第一話   五つの心の出会い




大国ミラマの王城は、海から近く、港町から城下町とは軒並み連なって賑わっている。街道にはだからこそ旅人や船乗りの姿が多く、この日も例外では無かった。

今そのことを、すごくうとましく思っている少女がここにいる。
「すみませーん!通してくださーーーい!」
赤っぽい茶色髪、ショートヘアの良く似合う元気少女である。
人ごみでごった返す街道を、単独で逆流するのはやはり無謀であったか・・・。少女は空を仰いで大きなため息をこぼした。
丁度昼前で、更に街道に人は溢れかえって彼女の行く手を阻んでくれる。
「ルーサスと待ち合わせしてるのに・・・。どうしよう。ああ、叱られる・・・。叱られる・・・」
彼女は一人の気難しい少年の姿を思い浮かべ、頭を押さえて呻き始める。彼女はこの世界中で誰よりも彼が怖くて、   そして彼が大好きだった。
(またお前は遅れてきて!!時間厳守、1分でも遅れたら海にほうり捨てるって俺は言っておいたよな!)
彼の昔の叱り文句が思い出されてきた。少女はそこで気を取り直して、メインストリートから飛び出そうと脇道へ勢い良く走り出した。

「きゃあ!」
少女は誰かとぶつかり、後ろに転げて尻餅をついた。
「いっっ・・・たいな・・・」
相手はどうやら建物の壁で後頭部を打ったらしく、上体だけ起こした格好で頭の後ろを押さえて呻く。少女が見上げれば、   相手の珍しい髪の色に目を奪われそうになった。美しい空のような、海のような髪の色に一瞬、見とれてしまうが、すぐに少女は頭を何度も下げる。
「あ    っっ!!ごめんなさいっ!大丈夫ですか!すみません急いでてっ!」
被害者の青い髪の少年は恨めしそうに細目に少女を見たけれど、無言で立ち上がるとズボンやマントの埃をはたいた。たいした怪我などはしていない。
「・・・っと、私急いでるから・・・ごめんねっ!ごめんなさーーいい!!」
「・・・・」
少女は瞬く間に消えてしまう。
「いいけどさ、別に・・・」
残された少年はぼそっと悪態をついた。落ちた帽子を拾い、深くかぶる。少年はこの髪の色が嫌いだった。
走り去った少女とは逆に、混みまくったメインストリートに帽子の少年は歩き出している。


■昼食を取る人々の賑わう小さな軽食屋では、少女の相方がイライラと彼女を腕組みして待っていた。
緑の髪をしている、どこか瞳に鋭さの見える少年。額からはサークレットと思われる赤い宝石が覗き、少しくたびれた空色のマントを肩に羽織っていた。
突然、彼の前に息せき切らしてショートカットの女の子が駆け込んでくる。
「ごめんルーサス!あの、あのね、道がすっごく混んでてね。おまけに、人にもぶつかるしね、お尻も痛いし・・・!・・・ねぇ〜許してよぉー・・・・」
言い訳の間中冷たい視線は緩むことがなかった。
だから最後の方は半泣きっぽくなってしまう。頭を下げたまま盗み見るように彼を見る。
「いいから座れ、リカロ」
少年、ルーサスはキツイ調子で席を勧め、さりげなく周りの注目をそらそうと試みる。なにげなくメニューを見ながら、思考は別のところにあった。
「許してくれるの?良かった!」
「そのことは後でじっくり説教してやる」
「・・・そうですか・・・・」
ショーットカットの少女、リカロの腰はとことん低い。軽くため息をつく。

「今ミラマ城に忍び込んで来た訳だが・・・」
少年の声は低く、話題は重要なものに変わった。
「剣はすでに台座から外されていたんだ」
「!!じゃあもうザガスが!?」
思いがけず声が大きくなる彼女である。
ルーサスは目でリカロに注意を飛ばす。
「奴の仕業じゃない。奴の入った様子もなかった。ただな、ちょうど第二王子が城を出て行ったらしいんだ。王子なら剣も抜けるんだろう。弟の方でも」
「え、じゃあ、その王子様が?どんな人なのかな」
「名前がユイジェス。17歳で身長170ちょい、俺と同い年だな。弟も青い髪をしてるらしい」
「青い髪ー?」
リカロは、にっこり笑う。さっきぶつかった少年は確かに青い髪だった。これで失敗を帳消ししてもらえると彼女は微笑んだ。
「あのね!さっき王子様に会った!絶対その人!」
力いっぱい力説する。
「・・・ほんとだろうなぁー。青い髪なんてごろごろしてねぇけどよ・・・」
食事を詰め込んで席を立つ。
「まあいい。この辺にいるなら、話が早い。王子を探すぞ」
「ええっ。もう?!私お腹ぺこぺこだよ!」
「馬鹿か。お前の腹より王子の命の方が大事だ。王子が剣を持ってようがなかろうが、ザガスは王子を生かしておかない」
リカロはびっくりして言葉を失くしてしまう。ルーサスは続けて、「人質にするって手もあるが・・・奴には人質なんて必要ないんだからな」と物騒なことを呟いた。
「わかった。助けなくちゃ」
少女の顔に気合が走る。相手のことは良くは知りはしないが、そんな事にはしたくない。
二人は、再び混雑した通りへ走り出した。
彼に会った脇道付近には、もう王子の姿はない。
とにかくあてもなく、彼を捜すしかなさそうだった。


■メインストリートの中間地点には、人々の休息の為の大きな公園がある。生い茂る木々の作る陰に、小さなベンチがいくつも置かれ、中央には涼しげな噴水が水音をサラサラさせていた。
子供の声が少し騒がしく思えるが、ここは通りよりは静かな方だと彼は頬杖をつきながら、ぼんやりしていた。
「まだ後頭部が痛むなぁ・・・」
帽子を取ってさすっている。すると空色の髪が風で浮き上がる。
深い空のような鮮やかな青い髪。少年はミラマの第二王子、ユイジェス・マラハーンその人だった。黒い瞳を翳らせて、ため息をつきながら遠くの城に視線を向ける。今日、城を密かに飛び出してきたが、これからどうしたものかと思案に暮れているのだ。
城を出てとくにやりたいことがあった訳じゃない。
ただ、もう二度と帰りたくないと思う。





ユイジェスは第二王子である。だから当然、兄がいた。
兄の名前はニュエズ・マラハーン。彼より6つ年上の23歳。品行方正、成績優秀、文武両道、容姿も申し分なく、各国からこぞって婚約希望者が来るほどの才ある王子だった。

ユイジェスは、いつからか兄に対してコンプレックスを感じるようになった。剣術も、魔法の勉強も、馬術も、全て投げやりで、親の言うことも無視するようになった。
兄にももちろん反発していた。
その内、ニュエズ王子に恋人ができると、ユイジェスはおもしろくなく、意味もなく反対した。そのために、第一王子は彼女との婚約、挙式についての相談を持ちかけられず、相互の親同士でどんどん話が進んでしまう結果になった。
ユイジェスは相手の顔も知らない。会った事もない隣国の王女だ。
と、同時に彼自身にも婚約者の話が出てきた。
海を渡った隣国、ジュスオースの王女だ。
会ったことはあるが、いい感情を持った記憶がない。兄にばかりまとわりついて、声もろくにかけてこない。こっちもかけない。
そんな奴と結婚だなんて、冗談じゃない。

思い切り言い争って、怒りに任せて城を抜け出して来てしまった。
ベンチに腰掛けていたユイジェスは、目の前にいるハト達がある方向へ集まって行くので、ふっとそっちを見やった。

そこには黒髪のきれいな女の子がいて、楽しそうにハトに餌をあげていた。思わず無心で見つめてしまう。
黒くて長い髪。笑顔はまさに天使のようだった。白いハト達が彼女の周りを飛交って、もしこの情景を絵に描くなら、きっと彼女には翼がつけられるだろう、そう思った。
少ししてから、気づいたように帽子を被りなおし、これからどうしよう・・・とまた考える。
(とりあえず、昼食かな・・・)
ベンチを開けて、通りへ戻ろうとすると、突然ハト達がバサバサと飛び立った。すさまじい羽音が公園に響く。

振り返ると、彼女に3人の男が声をかけているのが目に入った。
太った髭面の男、メガネをかけた小柄な中年、そしてあごの長い吊目の男。見るからに嫌な感じのする3人組みだ。ごろつき、ってやつだろう。
彼女の手首を掴んで、何やら声をかけている。
(これってまさか・・・)
ユイジェスはぎくりとして固まった。急いで誰か助ける人はいないかとあたりを捜す。子供、ジョギング中の老人など、余り期待できる人はいない。
戻って現場を見ると、青年が1人かけ合いをしている。ユイジェスは「よかった」と思った。しかし青年はすごまれて、逃げていってしまった。
「ええっ・・・・」
期待が外れて、ユイジェスはぎょっとする。

3対1だ。けんかはまったく自信がない。だが自分だってこの国の王子なのだ。背中の剣を確認して、走って彼女の前に出る。
「何やってんだか知らないけど。やめときなよ」
びびってるわりに、口調は強気だった。


■ミラマ城では、王子の教育係サダ・ローイが、バタバタと城内を駆け廻っていた。何でも、朝から第二王子の姿が見当たらないというのだ。
「ユイジェス王子のことだから、まさか城を飛び出したんでは・・・」
サダは、王子二人のお目付け役なのだが、どちらかといえば第二王子の世話ばかり焼かされていた。エルフと呼ばれる森に住まう種族で、両の耳がとんがり、年はもう200を越えている。5年前に第一王子ニュエズと出会い、彼はこのミラマに暮らすようになっていた。常に第二王子に振り回される日々である。

彼が王子を知らないか、と言いまわっていると、一人の兵士が声をかけてきた。
「王子がどうかしたんですか?」
サダはイラだって説明する。
「王子がいなくなったのですね?」
だからそう言っているだろう、サダはそう思った。兵士の目が、一瞬鋭くなるのに気づかずに。
「そういえば、地下の台座から剣が外されていた様子です。王子が持っていたのでしょうか・・・?」
「風の剣が?そんなまさか」
サダは眉をしかめた。風の剣は誰にでも抜ける剣ではない。現に第一王子でさえ、その剣を抜くことが出来なかったのだ。今まで、誰が試しても。
「ユイジェス王子が?まさか・・・しかし、他に考えようもない・・・」
「報告に参ります」
兵士はその場を去り、口元で笑った。

「剣は第二王子か・・・それもいいだろう」
気がつけば、兵士の姿は城の外にあった。見る間にその姿が歪み、変わってゆく・・・。いつの間にか長髪の青年がそこに立ち、不敵に笑っていた。
「剣はもらうぞ。ルーサス」
男は町へと駆け出していった。その右手には<紫色の宝石>のついた指輪が鈍く輝いていた。


■「なんだぁ、ガキが!」
三人組は、じろりと突然現れた少年を見下ろす。てんで弱そうなガキだと、一発で彼らは少年の正体を見破ってしまう。
「その娘を放せ!」
勇気ある(?)少年の出現に少女はハッとした。そこにいた彼が青い髪をしていたからだ。ミラマではここまで濃い青の髪はめずらしい。
「うるせぇなぁ・・・引っ込んでろよ!」
太った大男がユイジェスを殴りにかかる。毛深くてゴつい拳が軽々とユイジェスを吹っ飛ばした。
今まで、平手打ちはされたことがある。しかし殴られたのはこれが初めてだった。
「きゃああ!」
悲鳴は、公園にいた女性からあがった。若いユイジェスが吹っ飛ばされ、地面に背中から落ちた彼は気絶くらいしたかも知れない。様子に気づいた人々はそう想像して青ざめた。
事の中心の少女も、サーっと顔を青くして彼の元へ駆け出そうとしたが、しかし掴まれたままの右手首がグイと引き戻されてしまった。痛みに彼女は顔をしかめる。三人組はニヤニヤと笑い、「出てきた度胸は認めてやるが、いかんせん一発で終わりとは情けねぇなぁ・・・」と彼女に同意を求めるように強引に覗き込む。
一人がその顎をくいと持ち上げた。
「しかしこの女、何も言わないけど、口がきけないのかぁ?」
すると、メガネをかけた男がふむと唸って、いやらしそうに笑った。
「そいつはいいなぁ。何しても声が出ないなんてなぁ」
少女は震え上がった。恐怖の余り冷たい汗が背筋を伝わる。
(誰か助けて・・・!)
彼女の閉じられた瞳の奥に、誰かの姿が映り始めたがその前に、

「うがぁああぁ!!」
男の悲鳴が響いていた。少女はわけがわからず目を開け前を見る。
三人組の男達、それぞれの胸に炎の焼印がされている。いきなり死に至るほどではないが、れっきとした炎の魔法だ。
    魔法!?誰が)
少女は混乱する男達から逃げ出した。しかし直後、足を止め驚愕に心を捕らわれる。
目の前に術士はいたのだ。
少女はその姿に瞳を奪われて立ち尽くす。





     それは青い髪の少年だった。

「この野郎!?お前かっ!!」
上着を脱いでも炎はくすぶっている。男達は前に構える青い髪の少年に凄まじい視線を向けた。ユイジェスは口の端を拭い、風の印を呼び出す。
手のひらから印が光り輝き、突然の突風が三人の男を転倒させた。
「このガキ、魔法なんか使いやがって!」
男達は舌を巻いた。魔法は誰にでも使えるものではない。王族や、宮廷魔術師に認められたごく一部の者にしか、その教えは下されないのが世の決まりだ。教えられても、精霊や神との『契約』がなければ魔法は使えない。

今の世界には、新しく契約をする手段がない。
過去に、契約された者、そこから血か伝承によってしか、魔法は伝わりはしなかった。
と、言うことは、この少年はその中の人間という事になる。
三人組は少々バツが悪くなってきた。しかし、彼らにもプライドと言うものがあったのか、数に物を言わせてユイジェスに喰ってかかった。
「うあっ!!」
髪の毛を引っ張られる。すでに彼の帽子はどこかに吹っ飛んでいたのだ。
「これでも喰らいな!」
容赦ないパンチが腹部に二発。倒れると足で蹴り踏まれた。
「誰か!誰かきてっ!」
公園にはいつの間にか人が増えて、誰かが人を呼んだらしい。黒髪の少女は自分も必死で男達を止めていた。
そのとき大きな声がしてきたのだ。
「城の警備隊だ!」
誰かが叫んだ。ユイジェスは痛みも忘れて青ざめる。
「ちっ。おい、行くぞ」
ユイジェスをそのままに、男達は一目散に逃げ出した。逃げたいのは彼らだけではなかったが。
「兄さんが・・・来る・・・」
しかし、意識が朦朧としてユイジェスは立ち上がることができない。痛みに顔を歪めながらなんとか上体だけ起こす。
黒髪の少女がそれを押さえて、命の神の印をユイジェスの前に描く。両手を組んで彼女は祈りを捧げた。彼女は命の神の洗礼を授かっているらしい。白魔法は、見たことがある。ユイジェスは痛みが消えると、いきなり立ち上がり走り出した。

(今兄さんに会ってたまるかっ!)

城になんて帰りたくもない。少女にも目もくれず、彼も公園から逃げ出した。少女は戸惑っていたが、後を追って走り出した。
一度、警備隊の来る方向を振り返る・・・。


■ミラマの城下は本当に広い。
メインストリートの中心街に宿場街、民家の密集地、海沿いは港、倉庫、城側に数々の役所・・・。
「ひぃっ、はあっ、はぁっ・・・」
少女はへとへとになって街中を走っていた。やがて先に立ち止まっていた少年の元まで来ると、へたりと座り込んでしまった。
「・・・大丈夫かよ。お前・・・」
サークレットをした少年、ルーサスはしゃがみこんで、彼女の汗を手の平で拭ってやる。
「はうぅー・・・疲れたよぉー。もうずっと走りぱなしで・・・」
「うーん・・・」
ルーサスは唸って、しかし目の前の相棒の姿を見て仕方ないか、と一息つく。
「じゃあ・・・あそこの公園で一休みするか」
何か飲み物位売ってるだろ、とルーサスはリカロの腕を引き上げてやった。やがて公園の入り口に来ると、やけに騒がしくなっていることに気がつく。

「じゃあ俺、ちょっと調べてくるから、ここで大人しく待ってるんだぞ」
売店でジュースを買ってリカロに渡し、一人ルーサスは警備隊の方へと近寄って行った。
そこでは三人組みの男がロープで縛られ、連行されようとしているところだった。ルーサスは三人を見てすぐに気づく。魔法による火傷だ。
嫌な予感を覚えて、注意深く周りの会話に耳を傾ける。その中で、ルーサスは探している[青い髪]の王子を見つけたのだ。

「ちょっと失礼」
ルーサスは人の波をかき分けて、彼が見える所に割って入った。海色の髪、黒い瞳。しかし彼は第二王子ユイジェスではなかった。彼は23歳の青年、第一王子ニュエズ・マラハーンであった。
(兄貴のほうか。まあ、いい・・・)
さりげなく近づき、彼の話を盗み聞きする。
ニュエズ王子は、皮の帽子を握り締めていた。
「これは、間違いない。ユイジェスの物だ。お前達が会ったのは17歳位の、青い髪の魔術師だったんだな?」
王子が三人に問い正している。返事は荒々しくも「そうだよ!」と返ってきた。ルーサスは王子の手がかりを手に入れ、心の中で「よし!」と叫ぶ。
「王子。どうやらユイジェス様は、少女と共に港の方へ向かったようです」
隣の兵士からまた情報が入ってくる。ルーサスはすぐさまリカロへ連絡しに走っていた。その姿を、影から誰かが見ていたことにルーサスは気づかなかった。その男は、長い髪を風に任すがままに揺らめかせていた。



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