聖の嶽(ひじり      たけ )




「…あの。ニーズさん、もう自分で歩けますよ…」
 ジャルディーノを背に乗せ、本物の国王の捕われた地下室を探す。自分でかけた回復魔法が効き目を現し、ジャル本人は歩けると言うのだが、俺は断固としてそのままおぶったまま城内を移動していた。

 それは、ある意味ジャルの寂しい言葉に怒り、思い知らせる目的のため。
 そして、更に自分に課す、決意のようなもののため     
「…いいから。そのまま甘えてろ!ボケ!」

    常に、「仲間を背負える」のだと示す、俺の中での意思表示。



 城内にも魔物の姿はあちこちに見えた。一体何処から涌いて出たのか、おそらくは何処かに繋がる地下や、空、堀からなのだろうが、とにかくご丁寧過ぎてうんざりする。
 城の一階廊下を走りながら、複雑な城内構造に迷い、曲がり角にてたたらを踏む。
 その後方、来た道から数体の骸骨剣士が追って来るのに気がつき、ジャルが警告を発した。
「ニーズさん!後ろっ!」
「…追って来やがった!逃げるぞ!」
 今は敵の殲滅よりも国王の救出、そしてなるべく早く仲間の元に戻ることが先決だった。振り払おうとして曲がり角を勘で右手に駆けて行く。

 しかし事態は上手くは進まない。
ガシャン、ガシャン    
 唐突に    招かれざる敵はやって来た。横の窓ガラスが割れ、外よりヘルコンドルやガルーダが舞い込んで来て口ばしを突き立て特攻してくる。身を屈め、なんとか口ばしとの遭遇を避けた。二羽の魔物は旋回し、再度交差しながら襲って来る。
 こいつらは確か魔法も使ったはずだ。魔封じの呪文を考えていると、割れた窓の縁に人影が立つ。

 長身、長髪、おまけに「耳」も長い。皮のローブ姿の青年は窓枠を乗り越え、ダンスを誘うような口調で救援を申し出てくる。
 非常にムカツク程に、その行動は余裕にみちみちていた。
「手伝おうか?なんだか取り込んでるようだし」
「…お前は…」

 現れたのはエルフ盗賊の一人、銀の髪のシャトレー。
 今日は皮のローブ姿であったが、フードを上げてジャルディーノに対してにっこりと多少皮肉な笑顔を見せる。
 盗賊ではあるが強力な魔法使い。手伝ってくれるのなら戦況はぐっと楽になる。

「シャトレーさん!…えっ?助けてくれるのですか?」
 俺の背中越しにジャルディーノが嬉しそうな声を上げ、エルフはすっかり機嫌がいい。
「言っただろ?全てにおいて協力するって」

 シャトレーはくるりと振り返り、すぐさま後方より迫る、骸骨剣士の群れにイオラの呪文を食らわせる。大爆発に城の一部を崩壊させつつ、気にしない奴はそのまま振り返ると鳥に向かって氷の呪文をぶつけ、羽根を凍らせ床に落とす。
 なかなか鮮やかな手腕であった。
 俺もジャルディーノを下ろし、落ちた鳥の魔物にとどめを刺しにゆく。
 いくらか抵抗は受けたが、あっという間に周囲に障害は無くなった。


「城に何の用?俺は相方を探している途中なんだ」
「デボネアさん、帰ってないのですか?僕達は、本物の王様を探しているんです」
「本物の王様?へぇ…」
 俺達は互いに状況を説明し合う。
 エルフ盗賊はにんまりしたかと思うと、頭に入ってるらしい、城内の地下牢を案内するために数歩先を行った。

「地下牢と言えば、こっちの方向だよ。こちらも城内はあらかじめ調べてあったんだ。ついておいで」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「………。おかしな真似したら後ろからぶった斬るからな」
 笑えないはずの脅しも、コイツにかかると軽笑として返って来る。…どうにもコイツらは、信用していいのか悪いのか、悩むんだよな…。

「信用してくれよ。勇者さん♪」
 疑われたままでも、当然奴にとっては大差が無い。



 城の地下牢への階段を見つけ、慎重に降りてゆく。
 最初にシャトレーが一人で降り、特に問題もないようなので手招きされて俺も後に続く。

 牢は無人なのかと思われる静けさに満ち、見張りすらいないという寂しい有様だった。おそらくここにいた見張りは全て出払っているのだろう。

    収穫は全く無しか…?
 嘆息しかけた先で、連なった牢獄を見て回る、先行くシャトレーが立ち止まるのに注意を向けた。牢屋の最奥で立ち止まり、エルフは暫しの間呆然としていた。

「おおっ!友よっ!良くぞ助けに来てくれた!」

「………。なーに、してんだ?デボネア…?」
 小馬鹿にした物言いに、牢の中の囚人は両手で牢にしがみつき、バツが悪いながらも無理して笑い飛ばす。
「わっはっはっはっ。ちょっとヘマしちまってサ。はーっ。助かった助かった!早く開けてくれーーー!!」

 探していた相方はどうやら兵士に捕まり、投獄されていたらしい。
 …と言うのも、奴はうちの女達を助けようと潜伏する事になったのだが、女達は結界を解きに走り、勇者の元に帰った。その後城内に残る攫われて来た娘達の逃亡を手伝っていたというのだから、素晴らしきフェミニストぶり。
 逃がすためにおとりになり、こうして名誉の投獄、なのだと奴は胸を張る。

「どうですかお兄様。この私めの活躍。是非妹さんにお話してもいいですよー!」
「必要ないな」
「はっ!どなたかが背中に!まさか麗しのシーヴァスさん!?」

 颯爽と奴は背中の人物に挨拶しようとしたが、相手と目が合うとぴっちり動きが止まった。期待に裏切られた金髪エルフは、あからさまにげんなりして眉根を寄せる。
「こ、こんにちは……」
「なんだ、赤毛のガキかよ。……さて、帰るかな」

 奴にとって、ここにはもはや何の用も無い。
 あっけなくデボネアは背中を向け、相方に脱出を誘った。

「それがそうも行かなくてね。本物の国王を探しているんだな。お前何か知らないか」
「……ん〜?国王?イッツ王様」
「多分何処かの地下牢なんです。王様はスライムの姿に『へんげ』させられています。急いでるんです。何か知りませんか?」

「スライム〜〜〜?」
 デボネアの表情は面白いぐらいにじわじわと変わってゆく。
 最初は「何だソレ」とでも言いたげなしかめツラ。次に「まてよ?」と口に手を当てる。次に「そうだそうだ」と喜び、俺と目が合うと、何故か黙り、最期ににやっと笑った。

「教えたら妹さんと一日デートってことでどうでしょう♪」

 俺はジャルディーノを立たせ、草薙の剣を真っ向から構える。
 無言で殺気走った視線を突きつけた、それが無言の返事。

「うっ……。お兄様コワッ……」
「デボネア、うちの姉の弔いに関わると言ったら、協力してくれるかな?」
「はぁ…?……」
 いつになく、相方が真剣であった事にデボネアは気がついた。とぼけた顔が徐々に真顔に変わり、小さく嘆息して両手のひらを上げる。

「………。仕方ねーなぁ…。俺も世話になったからなぁ……。後で酒も飯も奢れよ?」
「オーケイ。じゃ案内してくれ」



 デボネアの案内に従い、一階の長い回廊に全員で駆け込む。
「え〜っと、確か…。合言葉が…」
 普通の壁に向かって、デボネアは何度も奇妙な言葉を「あーでもないこーでもない」と繰り返し呟く。合言葉探しは暫くの間続いた。
    おおっ!開いた開いたっ!♪」

 時間の経過に、そろそろ自分も焦りを覚え始めていた。
 残して来た仲間たちのことが気にかかる。城にいる限りは外の様子が殆ど伝わって来ないのだから、不安はますます募っていくのだ。

 隠された通路に侵入すると、何処にこんなものがと閉口するほどの、複雑な地下通路街が広がっている。
 壁の作りなどからしてまだ新しい。俺達が先に調べてあった城内地図にここの情報は存在していなかった。つまりは魔物に占領された後に用意された地下通路網。

 暗くカビ臭い地下通路網を、デボネアは記憶を頼りに進んで行く。
 今から探索していたのでは恐ろしく時間がかかったに違いない。そこは素直にデボネアに感謝した。
 地下通路内には時折松明が灯るのみで視界がすこぶる悪い。そんな中、時折魔物を蹴散らしながら、暗がりに探していた牢を見つけて壁越しに様子を伺う。

 数個並んだ牢の真ん中、囚人は小さなスライム一匹。
 牢の隅で小さくうずくまり(?)生きているのかも良く判らないが、その牢の前で数匹の魔物が見張りに立っていた。各々武器を構え、戦闘体制に息を潜める。

「ああ、そうだ。俺、魔法が使えないんだよ。だから俺はスライム救出役やるから、戦闘はお任せな」
 今頃になって、金髪エルフは舌を出す。
「……そういえばそんな焼印されてたな」
「あ、それなら、シャルディナさんに言えば…。あ、僕でも消せるかも…」
「シッ。後でいいそんなの。行くぞ!」

 見張りは骸骨剣士とガメゴンが三匹ずつ。先手必勝で呪文を小声で準備して飛び出す。
    ベギラマ!」
 渦巻く炎が魔物の群れを包み込む。追ってジャルディーノも真空呪文を唱え始めた。
「キシャアアアーーー!!」
 カタカタと骨が打ち合う音を狭い空間に反響させながら、炎から抜け出し骸骨剣士が襲って来る。大きなカメの魔物、ガメゴンは「もわっ」とした甘い息を吐き、こんな地下通路では避けようがない。
「ゴフッ。ゴフッ。…くそっ。眠気が…!」
「ニーズさん!……ザメハ!」

 足元がふらつく、が僧侶の覚醒の呪文でなんとか眠りを裂け、剣で身体を支えた。そこへ骸骨の複数の剣先がめり込み、たまらず後方に転がり逃げて行く。
 ジャルディーノが回復に駆けつけ、しかしその肩口にも剣は届き血の糸を引いた。

「ちょっと凍ってて欲しいな。    ヒャダルコ」
 後方にシャトレーはスッっと立ったかと思うと、冷気が吹き抜け魔物が凍りついた。その隙に横脇をデボネアがすり抜け、牢の鍵開けに向かうのを横目に確認する。

 回復呪文の効き目を待たずに、俺は一気に勝負を決めた。
 凍りついた魔物が動き出す前に、駆け抜け全て叩き斬って行く。六体全てしとめた事を確認すると、丁度横手から牢の鍵が外れた音が小気味良く鳴り響いた。
 デボネアが中に入り、小さなスライムを両手に乗せて戻って来る。手のひらの上で、水色のスライムはすっかりくたびれて気を失っていた。

「……これが…。サマンオサの国王?」
「…はい。そうです…。ありがとうございますデボネアさん」
 ジャルディーノはすぐにもラーの鏡を取り出し、王の「へんげ」を解除しようと試みる。けれどその手はシャトレーがそっと止めた。

「まだ戻さない方がいい。何よりこっちの方が運びやすい。それに、目の前で変身を解いた方が、また民は納得できるんじゃないかな?」
「………。な、なるほど…。そうかも知れないですね…」
「このスライム。お姫様じゃなかったのか…。ちえっ」
 横で何やら、デボネアはブツブツと文句を言っている。

 ジャルディーノは回復呪文だけをかけ、スライムを大事そうに抱えた。確認した俺は、一目散に外を目指し方向転換する。
「行くぞ!」
「はいっ!」
「急ぐのはいいけど、帰り道分からないだろ〜?リレミト使えるかな?」

 地下室はリレミトの呪文で脱出し、城の一階から庭に飛び出す。
 その時、街から妙な鳴き声が聞こえ、愕然として足が止まった。



 火災により、上がった煙により、多少くぐもった空にひとすじの陽光を浴びて、咆えていたのは銀の鱗をまとった『竜』。
 その姿を見たのは初めてだったが、なんとも言い難い激震が俺の体を突き抜けてゆく。

 言葉を思い出すまで、随分な時間を要された。
 遅れて空を見上げたジャルディーノも、エルフ二人も、空を見上げて驚愕に立ち尽くす。彼らにも、竜の登場は衝撃。

「アイツ…!無茶しやがって…!」
「シーヴァスさん、なのですか?あれは…」
「うええっ!?シーヴァスさん!?」
「………。なるほど。まだそこに生きていた訳か。王家の竜が…」

 その仰いだ竜身が、巨大化したボストロールの痛恨の一撃を受け、背後に倒れてゆこうとする。しかしその姿が倒れきる前にフッとかき消えてしまった。
 ドラゴラムの呪文が解けたのか、いや魔力が尽きたと見るべきか。不自然な消滅に俺の心が総毛立つ。

 何も説明は必要がなかった。ただ俺はまっすぐに、巨人目指して駆けて行く。


==


「追って!ここは大丈夫だから!オーブを追えるのはシャルディナさんしかいないんだから!アイザックと二人で追いかけて…!」

 最もそれが良い案なのだと、私は判断しました。
 疲れ果てたシャルディナさんはとてもオーブを追って走れそうもないし、それをおぶる体力は私には無い。
 どう考えても、『二人で』行かせることが、最善なのだと解ったから…。

 アイザックにおんぶされた吟遊詩人は、私の指示に半ば「ぽかん」として、ずっと私の真意を探している。
 …ここで、意地悪しても、何にもならないでしょう…?

 そんな事したら、私はますます自分を嫌になる。



「ありがとう。サリサさん」
 彼女が嬉しそうに、今にも泣きそうに感謝をしたから、私は納得することができた。
 これで良かったのだと………。

「ちゃんとオーブ見つけてね」
 心の内では、二人には    もっと別なものも見つけて欲しいと願った。
 二人がせわしない人ごみに消えるまで、短い間、複雑な想いはそれと比例して小さくなって消えて行く。

 眩しい世界へ、二人はそのまま消えていく幻が見える。
 私なんかが、二度と届かない、上の世界へと     



「クエエエエエーーーーッ!!」
 私を現実に呼び戻したのは、竜のいななきだった。
 腕力に物を言わせ、暴れるボストロールは手近な民家を持ち上げると竜に投げつける。武器の無い巨人は手当たり次第掴める物を掴んで投げた。竜は悲鳴を上げて怯み、巨人は思い切り竜の体を連続強打し、大地に叩きつける。
 投げた民家の家財が飛び、近くに居た人々が四方八方に逃げ惑う姿が見えた。竜も静かに倒れ…、すぐには立ち上がることができない。

 私は青ざめ、慌てて竜の傍に走った。
 落下によって、背に乗っていたルシヴァンさんも怪我をしたかも知れない。何より、…今ここにアイザックはいない。シャルディナさんもいない、ニーズさんたち他の仲間もいない。

ここには私しかいない。


 民家の上に倒れた竜の体を辿り、必死に彼女の名前を呼んで揺さぶる。民家に突っ込んだ現状では、盗賊ルシヴァンの姿はすぐには見つける事ができなかった。
「これで終わりだああーーー!!」
 竜の首元を見下ろす、私の上に影がかぶり、暗くなった視界は死を予感させゾッとした。

 私ごと、竜の首を叩き折る、巨大な拳が迫り来る。
     どうするの!?

 巨人に対して、余りに小さな自分。対抗できるはずがない。はずがない。
 本当にそうなの?私は……!



「でも…。それなら、どうして私はここに居るんですか…」
 小さな私は、そんな事を嘆きました。

 私だけじゃない。そんな無力さへの苦しみは、本当は誰だって抱えているんだ。

「私なんていても何にもならないのに。何も変えられないのに。何もできないのに。それならどうして私はいるの…?」

 待っているだけなんて、できなかった。だから選ばなかった。
 無我夢中で戦いたかった。



 私は様々な想いを抱いた、「ゾンビキラー」を勢い良く抜くと祈りを捧げた。
 私は「無力」じゃない。「無力」かどうかはこれから決める。私が持つことを選んだ剣で、私は無我夢中で戦うことを誓った。

 聖女アローマは、本当に私を斬ろうとした………?
 何故かそんなことが頭に横切った。…違うような気がする。彼女はきっと「祈って」いた。

 私の未来を、世界の未来を     


 殺意、ではこの聖剣は振れません。いいえ、その時きっと聖剣ではなくなるのでしょう。
 刀身に刻まれた十字架は祈りの証。
 私は願いました。

どうかシーヴァスを守って下さい…!私に力を下さい…!



 掲げた十字架の剣は、巨人の拳を受け止め静止する。
 私は驚き、人事のように眼前の緑の拳を見上げた。巨人の強烈な打撃を、たったの剣一本で自分が止めていたのだから…。

「ぐおっ…?ぐおおおっっ!?ぐおおおおおおっ!!
 巨人は眉を跳ね上げ、悔しそうにそれでも圧して来る。小さな小娘を押し潰そうと、歯ぐきを見せ血管を浮かせて全体重を乗せて圧してくる。

「あ…。あああああああっっ!!」
 必死にこらえて、後ろの友達を守る。後ろで私の声に気がついたのか、竜が身動きして瞳を開いた。

 力に押された、私の全身を痺れが襲う。汗で前髪が額に貼り付き、立てた片膝が積まれた家財にめり込んで沈んでゆく。
 首をもたげた竜が火炎を吐き、ボストロールは仕方なく離れて距離を取った。

「……。シーヴァス、大丈夫…?」
 なんとか首だけ起こした竜にすがりつき、回復呪文を二回ほど繰り返し彼女に注いだ。
 ………もう魔力が尽きてしまった。彼女に唱えたのが最後の回復呪文。

 頭上ではボストロールも疲れているのか、ぜいぜいと肩で息をし、長い舌をだらりと垂らして棒立ちしている。
 ゆっくりと竜は立ち上がり、私は場所を移動する。そのまま傍に居ては彼女にとっても邪魔になってしまうから……。

 どけようとして、私はふらついて飛び散った木材につまずいて転ぶ。疲労と、魔力の消費とで視界が暗くなりかけた。そこに誰かが来てくれた。私の体をすかさず抱きとめ抱え上げたのは、余りにも良く知った匂いの男性。


「…大丈夫か。…魔力が尽きたか」
 低い男性の声に薄目を開けて頷く。私を抱き上げるのは最も助けたいと願った人でした。黒い帽子を被り、真っ直ぐな金の髪から優しい双眸が覗く。
 彼も戦いを越えて来た、スス汚れた頬や衣服がそう語る。

「…オロチとかは……」
「こっちは終わった。だから助けに来た。しかし…」
 膠着状態に陥った竜と巨人の戦い。安全な場所から見上げ、打開策を海賊副頭は鋭い瞳で思考する。
「サリサの魔力は尽きた。シーヴァスももう立っているのがやっとだろう。それはボストロールも同じだろうが…。ワグナスは来てないのか?」
「……あ、はい。こちらには一度も…」
「………」

 ここに居るのは私だけ。他の仲間たちは来るかも知れないけれど、それはいつになるのか分からない。
 スヴァルさんの表情は険しく、竜を見上げると    、彼女に巨人の『強烈な一撃』が炸裂する瞬間だった。竜の姿が不意に薄れ、私を下ろして彼は飛び出す。

 ドラゴラム(竜変化)の呪文が解け、空中でエルフに逆戻りし転落しようとしていた。受け止めるために彼は奔り、しかし落下場所に先客が現れ立ち止まる。
 気絶したエルフ娘を抱きとめそのまま石畳に頭からスライディングしたのは、裂傷激しい彼女の恋人でした。
「ルシヴァン…!」
「……。ちっくしょ…。やってらんねぇ…!」
 先の竜の落下で全身打っていた所を、彼女を受け止めて更に打つ。スヴァルさんが駆けつけ、遅れて私も駆けつけるけれど、全身打撲の彼に回復すらもできないのだった。

「シーヴァス!おいしっかりしろ!」
「あ…。す、すみません…」
 エルフ娘の顔は青く、ゴホゴホと咳の中に赤い斑点が混じる。受けた痛恨の一撃に全身痛々しい痣や裂傷が走って見える。
 その頃巨人は頭を押え、ずっと呻き続けフラフラ揺れていた。

「グオオオオオオ…。ガウオオオオ、ウアアアア…!」

 緑の皮膚がボコボコと沸き立ち、腫れ物が破裂して緑の液体が弾け飛ぶ。

「ウウウッ…。ウウッ。グオオオオ…。ガアアアアアア…!」

 巨人の瞳はひっくり返り、大きな口から泡が吹き出す。
 明らかに異常事態を発して暴走しようとしていた。
「な…。何、コレ…。あ…!」
 下から巨人の異常に焦りながら、私は嫌な予感がして口元を押えた。
「気持ち悪い…。魔物の力が膨れて爆発しようとしてる。このままじゃ爆発するかも知れない……!」

 そう言えば、魔族が力を注いで巨大化したのだったよね…?
 その力が暴走して、爆発したら大変なことになる。
    まさか、それも見こして、巨人をここに残したの    


 巨大な邪気の爆弾。   逃げる?避難してる人々には届かない?
 いいえ、もしこの周囲一体飲み込むものだとしたらどうするの………?!


「…決め手が欲しいな。何か協力な呪文はないのかよシーヴァス。ちまちま削るもんじゃなくて、一瞬にして決着つくような決め手はよ」
 盗賊は恋人のエルフの肩を揺さぶり、無茶を言う。魔力もろくに残っていない、シーヴァスにそれは酷と言うものだった。
 私だって魔力は残っていない。ゾンビキラーだって、受けるだけで精一杯だったんだ…。
 
「アイザックが戻って来るか、ニーズさん達、ワグナスさんが来てくれれば…」
 心の中で言ったつもりが、誰かを頼る言葉は無意識のうちに零れ出してしまった。
「…………」
 シーヴァスは恋人に抱かれながら、哀しげに瞳を細める。
 その視界に何かが映ったのか…。彼女はハッとして瞳に輝きを甦らせた。逸る鼓動を抑え、呼吸を整え、彼女は私を呼ぶ。


「サリサ…。私達でやりましょう。皆、それぞれの場所で必死に戦っているはずです。ここは私達が受け持ったのではないですか?」
「シーヴァス…」
「…一つだけ、私に残されたものがありました。試してみたいのです。力を貸して下さいサリサ。きっと、巧くいきます…」

 確証は無かった。けれど、彼女の打ち出した作戦に、私も賛同して頷く。

「ルシヴァンとスヴァルさんは…。どうか見守っていて下さい。もしかしたらそのまま気絶するかも知れませんし…。その時はよろしくお願いします」
 シーヴァスは半ばふらつきながらも立ち上がり、恋人に預けていた杖を受け取りしっかりと両手に抱きしめる。

 杖はこの作戦の要でした。
 彼女が聖女ジードから託された、竜の姿の造されたいかずちの杖。
 私は彼女の背中に回り、そっと肩に手を乗せる。

 風船のように膨張し身動きできなくなってゆく、ボストロールに対して彼女は呪文を唱えた。
「ドラゴラム…!」


==


 空に再び竜は姿を見せた。
 暴走する魔力に苦しみ、あえぐボストロールに向かい、杖をくわえた竜は遙か天空へと雄叫びを貫く。

「クオオオオオ!フ……オオオオオオオッッーーーー!!」

 竜族の杖を天へと突き掲げ、彼女は光を求めて魂の限りに咆え叫んだ。
 私は竜の首の後ろに待機しながら、光の訪れを待っている。彼女はまだ試したことが無かったと話した。けれど、竜の技の中でも最高位の天のいかずちを、彼女は呼び出すことができるのか……。

 事実彼女は『竜の身』を持って、竜の杖を持って竜の言葉を放つ。
 雲の隙間、空に僅かに変化が生まれた。

「シ…。シーヴァス!来るよ!来るっ!」
 興奮して、首の痛むほど上ばかり見る私は、慌ててゾンビキラーを両手に構えてわずかに震える。私の役割は光を剣で受け、その光の力と聖剣の力を合わせ、ボストロールをじかに撃ち斬ること。

 上空に火花を散らした閃光は、不安定にジグザグと乱れながら降りてくる。昼の空にも、眩き閃光の竜が獲物を求めて震動しているさまに映る。

 ボストロールはダルマのように膨張した体で、閃光に気づくと逃亡に走った。

「ああ…。し、死にだくねえよお……!だ、だずげで…!」

 しかし振った腕は皮が破れ破裂し、膨らんだ体に小さくなった足では支えられずに転倒し、亀のようにジタバタする。飛び散る体液はまさに猛毒の池と化して、地上で泡を噴いていた。竜は一歩倒れたボストロールに近づき、けれどそこで薄くなってゆく。


 彼女は、自分だけでは命中させる自信がなかったのです。
 だから私が当てる役を担うことになった。
 ゾンビキラーを携え未知の光に挑む。竜の力、勇者の扱ういかずちの力、それがいか程の威力を持つものなのか、この日私は身をもって初めて知る。

 剣を手に竜の首元から跳躍した、眼下に竜の娘が気を失うように落ちてゆく。彼女の心配はしていなかった。きっとまた彼女の恋人が助けてくれるはず。

 跳躍した私はゾンビキラーで空より飛来した光を受け止める。

「キャアアアアアアアッッ!!」

 上空で激しい痺れに襲われた、その重圧は巨人の拳よりも果てしなく強く全身を撃つ。空中で力とぶつかり停止するけれど、それは二つの力の激しい反発状態のうちにあった。
 地上を撃とうとする聖なる雷、そして制御しようとするゾンビキラー。二つの力の根源は違うものであるから、反発し合って一つになろうとしてくれない。

「お願い…!言う事聞いてっ!」

 膨張したボストロールの腕が破裂すると、同時に周囲の民家多数が藻屑に変わった。例えるなら毒素を持った魔力の暴発。皮膚からじわじわと溢れ零れているのか、周囲は黒い邪悪な霧で覆われてゆく。
 早く止めないと     !!

 焦りを嘲笑うように、あの黒い魔法使いの冷笑が聞こえてくるようでした。
 そして、ボストロールの不愉快な笑い声も………。


 ジグザグに降りて来た天の光は、私を巻き込んで横手に流れて行こうとする。それを許せば目標のボストロールに当たらない。せっかくの「いかずち」が大地を貫くだけに終わってしまう。なんとしても軌道修正しなければならなかった。

 けれど、確実に自分の位置は光に流されボストロールより後方に離れてゆこうとしている。火花が飛び散り、両手も痺れ、剣の柄がそのまま弾け飛び、自分も切りもみされて地面に叩きつけられる図式を予感する直前。


 ありえない救援が私の背後に現れた。
 何より、彼女が空に現れる事だけでも不自然なのに    

 疑問は一瞬にしてかき消えるのは、振り返り見た、彼女の背中に輝く『翼』があったため。
「サリサさん…!しっかり剣を持って!」
 痺れた私の手の上に、彼女の白い両手が重なり、一緒に強く鞘を握ってくれる。

 空は     風は私の味方になってくれました。

 現れた翼ある女神は、私を連れてボストロールへと降下始める。
 二人になったら、途端に感じていた負担はスッと半分ぐらいに引いてしまった。



「……。ありがとう…」



 風を切る音に混じり、多分彼女には聞こえなかったことでしょう。でもそれでいい。
 黒く染み出た霧を破り、眼前に緑の皮膚が迫るまで、彼女は私を導いて飛んでくれた。もう一人で大丈夫。彼女の腕から離れ、巨人目がけて聖剣を手に飛び込む。

 不思議と、…何故でしょう。
 世界より音は消え、ゾンビキラーも軽く、重かった「いかずち」も心地好く同調してくる。
 ボストロールに      憎しみは浮かびませんでした。

 邪悪には、殺意ではなく、浄化へと導く祈りを………。
 緑の皮膚に触れてから、雷撃は火花を散らし魔物の全身を光で包み込む。

 ………さようなら。
 どうか、次に生まれる時は、もっと………。



 巨大な光は巨大な生き物を浄化させ、私はむき出しとなった大地の上にドサリと落ちてくる。黒い霧も晴れ、周囲に邪悪な存在は微塵も感じることはない。
 光のいかずちは去った。

 けれど、雲の切れ間から光線を伸ばす、空はやはり眩しかった。

 力の過ぎた後、熱い体に心地好い涼風が撫でてゆく。


「サリサさん…!」
 遅れてシャルディナさんも半ば落ちるように降りて来る。
「翼…。本当にシャルディナさんは、女神様なんですね」
「………。サリサさんのおかげです…」

「サリサ!シャルディナさん…!」
 恋人に抱かれてシーヴァスも傍にやって来た。三人同じ場所に膝を付き、誰からでもなく、腕を伸ばす。

「ありがとう二人とも…。巧く行きましたね。あなたたちのおかげです…!」
「そんな…。シーヴァスすごいよ!雷呼べたもの!それに…、シャルディナさんが来てくれなかったら、きっと失敗してたよ…」
「……。私は、少しお手伝いしただけですから…。レッドオーブ、取り戻すことができました。ありがとうございます…」

 私達は褒め合って抱き合って、疲れ果てて一緒になって横になった。
「やったね…!」
「良かったね…!」
「ありがとう…!」

 もう、誰がどの言葉を口にしたのかも分からない………。


==


 娘達は気を失い、三人三様に意識を失った。
 戦いが終わって、安堵して気が緩んだとも言う…。

 傍に居て娘達の感動を見守っていた盗賊ルシヴァンは、誰か回復役はいないもんかとシーヴァスを抱き上げ周りに声をかけた。見習いでもなんでも、僧侶が近くに居れば幸いだったのだが、どうにも周囲に該当する人物はいないらしい。

 海賊の副頭領も、やがて隼の戦士も戻ってくると、とにかく勇者達が戻っているかも知れない、王城方面へと戻ろうという話に決定する。

「……。待って」
 娘を抱えて男達が移動しようとすると、建物の影からその人物はやって来た。顔を隠したいのか皮のフードを深く被り、自分が回復呪文を行使できることを宣言しつつ歩み寄る。

「待て。誰だ貴様……!」
 不穏さを感じて、盗賊ルシヴァンは人物の襟首を掴んで持ち上げた。しかしその顔を見ると驚き、思わず手を離してしまう。
 彼の容貌に、盗賊は見覚えがあり過ぎたのだった。
「………?!ニー…!」
「どいて。回復するだけだから」

 ある人物に酷似していた、黒髪、青い瞳の若者は、倒れた僧侶娘や、吟遊詩人にそっと労わるように回復呪文を施して回る。
 最後に向かい合ったエルフの少女に対してだけが、なんとも言えない張り詰めた空気を思わせ、見ている方も何故か息を飲んだ。

 手当てをするため見下ろした、エルフの手元にはいかずちの杖が握られている。若者は暫し杖を見つめ、何かを納得したか息を吐いて呼吸を整えた。
 他の二人よりもやたらと緊張して、彼はエルフの体に手を触れる。

「……ベホイミ……」

 三人を回復してすぐ、若者は踵を返し、去ろうと背中を向ける。
「これでもう大丈夫。早く戻った方がいいよ」
「……。助かったよ!ありがとな!」
 なんとなく彼が誰であるかを察知していた、戦士アイザックは去り行く背中に礼を残した。


 彼が消えた建物の影には、一人朱色の髪の少年が待っていた。戻った彼の肩を掴み、疑問を率直に訊く。
「お前、あの妹が好きじゃないんだろ?良く出て行ったな。それとも、身近に見て、ちょっとは好感生まれたか?」
「………」

 彼は外壁に押し寄せた、魔物たちを掃討した後、巨人の変化にそれこそ『勇者の呪文』が必要になると判断し、傍まで来ていたのだった。
 しかしまさか目の前で彼女にいかずちまで呼ばれようとは……。
 彼の表情は複雑すぎて、とても好意的には見えない。

 あげくの果てに、話したのは質問とは全く違う事柄だった。

「…ねえアドレス。僕はラーの鏡に映らなかったんだ。何故か鏡が真っ黒になってね…。僕は間違いだと思っていたんだけど、もしかしたら、それで正解なのかも知れないね…」
「何を言っているんだ…?映らなかった?そんな馬鹿な」

「つまりは、僕自身が真っ黒ってことだよ」



==


 気が付くと、私達は人々の歓声に包まれていたのでした。

 竜変化を間近に見ていた、町人達は恋人に抱き上げられたシーヴァスに押し寄せ、翼を持つシャルディナさんにも敬服する民の姿が見えている。

「勇者の妹、シーヴァス。竜はこのエルフ娘だったんだ!すごいだろ!」
 自慢して回る恋人にシーヴァスは困っていたようだけれど、人々の感謝の声に彼女は涙に濡れている。
「国を守ったんだ。隠すことじゃないだろ?胸を張って凱旋と行こうぜ」
「竜の娘、万歳ーー!」
「ありがとうございました!シーヴァス様!」
 異種族であることに悩んでいた彼女には、そんな凱旋は夢でした。


 シャルディナさんは人々の注目に緊張し、翼を見せることに怯え、立ち上がらずにずっとうずくまったままでいる。
「シャルディナ…。シャルディナがラーミアである事って、隠しておかなきゃならない事なのか…?」
 彼女の傍ではアイザックが心配そうに顔を覗く。
「感謝されこそすれ、誰もお前のこと悪く言ったりなんかしない。ここでは確かにお前も国を救った英雄なんだ。それが堂々と歩けないなんておかしいじゃないか」
「…………。でも…。気持ち悪いって、思う人もいるかも……でしょ…」

「そんなことないよ。すごく綺麗だよ」

 どうして彼女も、シーヴァスも、姿を変えても尚綺麗なのに、本人達はこんなに自信が無いのかな。私は心の底から彼女を応援していました。

「アイザック、シャルディナさんも凱旋させてあげて。今回の功労者だもの。女神ラーミアの生まれ変わりが助けに来てくれたなんて、皆喜ぶよ」
「そうだな。分かった!」
「あ、…きゃっ…!」
 ひょいっと抱き上げられて、彼女は民衆の前にお披露目されに行く。

「翼があるぞ?どういうことだ?」と、確かに人の好奇にも畏怖にもとれた視線は集まる。けれど彼が悪いようにするはずがない。

「シャルディナは不死鳥ラーミアの生まれ変わりだ!サマンオサを救うためにランシールから来てくれたぞ!サマンオサに神の加護を!この国は自由になった!お前らはもう自由だー!」
 演説激しく、隼の戦士は凱旋して行く。実際翼ある女神がいるのだから、民の驚きは尋常ではない。

「ラーミア様!ラーミア様!」
「ありがとうございました!ありがとうございました!」

 彼女の境遇は詳しく知っている訳ではないけれど…。彼女は控えめに民に挨拶しつつも、感極まって泣いている。

 彼女にとっても、そんな凱旋は夢だったのです。






 そして私は……。


 恋人二組を見送って、私は一人、後からついていくのが本来だったのだと思います。
 けれど、当然のように、彼は迎えに手を差し伸べてくれました。

「疲れただろう。…良くやった。お前たちのおかげで、サマンオサは解放された」
「…………」
 言葉よりも、差し出された手よりも、そこに居てくれるだけで嬉しいと思う。どこかで自分は寂しさに捕われていたのだから。
 彼の手を取り、新しく変わろうとしているサマンオサの街並みを見つめる。ずっと感じていた暗さも、胸の不快感も感じない。

 気づけば体も軽い。さまざま受けていた傷が消えているのが不思議で、自分の体を確かめていると彼が微笑った。
「通りすがりの旅人が、回復してくれたんだ」
「そうなのですか。良かった…って、きゃあ!」

 スヴァルさんは言い終わる前に、私を抱き上げて先二人の後に続く。
「あ、あのっ。私歩けますからっ!スヴァルさん!」
「遠慮するな。お前だって呼ばれてる」
 恥ずかしくて、赤くなって断る。
「呼ばれてる?」最初は彼の言葉の意味が分からなかった。

 巨人が消え、続々と集まって来た民衆は、私にも何やら声援を送っていたのです。
 ……信じられない声援でした。
「………う、嘘っ」

 民衆は、とんでもない勘違いをしていたのです。私に向かって捧げられる名前は、私には余りに大きすぎた。

「助けて下さり、ありがとうございました聖女様!」
「まさか聖女様が来てくれるとは…。ありがとうございますラディナード様!」

「ち、違います!私はラディナード様ではありません!聖女じゃないです!」

「肩までの金の髪。ミトラ神の僧侶で、ゾンビキラーを持っている。聖女と思われても仕方ない」
 冷静に、私を抱き歩く彼は言う。
「そんなっ。でも、人違いです。聖女だなんて…。聖女だなんて…。私なんかが浴びていい言葉じゃないです」
「何故だ。サマンオサにとっては、お前は聖女ラディナード以上の事をした。誰かに就けられて呼ばれたものじゃない。民がお前を『聖女』と認めたんだ」

「…………」


 聖女と間違って、おずおずと子供達も集まってくる。期待に輝く小さな瞳たちに、私は怯むことしかできない。
「お姉ちゃん、聖女ラディナード様なの?」
「違う。勇者の仲間の一人、サリサだ」
 私が否定する前に、スヴァルさんが否定する。
「えっ?違うの…。なんだ……」
 子供や、聞こえた周囲の民衆は戸惑いと、残念そうな顔をちらつかせる。
 ほら、やっぱり…。
 しょんぼりする子供達に私は謝らなければならなかった。

「しかし、サリサも間違いなく『聖女』だ。先代の聖女アローマからゾンビキラーを託され、サマンオサを救った三人目の聖女。新しい聖女の誕生だ」


 なんてことを、この人は言ったのですか。



 子供達は「わあっ!」と歓喜して、今度は『聖女サリサ』と私を呼ぶ。呼び始める。
「や、め……。違う…。違うから…。私そんなんじゃない。聖女なんかじゃない…!」

 どれだけ自分が汚いかを知っていたから、私はその賛辞を受けられなくて、痛すぎて、辛くてスヴァルさんの胸に怖がってしがみつく。

「聖女サリサ様、万歳ーー!万歳ーー!!」
 歓声は強くなり、私は発狂寸前で逃げ出したくて心が暴れた。
「違う…!」

「サリサ、落ち着いて、ちゃんと『見て』みろ。世界を『見る』んだ」
「…………」
「お前が聖女二人と比べてどうだとか、お前の知ってる聖女がどうだとか、そんな事を誰が言っているんだ。この国の民は、お前のしてくれた事に感謝して、誰に言われたでもなく、そうお前を賞しているんだ。この賛辞は『役職』を言ってるのじゃない。ただお前への感謝の言葉なんだ。ただそれだけを受け取ればいいんだ」

「………。いいん、ですか…」
 世界を    見る。
 そんな事言われなくても、私はいつだって世界を見ていたはずだった。
 でも、それなのに、こんな世界は見たことがない。過ぎ行く人達が、皆私を応援してくれる。感謝してくれる。私を聖女と讃えてくれる。


    嬉しかった。
 嬉しくて、何度も何度も涙を拭いた。拭いても拭いても涙がこぼれた。

 こんな日をずっと待ち望んで、足掻いてばかりいた私。
 彼は教えてくれました。精一杯戦った私だから受けていいのだと。

「お前はそれだけの事をしたんだ。俺からも、何度も言わせてくれ。ありがとう…」



 街角には娘に対する歓声が何度も湧いては拍手が起こった。
 やがて勇者達も合流し、勇者一行に対して盛大な歓声が巻き起こる。

 国中が歓喜に震えていました。



「聖女様!聖女様!」
「竜の娘、万歳ー!勇者ニーズ万歳!」
「ラーミア様ー!」
「ありがとうーー!!」



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