「聖の嶽 2」 |
偽の国王が民の前に姿を見せたのが午前中。それからラーの鏡で王の正体を暴き、全ての決着がつくまで数時間。 それから建物の下敷きになり、動けなくなっている人々などの救助活動が始まり、夜明けまで私達は交代して休みつつ一生懸命に働いた。 その間小さなスライムはずっと、ジャルディーノ君の手の上に。 一晩明けて、勇者ニーズは再び、崩壊した王城前広場に民を集めました。 昨日明かされた国王偽者の事実、その真相を話すと報せ、自ずと動ける者達は話を聞きに集まる。 城を背景に勇者達は立ち、その前に民衆はひしめき合うように並んで話を待っていた。 「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。勇者サイモン謀反のあの日から、すでに国王はすり替わっていたのです。幸いなことに、本当の王様は城の地下に幽閉されていました。このスライムが本物の王様です!」 偽の国王の正体を暴いた、赤毛の僧侶が声高く水色のスライムを頭上に掲げる。勿論民は、ざわざわと揺れ、そう言われただけでは信じられないのに無理はない。 太陽神ラーの僧侶はスライムを足元に置き、円い鏡でそっと照らす。 光に包まれたスライムのシルエットは、ゆっくりと人の形に縦に伸びると、衰弱は見えたが、確かに国王レイモンドの姿に変貌を見せた。 ボストロールが化けていた国王と比べれば、風格と言うのか、気品が異なる。 サマンオサの王冠に、羽毛のあしらわれた赤い豪勢なマント。衣服は古さを感じさせましたが良品ばかり。注目する民に向かい、国王レイモンド様は……。 あろうことか、大地に膝をつき、両手を押し当て、叫んだのは謝罪。 「サマンオサの民よ。聞くが良い。…我はレイモンド。あの日より、ずっと牢の中で過ごしておった。それからこの国に何が起こっていたのか、勇者達より聞き及んでいる。……。全ては、私の責任だ」 衰弱した国王の痛烈な謝罪に、また民衆は低くざわめく。 「大切な友を牢獄になど…!勇者サイモンは無実である。私を人質に取られ、サイモンは仕方なく魔族に捕えられたのだ。ボストロールは私に化け、そして魔族の少年はサイモンに化け、街を焼いた。ガイアの民は無罪である……!」 「そんな…!」 「じゃあ、俺達は…!」 罪なき者たちを虐げ暮らしてきたことを知った民は動揺し、青くなった。確執はだからと言ってすぐさま消えるものでもない。謝ったからといって、奪った命が戻ってくる訳でもない。 国王は勇者たちの横手に、ガイア一族の生き残りがいることに気がついていた。 勇者サイモンに良く似た青年と、ハーフエルフの娘。今では二人はサイモンの作った海賊団の頂点。 幼い頃ではあったが、国王は何度か二人に会ったことがあった。懐かしい二人の成長に、時の流れを思う。 「今更何も言えないことは承知しておるが……。すまぬ!ガイアの者たちよ!サイモンの娘、息子よ!そなたらの父はすぐに呼び寄せよう。海賊団にも侵害はさせぬ。我にできることなら、なんでも使わそう。なんでも望みを叶えよう。金でも、名誉でも…!」 「………」 姉弟は見つめ合うと、勇者達と場所を変わって、手を着く国王の前に進み出た。 ハーフエルフらしからぬ野性的な娘は、腰に両手を当て、およそ国王に対して偉そうに要求を述べる。 「望みは一つよ。この国を精一杯立て直して頂戴。そしてこれはおまけだけど、これからも親父の友人でいてくれれば嬉しい。それ以上望むものはないわ」 「…なんと……!」 言い切ったサイモンの娘は右手側、崩壊した建物から子分を呼びつけ、何やら荷物を持ってこさせた。子分が運んできたのはどっさりと重い布袋。彼女が顎で指示すると、子分が口を開いて王に献上する。 それは見まがう程の金銀財宝。宝石の数々。 「金をよこすなんて、無理でしょう?逆にこれから国政は火の車。ある程度は馬鹿魔物が蓄えていたようだけど、国を治すのに金がかかる。これはその足しにして頂戴。勿論無料奉仕、気にしなくていいわ」 「なんと……!」 同じ言葉で国王は震え、民を代表して深く深く頭を下げる。 「すまぬ…!すまぬ…!約束しよう、必ずサマンオサをまた良い国にすると!感謝する!感謝する…!」 「感謝しなくていいわ。この国は故郷。民は家族。家族を守るのは当然でしょ」 サイモンの娘は言い切り、謝罪する王の手を弟が引いた。 「立って下さい。レイモンド様。もう魔族は去りました。私達は…、自分達が救われたかった訳ではありません。この国を救いたかっただけです。父の良き友人であった、あなたの国を父は誇りに思っていました」 「おおっ…。すまぬ!サイモン!サイモン 離れた友に良く似た息子に叫び、立ち上がった王は彼を抱きしめて泣きむせた。 いつしか民衆も、しんみりと、自分達の行いを恥じる空気に静まり返っている。国が解放された歓喜も沈み、重く暗い空気が広がってゆく。 残った自分達だけ喜び浮かれるなんてこと、誰もが罪悪感に胸をつままれていたのです。 「ふう………」 そんな空気も読み取り、サイモンの娘はため息をついた。 本当は説明役は別にいたのだが、何故か不在なために彼女はため息。 「謝るのはもういいわ。しめっぽいのは嫌いなのよ。私たちを見かけても、いちいち謝りに来ないで欲しいわ。国王に一つ提案があるんだけど」 「何であろう」 「もうじき旅の扉が開通するの。そうしたらランシールから救援物資が届く。聖女ラディナードも応援に顔見せるそうよ。他にも色々応援はくるはず」 「それは……!なんともありがたい話だ」 聖女の名前に、わずかに民衆が興奮した波を見せる。 「ある程度物資や復興ができて来たら、祭りをやって。派手にね。サマンオサの再建の祭りよ。私達も参加させて貰うわ」 「おお…。それは良い。是非とも執り行おう。…そうだ、是非勇者たちも来ておくれ。そなたら無しでは始まらない」 「…承知しました。喜んで招待に預かります」 不意に振られはしたものの、勇者は丁寧に返事を返した。 「……有難う。感謝するぞ、ミュラー、スヴァル。サイモンは良い子を持った。サイモンは生涯の友だ。その子らも友。そして同郷の者は家族。これからも力を貸してくれ」 国王とサイモンの子供達が手を取り合う、民衆は爆発したように歓声やエールを送った。 「王様ーー!おかえりなさい王様ー!」 「サマンオサ万歳ーー!」 国王様やガイアの姉弟に民が集まり、勇者たちにも人が集まる。 人々の笑顔眩しく、空も風も輝いている。 勇者サイモンも、きっと何処かでこの喜びを感じてる。 |
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復興作業のために暫くは忙しい日々が続きました。 解放して数日後、旅の扉が使えるようになり、他国から救援物資が多数届いた。ランシールからは聖女ラディナード様が激励に現れ、人々を勇気づけて回っている。 王宮や街の各所に仮住居を作り、私達は食べ物を持って各所を回ったりのお手伝い。家族や友人を亡くした人達の激励も忘れない。 アイザックとニーズさんは専ら壊れた住居の補正や、建築関係の力仕事。(ニーズさんはしぶしぶ) 女の子達は配給する料理の手伝い、配布など。 ジャルディーノくんは例によって休息気味でした。 数日経ってなお、ワグナスさんが何の連絡もないのは不安でしたが……。 おそらく何か別件で動いてるのではないかと、誰もが楽観視していました。 他国から来た応援には、嬉しい人影も混じっています。 新しくサマンオサ北の未開地に興ったナルセスバーク、その盟主であるナルセス君も、応援の一人。新鮮な魚介類や木材を手に駆けつけてくれた。 再会と合わせて、嬉しい応援でした。 城の厨房で山のようなイモの皮剥きを終えた私は、夕刻までの空き時間、人と会うために抜けてゆく。 この数日間、時間をみて用意していたものが、やっと完成したから…。 だから彼に早く教えたかった。 三角巾とエプロンを厨房に放り、急ぎ足で町外れへと駆けて行く。 途中擦れ違う人々が、「あ、聖女サリサ!」と小さく呟くのが聞こえると、まだまだ私は気恥ずかしい。 「こ、こんにちは…」 ドキドキしながら挨拶を返して、私はそそくさと消えてゆく。勇者一行は全員そろって間違いなくサマンオサの有名人。 でも待ち合わせる彼も、また有名人で… 「サイモンの息子」「ガイアの一族」として人目を引く彼。待ち合わせ場所に帽子はなく彼はやって来ました。けれどあの日のように、彼の姿を見て石を投げる人は一人も現れない。 …それだけで、良かったんです。良かった。 「すみません。あの、忙しいところ…」 「忙しいのはお前の方だろう。あまり働き詰めるな」 「………。はい」 いつか感じたことでしたが…。やはりこの人は、お父さんのように感じます。 「スヴァルさんに見せたいものがあるんです」 街角で待ち合わせ、それから二人で訪れたのは、墓場でした。 荒れた墓場を掃除して、少し雑草も抜いて、カラス達も追い払った。 彼の母親の墓標は心ない人によって打ち砕かれていたけれど、墓前に立った彼は新しく綺麗になっている墓標に目を見張る。 「…あの、まだ…スヴァルさんのお母さんのお墓だけなのですけど…。すぐにミュラーさんのお母さんのお墓も綺麗にします。他の方のお墓も…。あの、ナルセスくんが良い石をくれたんですよっ」 十字架に切った石は白く綺麗で、足元には花束も添えてある。 彼は静かに感動に震えたようで…、そのまま膝をつき、長い祈りを捧げた。 あの日は、「世の終わりの一枚絵」かとまで思ったのに、今日はとてもすがすがしい光景。空も青く、あれだけ苦しかった息苦しさも何処にもない。 ………とても、綺麗な世界でした。 彼は立ち上がり、フッと息を吐くような微笑みを見せる。 「…ありがとう。母親も喜んでる」 「 別な感動に、私の胸はきゅっと打たれて、息を飲み込み静止した。 何故なら、 この瞬間の笑顔をずっと待っていた。この瞬間の為に私は戦ったのだと分かってる。 「 そして、間違いなく、彼はとても綺麗な男性だったから。 だから胸が苦しい。 「サリサさん…!」 不意に新たな訪問者が訪れ、私達は振り向き彼女を迎える。走って探していたのか、息を切った彼女は「ハアハア」と肩を揺らした。 「ここに、いたのですね…。あの、どうしても、会っておきたくて…」 広場で歌を披露していたはずの吟遊詩人は、聖女ラディナードと共に墓場を訪れていました。聖女様は墓場外で待っているのが見えています。 「これから、一度ランシールに戻って、…すぐ帰ってくるつもりです。それで…。あの…」 可愛いシャルディナさんは俯いて、言いづらいのかそのままはっきりしない。 私は忙しさにかまけて、忘れていた事を思い出す。 「私、シャルディナさんに謝らなければならないですね。ランシールであなたに言ったこと、訂正します。…あなたは、素敵な人です。とても可愛らしい女の子です。それに、勇気もある。守られてるばかりじゃなかった。…酷いことを言いました。ごめんなさい…」 話の内容に気を使って、スヴァルさんは自然に少しだけ、後方に離れてゆきました。 「あ…。わ、私…。これから、ランシールでルタ様に会うつもりなのです。ルタ様に自分の気持ちを伝えます。やっぱり、私、好きなんです。どうしても…。彼のことが…!」 本当の気持ちを語ることが怖いのでしょう。彼女は震える小さな小鳥のよう。 ここランシールで暫く一緒に過ごして分かったことは、彼女はとても臆病で、可愛い人。 私は彼女の手を取って、にっこり笑う。 「シャルディナさんは、勇気のない人じゃない。夢の神様にも、アイザックにも、そして太陽神様にもちゃんと話して。絶対みんなシャルディナさんのこと大好きだから」 「サリサさん…!」 彼女が泣いて、私もつられて涙が滲む。 ……私も、こんなか弱い彼女が好きかも知れない。もう、好きなんだろうな。 彼女は確かに、このサマンオサで勝利を掴んだ。 私も、彼女の魅力に負けました。 どうか二人、幸せになって。 みんなみんな幸せになって。 |
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シャルディナさんが聖女ラディナードに連れられ、ルーラでランシールへと飛んで行くのを見送った。 感情の昂った私は、爆発しそうな想いに、まだ瞳を熱く震わせたままでいる。 スヴァルさんはそっと戻って来て、私の様子を気遣い肩に手をかけた。 「大丈夫か…?」 哀しいのかも、嬉しいのかも、分からない。 けれど涙が零れ落ちそうで、空をまだ見上げてる。 私も勇気を出さなければ…。そう、シャルディナさんを後押ししたように。 「…私、スヴァルさんにも謝らなければならないです。助けに来てくれて、ありがとうございました。本当は嬉しかったんです。優しくされたくないなんて、嘘でした…!」 振り返り、その瞳をまっすぐに見つめる。 数々の感謝を、ちゃんとこの人に伝えておきたい。 「本当は優しくされたくて仕方がなかった。誰でもいいから優しくして欲しかった。私だけ見てくれる人が欲しかった。私は嘘ばかりついていました。スヴァルさんの言う通り…」 力が欲しかった。地位でも名誉でも勲章でも何でも良くて…。 ありとあらゆる飾りが欲しい。自信のない自分を埋めるために、いつでも上ばかり求めて足掻き続ける。 聖女アローマに斬られようとした瞬間、私は初めて自分に関する欲を捨てたのでは無かったでしょうか。 死にゆく時になって初めて、私は我欲を捨て、人の幸せだけを願ったのです。 スヴァルさんの幸せを。 仲間たちの幸せを。家族の幸せを…。 「あの瞬間、あなたの心は無欲でした」 先代聖女の声が鈴のように鳴り響く。 私は人の幸せを願いたい。自分のことばかり考えていたくない。 「…そうだな。…ずっと分かっていた」 大きな胸に抱き寄せられて、私は彼に甘えている。 胸に甘えていると、やはり確信するのです。 「…でも、もう要らない。聖女と呼ばれなくてもいい。二度と呼ばれなくてもいい。ゾンビキラーも無くてもいい。何も要らない…!私は、武器や他の事を言い訳にして、いつも弱い理由にしてた。でも分かったんです。私は今のままでも、一生懸命戦うことができる…!」 私は聖(ひじり)の頂上を目指し、常に崖っぷちに立たされて怯えていました。 上を目指すためなら、誰を蹴落としてもきっと良かった。 転げ落ちて、もう頂上は見えなくなってしまった。 空には飛翔してゆく鳥の姿が見える。私に翼はありません。 でももう、翼もいらない。 光はいらない。必要ない。 光が注ぐなら、誰か別の人へと願う。暗い道でも、私は歩いてゆけるから。 だから、光はあの人のもとへ 「私は…、力など要りません!地位も名誉も必要ありません!」 過去の聖女ラディナードと、私は同じ言葉を叫ぶ。 あの時は、彼女の心理が全く理解できずに戸惑った。恋人に弱さを見せる彼女に、「何かが違う」と否定感を抱いた。 彼女にはそれよりも『大事なもの』があったから、そんな言葉が言えたのですね…。 大事なものとは、愛する人。 私は自分が恥ずかしいです。世界を、見ていなかった。 私こそ、聖女ラディナード様を役職の『聖女』としか見ていなかったのです。彼女の表の強さばかりを見つめて、本当の彼女の強さを、美しさも分かっていなかった。 なんて狭い『世界』だったんでしょう……。 「私、優しくなりたいです。誰にでも、どんな時も、無条件で優しくいたい。人に優しくしたい。優しくなりたい。優しくなりたい………!」 もっと世界に全てに優しくありたい。 してもらいたいのじゃない、なりたいんです。 「…お前は、優しい。これからもっと、優しくなれる。そう…、焦るな」 これ程の感情の吐露に、そっと頭を撫でてくれる、あなたこそ優しい人。 予感と言う音が、トクトクと胸で足音を立てています。 私が何も欲しがらなくなったのは、諦めたせいじゃない。 聖女様のように、もっと大事なものができたからです。きっと………。 でも、何度言おうとしても、言葉が胸につかえて出てきてはくれなかった。 聖女と呼ばれるよりも、私が賛辞を受けるよりも、この人が人に慕われることの方が何十倍も嬉しい。こんな気持ちは…。 風に吹かれ、足元に小さく揺れる花束のように、私の心も揺れている。 |
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私は自分が嫌いでした。
今でも弱いままだけれど、それでも一生懸命に進もうとするなら自分を好きになれる。優しくなりたい。優しくなろう。
崖から転落しなければ、きっと知りえない道もあった。人知れず咲いていた、名も無き花に気づくこともなかったかも知れない。
堕ちた先、どんな泥道でも私は喜んで進んで行けます。
何故ならば、私が進むなら、どんな場所にも『聖』が生まれる。
そんな風に生きてゆく。
どんな場所にも存在するのが、聖の道。