町を塗らす霧雨は夜半過ぎても止まず、人気のない町は白く、惨状に蓋をするように煙っていた。
 虫の知らせを聞いたのか、外から町に駆けつけて来た人影がぽつりぽつり。
 すでに終わった嘆きの夜に、信じられずに立ち尽くす。


 エジンベア貴族の姉妹が二人、町役場の前で呆然と硬直していた。信じられずに目を擦り、頬を何度つねったか分からない。
「嘘…。嘘でしょ?グレイさん!ビーム君!クロード君!目を開けて…!!」
 倒れている知人たちの肩を揺さぶり、妹は何度も声を搾り出した。体温は感じず、勿論反応が返って来ることもない。
「一体何が起こったの!?こんなのってないよ!そんなのないよ!嘘だよね?!うわああああああんっ!
 ぺたりと座りこんだまま、天を仰いで割れるように泣き叫ぶ。
「せっかくここまで来たのに!これからだったのに……!」

 姉はじっと固唾を飲み、霞んだ景色を感情のない瞳で見つめていた。睫毛に雨の露が溜まり、重力に負けてぽたりぽたりと落ちては消える。
 彼女は声もなく、そっと近づき、恋人の頬に触れてみた。    とても冷たくて、手は重い。
「…グレイ………」
 彼女はそのまま、そっと彼を胸に抱いて瞼を伏せた。凍えるような想いに止めどなく涙が零れて落ちる。嫌な夢だと信じていたかった。

 
 彼女たちを連れてきたのはランシールの聖女、ラディナード・フィルスだった。
 恋人と弟の死に愕然とし、魂を抜き取られた遺体の状態にもはや為す術のないことを痛感する。なまじ能力があるからこそ、解ってしまった最悪の現状に眩暈がして、冷静な思考が遠のいて行った。
「まさか……。こんなことになるなんて……」
 危ぶんでいた占い師姉弟の家を調べれば記憶喪失の二人が見つかるし、どうやら自分たちは欺かれ、まんまと罠に落ちてしまったらしい…。

 なぜ呪法に気づけなかったのか、彼女は心中で激しく自分を責めていた。人の目が無かったなら、崩れて涸れるまで泣いてしまいたいのを懸命に抑えて立っている。
「ごめんなさい。ラルク…。私があなたに頼まなければ……。ごめんなさい、クロード…」
 これから町を巡り、生存者を探し、その後大量の供養をしなければならないだろう。気の進まぬ作業に足取りは重たかった。

 生存者は、少女が一人。
 苦悶の表情の石像が一体。



「時の子守唄」

 エジンベア事件が終結を迎えた。

 一度イシスに戻り、姫様に挨拶してからナルセスバークを目指した。
 事件の顛末を話したかったことが一つ。彼の身を案じていたのが一つ。

     案じていたのは、サマンオサで自ら写してしまった『鏡』の映像。どうしても不安を拭いきれずに、日に日に胸騒ぎが増していたからでした。
 
 町に「キメラの翼」で降り立った途端、違和感を感じて僕は立ち止まった。全身に絡みつくような不快感。蟻が這うような肌寒さを覚えて警戒し、破邪の呪文によって浄化を試す。

 唱えてみても魔法が効力を持たず、両手を見つめて緊張が走った。頭の隅にピラミッドの呪文無効化の一室が思い描かれてゆく。
 周囲に注意を奔らせると、    『危険』にぶつかり、僕はがくりと膝をついた。
「うっぐ…!これは……!」
 一歩も動いてない内に呼吸はどんどん苦しくなり、大地に爪を立てて必死に空気を求めて喘いだ。巨大な邪悪が押し寄せて、小さな僕を握りつぶそうとする感覚。

「クスクス……。捕まえた……」
 予感は的中し、死神が僕を見下ろして微笑んでいた。大鎌の切っ先を首に当てられ、身動きすらも許されない。
「言いましたよね。貴方だけは殺すと……。けれど貴方は厄介でした。ですから貴方のために用意したのです。巨大な器を……」

 全身で力を爆発させ、拘束を破ろうと集中した。身体を紅き光が包み、死神に向けるために武器をたぐり寄せる。
「やめた方が良いですよ。足掻けば、あなたの大切な友人が死にます。この町の人間の魂も一緒に破壊するでしょう」
「なっ……!?」


 クスクス。
 クスクス……。

 死神がわざわざ嘘を言う筈もない。
 僕は自分の身体が足先から石化を始めているのに気がついた。この町の人々や、ナルセスさん達を犠牲にするなんてできない。
「よくも……!こんな呪いを……!」
 石化なら、死とは違って、戻って来たワグナスさんや聖女様によってなんとか元に戻る方法があるかも知れないと考えた。
 憶測でしかなかったけれど、『死』でないのなら望みは残るはずだと………!

 石化を破るのではなく、僕は時間を稼ぐことに集中して死神に逆らった。その間に助けが来るのでもいいし、ナルセスさん達が逃げるのでもいい。
 破れないからといって、やすやす石になるほど甘くはない。


     次第に身体は動かなくなり、僕は氷河魔人に持ち上げられて教会広場まで運ばれて行った。
 ドエールは気絶して倒れ、ナルセスさんは怪我をして動けない。思った以上の危機に焦り、無茶とは知っていても「逃げて」と叫ぶしか咄嗟には思いつかなかった。ただ二人の無事だけを願って祈り続けていた。

 それなのに……。


 陽が落ち、町が闇に呑まれて。
 石化した僕の視界にはぼんやりと彼らの動向が映っていた。
 薄れてゆく意識の中で、聞こえて来たまさかの詠唱。
 二人が唱えた自己犠牲呪文。これまで数回自分で使っておきながら、ようやく『使われる側』の悲しみを知った。

 父や兄に思いを馳せて、「ごめんなさい」と心の中で謝った。こんな思いを家族に強いていたのか僕は……。
 町の人々にも、ナルセスさんにも、ドエールにも謝ろう。
 ごめんなさい……。


 光が撃ち付ける瀬戸際、死神を抱きしめた白い影。
 彼は死神を助けに現れた。彼女を抱きしめ、逃げ去ろうとする。彼女は拒んで、やり取りの間に二人の身体は灼かれ始めた。彼も巻き添えになる    判断すると死神は彼を伴って瞬時に消えた。
 二人がどうなって、黒い宝珠もどうなったのか、知る術はなかった。

 意識が途切れ、僕は解かれるまでの眠りへと転落してゆく………。

==
 
 優しい    笛の音が響いていた。いつからか。
 聴こえた……?

 感覚の復活。
 悠長に気がついて、僕は自分の石化が緩やかに解除されてゆくのを見つめていた。全身元に戻って、指先の動きを確認する。    動く。生きている。

 なぜ………?

 笛の音は遠く、けれど途切れることはなく霧の町を流れ、散り去った哀しい魂たちを慰めるようでした。誰が吹いているのかは分からない。何処から、と言うのではなく、笛の音は耳に直接流れこむような気もしてくる。

 僕は一人、糸が切れたようにがくりと足元の水溜りに両手をついた。雨が体に染み込み、急速に体温が下がっていく。
 奥底からこみ上げる慟哭は呼吸を絞めて、声にもなってはくれなかった。しゃくり上げながら、僕は震える足で広場に「痕跡」を探して歩いた。

 或いは、何かの「カケラ」でも残っていれば、二人を取り戻すことができるかも知れない。万が一の奇跡でも良かった。付近の瓦礫を掻き分け、雨の流れを辿り、水溜りをすくっては探す。髪の毛一本でも見つかったなら、僕は蘇生を試したに違いなかった。
 違いなかったのに    

 独り、打ちひしがれながら広場を探した。僕の背後に足音がぴちゃり…。

「ねえ。ナルセス知らない……?どこにも居ないの……」
 濡れくたびれた彼の恋人が訊いた。身体同様冷え切った瞳、声には深い絶望が刻まれていた。
 動作に凍りつき、僕は    返事をするのにいくら時間がかかったんだろう。


 言わなければならなかった。
 僕こそ、伝えなければ許されなかった。


「ナルセスさんは…、もう、いません。どこにも居ないんです…」
 僕のために捨て身になったようなもの。彼女に伝えるのが一番苦しい。
「…何言ってるの?ねえ、どこに行ったの…?帰ってくるって言ったの。…言ったの。だから私探してるの。必ず帰ってくるって言ったの……!」
 両手で目を擦りながら、彼女はずっと答えを待っていた。希望のもてる答えを。

 心をへし折ることは辛い。嘘をつくこともできない。僕に言えるのは事実だけです。
「ナルセスさんとドエールは…。メガンテの呪文を使って亡くなりました…」
 まっすぐ向き直り、真実を伝えた。責め苦を受ける覚悟はできていた。

「メガンテって……」
 一秒考え込み、数秒後彼女はその呪文のことを思い出した。神の奇跡を求める、自己犠牲呪文。術者は命果てて、蘇生することは不可能。

「…やだ、何言ってるの……?ナルセスがそんなの、できるわけないじゃない。何かの間違いよ。冗談やめてよ」
「………」
 肯定も否定もできずに、僕は伏し目がちに視線を流した。お互いに重たい沈黙が続く。耐えられなくて、先に口を開いたのは彼女の方。

「私、ナルセス探してくるね…。きっとどこかで隠れてるだけなの。きっと驚かそうとしてるのよ…。悪い冗談なのよ…。戻ってきたら殴ってやるんだから……」
「………」
 納得するまで探し続けるのだろうと思い、僕は彼女を止めなかった。
 どれだけ時間が過ぎても納得なんてきっとできない。探す行為にキリが無いことも解っていたけれど……。

 彼女の背中は儚く、霧の中にフラフラと消失していった。

 
 完全に見えなくなってから、空しさに思い出したようにため息が零れ落ちた。夜の広場に再び独り。
 泣き濡れて、唯一見つかった『形跡』を手にとり視線を降ろした。
「ナルセスさん。ドエール……。ごめん。助けることができなくて……」
 広場をくまなく探して、見つかったのは形見のペンダントだけだった。まだ微かに紅く光る石だけが残り、大事な二人は帰ってこない。
「僕が悪かったんでしょうか。ドエールに石を預けてしまったから……」

 エジンベアでも大切な人を傷つけたばかりだった。
 彼女はまだ救うことができる。けれどナルセスさんとドエールはもう……。


 する事は山積になっていました。
 ここで起こった事を報告しなければならないだろうし。黒い宝珠を探さなくてはならない。宝珠の中の魂を取り戻せたなら、町の人たちは救うことができる。僕にはそれができるのだから、早急に動かなければいけない。

 崩れた三教会をもう一度見上げ、力なく瓦礫の上に腰を下ろした。
「…でも、今夜だけ。許してくれませんか?ここで泣くことを…。今夜だけでいいんです。ナルセスさん。ドエール…」
 もっと強く降ればいいのに…。全部流してしまうほどに。
 願うのに雨は霧散し、緩やかに僕の身体に露を生み、シトシトと空しく落ちてゆくだけだった。

 
「何を泣くのですか。幼きラー」

 ずっと流れていた笛の音が途切れた。僕のすぐ横で。
 いつの間にこんなに近くに来ていたのか、全く気づくことができなかった。

 僕の目の前で吟遊詩人が笛を吹く。中性的な柔らかい印象の男性で、エルフ族のような綺麗な蒼緑の髪がしっとりと雨を含んでいた。旅人なのか皮の外套を着込み、雨避けのためにフードを上げている。
 僕に捧げる慰めの歌だったのでしょうか。歓迎もしていないのに演奏は続く。僕一人への演奏会のように     

「…見事ですね。ありがとうございます…」
 一曲終わって、礼を言い、礼儀かと考えて小銭をポケットの中に探した。
「あなたの好きな曲です。忘れましたか、ラー」
 取り出す前に不思議なことを言われて、思わず動きがぴたりと止まる。
「………」
 改めて、吟遊詩人の顔をまじまじと見つめてみた。何処かで僕の噂を聞いていたのか…。それで僕をそう呼ぶのか。今の自分には痛いだけ。

「僕はラーではありません。そう呼ぶのはやめて下さい。ラーの化身と呼ばれることも好きじゃないんです…」
 エジンベアでその名を捨てたばかりだった。自分がどれだけその名にふさわしくないかを知っている。
 吟遊詩人は笛を外套の中にしまい、今度は竪琴を抜き取り、おもむろに奏でて聴かせてくれる。

「友達を失い泣くのならば、筋違いです。おやめなさい。あなたの自覚があったなら、おそらくは回避できたことでしょう。悔やむべきは自分の失態。早く思い出しなさい。いつまで眠っているつもりなのですか」
 口調は優しいのに、不思議と逆らえない迫力があった。まるで僕を良く知っているみたいに話す人。穏やかな瞳の奥に強い咎めを感じて、身体が身震いして強張った。

「あ…。その………!」
 強烈にひれ伏す思いに駆られ、男性が立ち、自分が腰掛けていることに激しい無礼を感じて立ち上がる。理屈ではなく、魂が告げていた。この方への高い敬意を覚えていたんです。
 一体どこで会ったでしょうか…?
 記憶の糸をたぐり寄せ、詩人の面影を探していた。

 向かい合う詩人はにこりとして、「ある神」について弾き語りを始めた。
「私にはラーという友人がいました。働き者で勤勉で、頻繁に会うわけではないのですが、お互い尊敬し合える良き友人です」
 太陽神を友人と語る、ではこの人は?
 絶望的な風景の中に佇んでいるのに、吟遊詩人の周りの空気だけ夢の世界のように光の流砂が舞っている。

 夢の世界     

「ラーは地上を愛していました。そこに住まう人々のことも。過去に大魔王を封じる戦いの時も、ラーは人に力を惜しみなく貸しました。ラーは人が大好きだったのです」
「………」
 細い指の奏でる旋律は美しく、ふわりとした柔らかい慈愛に揺れている。

「神々には他の世界に必要以上に干渉できない制約がありました。ルビスのように世界を創れば自身の世界に干渉はできますが、ラーにはできません。人の力になりたいのに、力全てを奮うこともできない。ラーは至らなさを悔いていました。大魔王も封印することしかできず、また人は苦しむことになってしまった」

 優美な弦の音色。雨の中だというのに、弦は塗れて音を失うことがない。銀の竪琴は不思議と雨を弾いて唄う。
 詩人の神気に心が震えて、その曲も、その声も、全て敬愛していたことを思い出していた。僕はこの方を良く知っていた。尊敬していたんです。

 この世界ミッドガルド、良く似た姿を持つという夢の世界。創造し、治めるゼニス王。歌と楽器をこよなく愛するこの詩人こそがルタ・ゼニス王だったのです。

「ラーミアも倒れてしまいました。妹を迎えに行く意味もありました。ラーはいずれ来る大魔王の復活に供えて、自ら地上に降りることを決意したのです」

 呼び覚まされる、閉ざされた記憶。
 頑なに閉じていた扉を開く優しい唄。
 冷え切っていたはずの身体がにわかに煌々と熱を帯びる。
 鼓動が早まり、遠い過去が加速して近づいてくる。

「ラーは自らの意思を地上に、人として降ろしました。それが『あなた』です。この世界の住人になることによって、干渉できる権利を持つ。アレフガルドには神の力、太陽の石を。ミッドガルドには自身と石の欠片を降ろした」
「僕は………!」

     ああ。そうだ。
 僕はずっと地上を照らし、地上に憧れ、人を守りたいと願っていた。
「…そうでした。そうです…!僕はずっと、人と友達になりたかった……!」

 自分の守りたい人々がどんな暮らしをしているのか、この身で感じてみたかった。地上を歩くのはどんな感覚がするのか。そこから見上げる空の色は?
 人の優しさを知ってはいたけれど、自分自身直接ふれたことはない。

 この手にさわってみたかったんです。人の息吹を。

「今、空に残っているのはラーの外枠のみです。意思はここに。……あなたも同じですね、ラーミアと。地上に降りて、記憶を取り戻す前に傷つき、思い出すことを恐れて閉じこもってしまいました。そのために失った命。あなたは友達が欲しかったのでしょう?それを自らの力で壊してしまって、どうするのですか」
    !申し訳ありません。ルタ様……!」
 跪いて深く深く頭を下げた。自覚しなさいと諭した、その意味を知り千切れるほどに後悔が襲う。
 僕が『自分』を知っていたなら、思い出していたなら、救えた命がどれだけあった事だろう。アリアハンの魔物来襲の時も、もっと多くの命が救えたはず。イシスでも、この町でも……!
 メガンテによって消え去った二人の命。
 僕の力によって二人が消えたということだ。

「友達を、僕の力で死なせてしまうなんて!!」
 後悔しても、し足りない。永い間ずっと求めていた地上の友達。それを自分で害してしまうなんて、絶対にあってはならない事だった。

「僕はなんて馬鹿なことを!僕は……!!」

「…泣くのはもうやめなさい、ラー。何もあなたを責めに来たわけではないのです。私も助けに来るのが少し遅くなってしまいました。許して下さい」
「そんな…。ルタ様にはなんの非もありません。助けに来て下さりありがとうございます。…妖精の笛、力を取り戻したのですね…」
「ええ。永い時がかかりました」
 僕を助けてくれた笛の音。遥か悠久より伝わる『妖精の笛』。
 石化の呪いを解く力を秘めた夢の世界の神具でした。

「ルビス様のために用意していた力でしょう。私のために大事な力を使わせてしまいました。本当に申し訳ありません…」
「まだあなたは完全に石になっていませんでしたから、少しの力しか使っていません。安心なさい。……友が二人消えたことによって、あなたの石化は緩んだのです。友のおかげですね」
「………」
「死神は追い払っておきました。あなたにはこれを渡しましょう」
「…これは……!!」
 
 あの死神を追い払った、それだけでも脅威だったのに、あろうことか『妖精の笛』を上回る神具を夢の王は用意していたのです。
 手の平に乗る小さな小瓶。その中にサラサラと煌く夢の世界の砂。
 
「こんな貴重な品物を!…使えません!この砂がたまるのに何十年もかかるのですよ!それこそルビス様復活のために使うべきだと思います!」
 僕の石化なんて予想外だったこと。ルタ様は妹神ルビスを救うために準備したのに違いないのです。

「ルビスにはもう少し待って貰います。それに、ルビスを救うためには『勇者』の力が必要です。今はまだ勇者の力が足りません。過去に戻り、大切な友人を取り戻して来なさい。あなたが自覚しているのなら、この町の人々も救うことができるでしょう」
「………!ありがとうございます!ルタ様!」
 自分の妹よりも僕を優先してくれる、心遣いにもう頭が上がりませんでした。
 どこまでも優しい方でした。温かさに救われて、胸が希望で溢れて震える。

「黒い宝珠はラーミアの力の一つ、イエローオーブです。オーブの穢れを払い、魂を開放なさい。寝坊はそれで免除しましょう」
 重大情報をさらりと告げて、夢の世界の王は珍しくお茶目に笑ってみせた。

 死神たちはイエローオーブを死者の魂によって黒く穢し破壊しようとしていた。一つでもオーブが砕ければ不死鳥ラーミアの復活は阻止できる。
 目的は僕の石化とイエローオーブの破壊。

 死神の好きになんてさせない。
 誰一人の命も奪わせない。

 小さな小瓶    『時の砂』を受け取り、広場の倒れた時計台で時刻を確かめた。
 あの瞬間から六時間強。塗れて貼り付いた前髪をかき分け、塗れた手袋をズボンのポケットにしまい込んだ。
 気合を入れ直し、凛と立つとパシリと音を立てて頬を鳴らした。

「行って来ます。友達を取り戻すために!!」

==

 小瓶の蓋を外し、あの瞬間を思い描きながら砂を撒く。

 砂はキラキラと輝き、周辺を包み込むと時計の針が逆回転を開始した。高速で時間は引き戻され、砂が消えるのと反比例して『あの光景』が僕の前に戻って来る。

 「太陽神の御力を今ここに    !」

 ドエールが預けていた『母の形見』を空へと捧げた。
 ナルセスさんを支えて『石』を掲げるイシスの旧友。彼の後方に現れて後ろから強くしがみついた。
 二人を抱きしめて再び時間が動き始める。もう二度とやり直せない。
「待って!まだ唱えないで……!!」



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