ぶったことはかつてない。憎む王子の再来がそこにいるのだ。その王子が自分に何を語ろうとするのか、王の感情が逆鱗にふれる。 「自由が望みなの・・・・。サエラ、君も、そう・・・」 空気自体が重く、ユイジェスは背中の傷もあり、とても立ち上がることはできなかった。兄を後ろに庇いながら、屈んで世を恨む二つの存在の叫びを受け止める。 「そうだ。我はただ世界を自由に奔りたかったのみ。その自由を奪ったのはアイローン。その意志を受けし王子よ、貴様だけは許さぬ。その我を封じる忌まわしき剣でこの塔を崩せ。その後でその身、塵も残らぬ程切り刻んでくれよう」 「リモルフは、王に自由を与えてくれますか・・・。この、消えていこうとしている世界を・・・」 風が自由に世界を奔り周りたいのは当然だと思った。小さな石や、せまい塔に閉じ込められるなんて耐えられないんだろう。 それも、何百年もの間。 心の神によって「心」を与えられた精霊たちも、人と同じ感情を持っている。 恨み憎しみ、持って当然なんだ。 「私は復讐だけが望みよ。このシャボールへのね・・・。貴方の後で、結局サエリアも第一王子も、皆殺しのつもりだったわ。その後でジークと共に、変化の神と共に世界を滅ぼしてやる・・・!」 生まれたことも喜ばれず、塔に捨てられたもう一人の王女サエラ。復讐のためだけに変化の神の力を借り、魔族となって蘇った。 「・・・いけないよ。君の姉は、君を助けたいって、言ってるんだよ・・・?心配していたんだ。復讐も憎しみもわかる、でも、もう止めよう・・・」 忘れてはいけない。 「もう誰も泣かせない」そう誓ったことを。 「サエラ、君は人に戻るんだ。サエリア王女も、それを願ってた」 最初に会った時リカロが話した。<封じられた神々の涙>を集めたものには、何でも願いが叶うのだと。嘘かどうかは知らないけれど、きっとシオルはサエラの事を願っていたんだ。 「何を馬鹿なことを・・・。リモルフの洗礼はかき消せないわ」 魔女は胸を押さえたままで、嘲笑に口元を動かした。 「大丈夫。俺達は<真実の神>に必ず会うから」 変化の神に対抗できる唯一の力、それが真実の神。 魔女サエラは、今度こそ第二王子から圧倒される風が逆にこちらに吹いてくるのに怯んだ。 |
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■おかしい・・・・。 魔女サエラは、立ち上がった第二王子に自分が恐れを抱くのに驚愕していた。 おかしい。何故立ち上がれる? 私の、風の王の、変化の神の力で、私が押されるはずがないのに。 青い髪の王子はゆっくりと立ち上がった。 「真実の神なら、きっと君を助けられる。行こう、サエラ。君をきっと守るから」 ユイジェスは彼女を誘う、想う王女の願いのために。 「・・・・・・」 サエラは後退していた。無意識のうちに・・。 「気づかぬか、サエラ…。王子の中に、真実の神が見える…!」 「なんですって・・・!そんな馬鹿なっ!」 凝視した、その王子が不似合いな程に、にっこりと微笑むのをサエラは撃たれて見つめていた。 何故、微笑むの? 今まで、彼女の周りに吹いていたはずの風が、幻だったかのように姿を消す。 私に、微笑んだ者なんていない。 「・・・ごめんね・・・、サエラ」 いつの間にか目の前にいた王子は、何故か謝って自分を抱きしめる。 「ごめんなさい。風の王」 過ぎた過去はやり直せない、そして閉じ込めてきた制限も無かったことにできない。 「世界を、君たちに渡すから。どうか見ていて」 ・・・何て言ったのだ・・・・?サエラも、風の精霊王も王子の言葉を疑った。 「塔の封印を解くよ。そして、二人には何の制限もしない。使役もしない。何も手伝わなくてもいいです」 風の王に王子は伝える、風の力はいらないと。 <封じられた神々の涙>は、盗賊ザガスにさえ奪われなければいいのだ。 ユイジェスはそう思った。 「けれど、世界は消えかかっています・・・。新しい世界で、リモルフのもたらした世界で風は自由に奔りたいのかも知れない。でも・・・。世界には、<大地>もあって、人もいて。<水>があって・・・。皆がいる世界こそ、きっと綺麗だと思うから。世界は必ず生き返ります。そうしたら、生き返った世界は皆にあげます」 サエラは王子の声に震えてしまっていた。 自分を抱きしめたものなんていない。親でさえ自分を抱きしめはしなかった。 けれど・・・。知らなかった、自分の全身が、胸が焼けるように熱い。 「王子・・・!!」 最期に、サエラは初めて何かをぎゅっと抱きしめた。 「私は消えたくない・・・!消えたくない・・・!」 けれど消えてしまう。自分は変化の神と、風の石の力で形を成している存在であったから。 「サエラ・・・?どうして消えるの、消えなくていいんだよ」 サエラは首を振って涙に濡れた。 「王子には真実の神がついているのね、私の中のリモルフの力が消されていく」 はっとしてユイジェスはサエラから離れた。自分が抱きしめたせいで彼女が消えてしまうなんて。 「どうして離すの・・・。また、私は一人消えていくの?・・・構わないわ、誰かに愛されて死ねるなら・・・。どうせ、風の石は、私が消えなければ手に入らないわよ、ユイジェス王子」 「・・・そんな・・・」 「もともと死んでいたんだもの。何年も前に・・・。当然の話よ」 儚い姿で立ち尽くすサエラは、無言でユイジェスを求めていた。 「一人で死にたくはないわ。世界はいらない。今だけ私を愛して」 「それしかできないの・・・」 「それだけでいいわ」 抱きしめた、過去に消えた王女。 以前に自分の胸で泣いた、シオルにも重なって切ない。 しかし、余りにも儚く、また、彼女も幻のように音も無く消えていった。 「どうして私、妹だったのかしらね・・・」 悲しい微笑を残して。 あの日、捨てられた日、赤ん坊だった私はひたすら泣いていたの。 寒くて、淋しくて。本当に寒くて・・・。 「たすけて」、「たすけて」と声を上げて泣いたのに、誰も、誰も私のことなんて心にもとめなかった。誰も私を抱き上げる事はなかった。 私の魂は、塔の中で永遠のように嘆き、やがてそれは憎しみへと姿を変えていったわ。 変化の神の意志が私に語りかけた。 私は復讐のために力を受け、甦り、<塔>の最上階に封印されていた<風の石>に手を伸ばした。王とは同じ憎しみを共用し、私達は行動に出た・・・。 初めて見た両親は、私の姿に怯え、「魔女だ!殺せ!」と周りに命じた。 姉は、私の事も知らず、知らされた事実に震え、ただ「やめて!」とばかりに泣きわめき、逃げて行った。余りのうるささに、奴の「声」を消したそのままに。 「大丈夫。忘れないよ。これから先も、絶対にサエラのこと忘れないから。こんな塔はもう消える。後には綺麗な花でも植えるよ。好きな花とかない?」 どうして自分は妹だったのだろう、そう後悔させる王子の言葉。 逆に私が生きていたのなら、どんな出会いができたのだろう。 「青い花がいいわ」 サエラの消えた後、小さな石が一つ、コツンと小さな音を立てて落ちた。 それは薄く青緑に光る<風の石>。ユイジェスはがくりと膝を折り、光る石を両手に握りしめ額に当てて祈りに泣いた。 風の音は冷たく、無言でユイジェスの反応を見張っているように感じた。許した訳でもないだろう。自分のこれからの行動をこれから見てやろう、とでも言うような威圧を石は放っている。 中にいる風の王ジークにとっても、サエラは同じ悲しみを知る大事な娘だったに違いない。 何が悪かったのか ユイジェスは風の石を剣の柄に嵌め、腰の鞘に静かに納めた。 「もう、泣かないで・・・」 沈黙の塔に微かに響いた彼の言葉は、一体誰に向けられたものだったのか・・・。 |
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