「待って!まだ唱えないで……!!」
二人が砕け散るのを止めるため、僕は再び同じ時間に現れた。
教会広場には石像と化した自分の姿が残っていた。それなのに自分が現れたことに驚愕し、友人二人は石像と僕とを、瞬間的に交互に見やる。
余りない時間の中で、どうやって自分は=自分なのだと証明しよう?
そして二人と、この町の人々とを同時に救う方法とは……。
戸惑いとそのために明かさねばならない「自身の素性」を思い、一瞬言葉は呑み込まれてしまった。
天より降下してくる神の力。それは僕の力でもありました。
代償によって失う友達を救うには、僕は自分を語らなければならないでしょう。
「………っ!」
自分が地上に降りた神の意思、伝えることに抵抗を覚えて躊躇していた。今までだってずっと自分を『特別な』、『人と違った存在』なのだと認めることが辛かったのに。
特別を通り越して僕の正体は、もはや人でもなかったのです……。
「…な、なんでジャルディーノさんがここに!?」
突如後方に出現した僕を見上げ、ナルセスさんが困惑の声を上げた。おかげでハッとして、愚かな僕の決意が固まる。
自分の保身なんか考えてる場合じゃない。
僕は二人を取り戻すためにここに来た。
迷いを振り切り、ドエールの掲げる形見の石、『太陽の石』を、彼の手ごと重ねて掴んだ。石は持ち主に反応して、強烈な光線を発射する。
完全についえた夕陽に変わり、地上に炸裂する太陽の光。
「二人を助けに時間を戻って来ました!僕はジャルディーノです!そして太陽神ラーです!」
なんてことを口にするのだろうと、以前の僕なら目を伏せたに違いない。
二人がどう思うのか、返って来る反応が怖い。僕に生まれる畏怖や警戒心、些細な小さな『壁』が、僕と二人を離してしまう。僕から別の形で友達を奪ってしまうから。
叫び上げた後、視界は涙でゆっくりと滲み始めていった。
友達の手越しに掴む太陽の石は燃えるように熱く、心は深く哀しみに冷えてゆく。
「……僕を、信じてくれますか?神ではなくて、僕を信じて欲しいんです」
発動され、向かってくるラーの力。神の奇跡として扱うことと、己の力として扱うのとでは大きな差を生む。
自身の力として扱うならば、きっと自在にコントロールできるようになる。僕はそれに賭け、僕の力から二人を必ず救出してみせる。
その為には 『僕』 を信じてもらうのが必須条件。
「僕は、ラーの意思でした。僕が太陽神ラー。この僕を信じて欲しいんです。神ではなくて、ここにいる僕を!僕の力は絶対に二人を傷つけないから……!!」
二人の身体を通過する僕の力。僕のコントロールに逆らうこともなく、僕を信じて、僕に委ねてくれればきっと二人は壊れてゆかない。
石を掲げるドエールの手を握り、反対の手でナルセスさんの肩を支えた。この二人を僕の体の延長線にするのです。僕と彼らの心が一つになれば。
絶対に砕けない僕の身体と、彼らの身体を連動させる。
それが僕の弾き出した解決法でした。
初めから二人の詠唱を阻止することも考えました。
けれど僕は、二人の意志を尊重することと、そして二人の力を借りることを選んだ。
きっと僕は、
二人なら応えてくれると信じていたんです。
応えてくれるのを期待していた。
「……。なんだか良く分からないですけど、ジャルディーノさんを信じればいいんですね……?」
懸命な僕の様子を見て、しんみりとこの町の盟主は頷いた。
ひどく緩やかに感じる刹那の時間。一秒すらも永く思う。
「…そんなの、神様を信じるより簡単ですよ。俺はずっと信じてましたから」
初めてアリアハンで知り合った頃から、変わらずに、まっすぐに向けられる自分への信頼。どうして、そんなにまで僕を信じてくれるんでしょう……?
本当の僕の汚さも、弱さも知らずに、僕の綺麗な部分だけしか知らないのに。
ナルセスさんは「にっかり」として、肩に乗せた僕の手をぎゅっと握りしめた。
「……。僕はきっと、言われてなくても、君の方を信じていたかも知れないよ。僕にとっての太陽は君だから」
僕の方が砕け散りそうな言葉を言って、幼い頃からの旧友は微笑う。
僕はドエールの孤独も省みず、一人旅立ってしまったのに。
「…ありがとうございます…」
二人は僕に向き直り、ドエールは形見のペンダントを僕の首へと還してくれた。
三人石畳の上に座ったまま、円陣を組むようにしっかりと手を繋ぐ。お互い確かめ合うように見つめ合うと、自ずと意思は一つになった。
やりとりを三つ編みの死神はじっと静かに見つめたまま。
やはり噴水の縁上で、黒いシルエットとして悠長に空を仰ぎ見る。
彼女はまるで礼を言うように初めて僕たちに微笑みを浮かべた。
「太陽の石に、ラー自身。目覚めたのなら、どうぞ私を消して下さい…」
瞳の端に光ったのは涙…?死神はどうして、懺悔するように瞼を伏せるのか。
理由を聞けることもなく、紅き力の爆発は加速していった。
「太陽の力よ、我は奇跡を求めます!」
友達の手を感じながら、口早に詠唱に向かう。不可解を覚えながらも、死神を倒すことに疑問なんてない。
「僕の力よ、僕のもとに。死神を撃ち、オーブを覆う闇の衣を討ち払え!掲げるものは、この身、この命。我が魂の力持て、望む奇跡をもたらさん!」
一気に詠唱し、力の制御に全力を注ぐ。
今までとは異なる手法に、緊張して声が強張る。
「 太陽神の力を今ここに!」
僕はラーの移し鏡。サマンオサでは少し意味を履き違えて考えていました。
天上に存在する太陽神から力を受け、地上に反射させる存在が僕なのだと認識した。けれどあの時ラーが語ったのは違う。
天に住まうラーの姿を地上に映した存在それが僧侶ジャルディーノ。
「神の力、我が身を呈して光臨せよ!メガンテ…!」
天や太陽の石に有る力を呼び寄せ、行使する。
威力や効果は格段に上がるが、未熟な肉体にかかる負荷も増幅する。
崩壊することは無いけれど、どれだけ動けなくなるのか解らない。だから僕は二人に協力を願ったのでした。僕自身も、二人のことを信用しているからこそ、選んだ選択。
僕を信用して、二人の詠唱もすぐに続いた。
全てを僕に預けて、むしろ本位とでも言うように、意識全てを開いて唱える。
「「メガンテ…!!」」
二人の信頼が僕の力に加わってゆく。嬉しくて魂が燃え立つように昂ぶった。
紅の力は流星群のように降り注ぎ、寂しげな死神に牙を剥く。無抵抗な彼女の肢体は焼け焦げて、跡形もなく消滅するのかと思われた。
そうだ。そこに彼は現れた。
おぼろげに覚えていた記憶同様、彼女を庇うように差し出される手、駆けつけた白い影。
「なんで…!」
驚きを一つにまとめてナルセスさんが叫んだ。
黒い髪、青い瞳、白い服の勇者。正確に彼のことを知っているのは僕だけでした。ナルセスさんは、勇者の双子の兄として認知しています。ドエールはニーズさんが現れたのかと驚いたことでしょう。
彼はアリアハンの勇者、オルテガの実子。
彼こそが本来、『勇者ニーズ』として旅立つはずだった人。
死神を抱きしめ、メガンテから逃れるために連れ去ろうとする。彼女は拒んで身をよじった。このままでは勇者も巻き込まれる。
「どうして!どうして貴方は……!貴方がそうだから私は……!」
不可解な死神の悲しみ、それは彼に由来していたのだと知った。
==
咄嗟に力を制御したものの、攻撃の幾つかが勇者に当たり、僕の顔色が一気に引いた。まさかの思いに捕らわれて、瞳を凝らす。
白い服の勇者、通称元ニーズさんは全身を鋼鉄に変えて、自身と彼女を保護していました。全力で撃っていたなら鋼鉄強化(アストロン)の呪文でも、耐えられたかどうかは解りません。
力の濁流に苦しみながらもひとまず耐えた、彼の安否を知るとほっとした。
攻撃が止められたのを見ると、鋼鉄強化の呪文を解いた。
「何をしてるか解っているのですか!貴方は町の人間より私を選んだ!」
勇者に抱きしめられた死神は抗議する、その声は涙に震えていた。悲しみと、火のつくような怒りを混在させて彼を睨む。
「共に戦う仲間よりも私を選んだのですか。勇者として失格です!」
彼は弁解できず、彼女を抱きしめたまま動かない。
勇者として失格だと罵る、
死神を見つめる彼の瞳は複雑な色を見せていました。
「…選べなかったんだ…。君がこんなことをするなんて、信じられなかった。最後まで嘘だと信じていたよ」
彼女に真意を問い正す、青い瞳は失意に細い。
「……。もう、解りましたよね?貴方は仲間と一緒に、私を撃つべきなのです。さあ早く……!私はあなたを恨んだりしません!」
「………」
勇者は返答はせず、彼女を腕からそっと離すと、彼女の手から黒い宝珠を奪った。空へと突き翳し、そのまま膠着している神の力へと差し向ける。
勇者は僕に頭を下げた。
「こんなことお願いできないのは解ってる。でも、どうか聞いて欲しいんだ。彼女を見逃してくれないか。オーブの闇だけ攻撃して、その後で人々の魂は解放できる。君ならできるはずだから。どうか僕に免じて……」
到底予想だにしなかった願い。ま
さか勇者の口から「死神を見逃せ」なんて頼まれるなんて……。
「…駄目だ!そいつは人殺しなんだ!この町の皆を殺した死神なんだ!絶対に逃がさない!」
僕が答える前に、ナルセスさんが血相を変えて噛み付いた。繋がった意識に殺意が混じって、思わず力の制御に乱れが生じる。
「うっ……!ナルセスさん、いけません。憎しみに捕らわれては……」
「そんなこと言われても……っ!」
僕が苦しむのに慌てて、ナルセスさんは口ごもる。
「どうして彼女を庇うのか、理由を聞いても良いですか。彼女は悪ではないと…?」
死神といえば、大魔王の直属の魔物です。側近と言っても過言ではない。勇者とは相容れぬ関係の彼女を庇うのには、如何なる理由があると言うのか。
僕はただ、彼に聞いてみたかった。
「………。僕は、彼女を愛しているから……」
たった一言。
水を打ったように世界に静寂が訪れる。
「なぁっ………!」
ナルセスさんも口を開けたまま、有り得ない回答に言葉を失った。勇者が死神を愛しているなんて、さすがの僕も仰天している。単純で、けれど計り知れない深い理由。
告げられた眼前の、彼女も絶句して固まっていた。
「ジャルディーノ君には嘘は言えないよ。僕は本当に勇者失格だね……。死神を愛しているなんて…。町よりも魔物を選ぶなんて……」
「あ……!ああ………っ!」
ちょっと待って下さい。僕は重大なことに気がついたのでした。
初めて対面した、悲しみに暮れる真の勇者。何度か顔を合わせて来た僕だけれど、こんな表情の彼に出遭ったのは初めてだったのです。
アリアハンで初めて会った頃、魔物襲撃が来る前も。ランシールで地球のへそに向かう彼を見送った時も。サマンオサで一緒に洞窟に向かった時も……。
今更にして思う。彼は「悲しみ」を人に見せたことがあったかと……。
人当たりが良くて、もう一人のニーズさんより良く笑って。語調が優しくて。勇者として綻びなんて感じたことがなかった。
僕はアリアハンの魔物襲撃を夢に見て旅に出た。勇者の悲しみを感じ取り、勇者を救うために力になろうと決意した。
勇者の悲しみ。ニーズさんの「悲しみ」は知っています。ニーズさんの生まれ。影として暮らした日々。兄のように慕った彼を失った絶望……。
もう一人の勇者の悲しみ、僕は全く見ていなかった事に愕然とする。
死神を愛しているなんて、勇者としてどれだけ咎めがあるか知れないのに……。
脳裏に、これまでの彼の姿が、無数にフラッシュバックしては消えていった。
ラーの鏡に映った、死神に絡め取られた彼の姿。この死神ではなくユリウスの方だったけれど、彼が死神に捕らわれていることを如実に表してはいなかったでしょうか。
彼は心体ともに死神に蝕まれているのでは……?
愛している気持ちすらも、死神の思うつぼだったとしたら……?
ここで断ち切るべきなのか、彼の意図を汲むべきなのか判断しかねて、僕の思考は混迷を極める。
「…こんなこと言って、正気を疑うかも知れないね。…でも、僕にとって彼女は何にも変えられない、かけがえの無い人なんだ。多くの人々と秤にかけても、僕は彼女を捨てられない……」
「ニーズさん……」
打ち明けられて、彼女が揺れているのが解る。
「お願いだフラウス。もうやめよう。僕の傍に返って来て……!」
強く抱きしめて囁く、苦渋の選択に揺らされて、死神も彼を跳ね除けることができずに、躊躇していました。
こんな二人を見ていれば、僕にしても無下にはできない…。
「…解りました。彼女は撃ちません。宝珠だけを狙います」
後々この選択が間違いだったと、後悔することになるかも知れない。けれど僕は、自分の守護するべき勇者の意思を、尊重しようと決意しました。
不服そうなナルセスさんを一度見て、諭すように、にっこりと微笑む。
「勇者を信じましょう?彼女を止めるのは、彼に任せれば良いと思います」
「……。ジャルディーノさんがそう言うなら……」
三人納得の上で、抑えていた神の力を宝珠にぶつける。
噴水広場上空に勇者が投げ、神の力が突き刺さる。イエローオーブを覆い隠す闇は激しい抵抗をみせて、力と力がせめぎ合い、激しい暴風を巻き起こした。
勇者は吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえ、逃げないように死神を捕まえたまま噴水の傍に屈みこむ。
旋風に水が巻き上がり、風と水の暴走によって徐々に噴水が崩壊してゆく。
神の光は友達二人の体も通過し、二人の肉体から呪詛を浮き立たせ、握りつぶして廃絶させる。神の攻撃は広場を中心に波状に拡がり、敷き詰められた呪いの陣を根こそぎ削り落とす火花を生んだ。呪いが霧散していくのに紛れて、僕の石像も薄くなって消えてしまう。
しかし黒い宝珠の闇だけは俄然として、頑なに剥がれることが無かった。
歯噛みして勇者も攻撃に参加する。
「空を裂け!竜と神との光の閃光よっ!ライデイン…!」
夜空を裂いて現れる聖なる光の雷。三人で組んだ円陣もほどかれそうで、歯を食いしばって大地にすがりつく。擦るように身を低くして、光が通り過ぎるのを待った。
屈強なる闇の衣に対抗できる唯一の力が光の呪文。
見せ付けるかのように、見事に黒い宝珠に生まれる亀裂。
真っ黒だった玉に明るい黄色が溢れ出し、覆っていた闇の衣は風船のように破裂して千切れ飛ぶ。
「…やはり、闇の衣に対抗するのは光の玉のみ…」
死神のひとり言はどこか残念そうに。彼女は柔らかく勇者の腕を押しほどき、鎌を手に去りゆくのか背中を向ける。
「フラウス!何処へ行くの!」
「……。貴方のいない所へです」
「待って……!」
消えようとする死神の背は、打ちひしがれた感が強い。足元がおぼつかず、よろめきながら退室しようと進みゆく。
勇者は追いかけるのを躊躇っていました。こんな状況に僕たちを残すことに気を使っていたのです。
「追って下さい!彼女を愛しているんでしょう!?」
「…ありがとう。ジャルディーノ君……!」
発破をかける、彼は死神を追いかける。
せっかく彼らを裂かない行動を選んだんです。ここで別れられては困ります。
「この町は僕に任せて下さい!大丈夫です!」
勇者が迷わないように大きな声で後を押した。死神を更生できるなら、その方がいいです。二人に幸せな結末が迎えられるのかは、僕には解らなかったのですが……。
勇者と死神が消えた後で、僕らは一斉に疲労に倒れてしまいました。
メガンテの呪文を撃ったのです。闇の衣、剥がすには至らなくても、術の行使に疲労がどっと押し寄せて、そのまま大地に沈みそうになってしまう。
僕ですら、こうなのに、友達二人はもっと過重を強いていた。半分ぐらい意識がなく、話す言葉もうわ言に近い。
ゆっくりと、降下してくるイエローオーブを掴み、倒れている二人の元に戻って来た。
意識混濁とした二人に、こんな事を頼むのは恐縮だったのですが……。
それでも、僕だけで果たして可能なのか不安がよぎっていたのです。
複数の人間の魂を還す、蘇生すること。
それも二人、三人の話ではなく、失った町の住人全てを蘇らせるなんて、例え神でも容易ではないでしょう。
「イエローオーブ…。ラーミアも、力を貸して下さいね」
オーブを手に、膝をついて僕は、再度友達に協力を願いました。
「ドエール、ナルセスさん……。もう一度僕に力を貸して下さい」
==
すでに過ぎた夕刻。静か過ぎる夜を迎えて、重たい空からは、やはり霧のような雨が続いていました。
イエローオーブを足元に置き、僕たちは三人手を繋いで術に挑む。
友達二人の足は宙に浮かび、ほとんど無意識下の状態で僕と同調(シンクロ)していました。
初めて挑む究極の蘇生呪文。
読み上げる度に、僕の体が紅潮してゆく。
「太陽神ラー、我は奇跡を求めます。そして神の鳥ラーミア、力を貸して下さい」
僕の首に下がる太陽の石の欠片、イエローオーブ。神の力を宿した二つの神具が呼びかけに応じて発光し、浮かび上がる。
前髪も衣服も上昇する力に揺れ、溢れる力に僕の体も変化を始めた。
「オーブに宿る悲しき魂たちを在るべき場所へ誘いたまえ。彼らの魂に救いをもたらさん。僕の力よ、僕のもとに。ラーミアの力よ、魂に還るべき光の翼を与えたまえ」
僕がラーだと知ることで、今までできなかった力との一体感を全身に受ける。僕の意識が天界に帰省してゆく。
体が変容を迎え、僕の四肢は成長して青年の姿とすりかわる。
赤毛の青年。
言わずと知れた、僕が鏡に見つめていた人物。
「掲げるものは、この身、この命。捧げるものはこの身、この命。我が魂の力持て、望む奇跡をもたらさん!」
近くに感じる友達二人の心。僕への信仰が確実に力に変わっていくのが分かる。魔物にとって人の悪しき心が力に還元されるように、僕にとって信仰は力になるのです。
「太陽と翼の力よ、今ここに!」
地上に堕ちた神の鳥。ラーミアは僕の妹神でした。
懐かしい面影に重ねて、思い起こすのは美しい吟遊詩人の歌い声。何もできなかった僕ですが、どうか許されるなら力を貸して下さい……。
「神の力、我が身を呈して光臨せよ!魂よ蘇れ!」
「メガザル…!!」
メガンテに比べれば、およそ春風のように柔らかく、二つの神の力はオーブより魂を、町の各地へと導いて広がって往った。哀しい亡骸にふっと吐息を吹きかけるように。白い翼がそっと撫でて往くかのように。
教会の裏で倒れるシスターに。武器屋の前で力尽きた店主に。宿屋の一室でくず折れた若い娘に。役場の前で眠りについた青年に……。
「うっ。ぐうっ……!」
最後の魂が還るまで、倒れるわけにはいきません。千切れそうな身体に鞭を撃ち、血を流すほど歯ぐきを噛んで術に耐える。
「もう少し……!頑張って……!!」
僕の身体。神とは違う、未熟な小さなただの人の身体。
励ますように、左手がぐっと掴まれる。
「俺だって、負けないですよ……!昔から言うじゃないですか、三人寄れば〜って……。絶対に全員助けてみせます!例えこの身がどうなっても……!!」
左手に繋がったナルセスさん。気合が流れ込み、僕の苦しみが少し和らぐ。
「大丈夫……。きっと、できるよ……。僕は、信じてる……!君を信じてる……!!」
右手に繋がったドエール。底なしの信頼に胸が熱くなって、思わず目頭が熱くなった。
嬉しいです。とても……。
心、身体、全てを預けて。言葉ではなく、彼らの存在が、僕を余すことなく受け入れてくれているのに魂が震える。
ずっと、こんなことを願っていました。
こんな風に地上の人と、友達になりたいと。解り合いたいと。
「ありがとうございます……」
やっぱり、人は素敵な存在ですね。大好きです。
僕は人が大好きなんです……!
温かい思いに包まれて、唄うように瞳を伏せた。
地上の人々に絶えまない愛情を唄うように、そっと指先で抱き上げるように、慈しさで町を覆う。
もう泣かないで。もう嘆かなくて良いんです。
魂に安らぎを。あなた達には、まだ時間が残されています……。
永い呪文の行使を終え、静かに光は収縮していった。
ドサリ。ドサリ。
浮遊する力が無くなり、友達二人の体が地面に落ちてゆく。僕はそっと、大切な友達に手を伸ばした。
「あれ……?ジャルディーノさん……?」
商人は僕の変化に目を擦る。手を差し出す僕の姿は、彼の知らない青年の姿だったから。
「それって……。あれ?もしかして、太陽神様……?」
「……そうです。僕です。本当に、僕を信じてくれて、ありがとうございました……」
口で言うのは簡単です。実際に何一つの疑いも無く、僕を信じてくれたナルセスさんに敬意を注いだ。
「僕は、なんて素敵な友達を持ったんでしょう。ありがとうございます。大好きです、ナルセスさん……」
心一つになったと言うことは、何も僕が彼らの心を感じただけではないのです。彼らもまた、僕の心を通過していった。漠然とかも知れないけれど、彼らは僕の心を確かに見て行ったのです。表向きの笑顔だけではなくて、今まで隠し通してきた自己否定も、他人への恐れも。彼らへの懸念も……。
それなのに、最後まで僕に好意を持っていてくれた。僕を信じてくれていた。
こんなに嬉しいことはありません……。
「俺だって、ジャルディーノさん、大好きですよ。ずっと憧れて止まない、最高の友達です」
半身を起こして彼は笑った。僕の手を取って。
「僕も、ジャルディーノが大好きだよ。良かった……。僕でも君の役に立てた……」
倒れたまま、ドエールは両手の甲で顔を覆って泣いていた。
「そんな……。そんな……!役になんて…。そんなこと考えなくたっていいのに……!」
罪の意識に苛まれていた旧友にも、手を差し伸べて。
僕らは手を取り合って喜びに泣いた。
「もう大丈夫。町の人たちはみんな無事です…。後はルタ様に任せて……」
さすがにこの足で町を周って、人々を助けて回る程の体力は残っていませんでした。遠くに響く笛の音。音色は僕を労うように優しい。
「……はははっ!やったぜ!すっごい奇跡を起こしたんだ!万歳!バンザーーイ!」
ナルセスさんは大の字に寝転がって、大いに自分を讃えまくった。
「気持ち良かった!心が一つになるっていいなぁ!」
隣ですっかりドエールは就寝中でした。僕も緩やかに、温かい眠りの中に誘われていく。
僕は、僕のままで良いんですね……。
いつか勇者の背中で訊いた言葉。
『僕も、自分の力を誇りに思える日がくるでしょうか』
僕は、自分の力をいつか誇りに思えればといい思っていた。自分自身を、誇りに思える日がくるなんて、一体あの日の僕がどうして考えられたでしょうか…。
『アイツのために生まれたことは、俺の誇りだ』
そう毅然として言い放った、勇者の横顔に思いを馳せる。
僕も、自分のことを誇りに思います。
人のために地上を歩くことを選び、人として歩んできたこの身を愛しいと思うから。人と同じように悩み、苦しみ、そして歓喜の歌を……。
僕は今、人として此処に生きている。
僕は、人が大好きです。
それは自分にも向ける愛の言葉。僧侶ジャルディーノとして歩いてきた道が、とても尊く思えてくる。それは僕が人に憧れてやまない、太陽の神だったから。
人として歩いた道の一つ一つが、とても輝いて見える。
…ああ。また目が覚めたら、僕は出会う人全てに伝えよう。
あなたが大好きだと………!
==
冷たい霧雨が火照った体になんとも気持ち良くて、俺はうっとりと露に濡れていた。
なんてことだ。ジャルディーノさんが太陽神ラーだったなんて…。
って、今更かな。
俺にとってはもはや、どっちがどっちでも同じような気がしたんだ。
あのシャルディナちゃんだって、女神様だったんだからなぁ…。意外と神様ってのは身近なもんなんだな。(?)
ジャルディーノさんもドエールさんも、疲れ果てて気を失ったのに、何故か俺だけまだ眠りに落ちずに興奮状態で目が覚めていた。
遠くには綺麗な笛の音が聞こえている。どこかで誰かが吹く笛の音。それが更に達成感を駆り立てて、心地良い事この上なかった。
なんとか町の人々を救うことができた…。俺も一応一役買って。
ああ、良かった…。本当に良かった…。
伸ばした指先にイエローオーブが触れて、拾い上げて感触を確かめる。
これで、シャルディナちゃんも助かるんだよね?綺麗な光が手のひらに温かさを満たしてくれた。
ぐったりして、このまま気持ちよく眠りに落ちたい所だったけど…。俺にはまだ一つだけ、気がかりが残っていたのだった。だからなんとか、眠らずにいるんだろうな。
気がかりは自分から俺の元に来てくれた。
「ナルセス……!」
ついさっき別れたばかりなのに、随分遠い日だった感覚がする。泣きべそをかいて、幼なじみの恋人が俺の胸に突っ伏した。
「馬鹿!馬鹿!ナルセスの大馬鹿っ!」
「…え〜…。ひどいなぁ。一世一代の大偉業だったのに…」
「すぐに帰って来るって言ったでしょ!嘘つき!嫌い!」
「えええ〜。うっそぉ〜…」
大の字に転がる、俺の胸を何度も叩いて彼女は泣いた。そっと頭に手を乗せると、申し訳なさに苦笑してしまう。
「ごめんね、アニーちゃん…。ごめんね…」
俺はもう少しで、アニーちゃんを不幸にするところだったんだ。何度謝っても罪悪感は消えそうにない。
「元気になったら、なんでも言うこと聞くからさ。だからごめんね。許してね…」
「…知らないっ!もう…!許さないんだから!ほんとに怖かったんだから!怖かった……っ!」
決別を察知していたのか、いつもよりも彼女は泣き虫で、ずっと俺の傍から離れようとはしなかった。
ふと、彼女と町一つを天秤にかけたら俺はどうするんだろう?
なんて思いが心をよぎった。苦しそうに死神を抱きしめていた、もう一人のニーズさん。俺なら……?
俺も、きっと選べないだろうな……。
町のあちこちで、雨の冷たさに人々が意識を取り戻し始めていた。
悪夢から目覚めて、すぐには動けないまでも、生きていることにほっとする。気がつくと、人々はみな、笛の音色に耳を傾け、眠りについていた。
心安らかな、暫しの休息を促す吟遊詩人の優しき笛の音。笛の音は魔法のように、町人の傷を塞いでゆく。彼の笛には不思議な魔力が満ちていた。
人知れず、笛を奏でて周っていた吟遊詩人は、町の外へ出ると、がくりと胸を押さえて膝をついた。
「大丈夫ですか、ルタ様……」
出口でどうやら待ち合わせていたらしい、賢者と顔を合わせると、詩人は険しい面持ちで吐きこぼす。
「さすがに…、真の闇と戦うには骨が折れます。今回は痛み分けですね…」
良く見ると、外套の中で詩人の体は酷い凍傷にただれていた。死神の冷気呪文にやられた傷。待ち合わせた賢者も、良く見るとその存在自体がうっすらとぼやけて見える。
そして賢者も薄い身体に、戦闘の傷痕を残していた。
「あなたも、今はその身を保つので精一杯でしょう…。もうお行きなさい。おかげで死神を追い払うのに叶いました」
「いいえ。満足にお役に立てず、申し訳ありません…。不甲斐ない自分を恥じます」
「あなたは良く働いてくれています。…、例の二人は保護しましたか?」
「はい。こちらに……」
賢者の後方には、この町で占い師をしていた姉弟の姿があった。二人とも不安そうに身を寄せ合っていたが、詩人の顔を見ると表情に光が射した。
「王様……!ゼニス王さまですか……?!」
「はい。あなた達を迎えに来ましたよ。私の国から攫われ、このミッドガルドで死神に利用されていたのです。ですが、もう安心して下さい」
姉弟を保護する詩人に対して、賢者はため息混じりに呟いていた。
「夢の世界には、同じ姿をした人間が住んでいますからね…。私に似た人物も存在しているのでしょうか?」
「いるかも知れませんね。夢の世界は複数の世界を写しとって成長していくのですから。命もまた然りです」
お喋りを短く終え、夢の世界の王は姉弟を連れて、自身の世界へと旅立った。眼下に煙る夜の町を見下ろし、疲れて眠る太陽の神にひとまずの別れを告げる。
「頑張りなさい。幼きラー」
そして姉弟に見られぬように、視線を細めた。
穏やかな表情の代わりに、厳しい戦いの決意が双眸に現れる。
「時の砂、まだ残しておきたかったですが…。仕方ありません…」
貴重な神具を用いたことで、後に支障もあるだろう。夢の神は懸念に眉根を寄せていたが、嬉しそうなラーの寝顔を思い出すと「ふっ」と微笑んだ。
「…いいでしょう。今はゆっくり休みなさい。また来る戦いの時まで……」
■死神は夢の世界から自分に似た容姿の人間を攫ってきて、入れ物にしていた、ということです。夢の世界にはそっくりさん(あくまでそっくりさん)が住んでいます。 ■ジャルディーノの意識がより、太陽神に近づいた時に容姿が変わります。太陽神の記憶は完全に覚えてるわけではありません。(今のところ) ■元ニーズとフラウスの行く末は、また次回。 |