第二話     封じられた神々の涙




■四つの精霊と四つの神、そして偉大なる創造神の祀られる聖地ライラツを中心とするこの世界の西南にその大陸はあった。

サラウージ大陸。
北に女王制のロイジック王国。南に水の豊かな信仰の国、ラマスがある。
どちらも今は、その繁栄の影さえ見ることはできない。
ラマス神殿では、司祭神官達が今でも必死に国を護るため、魔術の力を結界に注ぎ続けていた。
国内各地に散らばる神殿と、ラマス本神殿、その周囲に結界は張られている。本来なら全土に及ばせるべきだが、神殿に残る少数の術士の力だけでは到底無理な話だった。
      結界外では水が枯れる。  
  
数年前から、豊かな大地は枯れつつあった。水神の加護を受けたはずのこの土地が涸れてゆく・・・。

盗賊たちがはびこるようになり、治安も悪い。
結界内では邪しき者は自由に身動きできなくなるが、そのため、盗賊などは神殿には近づいてこない。
多くの民が神殿に集まり、不安におののきながら毎日を過ごしていた。


ラマスの本神殿では、若い神官が初老の上司に弱音を訴えている最中だった。
「最高司祭様・・・。今年は、また不作です。もはや、蓄えた食料がどこまで持つか・・・心配です」
若い神官は焦燥を隠せずにそう口にした。
「御子がこの神殿を旅立たれてからもう半年・・・何の便りもありません。生きておられるのかさえ・・・」
「信じられなくなったというか」
老司祭は強い意志の力を見せて、若い神官を諭した。
「お前が疑うか。見てきたのではないか、自らのその目で。疑いながらも彼を信じる事に決めたのではなかったか。お前はミサの者でありながら」
「・・・・」
そう、時にはその力がとても恐ろしく思えた「御子」。
何の魔法も知らなかった者が、全てを予感したのかサーミリア様から力を引き継ぎ、数年で誰も叶わない術士になっていた。
それよりも時折見せる激しい憎悪が、何より恐ろしかった。
「はい・・・御子は・・・。はい、見てきました・・・」
魔法への執着。誰にも邪魔させない強い意志。年下の少年ながら圧倒される毎日だった。
「御子はミラマの王子に会えたでしょうか・・・」
国を出るにさえ時間を取った。
今このサラウージ大陸から外へ出るのは容易くはない。
海賊が横行しているせいもあって、この大陸の全ての港は閉鎖されている。そんな状況で、御子は海賊船に潜り密航する手段でミラマを目指して旅立った。

「どんな事があっても、御子は死に物狂いで果してこなかったか。<石>を持つ者は導かれ、引き合わされるものだ。案ずる事は無い」
最高司祭は穏やかな笑顔の元に、神官の肩を叩いて去っていった。部屋に残されて、神官は部屋、最高司祭のこの部屋を見つめ思い出す。

御子。そしてサーミリア様。ミサの名前。


聖地ライラツの最高司祭以上とも言われる力を持っていたサーミリア・ディニアル。彼女に統治されたこのラマスは楽園であった。水神イセーリアの加護の元、豊かな水と豊かな大地。光溢れた人々の笑顔に満ちていた。
いつか彼女も一人の男性と出会い、恋に落ち、結ばれた。
彼はラギ−ル・ジョーンといった。
二人の間に男子も生まれ、暫くは平和な日々が続いた。

その平和が崩れたのが十年ほど前。
まだ幼い子供を連れて、彼女の夫は姿を消した。
彼女はもちろん二人を探した。だが二人は見つからなかった。
長い年月を、哀しみの中に過ごした。

その頃から、ザガスと言う名の盗賊が噂になり始める。神殿にある<真実の輪>を狙って何度か襲ってきたりもした。
しかしサーミリア・ディニアルの封印は固く、いかな手段を持ってしても祭壇の扉は開かれることはなかった。

夫の失踪から九年。ある日突然、彼女の愛しい息子が神殿に戻ってくると、再びこの神殿も光を取り戻すかと思われた。
だがその時、北のロイジック王国に悲劇が起こる。

盗賊ザガスの乗っ取り、王城の占拠。
突然の強襲に成す術も無く、一夜にして城は落ちた。

たった一人、王女を残し、王族は全て民の前で処刑、その首は晒された。
反乱に出る者も勿論いたが、しかしその度に、一人生き残った王女に決まって酷い仕打ちがもたらされ、見せしめに扱われた。
石で印を焼付けられたり、盗賊たちの慰み者になり。
王女のそんな姿に民も兵士達もただ目を覆うばかりだった。
食べ物にもありつけず、女達はいいように弄ばれ、過酷な労働、略奪の日々。
国外へ逃げようともラマスにもその魔手は伸びていた。
海には海賊がひしめき、港も多くが破壊、閉鎖。人々には逃げ場が残されていなかった。
たくさんの町にも火がかけられた。
ラマス神殿には聖地への転送印があったのだが、これも破壊されていた。

サーミリア・ディニアルも帰らぬ人となった。



「ロイジック城がザガスに奪われてからもう四年・・・」
次に狙われるのは北の大陸にあるディホルと言われている。ラマスはこうしてぎりぎりのところで抵抗し続けているが、どこまで耐えられるのか。
御子は一人で旅立っていった。ここにいる術士の数は減らせない。
    そう言って。

(どうして一人で全て背負おうとするのだろう)
確かに御子の背負うものは大きい。しかし誰にも心を開かず、そのため非難もされた。
ミサの一族で残っている者は自分しかいない。
術士が足りないのも、そのせいでもある。

「フィオーラ・・・」
同じ一族、従兄弟の名前が思わずこぼれた。
決して御子を許しはせず、今もどこかで戦っているのだろうか。
ミサで一番の力を持っていた女神官の姿が懐かしくも思い出され、胸が痛む。
目を伏せ、控えめなため息を彼はこぼすのだった。


■ミラマの第二王子ユイジェス・マラハーンは、兄に対するコンプレックスと、勝手に決められた婚約話が嫌で、少し前に城を飛び出して旅人と変わっていた。
盗賊ザガスを追い、<封じられた神々の涙>の封印を解こうとするルーサス、リカロのコンビと出会い、<剣>を手に旅立つ事を決める。

口の利けないシオルは、ユイジェスに妹を助けてもらうために、同行を決める。
声を<神>に頼んで治してもらえるかも・・・?、と言うのはリカロの弁。
ユイジェスからもらった手帳を彼女は愛用し、時々会話の助けにしていた。

そしてもう一人、半ば強引に仲間に入ってきた者がいる。
お互いが嫌がった婚約話の相手、ジュスオースの王女レーンである。

『霊山』の頂からユイジェスと共に降りてきて、冷えた体を宿の温泉で温めてから、改めて自己紹介してくれた。
レーン・ポスド。シオルと同い年の19歳。
金髪をいつもポニーテールにしている、聖地につながる聖王国ジュスオースの王女で、剣も白魔法も使いこなす。彼女の母は聖地の最高司祭。
専らの目標は<命の杖>を手にする事と彼女は豪語していた。


「・・・もう、ユイジェスのこと怒ってないの・・・?王女様・・・」
女部屋に入ってきたレーンに、おそるおそるリカロは尋ねてみた。シオルもどこか彼女には怯え気味だったせいもある。
「え・・・そうね。また怒鳴りつけるかも知れないけど」
驚いてシオルは口を覆った。「もう止めて欲しい」と泣きそうな顔をする。

「うう、で、できれば穏便にしてもらいたいんですけど・・・。ただでさえルーサスと喧嘩するのに・・・」
「やぁね、安心して。もう意味合いは違うのよ。厳しく、時には喝を入れるってことよ」
おかしそうに本人はいたって気楽に声を上げて笑う。先日会った時のように、突き刺さりそうな怖さは今の彼女にはない。
「すっかり怖がらせちゃったのかしら・・・。でも、もう、ユイジェスにあんな事は言わないわ」
「あんな事」は、実際は二人は聞いてないのだが、もう言わないで欲しい、と心底思った。

「何も知らず、嫌ってたのよ。でも、いいところも分かったし、ね・・・」
風邪をひかないようにと、はやく布団に入りながら、王女は山頂でのことを少し話し初めてくれた。

「うん。手つないで帰ってきてたよね」
「・・・仕方なくね」
なにげない会話を聞いていた、鏡の前で髪をといていたシオルの手が止まる。
「王女様って、ユイジェスの婚約者って話だったと思ったんだけど・・・」
「もう、破棄同然だけどね。私は、さ、他に、好きな人がいるから、どうしても」
止まった手を再び動かしたシオルは、彼女の口からニュエズ王子の名前が飛び出して、またもや手を止めた。

「もう、結婚してしまうんだけどね」
「えー・・・、悲しい・・・」
慰めているリカロ、ニュエズ王子やその相手の話。
元から、シオルは一緒に話す事は出来ないが、疲れたと言って早々に布団に潜った。思い出したように、レーンもすぐに眠りに入る。
明日から、レーンにしても旅の始まりだった。


■翌日、気合を入れてユイジェスは再び頂への道を目指そうとしていた。
身を清めて服を着替えて、いざ祠へ入れば何やら騒ぎになっていた。

祠から先、参拝者は素足で岩肌の道を行くのだが、先へ進もうとすると、どんどん足先から石のように重くなっていくのだと言う。
祠まで何とか戻ってくれば、足は元通りになるのだが・・・
明らかに『大地の精霊王』に異変が起こったとしかいいようがない。
祠には参拝に来た人々が困惑した顔で溢れていて、広い神殿内も多いに混雑していた。

「こんなこと今まで無かったわ」
レーンが試しに道を行く。王族なら?そんな期待もどこかあった。
が、すぐに足が動かなくなる。「石のように」なんてものじゃない、「石」化してきている。
「ちょ・・・!ちょっとっ!助けて!」
このまま頭の先まで「石化」してしまったら二度と元に戻れないかもしれない!
そう思えてレーンは悲鳴を上げた。見ていた司祭達はいつの間にか石化が早くなっているのに驚愕して慌てる。
「レーン!」
戸惑うルーサス達の中からユイジェスは走り出して、急いでその体を持ち上げた。足が石化しているせいで、異様に重い。
「うわっ・・・レーン、重すぎ・・・」
ぐらぐらしながらなんとか祠に戻ろうとする。
「・・・なぁっ・・・・なんですって!!一言多いのよ!」
抱えられながらも顔を赤くして、頬を思い切りツネあげる。どっさりと重そうに下ろして、ユイジェスは周りの視線が痛いのに気づく。
「お前は平気みたいだな」
「あ。そう言えば」
「お前一人をお待ちかねみたいだな」
頂の方を見上げて、ルーサスは軽く毒づいた。ユイジェスにどうしようもない視線が集まる。

「王子、お願いします。『岩』を見てきて頂けませんか。このままでは混乱が収まりません」
「あ、はい・・・そうですね」
言いながら、プレッシャーに胸が高鳴るのを押さえきれない。ぎくしゃく動きながらまっすぐ立ち上がり、仲間たちに挨拶する。
「頼むぜ。相手がお前を待ってるんだからな」
「しっかりね!いい知らせ待ってるわ」
「頑張ってねユイジェス!信じて待ってるから!」
最後の一人は、頑なにユイジェスを見つめた。手を組み<命の神>の『印』を結び、祈る。
「ありがとう。行って来るね」
勇気がついた。笑顔を返してそのまま頂上を目指す。


初めて、合間見える<神々>への道だ。
一歩一歩が、すごく遠く感じる。うねった道が恨めしい。
さっきから、胸の鼓動が止まらない。空気が薄いせいもあって、息も苦しい。
(待っているの・・・?本当に待っているの・・・?)
夕べの、レーンの言葉を思い出す。

<神々>は貴方を待っている。 

そして「泣いている」と・・・

行かなければ、何より知りたい。その悲しみの理由を。
長い時間歩き、『岩』が視界に見えてくる。高い青い空が見下ろす大地に、今は誰もいない。
大きな大きな一枚の岩。その上に家が立てられそうな大きな岩だ。
その前に立ち、息を整える・・・。

「教えて下さい。貴方に会いたい・・・!」 

強い思いを込めて、『岩』に触れる。冷たくて固い岩・・・だったはずだ。
     熱い!!

と、思ったのも束の間、そのままユイジェスは岩の中に沈んでいった。


■真っ暗で何も見えない。その中をただ落下してゆく。
だけど、熱い!そして強い土のにおいが止まらない。

なんだろうか、自分の中の何かが熱い。体が熱いんだ。
何も無い、闇の中にブワッと現われる光。『大地の印』だ。自分の中に宿されている、他の人間が使うものとは少し形の違う『大地の印』それが勝手に出てくる。

ユイジェスは見上げる。熱い空気、いや、土の中?視線を感じる。
とても優しい、温かい、懐かしさを覚えるのは何故。

やがて、不意に何かに受け止められて、ユイジェスは土の上に立った。上を見上げる。何故か込み上がってくる感動がある。
口を開こうとしたら、先を越される。

(会いたかったぞ…ユイジェス…!) 

「うわ・・・!」
振動に押しつぶされてユイジェスは倒れ込んだ。足元から空気から、凄まじい振動、圧迫感に萎縮を覚える。
(今の、声!?) 
「大地の精霊王・・・ダイルーン・・・」
名前まで知ってるなんて。本当に俺を待っていたの。
「・・・会いた、かった・・・?」

(そうだ。久しいな。アイローンの子孫よ)

本当に嬉しそうに言う。そしてユイジェスに謝る。すぐに会わなかったことを。

(すまないな。そなたが真に会いたいと願っていなかったために、姿を見せなかった)

(・・・・その通りだったかも知れない)
会いたいなんて、心から思ってなかった。でも、今はこうして感動出来る。

(そなたが生まれたとき以来か) 

「は・・・・?」
うっかりと、間抜けな返事を返してしまって恥ずかしくなる。生まれた時って、そんな話、聞いた事も無い。

(私だけじゃない、他の神々も、そなたの誕生を祝った) 

他の神々も、って・・・。

(そなたに残してある『印』、それが挨拶だった。他にも・・・そなたには残されているだろう) 

「在る・・・!『印』・・・!挨拶!?」
ユイジェスに在る『印』は、
「大地、風、炎・・・」

(『印』を残した神はもう一人いる…。炎の『印』はアイローンからのものだが…)

「アイローンだって!?うわ・・・」

本当だったんだ。レーンの言う通り、<神々>は待っていたんだ。そして自分に特別な力を与えてくれていた。
「・・・でも待って、『印』は兄さんにもある」

(兄か、彼ももちろん祝った)


何故、急に寂しそうになるの?
兄さんにも『印』は宿されている。同じく大地、風、炎だが、兄は炎の魔法が強い。
自分は・・・風と、大地がましな方だった。

空気が変化する。心なしか寒くなった。兄さんの事を話したから?
感じる『大地の王』の悲しみ、何故?
俺に会ったのは嬉しそうだったのに、兄さんは歓迎されない・・・?どうしてだ。

(会いたかった…しかし、会いたくなかったぞ…

『大地の王』は語り始める。それは悲しみの始まりだった。
二人の王子の生は、同時に大いなる別れを告げるもの・・・。

(この世界には、もう、<神>はいないのだ…
世界を創造した偉大なる<神>が…
我らの<偉大なる父>が…)
 

「・・・・」
いくつかの<神>が去ったことは伝えられている。<創造神>がいない?、疑問が起こる。

「聖地には、創造神が祀られてる。最高司祭様はよく、神託も授かってる・・・。いないなんてこと、ないよ。いなくて、この世界、保てるの」
そう、他の神々まで眠っていて。
誰もいないこの世界。

(司祭は知っているのだ…其処は<無人>であると。<声>を聞いているわけではないのだ。時折未来を垣間見るのだ)

・・・寒い。寒くて、立っていられなくなる!

(世界はあれから終末に向かって歩いてきた) 

頭を抱えて地面にうずくまる。そんな言葉聞きたくない!この寒さ!止めて!
自分まで凍りつきそうになる。
<創造神>の去った日から、眠りに着いた<神々>、終わりに向かった世界の歴史。見放されたの?捨てられたのこの世界は?自分達は。

「ここは捨てられた世界なの…!!」 

大地が震える。
(なんてことなの。それは泣くよ。この世界が泣くに決まっている)
それは七百年前・・・アイローンが居た頃。
何故に捨てられてしまったの。
何故に封印された<神々>

人々は、終わり行く<無神>の世界で必死に生きてきた。
普段、とくに信仰の無い者でも、この世に<神はいない>と言われれば、どうしても失望は隠せない。いてくれるだけで、何もしてくれなくても良かったんじゃないか?
いま自分達を見ている者は誰もいない。

誰も見ていない世界なの。

(全ては、リモルフの反乱から始まったのだ。いや、執からか…リモルフは世界を<父>から授かった。理想の世界を作るため。それはいい。そこには破壊も付いてきたのだ…) 

リモルフ、<変化の神>の名だ。
全ては女神から始まった。終末への悲劇は。 


■『霊山』が一度激しく揺れた。
祠で待つ仲間たちは顔を見合わせるが、おそらくユイジェスが精霊王に会ったのだろうと確信していた。微かな地響きは続く。
『山』がここまでの異変を見せた事はかつて無かった。
にわかに祠で待つ司祭神官達もざわめきだす。
第二王子の帰りを待って・・・。



昔から、精霊達には「心」というものが無かった。
しかし、<変化の神リモルフ>が生まれ、人間と共に<心の神>が生まれ、人と共に生きてきた精霊達も「心」を覚えた。
その世界の変化をもたらしたのもリモルフ。彼女は世界を<変え>たかった。
自分の物に、理想に。貪欲な女神であった。
<創造し父>は、娘リモルフにこの世界を与えた。残る三人の娘と共にこの世界を導けと。三人の娘。<心><命><真実>の神。

リモルフは真摯な女神だった。彼女がもたらした<変化>は、地上に繁栄も崩壊ももたらした。
両刃の剣、魔法も人は覚えた。
人間に力を与え、争いを助長し、求める者には更なる力を与えた。
徐々に彼女は邪神と呼ばれるようになっていった。
世界を見守るでも導くでもなく、彼女は操作してゆくように変わった。
彼女は世界を支配し始めた。

意に反するものは消えていく・・・。
破壊神と呼ぶ者もいた。彼女が創り直そうとする行為は、共に破壊を意味していたために。
彼女が世界を<変えよう>と思えば、大地が揺れ山が火を噴き、海が荒れ、天は裂けた。

やがて争いは起こった。邪神を封印しようとする者・・・。
人と神の争い。神と神の争い。精霊は、火風がリモルフに付き、大地は真実の神に付いた。リモルフは魔物を従え、これを迎え討った。


(そんな時、現われたのがアイローンだった) 

『大地の王』は一つ一つ、記憶を噛み締める様に教えてくれた。
アイローンは大地と真実の神と共にこの世界をかけて戦った。アイローンは風を呼び戻し、火を封印し、魔物討伐に全力を尽くした。

この事態を見た<創造神>は、<涙>を流したという・・・。

その<涙>をアイローンは持っていた。
<涙>に炎の王は封印され、<涙>の中に入った風や、大地、水、命の神、心の神、全てが彼に力を貸し、リモルフは同じく<涙>に封印された。

その後アイローンはミラマを建国する。
そして<封じられた神々>と、<涙に自ら入った神々>

(神々は、そのまま封印されていた…) 

「何故?他の神は、いてくれたって良かったのに」
世界を見ていて欲しかったのに。
出る訳にはいかなかったと大地の王は言う。また、悲しそうに・・・。

(<創造神の涙>の中では、力が保たれた…
<外>に出ていたのなら、すぐに世界の終末がやってきただろう。終わりを引き伸ばすため、我々は力を潜めていた…
もう、その力も無くなったがな)
 

<創造神の涙>の力もなくなったと言う。<父>が去り、四人の娘達の力が一つにならないままでは、ただ世界の姿は縮小してゆくだけだった。
ただ、じっと、その時が来るのを恐れ、力を潜めていただけだったの。
悔しい、どうしようもない歯がゆい気持ちになる。

<涙>の力が衰え、リモルフが動き出した。
また同じことが繰り返される・・・?一体どうしたらいいんだ?自分はアイローンじゃない。<創造神の涙>も持っていない。
あったとしても、解決策にならない。
「つなぎとめる力じゃなくて、新しく、この世界をどうにか、支えられものが欲しいよ・・・。女神を、リモルフをなんとかできれば・・・」

(そうだ、ユイジェス。新しい力は、そなた達二人そのものなのだ。アイローンがもたらした、新しい力の源よ…) 

寒々しい空気は、少しなりを潜めていた。自分達に期待する言葉。期待される事は今まで一番嫌いだった。でも今反対に、嬉しい自分がいる。
自分<達>が希望なら、いくらでもやってやろうと思える。
まだ旅は始まったばかり。もうここで諦めてしまうつもりなんかない!

顔を引き締め、ユイジェスはしっかりと地面に立ち、頭上を凛として見つめた。
「リモルフを止めます!必ず倒します!決して諦めないから、一緒に戦ってください!!」 
黒い瞳、真剣な眼差し。大地の王はその姿に七百年前の勇者を垣間見る。
その髪と瞳は過去の勇者と何も変わらない。
嬉しい事だと思った。
また彼に会えたのだと。

『霊山』はまた大きく震えた。悲しみの叫びではない、再会の喜びに、そして果てしない感動に打ち震えたのだ。

(言っただろう。会いたかったと!!) 

抱きしめられるような感覚。熱い抱擁。久しい友にやっと会えたような、熱い涙が気づけば頬を伝っていた。
(ごめんなさい。待たせてしまって。でも、もう忘れない)
自分が世界に愛されていた事。愛されている事。愛している事。
左手に、小さな宝石。闇の中微かに紅茶色に光っている。
姿を変えて、それは左手に手甲となって納まった。
必要に応じて姿を変える、<大地の盾>をユイジェスは手に入れていた。


■第二王子が城を飛び出し、第一王子は盗賊に攫われた婚約者を救うためシャボールへ。二人の王子のいないミラマの王城では、今緊急の会議が終わったところだった。

議題はカシルーン大陸の西の国、ディホルからの救援に応じるかどうか。ディホルはサラウージ大陸の北、盗賊の支配するロイジック王国の次の標的とされている。
南の国ラマスは必死に神殿の力で抵抗中。
ディホルにも盗賊たちの不穏な動きが目立つと言う。王女や家族を人質に取られた、ロイジックの兵士達と戦うのか戦わないのか。
意見は分かれた・・・。

ザガスを討てば万事解決することも、彼の手にした<力>が厄介すぎた。彼を見破れるのは<真実の輪>を持つ者一人。その者は今第二王子と共にいると言う。
盗賊たちは絶つが、軍とは極力戦いを避ける、そんな方針が決まっていた。
会議は、一度終わり、気がかりな第一王子の連絡を待ってから、本格的にまた動き出すだろう。
今ミラマに当の盗賊ザガスがいるとも言われている。
城を手薄にはしたくはなかった。

宮廷魔術師サダ・ローイは、そんな中で二人の王子の事を案じていた。王子二人を尋ねてきた神官がいると聞き、話を聞いてみる事にする。
黒い髪の女の神官だった。
話では、王子二人だけではなく、ルーサス・ディニアルの事も知っていると言う。王子二人が不在と聞き、所在を頑固に尋ねてくる。盗賊ザガスや、古の魔法石の名前まで出したといえば、サダも多いに気になった。
面会室に通し、サダが挨拶する。
「私は、フィオーラ・ミサと申します。ラマス神殿の神官でした」
長い黒髪は少し癖があり、瞳は激しい色に光っていた。額に水神の『印』の付いたサークレットをし、落ち着いた色の神官衣を着ている。


        


椅子に座りもせずサダを待っていた様子で、到着した途端サダに詰め寄ってきた。
「私は、二人の王子に面会を希望しています。正確に言えば、ルーサス・ジョーンを追っています」
「ジョーン・・・?」
知らない名だ。そして神官とは言っても過去形のよう。何より彼女からは穏やかではない、攻撃的な波長を感じる。
サダは彼女を座らせて、警戒しつつ話を聞くことにした。
「・・・ルーサス・「ディニアル」などではありません。その名を語る事こそ、偉大なるサーミリア様を汚してゆく事。あの者が<真実の輪>を手にしている事こそ、神への冒涜」
(おいおい・・・)
サダは閉口してきた。そこまで彼を罵る女神官に、正直眉根を寄せる。
「貴女は彼から<輪>を取り返そうと言うのですか?<神>が彼を認めたのでしょう」
女神官、フィオーラ・ミサは侮辱的にくすりと笑った。
「<真実の神>になど会ってはいません。サーミリア様より奪い取ったようなものです。それに<輪>を持つ事で彼を信じると言うのなら」
彼女の瞳が更に激しく燃えた。
「私も<真実の輪>を手に出来ます。 宮廷魔術師様」 
「・・・なんですって?」

暫くの沈黙。はったりかも知れない。二人もいるのだろうか?
いや、彼が<神>と会っていないと言うのなら、彼は正式な持ち主ではないのかも知れない。
「何故ならばサダ・ローイ様。私こそがラマス神殿を正式に引き継ぐ者。正当なる後継者だからです」
恐ろしい事を次々と女神官は平気でまくし立ててくれる。何より自信に溢れた態度や口調は並々ならぬ迫力を持っていた。

「あの者にサーミリア様の<力>を奪われ、ディニアルの<名>と<血>を奪われ、ディニアルの<名>に固執する者達によって神殿も奪われました。神殿はディニアルとミサで護ってきたもの。私はミサの当主です。ラマスの、いえ、サラウージ大陸の逃げ場を断ったあの男に、私は全てを奪われたのです。ラマスの希望。サーミリア様を奪ったのもあの憎き者達。全ての元凶であると言っても過言ではありません。私は、決して、二人を許さない・・・!」 

激しい、辛辣な憎悪を吐き出してくる。彼女は、そして恐ろしい真実をエルフの魔術師に告げるのだった。
サダは否応無しに、第二王子の安堵を思って蒼白となる。

「そんな・・・それでは王子は、彼に、いや、『彼ら』にいいように利用されてしまう」
「今まで、私は彼、そしてザガスの同行を追ってきました。街で聞いた話ではザガスもミラマにいる様子。そしてユイジェス王子は彼と共に。このままでは・・・またミラマもラマスの二の舞でしょう。王子の名の元に、全ての<神々の涙>はザガスの元に集まる・・・!」


神官フィオーラは警告する。第一王子の助けに行くシャボールの王女。盗賊に攫われたと言うのならきっとザガスの手が絡んでいる。
(急がなければ)
サダは戦慄していた。自分は二人の王子を護らなければならない!
「解りました。王子の元に向かいましょう!」
電光石火で仕度をし、サダはフィオーラと共に第二王子が目指した『大地の霊山』へと馬を走らせていた。彼女との二人乗りだ。

サダは直接、ルーサスと言う少年に会ったわけではない。人のいい王子二人は騙されたのかも知れない。もちろん、彼女が間違いかも知れないが。
しかしそれなら見極めねばならない。
真に王子を導くものを。
レーン王女には城にいてくれと言われたが、事態は急変していた。
(そうだ!王女も同行している!)
王女の事を伝えれば、フィオーラは更に歯軋りしたのだった。


慌しく旅立った二人を見ていた者がいる。
城門から、上方、城壁の上に腰を掛け、「<真実>にもう一人か・・・しかし、あの女でも<真実の神>をどうにもできん・・・」ふてぶてしく哂う。
黒い長髪の男だ。
「どうにもさせないんだがな・・・」
男は姿を消し、城下に消えていった。



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