「慣れなければ、生きて来れなかったんだ」
 あの人は言いました。

 崩されてしまった母親の墓。牢獄に送られてしまった父親。
 貧しい人々。

 あんなに悲しい光景の向こうで、見下ろす城の中では、魔物が一匹下品に笑っていたのでした。

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」

「ひゃっひゃっひゃっひゃっ」





「太陽神様…?」
 シャルディナさんの言葉に、私と、同じ毛布にくるまるシーヴァスは顔を見合わせた。
 太陽神といえば、思い当たる人物はお互いにきっとたった一人。確認しなくても理解している。

「………。まさか、太陽神様ご本人に会えるとは思わないけど、ジャル君が貸してもらえるとか…。…って、本人じゃなきゃ使えないんですか?」
 ジャル君なら、という期待はすでに沸きあがっている。

「ご本人にしか、むやみに使えないようにされているんです。真実を照らし出すことは、時に相手を傷つけると、ラー様は慎重になられて…」
「……。なるほど…。…。鏡が何処にあるかとか、どうやったら会えるかとか、分からないですか?」
「私には、分からないです。ワグナスさんなら分かるかも知れないですが…」

 相談や憶測が交差する中で、シーヴァスは一人、じっと何かを考え、無言でいた。発言を迷った末に、会話を切って彼女はとんでもないことを口にする。

「私、太陽神ラーに、会ったのかも知れません」
「「え……?」」
 隣の私は、静かに。シャルディナさんは顔を跳ね上げて驚く。
「……。どういう事ですか?会った?どんな方でしたか?」
 シャルディナさんは妙に必死で、とにかく太陽神のことが気になる様子。

「地球のへそで、大人な、ジャルディーノさんに会ったのです。ジャルディーノさん本人は覚えていなかったのですけれど…。もしかしたら、あれは太陽神様だったのではないでしょうか」
「……!」
 聞いた彼女は、期待に胸を弾ませた    明らかに。
「聖女様にも時々ミトラ神が降臨して、神の言葉を伝えると言うよ。ジャル君にも降りてくるのかも」
「………!!」
 私が言うと三つ編みを揺らして、万感の思いのように彼女は震えた。
「シャルディナさん…?」
何処か嬉しそうな彼女に、シーヴァスも疑問符を浮かべ、きょとんと聞き返す。

「あの、…どんな方でしたか?」
「ジャルディーノさんと変わりません。とても優しく温かい方でした。どうしてそこまで?太陽神と何か関係があるのですか?」
 私達の視線は疑問ありありで、自分の興奮に気づいた彼女は慌てて小さくなる。

「え、あ…。いえ…。別に…」
 シャルディナさんはしぶっていたが、先に会話が進まないので、「絶対に内緒ですよ」と約束させてからようやく口を割る。
「私はほとんど覚えていないんです。ラー様のことを…。でも、ラー様はラーミアにとっては兄に当たる方なんです。兄に太陽。私は空、従者に月と隼を」
 すっかり俯き、毛布を頭からかぶって恥ずかしそうに彼女は打ち明けてくれた。

 家族とともに暮らしていない彼女には、とても気になる存在。
 ずっと接触はないけれど、彼女は太陽神のことを兄として求めていたと…。

「お兄さん!?知りませんでした…!」
「まぁ…!それでは、会いたいですよね。分かります」

 これって、信仰してるジャル君でも知らないんじゃあ…?
 衝撃の事実に私は口を押さえて驚いていた。

「交流は殆どなくて…。忙しい方だったので…。私の事をどう思っているかは分からないんです。ジャルディーノさんに、似てるとは聞いているのですが…」
 まだ見ぬ兄を慕う、シャルディナさんは恥ずかしそうで、ちょっと可愛い。

「シャルディナさんは、ジャルディーノさんとあまり話さないですね。そう言えば…」
「気後れしてしまうんです。どうしても…」
「うーーーん……」

 ジャルディーノ君に兄の面影を求めても、仕方ないのかなぁ…?
 時々ジャル君に降りてきて、妹と話すとかはできないものかな?と私は腕を組む。

「…大丈夫ですよ。ラー様は、きっとシャルディナさんの事を大切に思ってくれています。私はそう思います」
 言いながら、シーヴァスの瞳は密かに翳りを見せる。彼女の心によぎるのはもう一人の兄の存在。私はそこまでは気がつかない。


「……!は、はい…。ありがとうございます…。そう、思いたいです…」
「それに事情を知ればジャルディーノさんは良くしてくれると思いますよ?甘えてみてもいいと思います」
「え…。でも…。そんな…」
 すっかり和んでいる二人を横目に、私は少しふくれていた。
 思いの他、やっぱりシャルディナさんが可愛いと思ってしまったから。


「とにかく、ジャル君に伝えてみないとね。あとワグナスさん」
 意地悪な私は話題を変える。
「遅れてシャンテさんが侵入を試みてくれることになってます。上手く入れればいいですけれど…。明日の為に少し寝て起きましょう」
「そうですね。はい」
「デボネアさん、大丈夫かな?」

==

 浅い眠りに、私は何度も目を覚ます。
 風が不気味な魔物の声のように鳴いて、気がつくと私は同じ夢ばかり繰り返し見続けていた。

 耳障りな笑い声が聞こえる。
 魔物の口から汚い汁が滝のように落ちて、緑色の怪物が喰らうのは
 この国     サマンオサ。

 知らぬ間に国は魔物に塗り替えられていて、その為に苦しんでいたのが、あの人。

「やめて…。お願い…」
「もうやめて………!!」
 悪夢にうなされ、毛布をはいで飛び起きる。
 嫌な汗をかき、息は切れ、私は髪をかきむしってすぐ横の壁にもたれた。

「私一人ですむなら、いくらでも…。できるのに…」
 悲しみも、悔しさも混同して襲ってくる。この国の人々が魔物に踊らされてしまっている。なんとかしたい。なんとかしなくちゃ…。



 同じベットに眠る、シーヴァスは静かに寝息を立てていた。
 向かいのベットでシャルディナさんが寝返りをうつ。
 彼女は、    彼女も、うなされているようで、私はそっと起こしに向かった。

「シャルディナさん、大丈夫ですか…?」
「サイカさんッ!     嫌です!サイカさんッッ    !!」
 彼女は叫んで飛び起きると、私をサイカさんと勘違いして強く抱きついてきた。
 どきりと、胸が高く鳴る。瞳の端に涙を浮かべて、抱きつくなんてやめて欲しい。

「私は、サイカさんじゃないです」
「あ…!ご、ごめんなさい…!」

 また私は、意地悪をしてしまった。
 冷たい言い方をしてしまった。嫌だな…。

 ジパングでのことを夢に見ていたのだろう。予測はついた。
 彼女は危うく死にかけて…。怖いはずだよね。こんな場所に居ることも…。


「…どうしましたか?二人とも」
 シーヴァスも声に起こされて、ゆっくりと身体を起き上がらせる。
「ううん。なんでもないよ。起こしてごめんね」
 手を急いで振ると、私は再び横になるためにベットに戻った。


     !…レッドオーブ!」

 三人とも横に一度はなった。
 無理やりにでも眠っておくつもりが、しかしすぐさま跳ね起きたのは神の娘。
「レッドオーブが、来ました。レッドオーブの存在を感じます!」
「ほんと!?…で、でもどうしよう」
 寝静まった城内、探しに行くのはいいが、廊下には見張りの兵士がいる。

「詳しい場所は分かりますか?」
「多分…。玉座です」
「玉座?上だね。それならだいたい道は覚えてるよ」
 私達は三人が三様に思いを巡らし、次の行動を画策する。シーヴァスは小声で簡単な火炎の呪文を呟く。初級の呪文は、か細いながら、少量の火球を発生させた。

「付けられた焼印は、魔法を封じます。魔力の弱い人なら洗脳されてゆくそうです。私達は前もって受けていた防御魔法の効果によって、随分薄いようですね」
「これは、魔族の文字です。私は戦闘は殆どできないですけれど…。オーブの力は少しだけ使えそうです。攻撃の力は持っていないのが申し訳ないですが…。軽傷の回復はできます」
「私は…。…。うーん。駄目、魔法は使えない。この中で前線に立てるのは私だけだから、何か武器になるものでもあれば…」

「ナイフなら三本あります。テーブルナイフですけれど」
「シ!シーヴァスってば、い、いつの間にっ!?」
「武器の確保は念を押されていたのです。踊り子の服では隠すところが無かったので、ナプキンに隠して…。涙を拭いてるように見せて持って来ました」
「あの状況で、なんて冷静な…。すごいね」
 ある意味、時々ものすごく思う、彼女はツワモノだと…。

「あ、待って下さい。もしかしたら効果があるかも…」
 何か思い立ったシャルディナさんは、自分や私達の焼印に対して、紫色の光を注ぐ。
「再生の力で、徐々に消えてゆくかも知れないです。もしかしたら、ですけど…」
「でも、随分楽になっている気がします」
「…うん。これなら行けるかも」


 かくして、シーヴァスが恋人から預かっている『最後の鍵』で、部屋の扉を開けるとそっと廊下の様子を伺った。
 部屋の前の廊下の兵士は二人。

 しかし、何かあったのか、何やら言葉を交わすと、一人は何処かへと行ってしまう。
一人だけならなんとか撒いて……。

「あの、すみません。おトイレに行きたいのですが…。案内して下さいませんか?」
シーヴァスが引き付け役を買って、その隙に私とシャルディナさんは反対側から部屋を 抜け出して行く。
 何故か彼女と二人の行軍。
 後にして思えば、これはシーヴァスの気遣いだったのだろうな。


 玉座までの道を急ぎ、私達はまず階段を目指して走っていた。
「シャルディナさん、こっち!」
 小声で手を引き、通り過ぎる兵士を物陰に隠れてやり過ごす。こういった行動は実のところは苦手だった。デボネアさんが居てくれれば良かったのにな…。何やってるんだろう?

 兵士達は、どうやら何かを追っている様子だった。
 もしかしてデボネアさんが追われてる…?
 捕まったら、どうなるのだろう?宴会での悪夢を思い出すと血の気が失せる。
 
 見つかったら私達はどうなるんだろう?今度こそ、あの魔物の餌になってしまうんだろうか?
 考えれば考える程、ぞっとして歯が鳴った。

「………行きましょう!」
 後方の彼女を連れて、私は上階を目指す。



     静か、だった。

 玉座へと向う道、何故か、兵士の姿が見えない。
 どうしよう。……もしかして、罠……?

 おかしかった。こんなに上手く行くはずがない。
 別の場所では、特に外、兵士がせわしく行き来している。

 誰かを追っているために手薄になっているの?
 これはチャンスなのか。罠なのか。
 玉座を前にして、私は壁に貼りつき進退を極める。

 ドクン。ドクン…。

 うるさく鼓動が騒ぐ。この先に邪悪を感じる。
 それはシャルディナさんも等しく、身を屈めてじっと奥に厳しい視線を撃っている。

「どうしよう…。行く?せめて正体だけでも…」
 相手はおそらく上位の魔物。国王に扮していたボストロールなど目じゃない威圧感を豪勢な扉の向こうに感じている。
 たった二人ではきっと勝てない。武器も魔法もろくに無いこの状況では…。

「レッドオーブがどんな状態であるのかだけでいいです。扉からちょっと覗くだけでもできれば……」
「………。そう、だよね。ここまで来たんだし…」

 ドクン。ドクン…。


 静か、過ぎた。
 風の音も、耳に届かなくなってしまう。

 扉の向こうにいるのは誰?
 レッドオーブは何処に     

 玉座へ続く、大きな両開きの扉の前に二人で貼り付く。
 そっと、扉の片方を引いてみる。

 音もなく扉は動いた。

 シャルディナさんと視線を合わせ、まず私がそっと中を覗く。

 宴会の時とは、うって変わって光明はなく     



 光は在った。
 ぼんやりと浮かぶ、二つの紅い光。
           !」

 それは眼差し。玉座に足を組み、じっとこちらを見つめていた少年。
 私は待ち伏せされていた。これは罠だったんだ!
 瞳が合った。     瞬間私は麻痺して動けなくなる。

 黒いローブ姿の少年はユラリと玉座より立ち上がる。
 こちらに向かって歩いて来る。

「逃、げ、て…。シャ…さ…」
「サリサさん、どうしたんですか!?」
 全身が痺れ、上手く喋ることができない。麻痺に気づいた彼女はすぐさま解除を試みてはくれる。けれど敵の接近の方が数倍早い。

 炎のような双眸の魔法使いは、すでに数歩の距離にまで近付こうとしていた。二つの眼差しは煌々と殺意に揺れている。

 でも、でも、彼女だけは逃がさなくてはならなかった。
 邪悪が近付くのが分かる、彼女は私を抱えて逃げようと無茶を始めた。
 かよわい貴女が、人を抱えて逃げるなんて無理なんです…。

「やめ、て、下、さ…!貴女が、捕まった、ら、私が、困る…!」
 全身で「迷惑だ」と叫んだ。身を無理やりよじって、彼女の腕から逃げ落ちる。
 彼女は、それは悲しそうに倒れた私を見下ろした。



 彼女の足音が離れて行く。
 代わりに死の匂いが近付いてくる。扉の前に全身麻痺で倒れている、私に向かっていた影は、扉にそっと手をかけた。

==

「わああああああっ!」
ガシャーーーーーーンッ!!

 花瓶の割れた音が静かな回廊に響いた。私の頬に水滴がぽたぽたと降ってくる。絨毯の上に転がり、見上げる私の視界には、迫り来る影に大きな花瓶を投げつけた少女の姿が展開する。

「ど、して…」
「やっぱり…、嫌です。もう誰かを置いて逃げるのは嫌ですっ!」
 水滴が降ってきます。いっぱいの涙を落として、精一杯の彼女はテーブルナイフで相手に対峙する。

 …馬鹿、ですよ。貴女は…。
 そして、自分も馬鹿だ…。

 どうして、こんなことするんですか。
 嫌です。貴女を嫌いでいられなくなってしまう。貴女を憎んでいられなくなるじゃないですか。
 私の心の中。
 色が塗り替えられてしまう。



「この僕に、花瓶なんて投げて来たのは、貴女が初めてですよラーミア」
 闇から腕が伸び、彼女の白い腕を掴む。漆黒のローブに、漆黒の髪。声は少年らしく若く、柔らかいが慇懃無礼。
 花瓶を叩きつけられたはずの少年には、露一つも付着してはいなかった。
 少年の腕にナイフを突き立て、彼女は私を引きずって逃げ始める。

「逃がさないよ」
 鈍行の彼女に少年は慌てることもなく、ゆっくりと追いかけてくる。突き立てたはずのナイフは、刃こぼれして力なく床に落ちた。

 彼女は非力ながらも、必死で私を抱えて廊下を逃げていた。
 後方から呪文の詠唱が始まる。確実に絶対絶命。一瞬にして消し炭にされかねない高温の火球が、少年の指先で渦を巻いてゆく。

    負けない    !」
 私を庇い、迸る巨大な火球に彼女は右手を差し開く。

「助けて!お願い!抑えて……!!」
 右手から輝くのは青い光。勇者ニーズが『地球のへそ』から持ち帰ってくれた、ブルーオーブの力。

「もう誰も犠牲にしたくない!もう逃げたくない!もう一人で逃げたくない…!」

 炎は青い光に鎮められ、二人を焦がすこともなく姿を消した。抑えた彼女は肩を上下させ、気力だけで相手を睨む。
「………。へぇ…。ようやく戦う気になったんだ…」
 紅の双眸は陰湿に嗤い、嬉しそうに口元を歪める。
「張り合いがないなって思っていたんだよ。いつもコソコソ逃げてばっかりでさぁ…」

     ガシャ、   ガシャ。
 後方、帰り道からの金属音に神の娘は振り返った。
 大勢の武装した兵士が現れ、挟まれてしまったことに前後を睨み私を抱き寄せる。

 ずるいな…。
 痺れる私を抱き寄せる神の娘は、それはそれは綺麗でした。
 文句のつけようもなくなってしまうよ。こんな事までされてしまったら…。

 やっぱり貴女はずるいです。

「ラーミアは生け捕り、もう一人は殺していいよ」
 右手で指示を出すと、その通りに十数名の兵士は一斉に動き出す。剣や槍、様々な武器が私達のために振られようとしていた。
 反対側では黒き少年が容赦なく呪文の詠唱に入る。

 麻痺はまだ解除されない。
 さすがにお互い覚悟を決めかけた、その時廊下の窓の一つが割れ、風よりも速く旋回したものがある。
 先頭の列にいた兵士達が薙ぎ倒され、少年は詠唱を遮られ、何が舞い込んだのかと瞳を凝らした。

 それが少年の間違いであり、こちらの救い。
 少年の前に再度弧を描いて舞って来たのは、鮮やかな朱色の獣。





「クアアアアアアアーーーーー!!!」

 高音な凄まじい咆哮を上げ、至近距離で吼えられた少年は吹き飛んで昏倒した。
 耳が割れ、頭が鳴り、
 私達も含めてその場に居た誰もが腰を抜かして床に倒れてゆく。

 バサバサ。朱色の獣は羽を鳴らし、私達の元へ降り立つ。
 僅かに開いた視界に小さな竜の子が見える。意外な再会、私は思わず手を伸ばしかけていた。

 その子は私のあげた首飾りをつけていたから…。
 その子の名前は、「ふにゅう」ちゃん。可愛い声で「ふにゅう」って鳴くから、ふにゅうちゃんと私が勝手に名前をつけた。
 高速で空を飛ぶ、飛竜の子供。綺麗な橙の肌に、瞳は綺麗な紅。

「ドラゴラム!」
 ふにゅうちゃん=竜の子は腕を伸ばし、いつしかそれは逞しい人の腕になって…。

 え……?

 竜の子は男の子に姿を変えて、彼は私とシャルディナさんとを両脇に抱えて、侵入して来た窓から飛んだ。

==

    待って!ここは五階     !!

 突然に夜空へと飛び出し、視界は回廊から月夜へ。その後はまっさかさまに落ちて行く。いまだ残る痺れと、恐怖からとてもじゃないけど声なんて出ない。

 いやあああああああっっ!!
 固く目をつぶり、やがて来るだろう衝撃に必死に抵抗しようと声もなく彼にしがみつく。得体の知れない彼は、女二人を抱えたまま足から降下。
 庭木の枝を踏み台にし、隣の木へ。繰り返し繰り返し木を渡って行く。

 女二人を抱えているとは、とても思えない速さ、そして身軽さに私は目を見開きその横顔を見つめている。
 何処か不敵さを感じる余裕の表情、朱色の髪に、紅に燃える瞳。まじかに迫る首元には見覚えのあるチョーカー…。

 数本庭木を渡った後、地表に降り立った彼は物影に隠れて私達二人を下ろしてくれた。サマンオサ城東南の外れ、武器などの格納倉庫の影。


「ふう〜!危ないところだったな。でももう大丈夫だ」
「アドレス君…。まさかアドレス君まで来てくれるとは思わなかった。嬉しい…」
 知り合いらしいシャルディナさんはほっとしたのか、ぎゅっと彼の袖を掴んで泣きそうな顔を見せる。

「泣くなよー。よしよし。しかしいきなりボスに挑むとは張り切り過ぎじゃないか?間一髪でヒヤヒヤしたぜ」
 多少雑に頭を撫でて、妹のようにあやすと、彼は半ば呆然としている私に視線を向ける。たじろぐ位にじっと見つめると、彼は両手を広げて私を包みにやって来た。

「やっと会えたな〜サリサ!会いたかったぜー!髪短いのも可愛いな!」
「なっ!」
 いきなりな抱擁は一切の遠慮が無い。首に抱きつき、彼の頬が頬に重なる。
「探したんだぜ!ランシール周辺をくまなく!無事で良かったけどな」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと!!」
 だいぶ体が動くようになったので、まとわりつく彼を強引に押し退けると私は焦ってわめいた。
「だいたいあなた何なのよ!わ、私あなたの事なんて知らない!一体あなた誰なのよ?ふにゅうちゃん…なの!?」

「そうそう、それ。俺は飛竜の生き残り、アドレスだ。よろしくな」
 牙を見せて痛快に彼は笑う。私は…、まだひたすら戸惑いを覚えている。
 だってこの人は、随分私を驚かせて、ふにゅうちゃんは地球のへそでお弁当を届けてくれて……。


「みんな無事ね。良かったわ」
 上から視線を感じて、夜空を見上げた。
 薄雲に覆われた月が伸ばした、長い髪の女性の影が手元に重なる。
 髪に布をかぶせ、長いスカートもゆらゆらと夜風に揺れている。女性の美貌は夜にこそ映え、妖艶で美しく、会う度に見惚れてしまうのだった。

 格納倉庫の屋根からふわりと女性は降り立ち、その後もう一人娘が降りてくるが、彼女はそれを受け止めて支えた。
 呪われし都市テドンで知り合ったシャンテさんと、別行動して別れてしまっていたシーヴァス。私達は束の間再会を喜び合った。

「あの後私も追おうとしたのですが、見つかってしまい…。シャンテさんが助けて下さったのです。こちらの方はサリサ達を助けるために先に…」
 エルフの魔法使いは、そういってアドレスと名乗った少年を指した。

 彼の事は簡単だけれど説明を受ける。飛竜の生き残りで、呪文ドラゴラムによって人の姿にも変身できる。
 グリーンオーブによって存在しているシャンテさんのみ結界をくぐれるのでは?という計画を、強引に小さな生き物ならばと竜の彼を抱いて侵入を試みてくれた。
 武器らしいものは特に持っていないけれど、すでに助けられた身としては強力な助っ人と認めざるをえない。

「嬉しい増援ですね。歓迎します。アドレスさん」
「……。ああ、よろしくなシーヴァス」
 目の前で握手を交わす二人。私は…、一人で彼に対して憮然としていました。

「でもね。どうやら、ここの結界が弱まっていた様子なの。途中で一つそれらしき装置が壊されていたわ」
「装置…?じゃあそれを見つけて壊せば結界が解ける?」
「そう簡単にさせてはくれないと思うけどな。まぁ俺が守ってやるから安心しろサリサ」
「えっ。い、いいよ」
 前科があるために彼に近付かれるのは非常にどきどきしてしまう。
    警戒しているともいう、かな。


「じゃあ、私は僧侶くんに鏡のことを伝えに行くわね。賢者さんも今夜は宿にいると思うわ。急ぐから、もう行くわね」
「お願いします。シャンテさん」
 ドキドキ胸を高鳴らせながら、シャルディナさんは手を振って美しき女盗賊を見送る。
果たして彼女は兄と会うことができるのか…?

 アドレス君は残り、一緒に結界の解除をすることになった。

「どこか休める場所を探そうぜ。もう部屋には戻れないだろうしな」
「うん」
「そうですね。はい」
 私以外の二人は、彼にとても従順です。なんで…?

「疲れてるだろお前ら。俺が見張っててやるからその間に休めばいい」
「ええ〜?そ、そんな、その間に何されるか分からないよっ!だだだ、だって、あ、アドレス君は最初ナンパだと思ったぐらいなんだから…!」

「何されるか…?」
 赤面しながら、恥ずかしさをこらえて私が何とか口にしたと言うのに、ツボにはまったように竜族の彼はお腹を抱えて笑う。
「心配するなよ。サリサにしかしないから」

 なんて、言ったのか…。この人は…。
 さらりと言ってのけて、何事も無かったかのように仕切って移動し始める。

==

 城下町とはうって変わって、この城の中には結構なお宝が転がっている。
 なんだか分からないけど警備は薄いし、ラッキーラッキー★

 詰め込んだお宝を脱走ルートに近い庭に埋めて、手をはたいて俺様はスキップしていた。取りあえず美少女たちの元に戻って、可愛い寝顔でも拝める事にしよう〜。
 運良く発見した妙な魔法装置も壊しておいたし、もしかして三人とも俺に傾き始めるかも知れない。
 彼女達の部屋に向かいながら、思わず顔がにまにましてしまう。


 昔から、幸運の女神は俺様にウインクしていたようで、偶然必然神の奇跡も当然の如く俺様の味方だった。
 恋を掴むべく、城内の怪しいところを調べ回り、ふと城の北側で石像をずらした先に隠し部屋を見つけた。その先に小さな赤い宝珠を用いた魔物文字の陣があったので、何はともあれ速やかにぶっ壊す。
 これで確実にシーヴァスさんが、「デボネアさんのおかげで助かりました。私、やっぱりデボネアさんにします」と言うに間違いない。

 その赤い宝珠がよもやレッドオーブかと期待したけれど、ハズレ。
 オーブの力を注いだ手のひらサイズの水晶球に過ぎなかった。(でもこれでも金になるので売るけどね)

 随分荒々しく駆けずり回る兵士達をすり抜けながら、俺は一人帰り道を急いでいる。

    と、その時、長い月明かりの回廊に移る窓の行列に、不意にピタリと足を止めた。長い回廊に身を隠す場所は無い。そんな時に向こうから誰かが走ってくる音が聞こえてくるじゃあないか。

「うわ、やべ」
 ジパングに伝わる「忍者」のように布を被って壁に貼りつきたい心境だったが、生憎今は布なんて持っていない。
 兵士は回廊を進み、中ほどで周囲を確認すると、奇妙な言語を壁に向かって呟いた。普通の壁だった場所は穴が開き、兵士が通ると再びただの壁に戻る。
 
 俺様は天井に貼り付きその光景を真上から覗いていた。

 チャンス到来!またしてもお宝の予感!
 その兵士が帰るのを待ち、誰も居なくなったのを確認すると俺も速やかに隠し部屋へと急いだ。
 入り組んだ地下通路街に迷い込み、眉根を寄せたが、俺は奇妙な牢屋を発見する。
 暗いカビ臭い地下通路の奥地に、いくつか牢獄が並んでいたが、囚人は一匹。
 水色の小さな液体状の体を持つ魔物、スライムがたった一匹骸骨戦士複数に頑丈に見張られている妙な図に遭遇する。

 スライムはじっと苦渋に耐えるように中央で動かない。

 なんで魔物が魔物、しかもスライムごときをねぇ…。


 推理は、こうだ。
 捕えておく価値にはあのスライムにはあるのだ。スライム王国の姫君で、助けた後自分を救った勇者たる俺様にひと目惚れ。「どうか私を連れて行って下さい」「いけません姫。私には世界を救うという使命が」(大嘘)

 妄想に耽っていると突然悪寒が襲い、体がブルッと震えた。
 …なんだ?何か嫌な予感がする…。

 急に美少女達のことが心配になり、スライム王国の姫救出大作戦は後に回して、俺はひとまず当初の目的地だった彼女達の部屋を目指すのだった。

==


「……。クソッ。なんだったんだ、あの飛竜は…。まだ生き残りがいたとはしぶとい奴らめ!」
 取り逃がした小娘二人を兵士に追わせ、苛立ちながら僕は玉座に戻ってゆく。
 城に戻ればちょうど客がいたようだから遊んでやろうとすれば、とんだ邪魔が入ってしまった。…まぁいいさ。城内で追いかけっこでもしていればいい。

 玉座に近づくと、奥から国王が寝ぼけた目を擦りながら顔を出す。
「ファラ様。お久しぶり、です」
「随分来客が着てるみたいだけど?お前は鼻まで効かなくなったのかい?」
 凄むと、目が覚めたのか、国王は慌てて床に手をつく。
「おおお、お許し下さいませぇぇ〜。ファラ様のお役に立ちます〜」
「お前なんかどうでもいいけど、姉上と賭けをしているんだよ。僕に恥をかかせるな」

「あ、あのぉ、ファラ様実は、この町に勇者ニーズが来てましてー。国王に会いたいとか言っているんですが…。おではどうしたらいいでしょう?」
 僕はこの国の国王を眼前に怯ませ、自分は玉座で悠長に作戦を巡らせていた。

「偽者の勇者が来たか…。そうだな、明日使いを出せ。明後日に勇者の歓迎会を民衆の前で盛大に行う。お前は国王を演じていればいい」
「わ、分かりました〜」

 馬鹿なボストロールは、頭髪の無い頭を絨毯に押し当て平伏している。
 お前は国王レイモンドのまま、偽勇者に殺されてもそれはそれで構わない。むしろその方が面白いことになる。
 一太刀でも浴びせたなら、勇者ニーズは国王暗殺の犯罪者。全世界にふれ回り、せっかく培った功名も地に落としてやることができる。
 サマンオサの国を挙げて、そのままアリアハンを襲撃するのもいいかもね。


 僕はゆっくりと、玉座の間から東側、テラスに出て城下と遠くの山並みを見つめると両手を掲げる。
「聞こえるかい?サマンオサの魔物たち。この城に向かって集まれ。この国から奴らを一人も逃がすな。偽の勇者も、臆病な鳥も、ガイアの生き残りも…!」
 僕の声は国内の魔物たちに震撼してゆき、忠実な下僕たちはこの城へ向かって殺到してくる事だろう。
 ジパングの時とは違う、今回はこの僕自ら舞台に上る。

「皆殺しでいいや。そしたら姉上に褒められるかもな。アハハハハハッ!」
 高らかに哄笑する、僕の右手には紅い宝珠が灯火のように光る。
 城内外にちょろちょろと蠢く、小虫どもを嘲笑うかのように




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