「未再生 3」


 賢者ワグナスさんに慰めてもらったあと、その晩は海賊アジトで休み、朝方迎えられてランシールへとルーラの呪文で飛んでいく。

 傷心のまま、ランシール神殿を抜け出し、サマンオサの海賊アジトまでの航海が数日間。地球のへそに潜っている間も独りだったから、仲間たちとまともに顔を合わせるのは三週間ぶり以上にもなってしまっていた。


 男女で二つ借りている寝室ではなく、聖女様が手配してくれたのだろう客室に、私は賢者様に案内されて通される。
 そこはランシールに着いて、最初に聖女様と会見した来賓室、あの部屋    「ふりだし」に私は帰ってきたことになる。
 部屋の内装などに変化は見えなかった。
 その分意識してしまったのは、敗者に成り下がっていた自分自身。
 私は…、今自分が何処の道を歩いているのかさえも、見失っているのだった。


 大きなテーブルの左右のソファーには、すでに仲間たちが勢ぞろいしていた。
 お茶を飲みながら私を待ってくれていたようで、右手壁側に給仕姿のシャルディナさんを見つけて思わずぎょっとする。
 視線が合った吟遊詩人の少女は、表情を動かさずに、客人に対しての礼として僅かに頭を下げただけ。

 室内は異様に    空気がピンと張り詰め、お世辞にも明るい雰囲気とは言えなかった。私に声をかけたのはただ一人、最年少の僧侶ジャルディーノ君のみ。
「ご無事で良かったです。サリサさん」
 その赤毛の少年でさえも、どこか遠慮がちの笑顔を私に向ける。

   棒立ちしていた。私は痛感していたのだった。部屋の空気に、亀裂が見える。
 今まであったはずの温かい絆を、壊してしまったのは自分自身。
 後悔しても遅いのに、それでも後悔は繰り返す。
 仲間たちの心が遠く、離れていた。

 冷たい北風が吹き荒れていて、私の傍には誰もいない、独りきりの世界が広がっている。部屋の中で確かに私は一人ぼっちになっていた     


「サリサさん、ここ、いいですよ」
 一人ジャルディーノ君が気をつかって、ソファーから立ち上がると自分の隣を勧めてくれた。彼の変わらない柔らかさには正直ほっとする。
 ニーズさんはこちらを見てもくれていない。
 その隣のエルフ娘は、私の入室に顔を上げたのち、俯いて沈黙している。
 今は顔を見るのも気まずいアイザックも、目は合ったが笑顔も言葉も交わされることはなかった。

 案内してくれた賢者様を見上げると、彼は腰かけないようで、決まっていたかのようにシャルディナさんの隣に並んで説明を始める。

「サマンオサの事情はだいたい私の方で説明してあります。サリサさんの方から皆さんにお願いがあるようなので、どうぞ聞いてあげて下さいね」
 首を傾げたくなるくらいに、ワグナスさんだけが陽気に言葉までも弾ませていた。
 上がり始めた陽光が窓から射すの受けて、賢者様の笑顔がいつも以上に眩しく輝く。賢者様は悠々と静観を決め込む様子。


「……。あの…」
 ジャル君の隣で意を決して、全員に対して、私は頭を下げた。
「…勝手なことをして、本当にすみませんでした…!」
 短い手紙だけを残して、地球のへそから帰るなり、姿をくらませた私。
 心配して探しに来てくれたシーヴァスに対してまで、苛立ちをぶつけて、彼女を傷つけてしまった最低な私。
「…ほんと、ごめんね…。ごめんなさい…。あんな事…。ごめんなさい…」

 エルフの少女は何か言いかけて、横の兄に振り向いた。彼女の兄は大きなため息をつくと、嫌味を放って腕を組む。
「俺たちはお前のせいで、一晩中嵐の中を探し回ったんだがな」
「………」
「お兄様…」
 ニーズさんは声の棘を隠さずに、グサリと私を突き刺す。

「…ごめんなさい…」
 冷や汗を覚えて、震える口元で私はなんとか謝罪の言葉を生み出していた。正当な怒りに対して、すっかり肩を縮めてしまう。

「で、何を頼みたいって?今更お前が俺たちに一体何を頼めるって言うんだ」
 図々しいにも程がある、彼の口はそう怒りを伝えている。
 怖い。けど、でも、お願いしなければ…。

「……。サマンオサを、助けて欲しいんです…」
「お前に言われるまでもなく。サマンオサには行く。オーブがあるからな」
 勇者の言葉は間髪いれずにグサグサと私を責め立てる。

「…あの…!」
 いつもなら入ったはずの、他の仲間たちのフォローの言葉も一切聞こえない。
 視界は灰色に霞んで、絶望感に視界が回転していく錯覚が襲う。言葉に絹を着せない勇者の言動が、視線がとても恐ろしくて声が震える。

「真相を調べるために、サマンオサ城に入りたいんです…!そ、そこには女しか入る手段がなくて…。私一人じゃきっと無理で…。そ、それで、それで…」
 許されるはずがない…。
 そんな危険なことに妹を差し出すなんて、ニーズさんはきっと言わない。

 それでも、それでも、私は引き下がるわけにはいかなかった。
 彼女を真正面に見つめると、私は涙を落として懇願する。
「ごめん、勝手なこと言って…。あんなに酷いこと言ったのに…」

 こんな事を言える義理は無い。図々しくて、本当に情けなかった。立ち上がり、私は床に両手をついて必死に叫ぶ。
「お願いします。私と一緒に、城に入って下さい。力を貸して下さい…!お願いします、シーヴァス…!」

「お兄様…。私は…」
 エルフの少女は立ち上がって、兄に向ける瞳に許しを願う光を灯らせた。

「一つ聞きたいんだが…。お前は今何のために戦おうとしてるんだ」
 私の行動に解せないと彼は言い、妹の代わりに彼が立ち上がり、私の前に問いかけるために立つ。
「戦う意志を見失ったとお前は言った。頭を下げてまで、お前は何のために戦おうとするんだ」

「………」
 すぐには、私の中から答えは提示されなかった。
 私は戦うことに意味を見失った。それは、努力しても、何も報われないと気づいてしまったせいで。世の中は不公平だと知ったせいで。
 何もかもが嫌になって、逃げ出したくなってしまったせいで…。

「スヴァルさんの、ためです…」
 私が今動こうとする原動力は、彼を助けたいと願う気持ちだけだった。
 どこか口にするのには躊躇いがあって、声は消えそうなほどに儚いもの。

 ちっぽけな私は、サマンオサの平和のため、なんていう大儀とは程遠く、たった一人の恩返しのために必死になろうとしている愚か者だった。
「返さなくちゃ、ならないんです」
 彼にたくさん助けてもらった、その感謝のために。
 私は何か一つでも返さなくてはならない    

「俺たちに任せて、傍観しててもいいんだぜ?お前がいなくても俺たちは戦っていける。そいつの事は俺たちがなんとかしよう。それでいいな?」
「………!!」
 岩を落とされたようなショックを受けて、完全に私の息の根は止まった。リーダーである勇者は、私を必要ないと宣言し、会合をお開きへと運ぶ。
「話は終わりだ。行くぞ」

「お、お兄様…!あんまりです…!」
 シーヴァスが抗議を申し立てようとしている声も、追いかけるその足音も、スピーカーが壊れたかのように砂嵐音を混じらせて遠く濁る。

 …ああ、そうなんだ。
 ここに私が居る必要も無い。私が戦う必要なんてどこにもない。
 私なんかがしゃしゃり出なくても、きっとニーズさん達がなんとかしてくれる。世界を救う勇者達だもの、サマンオサも、スヴァルさんだって、きっと救い出してくれる。

 だから私は何もしなくたっていいんだ…。
 むしろ何もできないんだから、何もしないほうが邪魔にならなくて都合がいいんだ。


「う…。うう…っ。でも…!」
 床にへたり込んで、私は壊れたように惜しみもなく床を濡らしてゆく。
 拭いても拭いても涙が止まらない。鼻を何回もすすり、それでも悲しみは濁流のように流れ落ちてゆく。

「でも…。でも…。それなら、どうして私はここに居るんですか…」
 問いかけは、ニーズさんだけに向けられたものでもなく、そして誰に聞けば良いのかも分からないような言葉。
「私なんていても何にもならないのに。何も変えられないのに。何もできないのに。それならどうして私はいるの…?」

 無力な分際で、あの人のために戦おうとする私は、傲慢なのかも知れない。
 でも力在る人たちばかりに任せて、結果だけを待とうとするのは傲慢ではないのだろうか。同じように傲慢なら、私は『何かをすること』を選びたい。

「私の手で、あの人を助けたいなんて、傲慢ですね…。でも、待っているだけなんて言うのも、できそうにありません。何か…、できないかな、と…。何かを…!」

 泣き咽ぶ私に反応して、静かに赤毛の僧侶は立ち上がっってくれた。
「サリサさんがここに居る理由は、『生きたい』からですよね。誰かのために何かしたいと思うこと、立派な生きる理由だと僕は思いますよ」
 初めて出会った時から、終始変わらない優しい言葉の持ち主、彼は私の肩を優しく叩いて、ハンカチを渡してくれる。
「僕はサリサさんに協力しますよ。個人的にでも、です。僕はサリサさんのこと、大好きですから」
「ジャルディーノ君…」

 続いて、微動だにしていなかった者からも、力強い決意が聞くことができた。
「俺も。サリサには協力したいな。断る理由なんてない」
 沈黙を守っていた戦士も初めて口を聞く。
 二人の言葉は嬉しかったけれど、二人がニーズさんに逆らうことに不安を覚えて戸惑ってしまっていた。
 ますます、ニーズさんは怒るんじゃ…?

「私も…。サリサの願いを断りたくはありません。何故なら、彼女を助けることは、私にとって大事な戦う理由になるからです」
 ついに妹まで反旗を振りかざしてしまって、ニーズさんは孤立無縁に陥ってしまう。

 反応に困っていると、床に座り込んだままの私の前にニーズさんは近寄って来て、身を屈めて視線を同じにしてくれた。
 冷たい視線は影を潜めて、「仕方ない奴だな」とでも言いたげに、彼はため息のような苦笑を見せてくれる。
「あのな、一つ言っておくぞ。お前は俺に反論したっていいんだ」

「え……」
  意外だった。
反論なんて、そんなことできるはずがなくて…。

「言っておくが、この中の誰一人、俺が一緒に来てくれと頼んだ奴はいない。ナルセスだってそうだ。全員が自分の意志で、反対されたってここにいるんだ」
「あ…」
 言おうとするものに気がついて、気がつくと、嬉しさが溢れて両手で顔を覆って震えた。厳しいようで、でも優しいこの人の配慮にも、自分はどう応えたら良いのかと迷ってしまう。

「傍観してるのが嫌なら嫌と言えばいい。守りたいなら全力で守れ。何を恥じることがあるんだ。お前がここに居る理由なんて知るか。お前が居たいからそこに居るんだろう?違うのか。お前は自分で居たい場所に居ればいいんだ」

 両手で顔を押さえながら、感情の爆発に胸が熱くなってゆく。
「…はい…。何もせずに待ってるなんて、嫌です…。私は、戦いたいです。無我夢中で戦いたいです。報われなくても、誰にも褒められなくても、何もできなくても。きっと、それが『私』なんですね。私ここに居たいです…。私ここで戦いたいです…!」

「お前は良くやっていたよ。何度も助けられた。それに地球のへそからもちゃんと帰って来てくれたんだ。…おかえり。待ってたよ」
 信じ、られないことに。仏頂面が常だったニーズさんが私に対して微笑んだ。(ように見えた)私の頭を撫でて、しかも褒めてくれて…。

 私は飛び出すように彼に初めて抱きついて、驚いたニーズさんは床に後ろ手ついて私を受け止める姿勢に納まる。
「ニーズさん…!そんなに優しくしてくれるなんて…!ありがとうございます!ごめんなさいでした!本当にごめんなさいでした…!」
 この勇者様に対して、こんなに感情が昂ったのは初めてだった。

 自分は妹の友達でしかないのだと今まで思っていた。
 おまけのような、どうでもいい存在なんだと思っていた…。

「………。お兄様、これを…」
「ああ、そうだな」
 私を宥めながら、彼は妹から渡された剣を一振り、私に掲げてよこす。
「お前が無力かどうか決めるのは、これからじゃないのか?これはお前の剣だろう?お前が選んだ力だ。   もう、離すな」
 私が手放したゾンビキラー、なんだか無性に懐かしくて愛しく思った。

 離しちゃ、駄目だったんだ。
 剣も、仲間たちも。

離しちゃ駄目だったんだ…。



「はい…!ニーズさんとも離れないです!大好きです…!大好きです…!」
「えっと…」
 剣を受け取ったのちもまた首にしがみついて、泣くのと笑うのとを交互に繰り返す。ニーズさんに触れる機会はあんまりなくて、それは彼が嫌がるからなのだけれど…。
 今回も例に違わずに照れて嫌がっていた。

「羨ましいですわ。お兄様…」
「なに?」
「私だって、サリサに抱きつきたいです。おかえりなさい、サリサ…」
「ちょっと待て。俺は離れる」
「離れなくても良いです」
 妹は、兄と私を一緒に抱きしめて、ようやっと嬉しそうに可愛く微笑む。

「サリサ…。会いたかったです。寂しかったです。人攫いに攫われたと聞いてどれだけ心配したか…。もう何処にも行かないで下さい」
「ごめんね。本当にごめんね。あんな事、思ってないよ。みんな嘘だよ。酷いこと言って、本当にごめんねシーヴァス…!」

「…だから、俺はもういいだろ」
「一緒に何処へでも行きますよ。一緒にスヴァルさんを助けましょう。きっと上手く行きます」
「うん…。ありがとう。もう、何処にも行かないよ。約束する。もう二度とシーヴァスのこと傷つけないよ。約束する…!」
 私とシーヴァスは、何故か嫌がる勇者様を挟んで仲直りをしていた。
 私もシーヴァスも、片手にお互いを、片手に勇者様を抱いていたから。

「良かった…。あの、僕も仲間に加わっていいですか?」
「ちょっと待て!」
「ええ、ジャルディーノさんもどうぞ」
「うううっ。ジャル君もありがとう!大好きだよ〜!」
 ソファーに一人だけ残っていた、アイザックはさすがに加わって来なかったけれど、ほっとしたように表情を緩めて冷めた紅茶を飲み干していた。


 私もようやく落ち着いた頃、緊張の解けた空間の中で、未だに笑っていない人物の存在に私は遅れて気がついた。
「じゃあ、準備が終わったらサマンオサに向うか。ワグナスの呪文で行けるんだろ?」
「ええ。そうなんですが、実は私からも一つお願いと言いますか…、提案があるのですよ」
 ニーズさんの質問に答える、賢者の隣の少女はまだ笑っていなかった。
 …私が戻ったところで、彼女が笑うはずも無かったのだけれど…。

 あの日、私が叩いた時の彼女は酷くもろく、今にも折れそうな花のようだったはず。
 一歩前に進み、私の前へと現れた彼女は、初めて私を凛として見つめる。

「サリサさん、シーヴァスさん。私も、城に行かせて貰います」
 信じられない言葉を彼女は口にした。
 彼女に『芯』のような強さを見たのは、初めてのことだった。

==

「なんだって…!?」
 愕然とする面々の中から、ようやくアイザックが先陣を切り、異論に賢者様に詰め寄ろうとする。
「何考えてるんだワグナス。シャルディナには無理だ」
「私が言い出したのではないですよ。これはシャルディナさんの願いです」
「なっ…?!」

 一同の視線を集める彼女は、私だけに対して告げた。
「私は、泣いて助けを待ってるだけじゃ、ありません…」
「………」
 ひと言にして、私だけは彼女の意図を知ることができる。私が侮辱した、それの弁解をしたいのだろう、と    

 シーヴァスに言ったことは殆どが嘘で、すぐにも謝ることができた。でも彼女に対してのずるいと思う気持ちは、あれから少しも変わっていない。

「城内にレッドオーブが在るのだと聞きました。そして、おそらくその力を用いて結界や悪事が働かれているのでしょう。オーブは『私の力』です。オーブの在り処を感知したり、その力を抑制することもきっとできると思います」

「だからって…。でもジパングの時みたいに、二の舞にならないって言えますか。私は、シャルディナさんの守りはごめんです」
 まだ嫉妬や逆恨みが消えていない、自分でも嫌な女だと思う。
 彼女が加わるなんて正直嫌だった。
 私が彼女を守るなんて、絶対に嫌だった。

「ジパングの時は、私は諦めていて…、心が弱くなっていました。もうあんなことにはなりません。それに、皆さんが手にしてくれた二つのオーブの力が在ります。私はサリサさんが居ない間、二つのオーブ、そしてシャンテさんのグリーンオーブの力を扱う術を練習していました」
    静かに、周囲に動揺が波紋のように広がってゆく。
 彼女がそんな訓練をしていたなんて、…彼女の決意は本物のようだった。

「私のことを守って下さる必要はありません。私はお二人を守るために城に一緒に入ります。私だって戦えます」

 誰なのだろう?この人は…。
 そう疑いたくなるほどに、彼女はしっかりと私と正面から向き合っていた。
 あの時は私の前から逃げ出して行ったのに。
 私はそれを鼻で笑ったのに。


「現在あるオーブはパープル、ブルー、そしてシャンテさんがグリーンを宿して存在しています。再生、鎮静、守護と、攻撃的な力がないのが残念ですが、炎を手にしたら一変してシャルディナさんも強くなりますよ」
 後ろから嬉しそうに賢者様が補足してくれる。
「シャンテさんは夜しか行動できませんが…。オーブによって存在している彼女は、結界をすり抜けて行き来できる可能性が高いです。バッチリフォローしてくれるそうですよ。当然リュドラルさん達も応援に来てくれますしね」

「それならば…、問題ないですね。よろしくお願いします、シャルディナさん」
 複雑な私を残して、シーヴァスは彼女の参戦を許してしまった。私はその後に続くことができない。
 私は彼女を「嫌いだ」と罵った。
 強い感情はまだ火を燃やして存在しているんだ。
 彼女と一緒に戦うなんて嫌だった。


「私は…。ここから変わります。変わりたいんです。もしこの戦いに成果を残せたのなら…。言葉だけでなく、行動で証明できたなら…」
 返事に煮え切らない、私に彼女は悔しそうに声を震わせて願った。
「その時は、私に謝って下さい。サリサさん」
「………」

「そして、その時…。私は…。許して、下さい。私は…。私も、自分の行きたい場所にもう一度、立ってみたい。立つために…。お父様と夢の神様に相談しに行きます。自分の往く先を…」
     !!」

 会話の意味は、私と彼女以外には鮮明には解らないはずだった。思わず私は振り返り、何も解っていない顔つきの戦士をわなないて見つめている。
 彼女の行きたい場所、そんなのは言われなくても、『彼』なんだ。
 彼ともう一度向き合うために、彼女は変わろうとしていたのだった。
 嫌だ…。阻止したい。
 阻止したいけど      

「サリサ…」
 長いこと沈黙している私を気遣って、エルフの魔法使いが私の服の袖をそっと掴んで囁いた。
「シャルディナさんも…、悩んだ末に、戦うことを選んだんです。貴女と同じです。傍観して待っているのが嫌で、何かをしたくて、戦おうとしているんです。見てみましょう?彼女の勇気を…」
「…分かってる。…分かってる…!」

 苦しかった。
 下手をすればまた泣き崩れてしまいそうだったけれど、ぎりぎりの所で私は踏みとどまり、呼吸を整えると彼女に遅い返事を返す。
「分かりました。その時は、謝ります。貴女が変わるなら、…祝福します。一緒に、行きましょう。私に力を貸して下さい…」

 阻止したって、ますます自分が惨めになるだけだ。
 ここで喘いだってどうにもならない。
 何も言わずに、見送るしか私には選択権はないんだ    


 彼女に右手を差し出すと、白い指が私の右手にそっと重なってくる。
「あの時は、失礼なことを言いました。ごめんなさい…。もう誰のことも、侮辱しません。頑張ります。よろしくお願いします」
 伏し目がちに、彼女は謝る。
 握手の上にもう一人の娘が手をかぶせると、城に挑む三人娘の結束がここに生まれようとしていた。
「二人とも、よろしくお願いします。三人ならきっと、大丈夫ですね」

 胸が早鐘を打って、重ねる手は微かに震えてしまっていた。
 それが自分だったのか、シャルディナさんの震えだったのかは、判別できることはなかった。



 それから     
 身支度を整え、お世話になった聖女様に挨拶に向う。
 当然私は謝罪も合わせて…。
 聖女様に家に顔を出すように言われたけれど、無事なのは報告されているようなので、今は顔を出さないままにしてしまった。

 私こそ、サマンオサで何かを変えて、そうしたら素直に家族に会えるような気がしていた。身支度や、買出しに繰り出しながら、私はいつになったら自分を好きになれるのだろうと模索していた。
 スヴァルさんに少しでも何かを返せたなら、私は自分を好きになれるだろうか。
 シャルディナさんを認めて、二人を祝福できたなら…?

 私こそ、本当はずっと変わりたかった。サマンオサで、私も変わりたい。
 そのために、私も、一歩を踏み出す。

==

「いいですか。これが城内の地図です。城が閉鎖される前の旧時代の地図ですが、覚えておいた方が得策でしょう。それから、こちらが城下の地図です。こちらも覚えておくと道に迷うことがなく、作戦に支障がありません」

 海賊さん達と共に作戦を練るために、私達は彼らのアジトにお邪魔しています。
 主に作戦の指示はチェスターという、黒髪の男性の元に説明されていました。
 彼は「暁の牙」のナンバー3であるといい、ミュラーさんやスヴァルさんとは幼少の頃からの付き合いなのだそうでした。
 指示には無駄が無く、言葉も態度もとても丁寧で、印象の良い方です。

「いいですか。確認しておきますが、貴女方の目的は、まずはレッドオーブの在り処を探すことです」
「はい。それは私が…」
 海賊アジト内の会議室に地図を何枚も広げ、黒板には城内の地図が貼られている。棒で指示しながら説明している、参謀にシャルディナさんは毅然とした態度で答えていました。

 木材のテーブルには三人娘がまず座り、その後ろには仲間たちも一緒に説明を聞いています。ワグナスさんは不在で、ミュラーさんとスヴァルさんは現地の最終下見に外出中でした。
 私の右手側には、髪を短くして印象の少し変わった、サリサが勇ましく地図を凝視していました。説明を受けるにしても、常に私が真ん中です。
 複雑な想いを抱える二人には、まだ私という仲介が必要でした。

「そして、国王への接触です。これは充分警戒を怠らないようにお願いします。国王は変貌し、今では女子供でも平気で処刑しています。今王がどんな状態であるのか、それだけでも構いませんから、あまり無茶はしないようにお願い致します。城内が今どんな状況であるのか、それを知るだけでも随分成果となります。続いて王の特徴ですが、まず…」

 説明を受けながら、私はもう一人、会議を目視している人物をずっとチラチラと気にかけていました。
 壁に腕組みしてよりかかり、どこか表情の険しい盗賊の男性。
 何度か目は合ったのですが、その都度私はぱっと視線を外してしまっていたのでした。そのために、彼が不機嫌なのは明確でした。

「人買いとの手筈は、すでにルシヴァンの方で準備されています。貴女方はそれぞれ見知らぬ者同士として買われていって頂きます。焼印に対する対処なのですが……」

 作戦会議は長く続き、終わる頃には眠気も襲っていました。
 それぞれ宛がわれた部屋で休むことになっていたのですが、私は部屋に戻る前に、寄り道してある部屋の前で立ち往生していました。

 入るべきか、やめるべきか。
 ノックしようとしては躊躇い、帰ろうとしてはまた戻って…。それでもやっぱり勇気が出なくて、たまらずに私はぎゅっと目をつぶります。

「おい。さっきから何やってるんだお前は」
「………!」
 廊下の向こうから彼が現れて、驚いた私の足は咄嗟に逃げ出していました。
「てめぇ、何故逃げる?このやろう逃がさねぇぞ」
 あっと言う間に捕まって、強引に体を抱きしめられてしまいます。
「さっきっから目はそらすは逃げ出すわ。随分なんじゃねーの?」
   離して下さいっ!」
 突き飛ばすと、当然の如く、彼の顔に怒りが奔った。眉を跳ね上げて、「じゃあいいよ」と背中を向ける。
「ああ、そう。別れの挨拶かよ。いいよ、おさらばしてやるよ。短い付き合いだったな。じゃあな」

「違っ    !」
 真っ青になって、私は自分を抱きしめて叫ぶ。
「違います…。触られるのが、怖いのは、違うんです…。私は、貴方に言わなくてはいけない事があって…。でも、それを言うのがとても怖いのです」
「……」
 彼は振り返ると、暫し考えた後に、私を部屋に呼びました。
「何でも聞いてやるから、入って来な」

 彼の部屋に入り、扉を背負うと、私は尋ねます。
「ルシヴァンは、竜は嫌いですか…」
「はあ?」
 恐れていたのは、自分自身の素性でした。
 
 それを知った時、彼はどうするのだろうかと…。



    て、お前が…?竜族の…?ドラゴンに変化したって…!?」
「はい…。嫌になりましたか?こんな私を…」
 地球のへそで私が見てきたもの、私が知った自分自身の素性を打ち明けると、彼もさすがに即座には判断ができずに、困惑を見せる。
「嫌になるも何も…。お前が巨大なドラゴンに…?こんな細い腕して。人を喰らうかも知れないって…?」

「はい…。貴方のことも、襲うかも知れません…。嫌になりますよね。こんな女は…。怖い、ですか…。気持ちが悪い、ですか…」
 扉の前からそれ以上先に進むことのできない、私の頬からハラハラと涙は静かに落ちて消えた。
「……。シーヴァス、お前…」

 誰よりも、自分を恐れているのは、私自身だったのでした。
 仲間たちは私を気味悪がったりはしませんでしたが、彼もそうとは限りません。こんな面倒くさい恋人になんて、彼は価値を見出さないかも知れない…。

「…随分、弱気になっているんだな。そんなんじゃ、ますます城に行かせたくなくなるだろうが…」
「え…。あ…」
 抱きしめられることに身じろぎして、逃げようとするのですが、彼は更に力を込めて私と密着しようとする。
「逃げるなよ。追いかけたくなるだろ」
「………!………え…」
 真っ青だったはずだったのですが、あっと言う間に私は頬を染めていました。
 この人は、ずるいのです。
 私なんて、一挙一動この人の自由になってしまうのに…。

「お前だけにしてやるって言った。エルフだろうが竜だろうが、この際魔王だったって免除してやるよ。ケンカして炎吹かれたり、踏み潰されるのは避けたいけどな」
「ルシヴァン、あ、の…」
「お前が男だった、って以外ならまずOKだ。何でも来やがれ」
「……。良かったです。私女の子でした…。良かったです…」

 嬉しくて、ほっとして、ようやく彼の背中を掴むことができました。
 こうしていると、不思議と不安は消えて行く。
 何故ならば、そんな私でもいいのだと、言葉以上に温もりが教えてくれるからなのです。
「ありがとうございます、ルシヴァン。嬉しいです…」


 暫くお互いの温もりを確かめ合った後、座席代わりにベットに私を座らせると、彼は私の眼前に一つの鍵を閃かせた。
 瞳のレリーフに宝石の光る、不思議な形状の鍵です。指先からぶら下げて、彼は私に託してくれる。彼の一族の大事な秘宝    『最後の鍵』を。
「これを貸してやるよ。絶対に返せよ。俺の大事な仕事道具だからな。これを使えばどんな扉だって開けられる。鍵穴のあるタイプに限り…、だけどな」
「良いのですか…?」
「後で靴底にでも仕込んでおいてやるよ。奪われたら事だからな。巧く使えよ?」

「……。今日のルシヴァン、優しいですね」
 最後の鍵を受け取り、私は人事のように何故だろうと考えていました。
「まるで、私のこと大好きで。心配でたまらないみたいです」

「………。お前、どこまで天然なんだ?」
「天然…?どういう意味ですか」
「聞くな。はぁ…。参るよマジで。ほんとにお前ら三人で大丈夫なのかよ…。人買いだぞ。お前ら何されるか分からないんだぞ?分かってるのか?」
 呆れて彼は銀の髪をくしゃくしゃと掻き、相当嫌そうに、眉間に深い皺を刻みます。
「過労働でしょうか。少しぐらい叩かれても大丈夫ですよ?」

「あのなぁ。お前らおもちゃにされるんだぜ。お前なんかエルフで珍しいから、それこそ男がよってたかって…」
「おもちゃですか?私と一緒に遊んで下さると言う事でしょうか」
「この大ぼけ!…あ〜…。いいか、とにかく、男が寄って来たら魔法だ。魔法が使えなかったらドラゴン変化だ。それも魔法か?それも無理なら逃げろ。いいな!」

 怒鳴られたのにはビックリしたのですが…。
 必死な彼の形相が珍しいので、不謹慎にも私はまじまじと見つめています。
「今日のルシヴァンは…、本当に私が好きみたいです。嬉しいです」

「やってらんねーよ…。何で俺が振り回されなきゃならないんだ」
 彼は音を立ててベットに潜り、ぶつぶつ不平を聞こえるように呟く。
「好きでいいから、ちゃんと帰って来い。心配してやってるから、無事に帰って来いよ。お前は俺のものなんだから、誰にも触られずに戻って来い」
「あの…。…可愛いのですが…、ルシヴァンが…」
「おやすみ。お子様は部屋帰って寝ろ」
 彼は毛布の下で背中を向けたまま、それでも私には嬉しい。
「照れてますね。可愛いです」
「……。今日のお前はヨワヨワでいじめられなかったからな…。お前が弱いうちはおそらく優しいさ」

「ありがとうございます…。鍵、大切に使いますね」
 今にして、また    、   
 私は地球のへそから帰って来て良かったと、心から喜んでいたのでした。

==

 別行動を取っていた私が海賊アジトに戻って来ると、すでに作戦会議は終了し、皆さんは就寝時間に入ろうとしていたのでした。
 移動呪文ルーラから降り立ち、足が向かうのは海賊頭の部屋でした。

 寝静まりつつあるアジト通路を歩きながら、ばったりと向こう側からやって来た男性と鉢合わせ、私は苦笑しつつ挨拶します。
「おや、こんばんは。奇遇ですねこんな所で会うなんて」
「こんな時間に、ミュラーに何の用ですか」
 年齢は二十代前半、少し長めの黒髪を首の後ろで結び、衣装は黒と青で統一されています。彼は私よりも海賊頭との付き合いが長い、彼女の幼なじみであり、彼女の危機を救ったこともある海賊団の幹部でもあったのです。

「会議に出れませんでしたので、概要を聞こうと思っただけですよ。チェスターさんこそこんな時間に、まさかとうとう告白ですか?」
「こ……!?いえ、違います。あなたになんて全くもって関係ありませんから。私は今後の事についてニ、三、お聞きしたいことがあっただけです」

「そうですか〜。残念ですね…。実は私は他にも彼女と個人的に話したい事があるので、長くなるのですよ。チェスターさんは明日にして下さいませんか?」
「どうせ下らない話でしょう。私は大事な話なんです。貴方こそ明日にして下さいませんか?」
「ふうむ…。困りましたね…」
 困ったことに、彼はいつもこうして、私を目の仇にしているのでした。

「だいたい何ですか。今頃のこのこ現れて来て。この大事な時に何を遊んでいたのか知りませんけど。少しは責任感じたらいかがですか。ミュラー達がここまで苦しんだ元凶は貴方にあったというのに。本当に、面の皮がお厚いようですね」
「ええ、おかげでいつもツルツルです。夜更かししてもニキビも出ませんよ」

「相変らずふざけてますね。いい加減、彼女に色目使うのやめて頂けませんか?一緒になる気もないのでしょう。彼女の心を弄ばないで下さい」
「私は悪い魔法使いなんですよ。美しいって罪ですね…」
 仰々しい身振りで、確かに私はふざけた返答を返しました。

 彼の逆鱗に触れたらしく、次の瞬間私の頬は殴り飛ばされている。
「ワグナス…!」
「はい」
 殴られ、その角度のままに数秒止まり、正面に戻って来た顔は涼しいものでした。

「サイモンさんを助けたら、俺はその時こそようやくミュラーに気持ちを言えるんだ。お前に関わりのあるこの事件さえ終われば、お前との繋がりも終わる。お前の協力なんて受けるのはこれで最後だ」
「つまり、消えろということですね」
「そうだ。お前のいい加減な態度が許せないんだ」
 幼なじみの彼は確かに真面目でした。私などとは比べ物にもならない程に。

「あと数年もないですよ。もう少しチョロチョロしますが、我慢して下さい」
「な、に…?」
「チェスターさんの仰る通り、私はふざけたいんです。皆さんと遊べる短い時間、存分に楽しみたいのですよね」
「お前…」

「うるさいわね!さっきから誰よ!」
 眠りを邪魔されて、険悪極まった表情のミュラーが扉を開く。
 私は動じませんでしたが、チェスターさんは飛び上がる。面白いので少し苛めさせて頂きました。

「すみませんミュラー。何でもチェスターさんがミュラーに一世一代の告白がしたいとかでしてね」
「馬鹿っ!このマリモ!い、いやっ、違うんだミュラー!じゃ、なかった!違うのですよ、ミュラー!」
「彼女の前で口調変えるのはどうかといつも思ってるのですけどね…。チェスターさん。つまりはかっこつけたいという事ですね?涙ぐましい努力です」

「え〜っと、つまり何?何の用なのよ?ん?ワグナスまた勇者にでも殴られたの?」
「そうなんですよ〜。ニーズさんってば人生が反抗期でして〜」
「ミュラー、たいした傷じゃないですよ。それより実はお聞きしたいことが…」
 ライバル心を激しく燃やす、彼は必死に私と彼女の間に割り込み、関心を自分に向けようと頑張っている。

 邪魔をする気は私にはありません。
「私はただの通りすがりですから退散しますね。おやすみなさいご両人」

 速やかに私はミュラーの部屋から離れ、アジト外の集落にまで出て行くと、小さくふっと嘆息をこぼしていました。
 外は冷えるので草色のマントを引き寄せ、一人物思いにふけることにします。
 集落は寝静まり、灯りもない。三日月も雲の向こうでかくれんぼを始めようとするので、つくづく今夜は残念でした。

「ちょい、そこのお兄さん」
「え?ミュラー。まさか追って来たのですか?」
 不意に腕を掴まれ、振り返って彼女の姿に驚きます。
「そうよ。アンタ、チェスターに殴られたんでしょう?何気を使ってるのよ。馬鹿ね」
「…。いえ、本当に勇者さんに殴られたんですよ?」
「アンタはもう一人の勇者の手配をしていたんでしょう。ありがとう」
「もしかして聞いていたんですか?」

「寒いわね〜!ちょっとマント貸しなさいよ!」
「確かに寒いでしょうね、そんな薄着で…。って、あの、マントに入ってくるんですか?そんな事したら、また私が恨まれてしまいますよ。…別にいいですけど」

 マントの中に強引に入って、海賊頭は私の胸で頬を温めようとする。
「アンタのせいだなんて、思ったことは一度も無いわ」
 ぼそりと、彼女の独り言が白くなってすうっと夜風に消えて行く。

「やっぱり聞いていたんですね」
 私は彼女が凍えないように、そのまま寄り添うことに決める。けれど次の言葉には、私は聞こえないふりをしました。

「消えるんじゃないわよ…?」

==

 作戦会議の終わった後、私はずっと彼の帰りを待っていました。
 戻った連絡を受けて、向かったのはすでに無人な会議室。
 そこでは下見から帰ったばかりのスヴァルさんが、地図に修正を加えたりの作業をしていたのでした。
「スヴァルさん、疲れてますね。もう休んだ方がいいですよ…」
「サリサか…」

 随分と、私を見る目に焦燥が見えて、「もしかして私のせい?」との不安が脳裏を横切ってゆく。
「心配しないで下さいね。あの、きっと大丈夫ですから…」
「心配するなと言われても無理だ。どうにかお前たちが行かなくてもいい方法はないかとずっと模索していたが…。駄目だな。許してくれ…」

 やはり思うことは、この人を困らせたくはないということ。
 ニーズさんの言葉を思い出す。『守りたいなら全力で守れ』と。
 シャルディナさんにも負けることはできない。私は強くならなければいけなかった。
 そのために、私がやろうとしていたことがある。

「スヴァルさん、預かっていたこのペンダント、お返ししますね」
 一度返そうとした、あの時のような悲痛感はなく、自然なことのように笑顔を込めて私はガイアの石をそっと彼の前に差し出した。

「私はもう大丈夫です。今までたくさん助けて頂きました。本当にありがとうございました。加護は、スヴァルさんが受けるべきだと思うんです」
「……」
「今まで、貰ってばかりでしたね。ごめんなさい」
 胸が、ドキドキと音を立ててくる。
 必要以上に心配して、疲れて欲しくなくて、私は心を込めて宣言しました。
「大丈夫ですよ。私負けません。必ずサマンオサに平和が戻ってきます」

 一生懸命伝えると、彼を取り巻く空気がふっと和らいだのを見た。
「あれから、初めて笑ったな。…分かった。お前がそう言うなら、信じよう。頼りにしている。…行って来い」
 そういうスヴァルさんだって、久し振りに笑ったのに本人は自覚がない。

 これからは、私だって何かを返す。
 スヴァルさんがペンダントを受け取ると、手を組み合わせ、私は彼のために祈りを捧げました。
「どうか……」

 スヴァルさんを助けられますように     



 それから、私はもう一人、仲間の戦士の部屋を訪ねていた。
「ごめんな。お前がそこまで思いつめるとは思わなかった。かと言って、謝ることしかできないんだけどな…」
「いいよ。アイザックは悪くない、だから謝らなくていいよ」
 彼に対してだって、私は笑う    ようにする。

 今までは、彼の隣に並べるような人物になりたいと願って戦い続けてきた。
 でももう私は負けたくない。
 彼を前にして感じてしまう劣等感も、嫉妬も、乗り越えて、私はもっと先に往く。
「アイザック、私ね…」
 黒い瞳をまっすぐに見つめ、私は片想いに終止符を打った。

「私、負けないから。あなたを必ず越えて行くから」
「サリサ…」
「仲間として、これからもよろしくね」
「ああ。分かった。もう謝らない。これからもよろしくな」
 ここにもう一つ、行われた笑顔の交換。

 走り去る、私は     
 一度だけ、手の甲で目を擦った。



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