■『山』は激しく揺さぶられたが、その後急に静けさを保った。
ユイジェスが戻ってくると、仲間も司祭達も彼の元にわっ押し寄せ無事を喜ぶ。
「もう、大丈夫。誰でも山に入れます。俺とだけ話したかったらしくて」
「そうですか」
祠に止められていた参拝客に報告に行く司祭達。これで混乱は解消する。
仲間達だけが残ってから、ユイジェスは笑顔になって、「会ってきたよ。一緒に戦ってくれる」と左手の手甲を見せた。必要に応じて盾となる<大地の盾>がそこに存在している。

「やったあ!!すごいすごい!ユイジェスすごいよ!」
我を忘れておおはしゃぎのリカロ。皆笑顔で、ユイジェスを労い、褒めちぎった。
「レーン、君の、言ってた意味がよく分かったよ」
夕暮れ、山頂で彼女が話してくれたこと。世界は泣いていると。
レーンは聖地の最高司祭の娘だ。知っているのかもしれない。もう、世界には<神>がいないことを。
「そう・・・」



司祭達に挨拶をし、彼らは早急に『山』を降りるつもりだった。
次はミラマの南の国。砂漠を抱えるシャボールの国の<風の王>に会いに行く。そこで、シオルの妹も助けなければならない。
<風>を操る者は魔族らしいが・・・。

また旅立つ仕度をしながら、レーンは一人沈んでいた。早めに仕度を終えて、外で山並みを見つめ呆然としている。遠い南にはミラマの王城が伺える。
「どうした。レーン。パッとしないな」
横にルーサスもやって来る。彼女の事を王女とは言わないことになっていた。王女の彼女を狙う不逞の者もいる。
「・・・本当にユイジェスが勇者なのね・・・」
ぼそりと零す。分かってはいるが、なら「彼」は何のために在るのか?痛たまれない気持ちになるのを隠せなかった。

「ああ、本当に奴は勇者だな。英雄だ」
感心したように頷きながら、ルーサスは答えた。
「いいじゃないか。二人できっといい国にしていくさ。それも勇者だろ」
「そうね・・・」
確かに、それでいい。いちいち心揺らしたりしてはいけないと思った。
「貴方も、国の勇者よね。国を背負って・・・」
一瞬、ルーサスは表情が止まる。2,3秒無言で。目を伏せて手を振りつつ首を振った。
「違う違う。お前らとは違う。俺は国なんか背負っちゃいない」
「え・・・?どうして。貴方はサーミリア様の息子なのでしょう?<輪>まで受け継いで」
ラマスの事は詳しくはないが、サーミリア・ディニアルの息子で、<真実の石>まで手にしているのなら、彼はラマスの大いなる希望のはずだ。
彼女の次に神殿を、国を支えていく者に違いない。
「色々事情があるんだよ」
「事情って」
「他にもいるんだ。俺なんかより相応しい奴がな」
どんな人間だ?とレーンはけげんな顔をしたが、ルーサスは答えず、「後で迎えにくるよ」と宿の方へ戻って行った。他に誰がいただろうか、暫くずっと彼女は考えていた。

部屋に戻ると、ユイジェスが地図とにらめっこして待っていた。
ユイジェスは隣の国シャボールには行ったことがない。行ったことがあるのは聖地とレーンの国くらい。自分の国ミラマだって詳しいわけでもない。
ほとんど出歩いたことなく過ごして来た、そのツケに今苦しんでるようでもあった。
「馬車でこう、来て、ここが国境の町ギマ。そこからシャボールの王城で・・・」
目指す<風>のいる廃塔は地図には載っていない。
シオルの話では、王城の外れにあると言う。
乾燥した気候で、王城付近はそうでもないが、国土に大きな砂漠を持つ。ミラマの南、小さな国だ。

「レーンみたいに馬でも使いたいとこだけどな。さすがに何頭も買う金はないからな。人数もいるし、馬車でいいだろうな」
「レーンも借りたんだよ。すでに最初に会ったとき馬潰されちゃってたって言うし。俺もそんなに旅費持ってきてないもんね」
いくらか持ってきてはいたが、馬を買えるほどは持っていない。先のことも考えて。
「いざとなったらいくらでもせしめられるけどな」
荷物を背負いながらのルーサスの台詞に、さすがにユイジェスは眉を潜める。
「止めてよ。いくらなんでもさ・・・」
「冗談だよ」
悪びれず、笑って言う。ユイジェスはちょっと聞いてみた。
「ルーサスってさ、元盗賊って言ってたけど、どの位盗賊やってたの」
「・・・・」
なんとも言えない間が降る。ルーサスの視線はどこか泳いで、首の後ろ辺りを彼は掻きながら、つまらなさそうに言った。
「さあな・・・九年・・・ってとこかな」
ユイジェスはありえない位に驚きに噴出した。
「九年〜〜!?何それ。だって同い年だろう?そんな小さい頃から、どういうこと!?」
「・・・・」
狼狽するユイジェスに、ルーサスは言うんじゃなかったと言う顔をして、少し目を細めた。
「どうでもいいだろう、そんな事。今は、もう、足洗ったんだからさ」
出発しようと部屋を出ようとする。その横顔にどうしようもない悲しみを覚えて、ユイジェスは後を追いかけていた。
「・・・なんで盗賊辞めたの」
それに、ルーサスって言われのある人の息子じゃなかったか?レーンがそんな事を言っていた。
神殿の<神器>を手に出来てる者が元盗賊(しかも九年)なんて言うのはどこかおかしい。
「辞めるのに理由が要るのかよ。続けてていい事じゃないだろ」
「・・・うん、まぁ、確かに、ね・・・」
リカロやシオルもやってきて、そのまま疑問は消されないまま宿を後にされた。


■馬車での五人の旅は始まり、途中の休憩場所や、宿も楽しい時間になった。
今までルーサスと二人旅だったリカロは人数が増えて嬉しいし、何より友達が増えて嬉しいらしく、常に誰かに声をかけている姿が見えた。

宿での夕食も彼女が一番喋っているし、食べる手も弾んでいる。男二人よりも食べてる感じがするぐらいだった。
「あんまり食べて太りたくないよなぁ・・・太らない体質だけどさ」
「何それひっどい!別に太ってないもん!!」
「お前の事とは一言も言ってないって」
二人は、よくじゃれ合っていて、そんな時はすごくいい顔をしている。先にルーサスが一人席を立ってからは、羨ましそうにレーンはぼやいたものだった。
「仲いいわねー・・・」

リカロは照れながら、ちょこっと否定したけれど。レーンとリカロのやりとりを見ていて、ユイジェスはちょっとシオルが気になった。今に始まったことじゃないけど、どうしても気にかかる。
部屋に戻ろうとする彼女を引き止めて、こっちの部屋に誘ってみる。ルーサスは風呂に行ってるし、誰もいなかった。
「急にごめんね。違ったら悪いんだけど・・・シオルってレーンの事苦手じゃない?」
座らせて、横にユイジェスも座る。彼女は口が利けないから、細かい事は書いてもらわないといけない。すぐそれが読めるように横にいる。
すぐに返事は来ない。彼女は考え込んで俯くので、ユイジェスは軽くフォローしておくことにしていた。

「レーンはさ、最初ちょっと怖かったかもしれないけど、今はさ・・・。ほら、シオルはリカロには近づくけどさ、レーンには行かないじゃない?やっぱり苦手なのかな・・・と思ってさ」
申し訳なさそうに、微妙にシオルは頷いた。
「・・・なんで?やっぱりちょっと怖いの・・・?」
王女だから付き合いにくいとか、それはないと思っていた。自分には別に不自然なとこはない。同じよ
うに王族の者だけれど。
「シオルとかにはきつくないじゃない・・・?女の子には優しいというか。俺とかには結構手厳しいけど」
彼女のフォローすればするほど、シオルの表情はだんだん沈んだものになっていった。いろいろ頑張るユイジェスの言葉が、どこか素通りしている感じもあった。
シオルはユイジェスからもらった手帳に小さく書き記す。
「素敵な人ね。優しい人。私が、苦手なだけなの」
(素敵なのに苦手なの・・・?)
笑わないシオルの横顔が、なんだか辛そうに見えて更に困惑が募る。
素敵なのに苦手、って。
(嫉妬・・・?)
シオルから見たら、レーンはまぁ、気が強くて、どこか強そうに見えて、しかも一国の王女だし、黙っていれば(失礼)美人でもあるかも知れない。
でも、シオルだって変わらないと思うのに・・・。

「その・・・徐々に、仲良くなっていけたらいいね」
リカロみたいに、気兼ねなく接していけたら。
「シオルもさ、優しいし、同じだとおもうよ?」
見上げてくる彼女の視線は、とてもせつなげに見えた。微かに潤んでいる?じっと、見つめてくるその藍色の瞳に、動けなくなる。
ふいに、諦めの色を見せて、彼女は視線をそらした。
「ありがとう」と唇を動かし、無理したかのような笑顔を見せて、シオルは部屋から出て行こうとした。
「待って」
呼び止めて、彼女とドアの間に入る。
両肩を掴んで、視線をそらす彼女になるべく優しい言葉を選ぶ。
「ねぇ、何か、・・・・言えないことなの。そんなに辛そうなのに、俺達じゃ話せない・・・?」
見ていれば解る。何か抱えているんだ。そして誰にも言えないでいる。
一人で苦しむのは止めて欲しいよ。

そう・・・俺は決めたんだ。心に決めたんだ。
もう、誰にも「泣いて欲しくない」と・・・・。

「妹さんのことなの?他の事?力になるよ」
シオルはぎゅっと目を瞑って頑なに視線を逸らす。ユイジェスの優しい言葉に耳を覆った。強引に、ユイジェスの腕を振り払って、乱暴に部屋から逃げる。
いきなりの拒絶に、ショックで、ドアの前にユイジェスは立ち尽くした。

(どうして・・・?)
言いようのないショックを感じていた。
レーンに、「嫌い」と罵られた時より尚ショックだった。
何て言うのだろう、こんな気持ちは・・・。
「悲しい」かも知れない。心の動揺が収まらない・・・。


シオルはそのまま外に飛び出していた。
押さえていたものが切れて、口元を覆って嗚咽する。宿の影に隠れて、人目を気にせず泣きむせた。胸が苦しくて、息が苦しくて、涙が目に染みる。
(いつから、いつから私は変わったのだろう・・・)
消えてしまいたい・・・そう思った。妹さえ、助けてくれればもう何もいらない。私を消してしまいたい。
 「レーンのこと、苦手?」
そうよ。一緒にいるのが辛い・・・。話せばいいのに。正直に。そして、今の自分の気持ちを。
(今の自分の気持ちってなに)

言えるわけがない・・・・! 

誰に言えるというのだろう。どんな顔をして。どうして私は変わったのだろう。
こんな事さえなければ、何もきっと苦しまなかった。
妹の事さえ、きちんと話すことが出来ない。いずれ全て解ってしまうのに。

(ごめんなさい。ユイジェス、ごめんなさい・・・。レーン、リカロ、ごめんなさい・・・)
夜空に彼女は懺悔し続けた。

帰りたくはなかった。
けれど、妹にはもう1度会いたかった。それで最期にすればいい。

泣きはらした顔が落ち着く頃、見計らってシオルは部屋に戻った。心配した二人をなかなか納得させられなかったけれど。


■悲しい夢。
もう、何度繰り返して見ただろう。

ユイジェスの奴が沈んでいたのに、俺まで感化されたのかも知れない。
盗賊の頃を思い出したせいかも知れない。
でも、俺はまだ盗賊なのかも知れない。

何が違う。俺は神官でも何でもないんだ。期待されてはいるけどな。
生憎、神殿のために何かする気はない。
ただ一人のためだけだ・・・。失ったあの人のため。

忘れないこの道。死に物狂いで走った。盗んだ馬まで殺す勢いで。邪魔する奴は全て蹴散らして、他には何もかもがどうでも良かったのに。

城内の景色。今はまた変わっているだろうが。
何処にいるんだ。何処に連れて行った。
城には中庭が造られていた。美しい泉を湛えて。そこに求めた人の姿を見た。
叫んで、駆けつけた。

嘲笑う男の姿。
許さない・・・・

泉に浮かんだ死体。何故殺した。
哂うな。耳障りな声。許さない。
お前だけは決して許さない。必ず、お前だけは俺がこの手でぶち殺す。

思い出される優しい声。笑顔。手。
「ルーサス・・・」

「母さん・・・!!」 

知っていた?初めて知った人の優しさ。貴方だけが俺に教えてくれた。
その想いに俺がどれだけ震えたか。
冷たい体。白すぎる顔。もう決して目を開ける事もない。
口を開く事もない。永遠に失った、俺の夢・・・。
奪った男が悪魔のように微笑む。この世の全ての憎悪をぶつけてやりたい。

「ザガス・・・!!」 


      飛び起きる。
息も荒く、冷汗もかいていた。

「大丈夫!?」
ユイジェスが心配そうに覗きこんでいた。はっとして身構えたが、思わずその怒りのまま、冷たい事を言いそうになるのをぐっと堪えた。
コイツはシオルに拒絶されてへこんでいたばかりだった。俺まで攻撃したくはない。
「お母さんって、言ってたけど・・・」
唸されていたんだろう、初めてのことじゃない。
「ユイジェス・・・」
声に潜む重い響きに、ユイジェスはどきりとした。暗闇の中、映るルーサスの顔は初めて見るような暗いものだった。いつもはもっと覇気があるし、どこか不敵さもある。
「俺がザガスを追っているのは、国のためとか、世界のためとかじゃない・・・。母親を殺されたからだ」
確か、サーミリア・ディニアル。ラマス神殿の最高司祭だった。
「お前は、割と脳天気だから、俺の事も、俺の話も、案外すんなり聞くかもな・・・」
自虐的な笑み。額の汗を拭いながら、ぽつぽつと話を繋ぐ。
「脳天気じゃなくても、ちゃんと聞くよ。別にいいじゃないか、母親の仇でも」
何が悪いんだ!と言いたげなふくれた口調。
「誰が許しても、俺は自分が許せないんだ」
後が続けられないような事を言う・・・。

「いつか全部話す・・・。責められる事も、あったとしても、もう散々喰らって来てるんだ。今更数人増えたところで、痛くも痒くもないな・・・」
ユイジェスは握りこぶし。案の定頭を殴りつけていた。
心配や寂しさよりも怒りが先に立ってしまった。
「責めたりなんかしない!」
びしりと言い切ってみせる。
「誓ってもいいね!そんな事しない。馬鹿!」
「・・・・お前は・・・」
恨めしそうに、呆れたように、ルーサスは笑うしかなかった。
ひたすら、笑うしかなかった。

拒絶したり、するだけ無駄だと思った。
起こした事を謝って、笑ったままルーサスは布団を被った。
「馬鹿にしてんの。ねぇ」
「褒めてんだよ。まぁ、いいから。いい夢見れそうだよ」
「・・・・なら、いいけど」
ひょっとして、嬉しそう?そう思えてユイジェスも引き下がった。暫くは怒っていたけれど。
自分はルーサスの事責めたりしないさ。何があるのか知らないけれど。

頑なにそう思って、ルーサスが寝付いてから、ようやく彼も寝る気になった。
しかし、さすがにシオルに怒ることはできないのだけれど。


■翌日は生憎の雨模様で、窓に微かに雨の打つ音が聞こえていた。しかし、先をいそぐ彼らはまたもや馬車に揺られている。『大地の霊山』を立ってから三日、ようやく国境まで半分来たかという程度だった。
雨の日のせいか、乗客は少なめで、五人の他の客はまばらだった。
そんな中で、口数は少ない・・・。
リカロとレーンぐらいがたまに喋るくらいだった。元々、ルーサスは無口だし、我関せずと言う態度。シオルはただでさえ喋れないのに、昨日も明らかに泣きはらして遅くに帰ってきて、それでも何も言わない。そして、更にユイジェスと何かあったみたいで。

時々ユイジェスもシオルのことを気にしているけれど、声をかける勇気まではないらしい。シオルはユイジェスを遠ざけているし。逆にレーンの方に来るようにもなっっていたが・・・。

リカロは重い空気に不満を明らかにしてふくれていた。
こっそり、ユイジェスに耳打ちして聞いてみる。
「ユイジェス、シオルに何か言ったの・・・?」
「・・・まぁ・・・ね・・・」
ユイジェスは深々とため息で答えた。
まだ、聞いてみたいけど、また逃げられるのも怖い。避けられてる身としては、もう諦めムードに入っていたりする。
「レーンとはなんか話すようになってるしさ、なんだか、俺が嫌がられてるみたいだ」
「・・・逆じゃないかなぁ・・・」
リカロは頬をかいて、困ったように呟く。
「シオル、泣いてたんだよ。泣きはらしてさ・・・。言えない理由があるんじゃないかな。ユイジェスといるの辛いんだよ、多分・・・」
今日は、目を合わせてもらっていないから、そこまでは気づかなかった。
また、彼女のことが気になり始めてしまう。
レーンと座っている。その横顔は無理している気もする。

雨の音に耳を傾けながら、ずっとシオルのことを考えていた。

最初の休憩の街へ辿り着く。まだ雨は続いていた。

休憩にお茶しながら、店の主人から嫌な噂を聞くことになる。
シャボールでの魔物の噂だ。王城付近で、魔物が出没しているらしい。その上、王城付近は壮絶な砂嵐で、近づく事さえ出来ないらしい。
果たして、ニュエズ様は城へ行けたのだろうか・・・レーンは不安になった。
もう、とっくに着いていてもいいはずだ。
「ご丁寧に暴れてくれてるな・・・魔族さんもな」

王城はどうなっているのだろうか?攫われた王女と言うのも気になる。
ユイジェスが聞いた声からすれば、魔族の女と<風の王>は塔から出られない様子。だから塔で激しく暴れているんだろう。
仲間が討論する中、相変わらず、シオルは沈痛な面持ちで固唾を呑み続けていた。

シャボールから逃げてきている人々も多いらしい。
呪われた城だとか、魔族に乗っ取られたとか、誰も皆勝手な事を言っていた。
近くの街が魔物に襲われても、城からは何の助けも来ないと、王家の評判も最悪だった。聞いているうちに、さすがのレーンも同情じみた感情に苦虫を噛む。
(一体どんな城なのかしら。そして王女は)
レーンはニュエズ王子の足跡も探したけれど、ここでは掴む事ができなかった。
<命の神>に祈る。第一王子の無事を。


雨は止まない。
三日目の夜、宿で再度、ユイジェスは意を決してシオルに声をかけた。
リカロやレーンも気にしていたことなので、部屋にシオル一人を残し、二人で話ができる場所を作ってくれたのだった。
ユイジェスと二人になると、シオルは窓際に立ち雨を見つめた。静寂の中、雨の音が微かに心地よい。
「もうすぐシャボールだね」
後ろに立つ。窓にユイジェスが映っている。でも、その窓に映る彼の瞳さえ見つめられないシオルがいる。
「シャボールの、城とか、魔物とか、聞くたびに思いつめた顔してたね。不安なの・・・?」
ゆっくり首を振る。ユイジェスの事は信じている。不安はない。
「ね、怖がらせたんなら、ごめんね。もう、聞かないよ。言わなくていい。だから、せめてさ・・・、一人で苦しんだりしないで。泣いてもいいよ。ただ・・・、一人で泣いたりしないでよ」

ユイジェスは決めていた。もう。誰も泣いて欲しくない、と。
でも、泣くのを我慢したりして欲しくはない。
隠れて泣いたり、して欲しくない。明るく笑って、シオルをこちらへ向かわせる。
「また笑ってよ。えっと、手伝うからさ。最近全然笑ってないよ、俺のせいかも知れないけど・・・。言えない事も、解ってあげたいから」
黒髪の娘は子供のように彼を見上げて震えていた。
「解って・・・、いけると思う。皆同じ気持ちだよ」
シオルはようやっと敗北を認めていた。ユイジェスの胸で泣く。
声もなく。


(なんて弱い私・・・)
シオルは自分を笑っていた。今までもそう、一人では何も出来なかった。何もしなかった。何もしようとは思わなかった。
親の言うまま、何処にも行かず、外も見なかった。何も知らない。
それなのに、私は人を傷つけるだけなの・・・・。
何もしてこなかったのに、いつの間にか罪人になっていたの・・・。
私はこれから何をするの・・・。

温かいユイジェス、このままでいたいけど、温かすぎて、動けなくなるけれど。

今だけ、今日で、これで終わりにします。
誰にも手を差し伸べられず、きっと今でも泣いている人が私を待っているの。
私には、帰るところがあるの・・・。
帰れるかどうか、解らないけれど・・・。


隣の部屋にいる三人が、どうしようか困るほどに、長い事二人は寄り添っていた。
泣き止んでも、離れないシオル、ユイジェスもとことん付き合っていたし、ベットに座って、肩や頭を時々撫でていた。
その内、シオルは眠ってしまった様子だったけれど。
こんなに長い間、他人とくっついていた事は多分ない。でも、安心して眠っているシオルの顔を見れば、なんだか嬉しさがこみ上げてくる。
きっと、こっちの方が大分いい。
少しでも心が軽くなるのなら。


  


ジト目で、レーンが入ってくる。
「・・・・・」
明らかにおもしろくなさそうだった。
「なんでユイジェスなんかがいいのかしら」
ぼそっと、聞こえるように言ってから、自分の寝床の用意をする。
ドアから、申し訳なさそうにリカロも覗いている。
「ご、ごめんね。邪魔したくないんだけど、もうそろそろ、消灯というかね、そのっ」
後ろにはルーサスもいて、「ふーん」と、ユイジェスの胸で眠るシオルを見て妙に納得したような顔をしてる。

「・・・な、なんか誤解しないでね。励ましてただけだからさ。ほんと」
起こさないように彼女を寝かしつけながら、だんだんユイジェスは動揺してきた。どうにも皆の見る目が違いすぎる。
レーンは無言でジト目。リカロは「そうなんだ」と言いつつも信じてないような赤い顔。ルーサスは鼻で笑って部屋に戻ろうとしてた。
慌てて、ユイジェスもルーサスの後を追った。
部屋に戻りながら、「違うんだってば」と何度も何度も一生懸命繰り返してる。
「いいんじゃないの?違う違うって、あっちは・・・」
ルーサスは枕を投げてきてからかって笑う。
「最初っからお前の事しか見てないじゃん」
投げられてきた枕を、ユイジェスは呆然として落とすはめになった。

何か手にしてたら、きっと国宝級の代物だろうがなんだろうがきっと全壊させてしまっていただろう。そのくらい唖然として、「違う」とも言えず、言葉を失っている。
「俺じゃあ、どんなこと言おうが、胸でなんて泣かないし、寝ないと思うぜ」
「そ、それはリカロがいるから」
今度はルーサスが無言。髪を片手でかき上げて、「アイツは俺の胸でなんて泣かないぜ。泣いた事もないくらいだ」とルーサスは否定した。
そのまま視線を逸らして、横になって忠告の様に呟く。
「それこそ、ユイジェス、誤解だって。いくら二人でいたからって、それだけの関係だよ。アイツがいるからどーのこーのって、言われたくないな・・・」
リカロには絶対聞かせたくない言葉だ。
ユイジェスは唇をかんで、反論しないことで納得したように見せていた。

横になれば溜息が出た。
(リカロ、シオル、レーン、・・・リカロなんかは解りやすいけど・・・)
シオルは解らない。
ルーサスの一言が頭に回っていた。


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