「盟主誕生 2」


■Dラルクの兄貴、そして聖女ラディナード

 空色の髪の青年、ラルクの兄貴の前にその聖女は麗しく登場した。
 それはまるで夢の中の出来事のようで、暫く俺たちはただ無言で二人のやり取りを傍観していた。

「大人しく待っていてと言ったでしょう。どうしてじっとしていられないの」
「だって、ロマリアと言えばモンスター格闘場じゃん?今後の資金作りになるかと思ってさ♪負けちゃったけど」
 聖女はフードを被ったままで、呆れ顔でテーブル上に積み上げられた食器類に閉口し、陽気なターバンの青年をきつい視線で見つめる。
「賭け事に負けたのに、この量なの?ごめんなさいね、私が立て替えますから」

 謝られて俺は「はぁ」と相槌うつ。当の兄貴は脳天気で、
「わぁお〜〜!さすがラディ!太っ腹!うそうそ、腹は出てない!出てるのは胸、Dカップ!」
バシ。
 顔色も変えない聖女様に容赦なく平手打ちされていた。


「………。え、まさか、本当に聖女ラディナード様なんですか…?」
 グレイさんは席を立ち、緊張をあらわにして、何故か背筋を正して問いかける。横でクレイモアちゃんも慌てて座ったまま背筋を伸ばしていた。
 問われた美女は周囲を気にし、人差し指を口元に当て、うっかりバラしそうになるラルクの口をしっかりと押さえる。

「ままま、立ち話もなんだから、ラディも座りなよ。何飲む?ロイヤルミルクティー?デザートは?これいく?当店スペシャル特大フルーツパフェ」
「あなたはもう少し遠慮を覚えなさい。言っておくけど、立て替えると言ったのよ。後で請求しますから」
「今月俺厳しいんだよね〜。奢ってよラディ〜。俺養って貰わないと飢えてまた路頭に迷っちゃうよ」
「情けない。勝手に路上で寝てなさい」
「冷たいラディも可愛いなぁ〜vvv」

 丸いテーブルは六人席だったので彼女までぴったりおさまり、何故か仕切っているのはラルクの兄貴だったりする。
「まーまーまーまー。皆さん座って座って♪」
「…。ラルク、この方達はどういった知り合いなのか説明して」
ほいさ!んと、コイツがナルセス。俺の従兄弟で、弟分。数年ぶりに見かけてさ、思わず奢って貰える事になったんだよー」

「違ーうっ!なんでそう勝手に変えるかな!兄貴はっ〜〜!!」
「あれ?違ったっけ?」
 いけしゃーしゃーと、この人は〜〜〜〜!!(怒)

 美女はため息をついて、また謝罪する。
「ごめんなさいね。ここの代金は私が出します。その代わり、私の事は口外無きようにお願い致します」
「えええっ!じゃあ、本当に…。あ、あああ、あの、あの、あ、の、サイン、サイン貰ってもいいですか…?!」
 グレイさんは荷物からガサガサと一冊の本を取り出し、サインを求めて聖女に差し出す。それはミトラ神の教本。ずいぶん年代物のボロ本だったけれど、差し出すグレイさんの手は震えていた。

 聖女と言えばミトラ神の「声」さえ聞けると言われている、信徒の憧れの的。
 どうやらグレイさんは熱心な信者で、聖女ファンの様子だった。
 同信のアイザックやサリサちゃんと気が合うかも知れない。

「…有難うございます。あなたはミトラの信徒なのですね」
「はいっ!エジンベアから来ました!一度、エジンベアでお姿を拝見した事がありまして…。確かラ…、あなた様が任命された直後です」
 途中、名を口にするのを咎められて、グレイさんは言葉を濁した。

「本当に凛として、かっこ良くて…。ずっと憧れてました…。お会いできてとても嬉しいです。神の御心に感謝します」
「………」
 聖女はお忍びなのだろう、フードは上げないまま、差し出された教本にサインを記す。その表情は陰を帯びていた。
「来た来た♪特大パフェ!一緒に食べようぜ」
 その横でなんなんだろうこの馬鹿兄貴は……。(汗)

「兄貴…。それでさ…。できたらお願いあるんだけど…、聞いてくれる?」
 なんだか何回も話の腰を折られていて、もうどうでも良くなっていたんだけど、俺は新しい町の話を兄貴に持ち出した。
 クリーム付けながらパフェをがっついている、従兄弟の兄貴を恨めしそうに眺めながら。
 
聖女様も熱心に俺の話を聞いていた。むしろ聖女様の方が。
 ラルクの兄貴は食べ終わり、スプーンをテーブルに置くと声を上げて笑った。

「あっはっはっはっはっ!いいなぁそれ!俺も協力するよ!」
「…いいんですか?んな即答で」

「さすがに俺も、町を作るとまでは考えた事なかったなぁ。すっげえじゃんかナルセス。お前もでかい事考えるようになったんだなー」
 この人の本意は、いっつも良く解らない。
 本当に喜んでるんだろうか???ってゆーかちゃんと解ってんのかな?と疑いたくなるんだ。信頼はしているんだけど…。

「なんだよ。俺の名前借りて、アッサラーム商会に話つけたいんだろ?親父たちも多分乗るぜ。好きだからなお祭りごと。あと、バハラタにも顔効くぜ。もちろんランシールも。すんごい協力サポーターなんだけど俺って。すごくない?」

 にこにこと、自慢話を兄貴は始める。
 ラルクの兄貴は、と言うかまずは兄貴の親父が商売の成功者だった。
 腕を買われ、アッサラーム商会頂点の富豪の娘と巧くいって、現時点での商会長。はっきり言ってほとんど外出中で俺もろくに会った事がない。

 世界最大のアッサラーム商会、その会長の次男坊、ラルクの兄貴はいいかげんそうに見えて、実はかなりの博識者でいつも俺の意表をついた。
 遊んでるように見えるのに、学問に秀でていたし、大の大人も時に兄貴にひれ伏す。
 贋作や盗作を見裁く眼力にも優れていて、多くの商売のアイディアも搾り出す。
 新商品の開発、売り方、あらゆる事に精通している兄貴はアッサラーム商会の期待の星だった、間違いなく。

 でも…。
 兄貴は気分にムラがあって、気乗りしない仕事は一切やらない。
 フラフラ世界を渡り歩いていて、ここ数年音沙汰なしだったんだ。
 才能は認めていても、そのいいかげんさには呆れていたのが本音だった。

 俺の親父はと言うと、商才乏しい、と言うか凡才な普通の人だったから、商会には入らずにロマリアに出て結婚していた。
 俺は親父は嫌いじゃないけどね。ちゃんと家庭守ってる人の方が俺は好きだし。

「面白そうだから、話つけて来てやるよ。劇場作りてーな。でっかい劇場♪」
「…あなただったのね。ロマリア王に娯楽情報を持ちかけていたのは」
「へっ」
 いきなり聖女様に釘を刺され、俺は冷や汗を覚えた。
 優雅にロイヤルミルクティーを口にしていた聖女様は真顔で、静かにカップを受け皿に戻し、俺に諭す。

「困っていたの。王は私の話にも上の空で。心は遊ぶ事でいっぱいだった様子。遊んでばかりの王にまた遊び話を持ちかけて。おかげで話にならなかったわ」
「…………。あ、すいま、せん…」
 まさか、聖女様に説教される日がこようとは、町作りの発端であるグレイさんも泡を吹く。
「そんなのナルセスのせいじゃないじゃん?あの王様が遊び好きなのはさ♪」
「……。責めてはいないわ。新しい町には賛成します。エジンベアの民はそんなに虐げられているのですか。姉妹国として見逃す訳には参りません。他国の状況が見えない今、実情を知りたいと思います。ランシールも保護に協力しましょう」

「………」
 思いもかけない発言だった。本当にそこにいたのは『聖女』だと俺でも崇めたい気持ちになった。
「ありがとうございます…」
 感動に震え、グレイさんは頭を下げる。クレイモアちゃんも頭を下げて、貴族嫌い、信心深くない、ビームですらもつられて反射的に頭を下げた。

 なんだか知らないが俺まで頭を下げていた。

「現在、魔物のはびこる世界で、各王国の内情などは解り難くなっています。サマンオサも国を閉ざし、一体何をしているのか解りません。エジンベアも口ばかりなのは知っていました。私もまだ自国にかかりきりで、世界の事に手が回っていない状況です」
 聖女ラディナードは、自分の至らなさを悔しそうに語る。
「任命されて数年、まだやるべき事の多くが成されていません。ですが、必ず、エジンベアへは向かいましょう。悪がある限り、裁くのが聖なる称号持つ者の務め。良い話を聞けました。感謝致します」

「い、いえ…。そんな…」
「ラルク、そんなにのんびりしている暇は無いのよ。行きましょう」
 圧倒されて満足に礼も言えない俺たちに一礼して、聖女様は席を立ち上がる。
「はーいっ。じゃあ、親父たちに話したら連絡するわ、ナルセス」
「よ、よろしく…」
 席を立った、皮のフードを被った聖女様に、俺は慌てて右手を上げた。

 大事な事を一つ、聞き忘れていたのを思い出したんだ。

「あ、あの…。その、本当に、あの、この兄貴と付き合っているんですか?」
 本人に言われるまで絶対信じなかったと思う。
 美しい彼女は期待のまなざしを向けたラルクに一瞥を流し、暫く言葉を考えていた。そして顔を上げ、厳しい印象を消し、当然のことのように唇を動かす。
「そうね。とても大事な人よ。私の支えなの」

 聞いた兄貴が後ろで歓喜に踊っていた。
 勘定を払い、偉大なるミトラ神の聖女は、陽気な青年と雑踏に消えて行く。


:RADYNARD

 裕福で、広大な国土を持ったロマリア王国は平和で、行き交う人々には談笑が溢れていた。
 町並みを暫く歩み、私はやるせない思いで唇を噛みしめ、立ち止まる。
 心配した連れの青年が肩を押さえて、思い詰めていた私の頬に口付ける、不意を打たれた私は振り向いた。

「なに?まった思い詰めてんの?♪」
「……。思い詰めたくもなるわよ」
 冷たく返事を返して、彼の宿まで私は無言で早足で歩いた。
 つまらなさそうに、彼も黙ってついて来たけれど、宿の部屋に帰ると即座に後ろから抱きしめてきた。

「ラディ〜。笑ってよ。その方が可愛いのに」
「笑えないわ。お願い、早くオーブを探して」
 体を回転させて、彼に向かい合い、私は素の顔で胸を掴んだ。
「レッドオーブはサマンオサに在る。場所が判っているならまだいいの。ただ、シャルディナ様でさえ、イエローオーブの所在が読み取れないなんておかしいわ。人の手を渡り歩いている、黒いオーブの噂も気になる。頼りにしてるのよ、解って」

「もちろん。解ってるよ。大丈夫だって!俺も頑張るし、勇者ちゃんだっているんだからさ♪オーブも必ず集まる。ラディは心配しすぎなんだよ」
 胸を掴んだ、私を恋人は可愛がって、頭を撫でて、ぎゅっと肩を抱き寄せて囁く。
   私が、弱さを吐き出せる唯一の場所。

「勇者様は…、怖いわ。とても、もろくて。…いつ、彼は闇に堕ちてもおかしくないと思っているの。人の心だからこそ、怖いのよ。危ういの。光だけじゃないのよ、彼の中にあるのは…」
「……。友達だってできたじゃん?平気だって」

「私は恐ろしいわ。何処の国も、危機感が無い。魔王がネクロゴンドに居座って数年、ネクロゴンド崩壊以外は大人しいものよ。ただ世界に魔物がはびこっただけ。それだけなのだから良いと、皆偽りの平和に溺れている」
「まーな。魔物はいるけど、普通に暮らしていけるんだもんなぁ…」

「私は恐ろしいわ。私には、魔物はいつだって、簡単に人の世界なんて壊せる、そう言っている様に思えて…。…遊んでいるのよ。人の愚かさを嘲笑っているのよ。誰も、すぐ傍にある闇に気づいていない」
「ラディたちが障壁になってるんじゃん。不安にさせたくないんだろ?地球のへそだって、あそこは神聖な場所なんかじゃねーし。むしろ…」
「そうね。言うならば、「墓」よね」

 心地よい胸から離れて、私はフード付きの外套を脱ぎ捨て、そのままベットに仰向けに横になった。
「魔物へは…、何処まで戦えるか、限界があるかも知れないわ。でも、人の世界の悪には、私は敗ける気がしないの。エジンベアにも、サマンオサにも行かなくてはね。そこに苦しんでいる人たちがいる」

「偉いなぁ、ラディは。たまには俺の事も考えてよ〜!」
 追って、ラルクもじゃれついて来るのだけれど、口では私は冷たい。
「ごめんなさい。あなたの事ばかり考えてるわけにはいかないのよ」
 悪さする手をつねりながら、私は体を起こす。

「らでぃ〜!構って〜〜!!暫くお別れじゃん!」
「……。そうね。あなたこれから町作りに参加するのよね」
「そうそう。人の集まる所には情報も集まるしね。オーブも流れて来るかもよ。そしたら何が何でもゲットしておくから」
「そうして頂戴」

「……。ラディ、辛い?暗い顔するなよ。王様への話も肩透かしだったみたいだし。辛いならドーンとこの胸へ!!」
 私の表情の陰りに敏感なラルクは、両手を広げて私を誘う。
 吹きだして、私は暫く離れる彼との別れを惜しんだ。
「またね。また会いましょう。あんまり周りの人に迷惑かけちゃ駄目よ」
「ラディも無理しないでね。俺、ラディ大好きだから。離れてても」

 時々、恥ずかしいくらいに素直なのが彼。
 私は即答できないで、いつも言葉に詰まってしまうのが嫌だった。
 大事な彼を、不幸にする『選択』を選んでしまった私。彼は決して責めないから。

「…好きよ。傍に居て」
「ん、ずっと居る」
 二人寄り添って、暫く、言葉は必要なかった。


■E武器屋の娘、アニーちゃん

 聖女様とラルクの兄貴が去った後、俺たちは町並みで新しい町の宣伝ビラを配り歩いていた。

 従業員や作業員などの求人なども合わせて配る。
 反応は各国の息もかかっているだけに、まずまず好評。
 町作りは森林等の伐採から始まるから、土木作業員などは大勢必要だった。故郷のロマリアには知人がいっぱいいたので、俺は人を求めて町中を走り回っていた。
 知り合いの知り合いはまた知り合い、繋がるツテは全て使おう。
 交渉に喋り過ぎて、夕方にはすっかり声がガラガラになっていた。


「あ”〜…。疲れた。ぎょうはもう、がえるか…」
 その中で、日も暮れた頃、ビラを持った女の子が街角の壁に寄りかかって俺をじっと見つめていた。半ば呆れたような顔をして。

 通り過ぎて、あれ?と思った俺は振り返る。
 夕闇の町にさりげなく、隠れる様に立っていたのは俺の恋人。くせのある茶色い髪の、快活な女の子、アニーちゃんだった。

「アニーちゃんじゃん!うおー!会いだかったよ!」
「声、変」
「あ”、ご、ごめんね。ちと喋りすぎて…」
 慌てて戻って、大げさな手振りで喜ぶけれど、彼女の反応はさめざめとしてそっけない。
「なにやってるの?これ。僧侶の修行はどうしたの?」
「うん?もちろんやってるよ。ビラ見てくれた?俺さ、今実はある人に頼まれて新しい町を作ろうとしてるんだ〜。すごいでしょ」
「どんどん、普通の男の子じゃなくなっていくのね…」
「はっ?」

 余りに遅くに、俺は気づいた。アニーちゃんがしんみり俯いていたことに。
「何言ってんの?俺だよ?ふっつーのナルセスだよ!普通普通!アニーちゃんもその内手伝いに来てよ」
「うん…」
「なんなら二人で店とか持っちゃう?二人でってゆーか、夫婦で…」

 冗談に交えて、俺はかなり大胆な事を言っていた。
 何故か、笑いは続かずに、二人の間には冷めた空気が漂う。
 怒ったのかな?おそるおそる覗き込んだ彼女はこっちを睨んで、「何処まで本気なの?」と鋭く訊いた。真剣に不機嫌だった。

「え、っと、本気、だよ。俺アニーちゃん好きだし…」
「………。随分楽しそうだったよね。あの人達、どういう知り合い?」
「グレイさん達?聞いてよあの人たちさ…」
「可愛い女の子いたし」
「やきもち妬いたのっ!?アニーちゃんってば!!v」

 嬉しそうに言ってしまった俺にまたふくれて、アニーちゃんはスタスタと歩き始める。もちろん追う俺に目もくれない彼女の、手を繋ぐと振りほどかれる。
「何処行くの〜?せっかく会えたんだから一緒にいようよ」
「夕飯食べに行くの」
「あ、じゃあ、俺奢るよ♪ねっ」
「間に合ってます」
「そんなこと言わずに〜」

 場所は、賑やかな定食屋に移った。
 アニーちゃんが良く行く洒落た女性受けのお店で、ずっとむっつりしている彼女にくっついて俺は同席する。
 客層は女性客かカップル、当然俺たちだってカップルに見えたはずだった。
    多分、ケンカ中の…。(泣)

「あのさぁ…。ごめんってばー。本当にごめんね!」
 手を合わせて何度も謝るのに、徹底的にアニーちゃんは無視で、黙々と夕食を済まして、俺の顔も全く見ようとしなかった。
 あげくの果てに自分の分の代金をテーブルに置いて、ガタリと席を立つ。

 がび     …・……
 哀しくて、暫く、追いかけることもできなくて、俺は途方に暮れた。
 …なんで、何をそんなに怒ってるんだろう?解んないよ。
 
 立ち上がったのは数分後、金を払って彼女を探した。俺は馬鹿だから、言って貰わないと解らない。ちゃんと聞かなくちゃいけないと思った。

 飛び出した店の外、すぐ見える街灯の柱の前で彼女は待っていた。
「…ごめんね。ナルセスの邪魔したいわけじゃないんだけど…」
「なんで泣いてるの?俺何かした?謝るよ」
 泣く姿が人目についたので、俺はアニーちゃんを店の影に連れて行く。
 不思議なくらい、アニーちゃんはボロボロ泣いていた。

「謝らなくていいよ。私が勝手なだけだもん。ナルセスが、ものすごく遠くへ行く気がして、だから…。素直に応援できなくて…。ごめんね」
「そ……んな。は、ははっ。ははははっ。何処へも行かないよ。あははははっ」
「私ね、ナルセスにスゴイ人になって欲しいなんて、一度も思ったこと無い」
「は……」
 知らなかったよ。胸が締めつけられて、もうぴくりとも笑えなくなった。

「ナルセスの事、噂になってたよ。ビラ配ってるのも見てたけど、声がかけられなかった。会う度に、遠い人になってゆくよね」
「考えすぎだよ。考えすぎ。何やったって、俺なんてしょせん「俺」なんだからさ。俺なんて、ただの……」


    俺は、グレイさんになんて言ったんだろう。
 思い出す。

 俺は勇者と共に、魔王を倒す仲間になりたいんだ…。
 目標じゃなくて、肩を並べるようになりたいんだ。
 人の上に立つ人達なんだ。俺も人の上に立つようになりたかったんだ。


 涙するアニーちゃんを前にして、初めて上に立つ者の重みを知った気がした。
「しょせん俺」なんてもう、言っちゃいけないんだと…。

 アニーちゃんをぎゅっと抱きしめて、まだ半端者の俺は精一杯に笑った。
「俺、アニーちゃんが自慢できるようなスゴイ奴になりたい」
「そんなの、望んでない…」
「望んでよ。アニーちゃんは自慢の彼女だよ。それに負けないように強くなるから。町も作りたいんだ。そこで俺、アニーちゃんと結婚式したいんだ」
「………」
「本気だよ」
 俺を見上げる、女の子に俺はにこり。
「指きりしてもいいよ♪」
 小指を差し出した。
 彼女はためらったけれど、そっと小指を絡める。
「何処にも行かないでね。私、ナルセスがいないと…。泣いちゃうから」

 本当に、可愛いなぁ。アニーちゃん。
 俺は新たに決意もして、それ以上に嬉しい協力者も得る。
 町作りには、もちろん彼女も参加してくれる事になった。

++

 グレイさん達に出会ってから、数週間が過ぎた。
 俺はダーマ神殿での修行と交互に、町作りのために七転八倒していた。
 忙しいけれど、修行だけしていた頃よりも日々が充実していたように思う。
 着実に何かが積み上がって行くから、何処までもやる気が尽きなかったんだよな。毎日が楽しかった。

 ダーマ神殿には商人の修行をしている人達もいる。
 もちろん彼らは「新しい町」の話に飛びついてきてくれた。そこでならすぐに自分の店が作れるし、すでに出来上がっている商店街の派閥などもない。
 新しい商売を始めるには持ってこいだ!とか何とか売り込んで。

 そんなある日、ついに待ち人はダーマにやって来た。

「こんにちわ〜。修行頑張っていますか?」
 いつも通りの笑顔で、時々俺の様子を見に来てくれる、賢者様の定期観察が訪れる。


■F賢者ワグナスさん

「ワグナスさん!待ってましたよ!!ずっと待ってました!」
「はい?なんでしょうか」
 一日の修行を終えて、宿舎に戻る俺を待っていたらしい、賢者をがしりと掴み、俺は口早に説明する。
「実はあーでこーで、かくかくしかじか。これこれこーゆーワケなんですよ!」
「はい。あーでこーで、かくかくしかじか。これこれこーゆーワケなんですね?」

「ワグナスさんも協力して下さいよ。賢者様っぽく、神の叡智をっ!!」
「ふむふむ。わざわざエジンベアからお越し下さったのですからね。いいですよ。全面的に協力しましょう」
うっしゃああああ!!グレイさん達に会って下さいよ!皆は予定地で作業中なんです。ワグナスさんなら魔法でバシュバシュでしょ!?魔物が出ても一刀両断でしょ!?」
「そうですね。場所はどちらですか」(にっこり)


 ワグナスさんの魔法で即刻、俺は夕暮れ迫る希望の地に降り立つ。明日も朝から僧侶の修行だけど、とにかく早くワグナスさんを連れて行きたかった。

 すでに配属された土木作業員たちが伐採や港の構築に取りかかっている。
 そんな作業の音や声が夕焼けに響いていて、誰の顔も赤く染まって生き生きと眩しい予定地に駆け込む。

 そこには一人、女の子の姿があった。
 地図を広げて、人を指示していた少女が作業場に見え、俺は声をかけて彼女に駆け寄る。彼女も気がついて元気良く手を上げて挨拶返してくれた。
「ナルセス君!来てくれたの?こんな時間に」
「頑張ってるね。何その地図?」
 若い女の子なんてクレイモアちゃんしかいない中、彼女も男性陣に負けずに汗を流して働いていた。

「私が書いたの!町の設計地図!見て見てっ!」
「へぇ〜」
 クレイモアちゃんは器用なもので、町のデザイン画はそれは見事なものだった。地図を自慢げに広げ、指差して俺に説明する。

「まずは港ね、ここから町が拡がるの。港から抜けて、ここに大きな中央公園、大きな噴水を造るの。そこにね…♪」
 クレイモアちゃんは両手を広げて、広げたかと思うと、手を合わせて祈るように嬉しそうに教えてくれる。

「教会を三角形に建てるの。三柱神ね。ルビス様、ミトラ様、ラー様の教会。その教会で噴水を囲むの。もちろん神様方の姿をあしらっった噴水。そこでお姉ちゃん達が結婚式できたらいいでしょ」
「おおお〜!いいねいいね!いいじゃん!」
「町はそこから、波状に作って行くの。商業区、居住区、農業区。教会はね、それぞれイシス、ランシール、アリアハンの人たちが作ってくれるんだよ。皆デザインとかに凝っててね、素敵なの。いい観光地にもなりそう♪」

「それはそれは…。思ったより本格的ですね」
 二人で騒いでいると、連れて来たワグナスさんも地図を覗いて頷く。
「こんにちわ。このかっこいいお兄さんはどちらのお方?」
「へっへっへ〜♪何を隠そう、こちらが噂の賢者ワグナスさま!
「初めまして。以後よろしくお願い致します」(にっこり)

 以前俺も貰ったことのある、手製名刺をクレイモアちゃんは受け取り、「えーっ!」と慌てて名詞と賢者を交互に繰り返し見た。

「あっ、あっ。こちらこそ初めましてっ!!わーわー。さすが賢者様!かっこいいんだー!私クレイモアです!よろしくお願いします!あっ、あっ、グレイさんはあっちで作業中で…!」(慌て)

 切り倒した材木を運んでいたりする、男ばかりの作業場でグレイさんもビームも汗だくになって働いていた。
 クレイちゃんも連れてワグナスさんを紹介すると、またグレイさんはサインを求めていた。(名刺裏にサインを貰う)

「そんなに畏まらなくて良いですよ。私はただのルビス様の使いですから♪」
 にこにこと、紹介されてどよめく人々に愛想を振りまき、ワグナスさんは自分が賢者たる証明までしてくれる。

 樹木を鮮やかにバギの呪文で切り倒し、人々にバイキルトの呪文をかけ、腕力を上げさせ、作業の円滑を促した。素早さを上げる呪文、怪我人の治療、ありがたい教えなども駆使して、賢者さまは常に人々の感嘆の声を浴びていた。

 夜になり作業を終えて、仮の宿泊所でもワグナスさんは大人気で、グレイさんもクレイモアちゃんも熱心に質問したり魔法を見せて貰ったりしていた。


「…そうですか…。恋人さんが…。良いお話ではないですか。良い町にして下さいね。私も尽力いたしましょう」
 簡易宿泊所はかなりぎゅうぎゅう詰めで、寝るときは雑魚寝状態と言う…(笑)
 女の子のクレイモアちゃんは優遇されて、個室で優雅に休めるようになっているらしい。(さすが)
 そのクレイちゃんの個室に集まって、グレイさんの身の上話にワグナスさんもしみじみと腕組みして頷いていた。
「あっ、ありがとうございます!賢者様っ!」
 グレイさんは拝みまくりで、その度に密かにワグナスさんは悦に入っていた。
 …と思う。絶対。

「ワグナスさーん。この事、ニーズさん達にも言っておいて下さいね。ニーズさんはともかく、ジャルディーノさんとかは手伝ってくれるだろうし」
「そうですね。アイザックさんなども喜ぶのではないでしょうか。働くの好きですし。ニーズさん以外は協力してくれそうですね」
「うわぁ…。勇者の仲間にも会えるのか…。すごいな…」
「楽しみ〜!勇者さん達が来てくれるだけですごいよね!気合が入るし、宣伝になるよ!」
「…なるほど、勇者ニーズご推薦の宿。とか」
「隼の剣士ご推薦の野菜とか」
 冗談言い合って笑い合って、夜半前に俺はワグナスさんと二人でダーマに帰るために宿泊所を後にした。


    と、外に出て、その談笑に参加していなかった少年の姿を闇の中に発見する。  最年少の労働者、グレイさんの弟のビームが一人、材木の上にうずくまって景色をじっと睨んでいたので立ち止まる。

「…あちらは?子供が一人で。寂しいですね」
「グレイさんの弟だよ。…なんだか、色々複雑らしくてさ…。働いてはいるらしいけど、あんまり乗り気じゃないらしいんだよ。グレイさんの結婚も反対してるらしいし…。なんか孤立してるんだよな。俺もいまいち話にくくて」
「…。でも、風邪をひきますよ」

 ワグナスさんはたった一人尖っている、少年にも普通に話しかけに行った。
「こんばんわ。中に入らないのですか?風邪をひいてしまいますよ」
「別にいいんだ。ほっといてくれよ」
「ビーム〜。あんまり拗ねるなよー。中で一緒に騒げばいいじゃん」
 俺がしゃしゃり出ると、物凄い目で睨まれて、ぎょっとする。

    あ、もしかして、俺って、嫌われてる…?(ガーン)
 何も言えなくなって引き下がる俺に、冷たくビームは視線を逸らして、忌々しそうに毒を吐く。
「なんか、腹が立つ。騒ぐのは好きじゃないんだ。外の方が落ち着く」
「中の人たちが好きじゃないのですね。お兄さんに頼んで、あなたも個室を貰えば良いのではないですか」
「なんだよ!構うなって言っただろ!うるせーんだよ!」
 優しくされるのを嫌がって、少年は吠えて賢者の好意に反発して叫ぶ。
 それでも、賢者には全く威嚇が通じていない。通じるわけがないんだけど。

「……。構うなと叫ぶ人ほど、本当は構って欲しいのですよ。お兄さんにもう少し、甘えれば良いのに。まだ許される年齢なのですから」
「………」
 優しく諭されてしまって、ビームは何でも見透かしたような賢者に対して言葉が続けられなくなっていた。

「ナルセスさんは明日はお時間取れますか?明日もまた来ましょう」
「……なっ…。明日…。明日も来るのかよ!」
 嫌そうに言う、孤独な弟にワグナスさんは悪戯に笑った。
 きっと、何か企みが思いついたんだろう。勘がそう教えていた。

「ん、いいですよ。明日また来ましょう」
「それではビームさん、また明日。それから…。風邪ひかないで下さいね」
 ニクイことに、なんとワグナスさんはビームにフバーハの呪文をかけていく。寒さなどから身を守る保護の呪文だった。


■G海賊頭、ミュラーさん

 翌日、予告どおりにまたまたワグナスさんは希望の地に顔を出していた。
 連れに海賊お頭、ミュラーさんを呼んでの登場である。

 俺も修行を早抜けして、午後には迎えに来て貰って顔を出す。
    と、その時にはもう、皆大騒ぎになっていた。

温泉が出たんだよ。
 
 話を聞くと、ミュラーさんは炎と大地の神ガイアの一族とかで、ガイアの短剣を使って地脈を読めるのだと言う。(すげー!)
 そんな事できたら、もちろん温泉を掘り当てるのだって造作もないこと。それを見越してワグナスさんが連れてきてくれたって言うじゃん。
 さすが賢者様!

 吹き上がった温泉を前に、作業員皆で歓喜に騒ぎ、早速ワグナスさんの魔法でいい具合に地面をえぐって温泉を溜めて、記念すべき最初の入浴などをしていたりする。

「これで皆さんの疲れも取れますしね。良いでしょう」
「利益があったらちゃんとこっちにも回してよね」
「ミュラーさんしっかりしてるな〜」
「設け話なら乗るから」
 俺の背中を叩いて、念入りにミュラーさんは激励よこす。つまりは儲かったら便乗したいと思っているわけだ。

 それはいいとして、温泉だよ。温泉。
 露天風呂って言うと、ここはやはり…。
 クレイモアちゃんと、ミュラーさんの入浴をちらっと…。と思ったのは内緒です。


 ミュラーさんについては、漁師であるグレイさんは素性を知っていて、ものすごく怯えていたのが不思議だった。
 俺たちには全く害はなかったし…。悪人とは思わないしなぁ。
 当のミュラーさんは全く気にしていないみたいだったけど、露天風呂に浸かりながらグレイさんは不安そうだった。

「ナルセス君〜。あの人本当に大丈夫なの?賢者様に何か弱みでも握られてるのかな?殺されない?ものすごく危険なんじゃ…。ねえ?」
「怖くないっすよ。楽しい姉さんって感じだけどな」
「だって、「暁の牙」って海賊たちはさ、サマンオサを乗っ取ろうとして、国と戦争してるんだよ!?国の騎士たちもたくさん殺されてるとかなんだよ!?」
「マジすか」

「おっほん…。グレネイドさん。国が正しいとは限りませんよ。エジンベアもそうでしょう」
 いつの間にか温泉に浸かっていた、ワグナスさんが頭に手ぬぐいを乗せてすぐ後ろで噂話を諌めた。
「け、賢者様…。そうなのですか。海賊が正しい方なのですか?」
「まぁまぁ。せっかくの温泉ですから、のんびりしましょう。弟さんの背中を流してあげるとかはいかがですか」

 多分、兄弟を気づかっていたんだろうなワグナスさんは。
 言われたグレイさんは隅の方でつまらなそうにしていた弟の方へ構いに行く。
「…、随分優しいですね?なんでですか?」
「私は仲の良い兄弟は好きなのですよ」
 手ぬぐいで顔を拭きながら、ワグナスさんは微笑む。…でも、その後で、意味深な言葉を零した。

「まぁ、引き裂いた兄弟もいますけれどね…」
 一体何を意味した言葉だったのか、俺には解るはずもない。

++

 それからは、俺の休みの日にワグナスさんがダーマを訪ねて、一緒に希望の地へルーラで移動する機会が多くなった。
(その方が貴重なキメラの翼を浪費しなくて大助かり。賢者様はルーラ係♪)

 民衆になじみまくった賢者様は、持ち前の素晴らしいおせっかいを発揮して、なんと物事の発端の「彼女」を連れて来る。

 グレイさんから話を聞いて、エジンベアに迎えに行った…。
 動き出した町の状況を見せるために、恋人は賢者ワグナスに視察に招待された。蒼い日傘をさして、深窓の令嬢、ファルカータ…デニーズさんが土木作業中のグレイさんの前に姿を見せる。

 俺も好奇心から是非とも見たいと思っていた。
 髪は赤みのある茶、紺紫色のワンピースの裾を揺らして、再会に駆けつけてくる恋人を静かに待っていた。
「ファル…!逢いたかっ     !」

 その、駆けて来た青年の姿が消える。
 突然目の前から消えて、「えっ!?」と目を擦ったが、彼女の足元でうめき声が聞こえてきたじゃないか。
「アイタ、たたた…」
「落とし穴、作ってみたの」

 恋人の目の前に確かに落とし穴。グレイさんは落ちたようだ。
 しゃがんで覗き込む、恋人の前に穴から這い上がって来て、グレイさんはバツが悪そうに打った頭などを押さえる。
「えっと…。すっかりはまっちゃったよ…」
「せっかちさん」
 抑揚のない声だったけれど、どうやら成功して嬉しかったようだ。


     って、なんだこのカップルわ〜〜〜!!

 あの…。引いていいですか?な、なんなんだ………。
 新しい世界が見たいと願った恋人、彼女は不思議の国の女神様だった。




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